N⑨
「い、いったい何が起こったっスか?」
バルヘルとの戦闘を、樹永は少し離れたところから見ていた。
そして、隕石のように空から降ってきた巨大なモンスターを目撃した。
モンスターは地表を突き破り、ハートたちを巻き込んで地下へと落下していった。
樹永は、モンスターが突き破ってできた大穴をのぞき込む。
そこはかなり大きな地下空間が広がっており、どうやら地下数階分をぶち破っているようだった。
そして、最下層の大広間では巨大な怪物が鎮座していた。
「とにかく、どうにかして降りないとっスね……」
樹永は、東堂新聞社の一員としてこの先の展開を見届け、伝える義務がある。
穴の上からではベヒモスの巨体が邪魔で、様子がよく見えないし、ハートたちが移動する可能性もある。
ゆえに、下に降りておきたかった。
この体ならば、ジャンプしても死にはしないだろうが、しかし降りた先はあの怪物の目の前だ。
もっとゆっくり降りる必要がある。
樹永はアイテム欄からロープと杭を取り出すと、杭を地面に刺し、そこにロープを巻き付けた。
そして、ロープを垂らし、それを伝って壁沿いに降りていく。
一気に最下層まで降りるつもりはなく、その2つ上の階に降り立つつもりだった。
大穴の壁には、先ほどまで地下通路だったものが横穴の様にいくつも空いていた。
数階分ほど降りたところで、その横穴のうちの一つに、人影が見えた気がした。
「ん?あれってもしかして……」
樹永にはそこにいた人物に見覚えがあった。
それは、まだ塔にすらたどり着いていないころ、エイと話していた黒いマントの人物だ。
もちろん単なる黒いマント、同一人物である保証などカケラもない。
仮に同一人物だったとしても、ハートたちの戦闘以上のスクープが得られるとは思えない。
理屈で考えれば、そうだ。
しかし、樹永の記者としての勘が叫んでいた。
あの影のような人物こそ、この事件の真相の鍵である、と。
判断は一瞬だった。
樹永は壁を蹴って大きくロープを揺らし、人影の見えた横穴に飛び込んだ。
よく考えれば、戦況などはあとで本人たちに直接取材をすれば良いのだし、謎の人物を追うほうが大事だろう。
そんな風に自分に言い訳をしながら、樹永は人影を探す。
人影はすぐに見つかった。
樹永は見つからないように慎重に尾行を始める。
金属で覆われた地下通路を数分ほど進むと、人影はある部屋に入った。
樹永は慎重にその部屋に近づき、ゆっくりとドアノブを回す。
扉を少しだけ開いて中を確認するが、人の気配がしない。
思い切って自身の体を中に滑り込ませ、部屋を見渡すが、やはりそこには誰もいなかった。
「消えた?いったいどこに……?」
そこは突き当りの部屋で、入口以外に扉はない。
だというのに、あの人物はどうやってこの部屋の外に出たのだろうか。
樹永が部屋を探索していると、あるものが目についた。
わざとらしいほど無造作にテーブルの上に置かれていた、手のひらサイズの機械だ。
その機械は、とても見覚えのあるものだった。
「……これは、テープレコーダー?」
そのテープレコーダーは100年前の代物のはずだが、かなりきれいに残っていた。
怪しさ満点の品だったが、好奇心には勝てず、樹永はそのテープレコーダーに保存されていた音を再生した。
『――2029年10月22日。エージェント〈カーム〉より報告』
途端に、女性の声が響いた。
2029年10月と言うと、あのゲーム『ロストアドベンチャー』が発売する約半年前だ。
やはりこれは100年物の機械らしい。
まあ自分たちの肉体だって100年も変わらず保存されていたのだ。
何かそういう技術があるんだろう。
内容を要約すると、ある街に発生したモンスターを秘密裏に処理すべく、エージェント〈カーム〉と数人の仲間が向かい、そして最終的にエージェント〈カーム〉は死んだ。
つまり、この音声は彼女の遺言として残されたものなのだ。
どうやら、ゲームが発売される前からモンスターは地球に現れていたらしい。
しかし、彼女のようなエージェントや守護者が秘密裏に撃退していたため、世間はそれを知らなかった。
この後モンスターは増加の一途をたどり、隠蔽どころか世界を崩壊させるまでに増えるが、このころはまだ秘匿できるくらいしかいなかったのだろう。
100年前の様子を知れる貴重な資料だ。
しかし、重要なのはそんなことではない。
エージェント〈カーム〉が語るその続きは、樹永を驚愕させるのに十分なものだった。
「こいつは、まさか――!」
その時、突如として扉が破壊され、外から数体の戦闘用ドローンが飛び込んできた。
ドローンは一瞬で樹永を包囲し、銃口を向けた。
「っ!マズいっスね……!」
ハートやエイならば一瞬で倒せるような敵でも、樹永にとってはまともな戦いにならないほどの強敵だ。
しかも唯一の出口は抑えられている。
「せめて、これだけは届けないと……」
手元のテープレコーダーを握りしめ、樹永は生き残るための道を必死で模索するのだった。
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「なんで、こいつが」
知らず、足が震える。
その怪物は、Nにとってトラウマそのものだった。
やつによって仲間は殺され、リーダーも奪われ、生き残った者たちも散りぢりになった。
夜明けの探索者崩壊の元凶ともいえるその怪物は、獲物を探すように首を振っていた。
「まったく、乱暴なことだ」
「ッ!」
横から声がして、Nはようやくバルヘルの存在に気づいた。
あの巨体でありながら、気配のしなさならハートと同格だった。
それでいて、見えた瞬間にはなぜ気づけなかったのかと疑問に思うほどの威圧感をバラまいている。
まるで底知れない男だった。
「……キミたちは、アレを操れるのか?」
「当たり前だろう?なにせモンスターだからな」
「……」
「なんだ貴様、あんなのが怖いのか?周りを見渡してみろ。貴様、アレよりもよほど強い者たちに囲まれているぞ?」
言われて、Nはようやく気付いた。
自分の周りに、たくさんの人間が立っていることに。
「バカな、いつの間に……!?」
先ほど見たときは確かにいなかったはずだ。
いくら暗闇と土煙で周囲が見えずらいとはいえ、これほどの人数が気配もなく移動してくるなどありえない。
まるで瞬間移動でもしてきたかのようだ。
Nを取り囲む人間たちは、全員が何らかの獣の特徴を持っていた。
犬のような耳を持つ者、鳥のような翼を持つ者、馬のような蹄を持つ者、魚のようなひれを持つ者、様々だ。
全部で30人ほどの半獣たちは、ガヤガヤと騒ぎ立てる。
「キヤガッタ!キヤガッタ!」
「おいおい!こんな奴らが本気で俺たちを殺す気なのかよ!笑えるなあ!」
「ふふ、私は好きよ。そういうおバカさんは。調教し甲斐があるじゃない」
「計算の結果、我々の勝率100%。レベルで管理されたあなたたちが数値を覆すことなどできませんよ」
「大人しく手の平で転がされていればよかったものを。好奇心はネコをも殺す、なんて言葉がこの世界にはあったはずなんじゃが……」
好き勝手に囃し立てる半獣たちだったが、Nには言い返す気力もなかった。
バルヘルだけでも勝ち目がないのに、ベヒモスだけでも絶望的なのに、さらにこんなに大勢の仲間までいるなんて。
始めから、自分たちの勝ち目などなかったのだ。
バルヘルは、興味なさそうにNから視線を外すと、広間の端にある巨大な扉に向かって歩き出した。
バルヘルはベヒモスも通れる大きさの扉を軽々と開けると、顔でけ振り向いて叫んだ。
「追いたければ好きにしろ!この先に進むのであれば、命の保証はできんがな」
それだけ言って、バルヘルは扉の外へと消えていった。
いつの間にか、半獣たちは霧のように消え去っていた。
「…………はぁ、はぁ」
Nは、万が一にもあの怪物に目を付けられないようにと息を殺していた。
ベヒモスはしばらく何かを探していたようだったが、やがてバルヘルの開けた扉のほうへと歩き出した。
ドシンドシンと、極めて鈍重な動きでこの大広間から出ていく。
Nは息を殺して、怪物が過ぎ去っていくのをじっと待っているほかなかった。
Nはベヒモスが完全にいなくなったのを確認すると、腰が抜けて膝から崩れ落ちた。
吸えるはずもない息を無理やり吸い、あるはずのないつばを飲み込む。
はやく、ここから離れなくては。
奴らの気が変わる前に、はやく。
「――全然見つからなかったよ。しぐるん気配消すのうまくなった?」
「――ハート!無事だったか!」
突然、後ろから声がした。
振り返った先にいたのはハートだった。
どうやら彼女も無事だったらしい。
「よし、はやくエイとリリスも見つけよう。そして、すぐにここから――!」
「しぐるんはみんなを探して逃げて」
ハートは、珍しく真面目な顔をしていた。
ハートのこんな顔は、ゲームクリア後はもとより、100年間を通しても数えるほどしか見たことがない。
そして、ほんの1か月前まで、"最後に見たハートの顔"はこの顔だった。
「……キミはどうする?」
「あいつを追う」
「――正気じゃない!さっきの戦いで分かっただろう!?あれはボクたちで勝てるような相手じゃない!それに……あのベヒモスまでいるんだぞ。生きて帰れるはずがない」
最悪の予想通りなハートの返答に、Nは思わず声を荒げさせる。
彼女は再び繰り返そうと言うのか。
30年前のあの日を。
そんなの、許していいはずがない。
「……ははっ、大丈夫。わたしは最強だから」
気のせいだろうか。
乾いたように笑うハートの眼は、どこか不安げに見えた。
「待っ――!」
とっさに手を伸ばして引き留めようとするが、その手は空をつかんだ。
ハートはすでに走り出していた。
本気で走り始めたハートを止めることなどできない。
しかし、追いかけることならできるだろう。
今すぐ走り出せば、戦うハートの援護はできるはずだ。
あのバルヘルと、大量の半獣たちと、ベヒモスと……。
Nの足は、なにかに囚われたように動かなかった。
「なんでだ……!」
その怒りは、誰に向けてのものだったのか。
Nの言葉は、暗がりの中、ただ虚しく響いていた。




