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デスゲーム開始から100年が経過した  作者: 暇人のアキ
第二章 1羽の鳥となって、このソラの向こうへ
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〈seagull N〉

「あははっ!遅い遅い!」


 ベヒモスの巨大な触手の群れは、まるで1つの波のよう。

 その波が、ハートを飲み込まんと迫っていく。

 しかしその動きはあまりにも遅く、激しく動き回るハートにはまるで当たらない。

 針の穴に糸を通すように触手の間を潜り抜け、時に触手を切りつけながら、ベヒモスへと接近する。

 ドローンの軍団が銃弾の雨を降らせるが、こちらも当たる気配はない。


「『アサルトランス』!」


 ラスボスたるベヒモスには、状態異常やデバフは効かない。

 ゆえに、純粋な火力で勝負しなければならない。


 ハートはスキルによってクリティカルダメージを倍増させながら、ベヒモスに連撃をお見舞いする。

 無防備に近づいてきたハートを捉えるため、ベヒモスの触手が唸りを上げる。


「あははっ、当たんないよ!『竜巻旋風』」


 そのスキルは物理法則を無視してハートを浮かび上がらせ、一瞬のうちにベヒモスの上をとる。

 ハートは横方向に回転しながら、象のようなベヒモスの頭に遠心力の乗った攻撃を放った。

 さらにベヒモスの背を駆け抜けながら、切りつけていく。


 ベヒモスの背は広く、駆け抜けるには充分だった。

 反面、ブニブニしている上に揺れるので、走りにくかった。

 ハートはそんな悪路をものともせずに動き回りながら、大地たる背中に短剣を突きつける。


 ドローンはベヒモスに弾が当たるのも気にせず、こりずにハートを狙う。

 ハートはドローンの攻撃を避けつつも、ドローンに対しては攻撃しようとしない。

 何体いようとハートを遮ることなどできないし、どうせ倒しても後から後から湧いて出るのだから、無視しても良いだろうと思っているからだ。


 そんなハートの考えは確かに正しい。

 いや、正確には()()()()()と言うべきか。

 突然、ドローンの動きが変わったのだ。


 それは、ベヒモスの背で暴れるハートを、ハエ叩きのように触手が襲っている時のことだった。

 ドローン軍団のうちの3体の中から、突如として刃が生えてきたのだ。

 3体のドローンは中距離戦を捨て、近接戦闘に移行してきた。


「ははっ!なんのつもり?」


 ドローンの飛行速度も反応速度も、到底ハートに対応できるものではない。

 だというのに自ら間合いを詰めてくるなど、自殺行為に等しかった。


 だが、ハートはその考えが甘かったということを思い知らされることになる。

 その3体のドローンは、先ほどまでとはまるで動きが違っていた。

 相手の剣筋を読み、その小ささと飛行能力を活かして立体的に飛び回り、連携して多角的に攻めてきた。


 さらに後方のドローンの動きも変わる。

 これまではただガムシャラに目の前の敵を撃つだけだったのが、前衛の隙を埋めるようなタイミングで、あるいは逃げ場を潰すように撃ってくる。

 まるでモンスターではなくプレイヤーを相手にしているみたいだ。


「強くなった?けど、足りないよ!あははっ!『飢鳥転進(きちょうのてんしん)』」


 ハートは空中へと飛び上がり、3体のドローンを見下ろす。

 身を翻して、一太刀で3体まとめて叩き切った。

 これで、鬱陶(うっとお)しくまとわりつく奴はいない。

 そう考えていたのだが。


 後方で銃を撃っていたドローンの内の3体から、またしても刃が生える。

 どうやら、近接戦闘してくる個体は変わり者、というわけでもなさそうだ。

 機械なのだから当たり前か。


 どれだけ倒しても、ドローンたちにこの陣形を崩す気はなさそうだ。

 それに加えて、ベヒモスの触手まで攻撃を仕掛けてくる。

 ドローンたちを一切巻き込んでないあたり、連携はとれてるようだ。


 ドローンの動きが変わろうとも、ハートはほとんどダメージを負っていない。

 しかし、ベヒモスへの攻撃の手はかなり緩くなっている。

 普通であればかなりマズい状況だ。


 しかし、ハートの考えは違う。

 ダメージは確実に蓄積している。

 ならば、いつかは倒せる。

 その“いつか”は明日かもしれないし、来月かもしれないし、来年かもしれないが。

 30年間一瞬の休みもなく戦い続けたハートにとってみれば、あまりにも短い時間だ。


 ドローンと触手の猛攻を受け流しつつ、ベヒモスへ攻撃を加えていく。

 と、そこでハートは気づいた。

 地面が、傾いていることに。


 これまでベヒモスの触手以外の部分は、ほとんど動かなかった。

 常にフラフラと揺れてはいたが、ハートが小さいから大きく揺れているように感じただけで、ベヒモス視点では大した動きではないだろう。

 しかしここにきて、横向きに倒れ始めたのだ。


 ハートはベヒモスの背を登り、横腹を目指す。

 そこに待ち構えていたかのように3体のドローンが現れ、ハートを切りつける。

 2体まではかわしたが、3体目はかわしきれずに短剣で受ける。

 それが失敗だった。


 3体目のドローンが赤い光を放ったと思ったら、次の瞬間には爆発していた。

 爆発は小さなものだったが、不安定な足場にいるハートを吹き飛ばすには充分だった。


 ハートは空中に投げ出されてしまう。

 そこを狙って2体のドローンがハートを狙う。


「っ!『爽閃』」


 短剣系最速のスキルで、ハートは2体のドローンを叩き切る。

 しかし、ドローンはそれでは終わらない。

 射撃戦用のドローンが、待ちかねていたように銃口を向けていた。


「『旋風刃』!」


 ハートの体は物理法則を無視して下に沈み込む。

 それにより、銃撃の当たる位置がズレる。

 だが、完全にかわせるわけではない。

 おそらく、左腕は持っていかれるだろう。


 そんな状況下でも、ハートはひどく落ち着いていた。

 笑顔の仮面の裏で、落ち着いていた。


 腕が無くなるから、なんだというのか。

 どうせ時間が経てば生えてくるのだし、今はポーションだってある。

 片腕が飛ぶ程度のことは、この30年でいくらでもあった。

 むしろ、五体満足な時間の方が少なかった。

 たとえどれだけ傷ついても、どれだけHPが減ろうとも、0にならなければそれで良い。

 痛みなどないのだから。


 だが、なぜだろうか。

 エイの顔を思い出したのは。


 あの日、塔の前で炎を操る男と戦った時。

 ハートは、あの戦いで『死にかけた』とは思っていない。

 HPゲージが赤く染まるのは、ハートにとって“ピンチ”ではなく“いつも通り”だ。

 結局あの時だって死にはしなかった。


 だというのに、どうしてエイはあんな悲しそうな顔をしたのだろうか。

 どうして彼女は、抱きしめてくれたのだろうか。

 ハートには、分からなかった。


 けれど、分かることはある。

 エイが、親友があんな悲しそうな顔をしているのは、嫌だということだ。

 腕が無くなっているところを見られたら、傷ついているところを見られたら、きっとエイはまたあの悲しそうな顔をするだろう。

 それは、嫌だった。


「『鏑矢・爆音(はぜおと)』」


 一筋の矢が、銃弾を射貫く。

 矢は着弾した途端に爆ぜ、爆音を響かせながら爆発した。

 爆風は盾のようにハートを守り、弾は1発も当たらなかった。


 ハートは猫のように音もなく着地し、矢が飛んできた方向を見る。

 確認するまでもないことだが、矢を放ったのはNだった。


「ハート!」

「……しぐるん?なんでここに?」


 ハートは笑顔のまま、しかしどこか怪訝な顔でNを見る。

 ベヒモスと戦うことをあれだけ反対していたNが、ついてくるとは思っていなかったのだ。

 そんなハートに対して、Nはいつものように無表情――ではなかった。


「……キミは、いつも人の話を聞かない」


 Nの瞳には、激情が秘められていた。

 時々、それこそ数年に一度ほどのことだが、Nはこんな風にハートを怒る。

 しかし、今日のソレはいつもとは少し違うように見えた。


「自分の決めたルールに従わないと怒るくせに人が決めたルールは守らない!危ない場所には嬉々として突っ込んでいくし、少し外に出れないと退屈だとか言ってすぐにどこかに行く!真面目な式典をしょうもないイタズラで台無しにするし、人のオヤツは勝手に食う!1人で冒険に出るのが好きな割に、1人で寝るのは嫌だとか言って勝手にベッドに潜り込んでくる!」


 ハートには、まったく意図がわからなかった。

 戦闘の最中だというのに、Nは何をしたいのだろうか。


 わからなくて当然だろう。

 これは、一種の踏ん切りだ。

 過去の自分から、生まれ変わるための。


「それに……変なところで責任感が強い。今日も、()()()も、みんなを危険に晒した責任をとったつもりなんだろ?だからボクの話も聞かずに一人で突っ走った」


 Nはもう、怯えない。

 膝を抱えてうずくまることの無意味さを教わったから。

 だから、鳥籠は必要ない。

 もう、線は引かない。


「だから、ボクも決めた。もう2度と、キミを1人にはしない!たとえキミの命令だろうと、置いていかれはしない!キミの横で、ボクも共に戦う!」


 名は体を表すという。

 今の彼女は、古性凪ではない。

 ならば鳥のように、この空を飛んでみせよう。

 広大で、恐ろしく、何より自由なこの空を。

 それが、〈seagull N〉としての生き方だ。


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