焦燥
見た夢に引きずられるような感覚。
俺は今いるここを異世界だと思っていたが、もしかすると夢を見ているだけなのかもしれない……。
そんな思いがぼんやりと浮かんだ。現実感が乏しいし。
ナハライズミ達は俺を救出に来るだろうか?
ケモノビト達の運動能力が凄すぎて絶望的な気持ちになる。
俺を担いで百メートル走並みの速度で走ってるのだ、森の中を。
すると。
ケモノビト達は止まる。
「追尾られてるねぇ」
マジか?
「ここで相手するかねぇ」
俺は降ろされる。
「お前さまはここで大人しくぅ待ってておくれ」
目隠しと猿轡をされ、手足も縛られる。
ケモノビト達の気配が一瞬で消える。
どうする?
身動きが取れない。
転がってみるが、すぐに木の根っこみたいなものに当たる。
遠くで何かと何かが争う音。
近くで人の気配。そして静かな足音。
ケモノビトの誰かが戻ってきたか?
柔らかい手のひらが俺の顔を挟み込む。
「怪我はない?」
スズユフミの声だ。
「こっち」
拘束から解放され手を引っ張られその場を後にする。
俺はなすがままに着いていく。
山の斜面を下る。
躓きそうになりながらもとにかく走る。
川の音。
「早く中に」
大きな岩のそば、川の中へ。
水はまだまだ冷たい。
そのまま対岸へ。
「これで匂いは消せる」
緊張したスズユフミの声色。
森から林へ。
陽光が射す。
薄暗い森から抜けた俺たち。
もう走れない。
それでも足を動かす。
「はぁっはぁっ、ど、何処へっ、行くんだ?」
息切れしてきた。
「あそこに洞穴があるからそこに隠れよう」
スズユフミの指さす先には獣の巣穴みたいな穴が見えた。
入り口を木の枝で隠す、念入りに。
足跡も消す。
そして臭い消しの粉を撒く。
洞穴の中は案外広く、腰を屈めなくても歩けるほどで、
奥へ進んだところで座り込む。
中は真っ暗だ。
彼女は俺を抱え込む。
「朝になったらナハライズミが迎えに来ると思うから」
「そうか」
俺の思念を感じ取ることが出来るんだったな、距離はどれぐらいかわからないが。
なら強く念じてみよう。
(ナハライズミ!俺はスズユフミもここにいる!)
「何も食べてないでしょ?これ食べて」
差し出された雑穀米おにぎりを頬張る。
(白米なんてないだろうしな)
ぼんやりそんなこと考えながら飲み下すと、気分はかなり落ち着いた。
暗さに目は慣れないが、触れ合う肌でスズユフミを感じる。
眠くなってきた。
そして。
スズユフミの体臭が甘く甘く俺の鼻腔をくすぐる。
湧き上がる俺の中の『男』。
(娘みたいって思ってたよな?)
(俺はそんなに溜まってたのか?)
(いかん、堪えきれん)
不意に塞がれる唇。
スズユフミの吐息もまた甘く、俺は自分に抗えなくてそのままスズユフミとひとつになった。
どれぐらい眠ったのか。
洞穴入り口を塞いだ木の枝から陽光が差し込んでいる。
「朝だよ」
振り返ったスズユフミ。
俺は驚く。
表情がない。
ゲームキャラの3Dデザイン画みたいな顔。
そこに生気は一切感じられない。
「お前……誰だ?」
「子種はいただいちゃったぁからねぇ。もういいかねぇ」
「なっ!」
スズユフミの輪郭が曖昧になり、そこにはケモノビトの女が立っていた。
幻術か!?
姿形どころか声も、いや雰囲気や気配も変えてたのか。