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街角聖女はじめました  作者: たろんぱす


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23/24

謁見




「何故フィリスと連絡が取れないんだ!?」


 王宮内にある専用の執務室で、ヴィクサス侯爵は髪を手で乱し机を叩いた。


 テノラス帝国の皇弟クラウディオ。

 国内ではその功績がほとんど話題に上がらないそうだが、諸外国では皇帝陛下より余程話題に上がる。何せあの帝国で開発された魔導具の外国への流通ルートを全て彼が押さえているのだ。


 まずテノラス国内で新しく開発された魔導具は、販売前に魔導具品調査所に申請して安全確認がされないと販売出来ない。その後必ず生産ラインの調査が入ってから、拡販が行われる。

 その手順を法的に整えたのがクラウディオだ。よって魔導具品調査所の結果や、生産調査の結果、拡販先の紹介や斡旋、全ての報告が彼の作り上げた組織に集まる。

 それを踏まえて、技術を外国へ出すか出さないか、何処に利用するかの最終決定も彼にある。

 つまり新しく参入したくとも、彼のお眼鏡に適わなければ一枚噛むことさえ難しいのだ。


 幸いエーリズでは聖女と取引することで、継続的に質の良い魔導具を手に入れる事が出来ているが、それもいつまで続くかわからない。国内の貴族達に魔導具が流通し始めると、「聖女の出生率が下がる」などと言うデメリットが付随したからだ。

 初めは気が付かなかった。教皇にも魔導具を贈ってやり、やっと発覚したのだ。どうやら、魔法陣の効果範囲内に魔導具があるとお互い影響し合い、聖女出生率の低下や、魔導具の早期故障が起こるようだ。


 それでなくともペキュラやオーガスに文明の発展において差がつき始めたというのに、更に魔導具の普及が他国より何段階も遅れたら、追いつくことは叶わない。


 どうしたら国力の差が出ずに、便利な魔導具のある暮らしが出来るのか。


 そして気がついた。別に領地に住む必要は無いのだと。

 初めはフィリスを皇太子妃にし、後々この国を裏から牛耳ろうと思っていた。しかし帝国の魔導具販路(金脈)を前にエーリズなど微々たる国。テノラス皇弟が手に入れば、金脈自体を自由に出来るのだ。

 

 外側から一度完璧に整えられたシステムにヒビを入れ隙を作り、そこにエーリズの魔導具師が入れるように手配する。手始めにテノラスの魔導具師を減らさなければならない。国力の差が大きくなる前に、他国への魔導具の輸出も制限したい。


 内側からのアプローチとしてフィリスが皇弟に気に入られればいい。なにせあの案山子女をちょっと治癒魔法が上手いくらいで婚約者にした男だ。それほどまでに聖女を欲しているのなら、治癒魔法が使え女性として何倍も魅力的なフィリスなら、問題なく落とせるだろう。

 

 小さな頃から王妃になるのだと育てられたフィリスを、テノラス皇弟へと鞍替えさせるのに少し手間取ったが、フィリスも魔導具のある生活を少しさせてやれば考えを百八十度改めた。少し前まで皇太子しか見えなかった視界に、やっとクラウディオという獲物を収めたのだ。


 これでテノラスでの地位も手に入り、容易くテノラスの居住地を得る事が出来る。この国の王族に仲間入りは出来なくなるが、それよりもっと力ある地位を得るのだ。

 聖女の生産地を手にしたまま、テノラスでの暮らしが出来ると思っていたのに。


(フィリスは何処へ行ったというんだ!)


 手の中にある、テノラス皇家から来たクラウディオの安否を問う手紙を握りつぶす。


 三日前の早朝、早馬でデリオン教総本山崩壊の報せを受けた。始めはたかを括っていた。聖女生産を反対する一派の仕業だろうが、あの地下の魔法陣はちょっとやそっとでは壊すことが出来ない。まして血のつながりがある奴らには強化は出来ても絶対に壊すことは出来ないのだ。


 だが追加の報せで建物が地下へ沈んだことを知り、フィリスが行方不明と報告される。

 視察に向かわねばと準備をしているところに、まさかの総本山に捕らえていたクラウディオが迎賓館へと帰ってきたのだ。そのまま丸二日間の沈黙。迎賓館の監視は全て追い出され、今はテノラスの騎士が入り口に立ち、来るもの全てを追い返している。

 こちらの動きが不気味で王都を離れられず、かと言って落ち着かない。

 この手紙は王宮にも届いている。それなのに、ヴィクサス宛にも来たのだ。その事実に背筋がゾッとする。

 陛下からも何度も報告を求められ、こちらも調査中で対応していたが、そろそろ限界だ。


 数日前までは全てを手に出来る瞬間を今か今かと楽しみにしていたはずなのに、どうしてこうなったんだ。


「侯爵様!」


 ノックもなく部屋に飛び込んできた部下に握りしめた手紙を投げつけた。


「無礼だぞ」

「し、失礼いたしました。その、アンクローディ領に、領地に」

「何だ? ハッキリ言わんか」

「領地の上空に箒に乗ったペキュラ人が大量に押しかけて、入国許可を求めております! その数二十人以上!」

「何だと!?」


 意味がわからない。ペキュラ人の目的は何だ。


「どうやら夜明けから上空に待機しているようで、領地民が怯えて仕事にならないと、早馬が!」

「ええい! クソッ」


 今王都を離れるわけにはいかないのに、面倒なことになった。一体どうなっているのだ。


「侯爵様!」

「今度は何だ!?」


 八つ当たりに叫ぶと、入室した部下がびくりと震えながら報告した。


「クラウディオ皇弟殿下が迎賓館を出たとの報せを受けまして」

「なんだと!? 何処へ向かったのだ」

「こ、ここです。王宮へと、向かっております」

「っ! 我々も行くぞ!」

「侯爵様、領地の方は……!」

「ええい! 五名までだ! 五名まで入国を許可すると返事しておけ! 入領税はきちんと取れよ!」

「承知致しました」


 今はそれどころではない。




 足早に王宮の正面へと向かうと、思っていた以上の人が集っていた。働いていた官吏も騒ぎに足を止め、人集りはどんどん大きくなる。

 そこへ、華やかな馬車が滑り込んできた。黒塗りに銀飾りがふんだんにあしらわれ、側面にはテノラスの国旗が描かれている。護衛の乗る馬に囲まれ、王宮前で停車すると、正装した侍従がステップを置き扉を開けた。

 中からスラリと長い脚が最初に現れ、煌めく銀髪、黒銀の詰襟とマントを纏った男が降りて来ると、辺りの女性から感嘆のため息が溢れ落ちた。


 その顔色は良く、健康そのものに見える。まして、先日毒を盛られたなど微塵も思えない。


(治療されてる? まさかあの婚約者になったという案山子女が来ているのか?)


 元筆頭聖女ソニア。

 メリッサ亡き後フィリスを筆頭に付けようと思っていたのに、その労力を無駄にした女だ。先代陛下の治療だと王宮内をうろちょろし、とても邪魔だった。

 やっとのこと追い出し、そのままデリオン教総本山の地下に収容しようと思っていたのに、気がつけばテノラスへと移動していたのだ。しかも皇族の庇護を受けて。

 なんとも忌々しい存在だ。帰国しているならさっさと攫って次世代の聖女の苗床にしたいものだが。


(地下の崩壊はどの程度なのか……)


 未だ瓦礫の撤去で確認が取れていない。魔法陣がなければ苗床にしたとて、必ずしも聖女を産めるわけではない。

 本当に間の悪い邪魔な女だ。皇弟の婚約者にまで納まり、どうせ贅沢な暮らしを満喫しているのだろう。


 そう思ったが、それは直ぐに否定された。

 クラウディオが微笑みながら馬車に手を伸ばし、その手を取った女性がソニアと似ても似つかなかったからだ。

 少しくすんだ色の金髪だが、よく手入れされていて艶やかに揺れ、長いまつ毛の下でブラウンガーネットの瞳はたおやかな微笑みを浮かべていた。白のドレスは聖女を示すものだろう。差し色に使われた薄紫色の刺繍は、彼女の清楚な雰囲気に良く似合っている。

 マナーの欠片も身に付いていないソニアと違い、背筋を伸ばしたまま腰を折りスカートの裾を優雅に捌き地面へ降り立った。


(案山子女じゃない! 新しく別の聖女の恋人でも出来たのか。フィリスも美人だが雰囲気が随分違う。今はああいう貞淑な女性がいいということか。であるならフィリスはもう使えんな)


 恋人も聖女とは、聖女が好きなのか。であるならば、似た雰囲気の聖女を十人程準備するまでだ。まだ付け入る隙はある。生産地が崩壊し、立て直しに時間がかかるとしても、手元にまだまだ聖女は居るし、クラウディオに取り入れれば簡単に清算出来る。


 ヴィクサスは殊勝な仮面を貼り付けて、群衆の前へ出た。


「これはこれは、クラウディオ殿下。如何されましたか? 体調はもう宜しいので?」

「ヴィクサス侯爵、ええ。すっかり良くなりました」


 そう言って隣の女性の肩を引き寄せて、目を細めた。ヴィクサスは口の端がひくりと引き攣る。

 言外に治療はこの女がした、お前の娘は役に立たなかったと言っているのだ。まして、薬を飲ませて誘惑したことは間違いでは済まされない。一瞬にして背中に冷や汗が伝う。


「そ、それはようございました。ところでこちらの女性は?」

「おや、わかりませんか?」


 愛人だとはっきり言わずに匂わせたのだろうか? それにしては、女は随分と驚いたように目を見開いた。


「失礼、どこかでお会いしたことが……?」

「いえ、わからないなら結構」


 クラウディオがさっと手を上げると、護衛達が馬から降りてきた。まるで絵に描いたような美丈夫の騎士に赤毛の目立つ男と騎士には珍しい眼鏡を掛けた男、最後に降りた背の高いガッチリした男は金髪赤目でどこか既視感を覚える。全員がテノラスの騎士服を纏っていた。


 誰だったか、と考えたところで王宮の侍従が汗を流しながら走り出てきた。それをクラウディオは冷たい笑みを浮かべて睥睨した。


「ク、クラウディオ皇弟殿下!」

「やあ。今朝謁見の申請をしたと思ったんだけど、随分返信が遅いじゃないか。待ちきれずに来てしまったよ」

「こ、困ります! こちらとしても準備がありますから、返信があるまで迎賓館でお待ち下さい!」


 汗を拭いながら侍従が声を張ると、クラウディオの顔の笑みが深くなった。


「へえ? 随分と悠長なんだね。君たちがそんな態度でもまぁ、僕は一向に構わないんだけど。僕はね」


 それが合図だったかのように、金髪の男が手を振った。すると突如地面に魔法陣が出現し、馬車の向こう側に騎士が数十人現れた。

 騎士達は一糸乱れぬタイミングで剣を抜き、胸の前で垂直に構える。

 野次馬から小さな悲鳴が次々に上がった。


(思い出した! あの赤目の男、ペキュラの魔術師だな!)


「お、王宮で転移陣など許されませんよ! 戦争をしたいのですか!?」


 たまらずヴィクサスがクラウディオに問うと、彼は可笑しそうに声を出した。


「ふっ。陛下が、僕の安否を問う手紙を王宮に送ったが返事がないと怒っているんだ。兄は大層過保護でね。僕の安全の為なら戦争など辞さないかもね?」

「なっ……!」


 動揺に声が詰まる。

 攻撃の構えを続ける騎士に、侍従は顔を青くさせてハンカチを握りしめた。


「あ、あ、あの……」

「謁見は出来るのかな? 出来ないのかな?」

「で、で、出来、ます」


 クラウディオはにっこり笑うと躊躇いなく王宮へと足を踏み入れた。


「謁見の間へ案内しなさい」


(これはもう駄目だ。逃げ……)


「貴方も一緒にどうぞ、ヴィクサス侯爵?」

「っ、ああ」


 確実にこちらを見下した姿に、苛立ちを覚えるが、それ以上に恐怖も感じる。震える拳を強く握りしめる。


 侍従は近くの従僕を捕まえてあれこれ言ってから、慌ててクラウディオの前まで戻ってきた。


「こちらです」


 侍従、クラウディオ達に続き護衛騎士と思っていた魔術師を含めた四人、ヴィクサスと少し距離を置いて、野次馬の中から謁見の間に入れる身分の高い貴族が距離を置いて後からついてくる。

 魔法で出現した騎士達は王宮の入り口で待機するようだ。抜き身の剣をくるりと半回転させ、その切先を地面に突き立て柄頭に両手を置いた。全員揃った行動は連携の高さを表していて恐ろしい。

 侍従は大分遠回りをして謁見の間へと案内した。陛下の支度が整うまでの時間稼ぎだろう。それに気がついた他の貴族も目配せしながら口を噤む。


 謁見の間に入ると、既に兵の配置はされていた。入り口での出来事を警戒してか、いつもの倍の人数が動員されている。クラウディオ達が中央の絨毯の上を玉座の前まで進む。その両脇に見物にきた貴族達が並んだ。

 宰相、側近などはまだ一人も来ていない。髪を乱して急いだ記録係が入室して来て、端の机に筆記用具を広げた。

 陛下は中々現れないが、見物人が次々と謁見の間に入ってくる。誰もが耳打ちに話しているが、皆が話すのでざわめきは大きい。

 クラウディオは時々気遣うように恋人と顔を近づけて会話を交わし、周囲が目に入っていないような振る舞いだ。

 そこに不機嫌そうに宰相が入室し「陛下の御成りです」と告げた。兵達が押える扉からこちらもまた不機嫌そうな陛下がいらっしゃった。いつもより抑えめの装飾で、準備時間が充分でなかったことが窺える。


「このような呼び出しなど前代未聞である。テノラスではマナーを教えていないのだろうか」


 謁見は挨拶もなく始まった。




***




(アウロ達は動き始めたっスかねぇ)


 ソニアは視界の端で続々と集まってくる貴族を捉える。扉の外にも中に入れない下位貴族が様子を窺っているのだろう。王宮中の権力者がこの謁見室に注視している。テノラスの出方によっては屋敷や領地に報せて、逃げる準備か、戦の支度かと戦々恐々だろう。

 だが既に作戦は始まっている。目立つ騎士のパフォーマンスとも呼べる派手な転移の陰で、貴族の格好をした騎士がこっそり転移し、野次馬に交じりそこら中の鍵を開けまくっているだろう。


「マナー! ははは、この国にそんなものがありましたか?」

「客人とて不敬である」


 クラウディオの無遠慮な発言に、王の眉間に刻まれた皺が深くなる。だが一切我関せずクラウディオは皮肉気に笑った。


「では意識の無い人間を許可なく他領へ連れ出すこともマナーのひとつだと? でしたら大したものです」


 挨拶や体面を気にした会話、回りくどい言い方をすっ飛ばして、まるで急に平手打ちを喰らわせるかのようにクラウディオは言った。

 クラウディオが、婚約発表というエーリズ貴族の家門のほとんどが参加するパーティで、毒を盛られ倒れた話を知らぬものはいない。その後運ばれ今の今まで連絡が取れなかった事も。人々はその間の出来事を想像しざわめきつつ、王の返答に好奇心を抱き待った。


「其方の治療に関してはヴィクサス侯に一任したはずだが。それに其方は回復しているように見える。彼の治療が的確だったということではないのかね?」


 名指しされたヴィクサスは野次馬から一歩前に出て礼をとった。だがその顔色は青い。


『いいかい、ソニア。僕達の役割はとにかく人を集める事だよ。騒いで脅してでも王宮にいる人達を一人でも多く集めて、周りを手薄に出来れば僕達の勝ちだ』


 朝食の席で、悪戯っ子のような笑みを浮かべて話していたクラウディオは、今は王よりも尊大な態度で、華やかな容姿で、人々の注目を一身に受けている。


(さすがっス……)


 天性の支配者気質というのか、一挙手一投足を目で追わずにはいられない。

 ソニアは自分は添え物、くらいの気分でクラウディオの腕に手を置き大人しく立っていた。


「それは僕の婚約者が治療してくれたからですよ。彼の手配した聖女は無能どころか僕を奴隷にしようとしたのです」

「それは違います! フィリスは、娘は献身的に治療を行いました。なんという暴言でしょう! 侮辱にも程があります」


 ヴィクサスは王宮に置いて、聖女の配属先や給金、王宮聖女への採用など、聖女労働に関する部署の総責任者となっている。そんな彼が直々に派遣する聖女には信頼があるし、まして彼の娘は筆頭聖女だ。もし間違いなどあれば積み上げて来た信頼が崩れてしまう。

 ヴィクサスはとっていた礼を崩し、王に訴えかけた。


「大体、婚約者と言いますが、それは王宮で不正を行い追い出されたあの孤児の事でしょう! この場に連れてくるとこも出来ないようなものにまともな治療など出来るはずもありません」

「ああ、父上の治療も途中で投げ出した聖女のことだな。確かに患者を途中で投げ打つ者の言うことは信用に値しない。この場にいるならいざ知らず、顔も出せておらぬではないか」


 なかなか言いたい放題である。遠い目になりそうな自分を呼び戻し、必死に微笑みを浮かべ続けるが、隣からひんやりした空気が漂って来て、笑顔が引き攣った。


「来ていますが?」

「は?」

「私の婚約者のソニアなら、今、隣に、おりますが。聖女を取りまとめる立場の者が筆頭聖女を務めていた者の顔も覚えてないと? それこそ信用に関わる問題では?」


 ヴィクサスが目が飛び出しそうな程見開き、驚愕の顔で指を指してくる。王も驚き、こちらを凝視した。

 やめて欲しい、見ないで欲しい。二人とも目玉が落ちそうだよ。怖いよ。


「な、なんだと? この娘が?」


 ソニアは喋らなくていいよと言われているのをいいことに、軽く膝を折り目礼をして、素知らぬ顔で微笑んだ。疎まれ続けたこの場所で、仲良くお喋りなんてする気はない。内心はヒヤヒヤものであるのだが。

 しかし、化粧しただけでそこまで驚かれるなんて。いや、エーリズ王宮にいた頃より少し太ったかもしれない。いやいやでも、人相がわからないほど太ってないと信じたい。


(くうっ……! クラウディオさんの料理も用意してくれるパンも美味しいからっ……!)


「ソニアは僕の危機と知り、一目散に駆けつけてくれたのです。こんなに誠実な彼女が不正などとても信じられません。是非不正の証拠を拝見したいものです」

「それはまた別の機会に用意させよう。謁見を申し込んだのはこの話の為か? ならばもう……」

「いいえ、謝罪の要求の為です」

「……なんだと?」


 エーリズ王が話を打ち切ろうと首を振ったところで、やっとクラウディオは本題を提示した。


「当然でしょう? この度の僕への仕打ちが治療程度で相殺されると思いましたか? しかもその治療すらソニアが行った。テノラス皇家から正式に謝罪と慰謝料の要求、それから毒を盛った犯人の引渡しをお願いします。当然犯人はもう捕まっていますよね?」

 

 王がチラリと自分の護衛に立っている騎士を見上げると、騎士は玉座の横へ進み出て、見下ろしながら言った。


「申し訳ありません。エーリズ国内で起きた事件ですから、こちらで処理致します」

「それで道理が通るとでも?」

「エーリズ国法にもあります。“エーリズ国内で起きた犯行はエーリズ国内で裁きを下す”と。まして今回はテノラス皇家を巻き込んでしまった政争が絡んでいる可能性が高い。こちらとしても取り調べを念入りに行う所存です。それとも他国が国法に介入すると?」

「僕の他に毒を盛られた人は?」


 クラウディオが質問を返すと、護衛騎士は怪訝な表情で「いません」と答えた。


「ならば“僕を狙っての犯行”の可能性があるよね。エーリズの国法でも他国の王家、皇家、元首が狙われた際は例外として捜査介入を認めているし、身柄引き渡しの交渉が可能のはずだけど?」


 これには護衛騎士もなにも返さずに眉間の皺を深くした。ぐうの音も出ない顔というやつだろう。


「……未だ、実行犯しか捕らえておりません」

「自分達の無能を隠す為の牽制は良くないよ」

「は?」


 クラウディオが呆れた顔で肩を竦めると、護衛騎士は真顔になりこちらを睨みつけた。クラウディオの煽りスキルが高すぎる。

 そもそも既に実行犯の一人であるフィリスはこちらの手にある。こんなことを言うなんて、相手はまだ知らないのだろう。

 

「どうせ慰謝料もすぐに準備できないとか言うんでしょうね。仕方ないから、ひとまず謝罪だけ受け取りましょう、国王陛下」

「はっ」


 すごい、すごいよ。

 ソニアは自分にはとても真似できない話の展開に内心で拍手を送る。相手「は」しか言えないのでは。

 国王は苛々しながら脚を組み替えた。


「朝から呼び出されてこのように下らない用とは。話にならない」

「謝罪をする気はないということですか?」

「…………」


 上段の玉座から、王、護衛騎士、宰相が睨むように見下してくる。

 クラウディオは満足そうに頷き、手を差し出すと、ティンバーがその手に書状を乗せた。それを開き、国王側へ提示する。


「それではここに宣戦布告を宣言しましょう」

「馬鹿な! 敵陣の真っ只中で妄言を吐くなど、皇弟がここまで愚かだったとは!」


 書状はテノラス皇帝陛下からの宣戦布告の宣言書。

 だが本気にしない王は鼻で嗤い、それは周囲に伝染して貴族達からもくすくすと嗤い声が漏れ出てきた。

 大義も証拠もなく攻め込めば確かにテノラスの侵略と虐殺行為になり他国から睨まれる。こちらが悪者になるのだ。だがふざけていると思われても困る。

 クラウディオはピアスを外して掌に載せ、それを起動させた。


──ザザッ、『ねぇ、美味しいでしょう? 皇弟サマ。ふふふ、コレはね、理性という檻から解放してくれるお薬なんですって。その願望を我慢せず、やりたい事をしたいように出来るのよ。一度使ったら止められないと人気なの』


 雑音の後に流れ出したのは紛れもない、筆頭聖女フィリスの声。甘い笑い声と水音、咳き込む声が続き、王太子への批判の声も入っていた。

 その場で気がついた者はハッと動きを止める。ヴィクサスは顔を真っ白に染め、ブルブルと震え出した。


「ご令嬢は魔導具がどういうものか、まだ良く存じてないみたいですね。自ら毒を盛った証拠を残してくれて、感謝しています。それから」


 クラウディオが目で合図するとシルが前に出て手を振った。すると空中に絵が現れた。正に今の、この謁見室の絵で、それが動き喋り出す。


──『謝罪だけ受け取りましょう』

──『朝から呼び出されてこのように下らない用とは。話にならない』


 謁見室での出来事がシルの魔法によって記録されていたのだ。


「私はペキュラのグレゴリー・シルベスト・ストロバトス侯爵だ。この場を見届けさせてもらった。エーリズ国に謝罪の意思がないものとみなし、三国同盟の盟約の元、この瞬間よりテノラス帝国の選択を尊重し加勢する事を表明する」


 皆がポカンとシルを見つめ、状況に追いつけていない間に、ランドリックも一歩前に出た。いつもはパサついている赤髪も今日はきっちりセットされている。つなぎも脱いで、カモフラージュの騎士服姿だ。


「私はオーガスのランドリック・ヴィルジュ伯爵です。同じくこの場を見届けました。三国同盟の盟約の元、エーリズ国がテノラス帝国に敵対したとみなし、テノラス帝国への加勢を表明します」


 ランドリックの場合魔導具の発明のみで爵位を得ているので、本来ならこういった政治的権限は一切持っていない。


(けど、事前にクラウディオがオーガス政府へ根回してしまったんスよおおぉ!)


 というわけで今回のみ代理としての発言を許されているのである。


「そんな……」


 しんと静まりかえっていた謁見室に、どこかのご夫人の呟きが響いた瞬間、爆発的に野次馬達は駆け出した。しかし扉の外に出ることは叶わなかった。なぜなら外から伺い見ていた人々が謁見室に押し入ってきたからだ。


「いやー!」

「助けて!」

「誰か、助けてくれ!」

「きゃー!」


 入り口で、出る人と入る人が激しくぶつかり、横に転げた人々が積み重なる。

 そんな彼らの更に後ろから武器を携えた神父達が押し入って来た。謁見室の人口密度が倍に跳ね上がり、逃げ惑う人が振り返る余地すらなく押し込まれていく。


「いたぞ! 王だ!」

「首を取れー!」


 部屋に響く怒声に、その場の全員が直感的に反乱勢力だと悟った。しかしここは謁見室。騎士以外誰一人として武器を所持していない。エーリズ貴族達は更に壁へと押し合い、身を寄せ合って真ん中の通路を開ける。


「王を守れ! 立ち向かえ!」


 王の周りにいた騎士が剣を抜き、前に出て来た。

 ソニアもクラウディオに肩を抱かれて壁際へ移動し、シルが六人を包み込む障壁を張る。このままだと押し寄せる人の圧力で潰れそうだ。


「あ、ああっ、ちょ、入り口で転んだ人達大丈夫なんスか?」


 ソニアは落ち着かずに手をそわそわと動かす。


「ソニア、まずは自分の心配をしようね。とは言え僕もこれは想定外。予想より案内された謁見室が小さかったな」


 障壁の外はあっという間に人に囲まれて、押し付けられている人がうめき声を上げて、動かぬ人壁のようになっていく。


「謁見室の大きさは歓迎度の現れ。其方が嫌われているせいで、とんだ災難だ」


 クラウディオは肩を竦めてため息をついた。

 今障壁を外せば自分達も押し寄せる人に潰されてしまうだろう。

 小柄なソニアは外の様子が見えないかと小さくジャンプを繰り返す。


「おい、来たぞ」


 ランドリックの声に、皆が玉座の方へ向いた。王は専用の通路から逃走しようとしたのだろう。護衛騎士、宰相とちゃっかりヴィクサスも一緒だ。そこに通路を先回りしていたアウロが現れて、武装神父二人が王に剣を向けた。しかし護衛騎士が立ち、二人の剣を受け止める。

 ヴィクサスが魔法を使いアウロも対抗していると、ふらりと薄汚れた男が現れた。

 木綿の編み上げシャツに、丈の足りないパンツ、裸足で髪はボサボサでべっとりと頭部に張り付いている。見える手足は骨ばっている上に、濃い痣が付いていた。それはまるで長期間拘束されていたような……。


「あれは誰ですか?」


 ティンバーが目を眇めるが、誰も答えを持ち合わせていない。

 痩せた男はふらりふらりとよろめきながら、王の手を掴む。しかしそれを王は振り払い転んだ男の背中を強く踏みつける。

 そして男は、笑った。


「様子がおかしくないか?」

「っ!」

「まずい!」

「え?」


 クラウディオとシルが咄嗟に前に出て腕を伸ばす。

 その瞬間、謁見室に爆発音が響いた。




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