第11話 村役場の嬉しい提案
村と協力します。
これを第三セクターと言います。
それには、個人ではなくて、「法人」になる必要があります。
うん、難しい…。
3社のプレゼンは期待できる気がした。
次は、村との打ち合わせだ。プレゼンの6日後、ミナはドナオンの手配で、村の担当者に会うことになっていた。
村の役場は村の中央より少し入り口に近いあたりにあった。
馬車を何台か止められるような広い広場が役場の建物の前にある。
ここはエルノー村西1区だ。村には約130軒強の家があり、けっこう広いので12の区域に分けている。ちなみに、カイルの家は北3区だ。サスケ風アスレチック施設のある林に近い。
ミナは一人で村役場にやってきた。ドナオンが案内してくれて、会議室に通された。
村長ガルベルトは意外にもドナオンと同じくらいの年齢で、きちんと髪を七三に整えた30歳前後の立派な紳士だった。聞くところによると、村長と言っても村の出身ではなく、村の所有者である領主の息子アンドリオンから派遣された行政官なのだそうで、それなりの良い出自だということだった。
週に二度、役場にやって来る。実質の村長は副村長のジャービスで、こちらは50代である。顎髭を蓄え、日に焼けた肌の農民あがりの男だ。二人でミナに対応する。
「早速ですが…。ドナオンから報告を受けていますし、書類も提出していただいています。村の施設を借りたいということですが…」
「はい」
ミナはまだ許可が下りるかという結論は聞いていない。
「参加農家は11軒と聞いています」
「はい、今のところ、その通りです」
「村としては、一部の者、あるいは特定の営利企業に村の施設を貸すというのは問題があります。公共性が必要なのです。それはおわかりでしょうか?」
「もちろん、理解しています。これは村を繫栄させるための一つの事業だと思っています」
「その理解があれば、話が早いでしょう。ミナさんが計画中の事業は、確かにこの村の役に立つと思います。前々からそのような要望は出ていました。ですから、本来は村としてやるべきことなのでしょう。とはいえ、今まで実行できる人がいませんでした。ですので、ミナさんがやってくださるのはありがたいのです」
「はい…」
「ご存じのように、村の人口は減っています。若者はタンブリーに出て行ってしまうので…。
老人ばかりが村に残ります。で、協力はしたいのですが、先ほど述べたように、村の事業でないうちは、特別扱いができません。
ということで、ご相談なのですが、これを村の事業とさせていただけないでしょうか。
ミナさんが商会を設立し、村がそこに事業を委託する、という形です。ですので、村の施設の利用料をいただくのではなく、その分、利益の何割かを村の取り分とさせてください」
「え? …ということは…。将来的には村の事業になる、ということでしょうか」
「私どもとしては、役場では商売のわかるものがおりませんので、ミナさんの商会に委託という形を続けると考えております」
「なるほど…」
(つまり、第三セクター方式か…)
ミナは現代の役所と企業の関係を思い出した。第三セクターとは役所と民間の共同事業だ。役所というものは営利事業に弱い。だから、企業に任せたほうが成功率は高いのだ。
「もし、役場が参加していただけるとなると、役場から提供していただけるものはどのようなものでしょうか?」
「役場前の広場、役場の保管庫、そして、荷馬車と農産物用の木箱類を役場から貸与できます。あとは、村人との連絡、そして、役場の会議室などをご利用いただけます」
「なるほど…」
(それはかなりラッキー! 荷馬車が借りられる!)
ミナはかなり前向きに検討し始めた。本格的に始動するとなると自分の事務所が必要だ。それが不要だということになる。
「で、どのくらいの利益の配分をお考えでしょうか」
「最初の3カ月は試験期間と聞いておりますので、そのときは無料、その後の本格始動ではミナさんの粗利の1割でいかがでしょうか」
「なるほど。で、最終的には?」
「最終的というのは、村の農家のほぼ全員がこの事業に参加する、ということですね。それはその時の出荷量にもよりますが、2割以上にはしないとお約束しましょう。
村としては提供する施設は増えませんから。荷馬車が増えれば、多少手間は増えますね。農民の調整や苦情処理などもするかもしれませんので、1割のままと言うわけにはいかないと思いますが」
それはミナにとって悪くない条件だ。いずれにせよ、使用料は払わなければならない。村の事業を委託されているということは、村人にとって安心できる要素だ。
村人に不満があれば、役場が間に立ってくれるし、支払いも村から支払われるので安心だ。その安心感による参加者の積極的な増加を考えれば、ミナの心の負担はかなりラクになるだろう。
(少なくとも、私という存在がアウェイじゃなくなる…)
これはちょっぴりうれしかった。
村長との会談を終えて、ミナはカイルの家に戻ってきた。
「どうだった?」
ヨーカがテーブルに座っていて、2歳の娘のエンマに食事をさせていた。カイルは訓練に行っているらしい。
「うん、いい話ができたわ!」
「ふうん。で、いつ契約ができるの?」
そうなのだ。まだ誰とも契約まで進んでいない。村との契約書ができるまでには、こちらも商会を作らなければならない。
(ええっと…商会ってどうやってつくるんだっけ?)
現代ならば、会社の作り方はわかる。でも、ここは異世界。どうやって作るんだろう?
アメリカだったら、まず会社名を登録して、それから国税局に登録して番号をもらう。それから…。
(あっ………!!!)
ミナはとんでもないことに気づいた。
(私にはこの世界のIDがない!!)
ミナはアメリカのソーシャルセキュリティーナンバーというものを持っている。日本のマイナンバーみたいなものだ。だが、ここにはなにもない!
(しまった~! 私のアイデンティティー、まだなんにもなかった!!! なにが「アウェイじゃなくなる」よ! まだ全然アウェイじゃない!!)
ミナは自分のうかつさに自分で突っ込みを入れた。「アウェイじゃなくなる~」とルンルンしていたのは、ほんの1時間ももたなかった。
「ねえ、ヨーカ、私にはID…じゃなくて、身分証明がないの。この世界ではどうやったら、身分証明が取れるの?」
「身分証明? 自分がどこのだれかってこと?」
「そ、そう、それ!」
「ミナは妖精だもんね。登録なんかしてないわよね」
「え?」
「カイルはミナを妖精か何かだと思っているみたいだけど…アハハ」
「ええっ、そうなの?!」
「あの子もまだ子供よね~。でかい図体してるくせに、あっちはまだまだなんだから。妖精なんて、んなもの、いるわけないじゃない! ねぇ~?」
ミナはエンマの口元に木のスプーンを差し出しながら、エンマに向かって「おじちゃん、おかしいねぇ~」と言っている。叔父ちゃんとはカイルのことだ。
「んん…」
ミナは「うん」とは言えない。「あっち」の意味がわからない。それに…。「そうよ、妖精なんかいるわけない」と言いたいのだが…。
(いやいや、魔物がいる世界の人が言う言葉じゃない気がするよ…。カイルもカイルだわ)
ミナはヨーカとカイルのどっちの味方をしていいのかわからなくなった。
「ま、身分証明が欲しければ、簡単よ。教会に行って、信者の登録をすればいいの。そしたら、教会が身分を保証してくれるわ」
「教会? この村にはないよね?」
「そう。ここにあるのは集会所の臨時礼拝所だけ。導師様はいないわ。行くならタンブリーの教会ね。
あそこは大きい街だから、教会はいくつもあるんだけど、証明をしてくれる教会は5,6か所だと思うわ。
うちはみんな、一番東の地区のアンモダリ教会に登録しているの。
カイルに連れていってもらったら? カイルが保証人になれば話は早いから。
ついでに結婚してくるのもいいと思う。妖精じゃないってこと、教えてやらなきゃ」
「ええ~、そんな! 冗談でしょ!」
アハハとヨーカはおかしそうに笑っている。
「私、結婚なんか全然考えていないから…」
一応、言っておく。
ヨーカは聞いていないかのようで、「ほら、あーんして」とエンマに楽しそうに食事をさせていた。
カイルと結婚云々はどうでもよいとして、とりあえずまた、カイルに付き添いを頼まなければいけない。
(ぐぐぐ…。ホント、面倒くさい…)
ミナは合気道のことを思い出してからというもの、自分の部屋でこっそりと稽古をしていた。食堂を出ると部屋に戻って、アウェイの悲哀とカイルのミナ妖精説の衝撃を振り切るため、そのまま合気道の稽古を始めた。精神修養にも合気道は役に立つ。
ミナは深く息を吐き、足裏に意識を落とした。肩の力が抜け、視界が静かに広がる。
合気道で身につけた“立つだけの稽古”だった。
それから、軸足を固定して、その場で半円を描くように回る。相手をいなす、受け流す、はらう。
夕方にカイルが帰るころには、ミナの心は落ち着いていた。
(素直に付き添いのお願いに行こう…)
素直にお願いするための精神修養だった。
翌朝、早速カイルと教会へ向かった。ミナにとっては、初めての教会だ。いったい何が祀られているか楽しみである。
カイルが道々説明してくれたところによると、ここの教会は五神道というもので、五つの神を祭る教会なのだ。その五神とは、太陽、月、水、火、土なのだ。太陽が主神で、次は月、あとの三つは同列である。それを聞いて、ミナはちょっと安心した。
ミナとしては身分証明のためににわか信者になっても心がとがめることはない。なにしろ、生まれたら神道、結婚式はキリスト教、死んだら仏教という変わり身に自信がある日本人である。
とはいえ、「誰々をあがめよ」という、人格神をあがめるのは少し抵抗がある。しかし、自然をあがめるのは日本人としては抵抗がない。日本の神道も太陽神である天照大神をあがめているからだ。
(日本にはツクヨミという月の神もいるし、水神様、荒神様なら、おばあちゃんちの台所に神棚があったっけ。土の神は知らないけど、うちの家を建て替えたとき、地鎮祭をしたから、きっと日本には土の神もいるのだろうな。氏神様かしら?)
ミナはそんなことを思い出した。
教会の神のしもべたちは導師と呼ばれていて、一応地位に応じて呼び方が変わるのだが、導師様と呼べば失礼がないと言う。できるだけ簡単にしてほしいので、これは助かる。
アンモダリ教会は天井が高く、祭壇はない。ただ、正面の壁にシンボルが大きく掲げられている。太陽神、月神が正面にあり、太陽神のシンボルは月神より少し大きい。そして、右手の壁に残り三神のシンボルがある。それぞれの前にベンチがあり、そこで祈るのだ。すると、天井から声が聞こえてくるのだと言う。心の声ということだろう。
カイルがミナの保証人になり、彼の家の一員であるということで、身分の登録をお願いした。導師様の指導で正式な礼拝の作法で五神にそれぞれ祈りをささげると、合格となり、信者として認められる。
そして、教会に名前を登録され、お布施を支払って証明書のような石の札をもらう。
なにやら数字と文字の混ざった長い文字列が書いてある。
まるで暗号通貨の秘密鍵だ。これをもらったら終わりだ。役所での手続きもこの番号で通るらしい。
「カイル、ありがとう。いつも助けてくれて…」
ミナは心から感謝した。カイルがいるおかげで、本当に助かっている。
「ミナは村を助けてくれるんだろ? 期待してる」
「うん、頑張るわ!」
カイルは微笑んだ。大人の微笑みだったが、昨日のヨーカの「まだ子供」説が思い出されて、少しおかしかった。
石の札を見ながら、ミナは思った。
(今やっと、この世界に足を付けたってとこ?)
今まで、自分はこの世界の幽霊のようなものだった。存在しているようで、存在していなかったのだ。
こんな、初歩的なミスが、今後いくつ出て来るかわからない。
(こんなことも知らないで、本当に起業なんかできるのかな…)
ちょっと不安になるミナであった。
暗号通貨が好きなので、ちょっと採り入れてみました。ちなみに、この世界の通貨の単位、「ポル」も、暗号通貨から。えへっ。
次は、カイルはなぜパーティーを組まないか、という話。
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