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デスゲーム開始から100年が経過した  作者: 暇人のアキ
第二章 1羽の鳥となって、このソラの向こうへ
39/53

N⑧

 この世界を手に入れたと、男はそう語る。

 それの意味するところは1つしかない。

 つまり、奴こそが半獣どもの頭目。


「……鎖?」


 その男――バルヘルは、野太い腕から鎖を垂らしていた。

 鎖は巻きつけられているのではない。

 まるで腕から直接生えているかのようだった。


 ゴリラのような両腕から伸びた2本の鎖は、ジャラジャラと音を立てて、地面に落下する。

 はて、あの鎖は地面につくほど長かっただろうか?


「さて、まずは戦いやすくしようか」

「――伏せてっ!!」


 逸早(いちはや)く、ハートが気づいた。

 すでにバルヘルの()()()()であることに。


 ハートの声を聴いて、その場にいた者はとっさに頭を低くした。

 次の瞬間、彼女らの頭の上から空気を切り裂くような音がし、一瞬遅れて建物に1本の乱雑な線が走る。

 その線は廃ビルを上と下とに切り離し、支えを失った上側が傾き始めた。


「なん、ですか、今のは……!?」


 目の前のバルヘルが、異様に長い2本の鎖を振り終えていることでようやく気が付く。

 廃ビルを一瞬のうちに真っ二つに割ったのは、あの鎖であるということに。


 すでに壊れかけだった廃ビルが、今の攻撃に耐えられるはずもなく。

 ガタガタと音を立てて崩壊を始めた。


「まずいね、崩れる」

「任せてください!『超・ウルトラ破壊砲』!」


 両手で構えたその大盾から、エイは衝撃波を飛ばす。

 その衝撃波は、迫りくるガレキの山を吹き飛ばした。


 外の様子を見て初めて気づいたが、バルヘルの一撃はこの廃ビルだけでなくあたり一帯にまで広がっていた。

 このまま数秒の時が立てば、見渡す限りはガレキの山に姿を変えるだろう。


 Nがちらりとエレベーターを確認すると、当然というべきか真っ二つになっていた。

 もはや調査は諦めたほうが良いだろう。

 そんなことよりも、今はこの怪物をどうするかに頭を働かせたほうが良さそうだ。


 数瞬ほど、時をさかのぼる。

 バルヘルが鎖を振り終わった瞬間に、ハートはバルヘルに向かって踏み出していた。

 攻撃後の隙を狙って、その首を掻き切らんと最短経路で短剣を走らせる。


 しかしバルヘルは、その巨体からは想像もできぬほどに俊敏(しゅんびん)だった。

 ハートがバルヘルの下にたどり着くコンマ数秒で、次の攻撃準備を終えていた。


 バルヘルは、2本の鎖をグローブのようにそれぞれの腕に巻きつけ、叩きつけるようにしてその左手を振るう。

 振るわれた左手は空を抉り取り、地面にぶつかり、地震のような衝撃を巻き起こす。

 コンクリートを大きく陥没させるほどの一撃が、ハートの顔の横の空間を(かす)め取っていく。


「ヤバッ。当たってたら死んでたかも。ははっ」


 笑いながら、ハートはバルヘルの一撃を避け、すれ違いざまにその腕を切り付ける。

 当然鎖が巻き付いていない部分を狙ったが、しかしバルヘルの腕は見た目以上に硬く、まるで刃が通らなかった。


 そんなハートの攻撃から一歩遅れて、Nが弓矢を放つ。

 その攻撃に合わせるようにして、自警団から連れてきた4人の団員が同時に突っ込んでいった。


「うおおおお!」


 Nが連れてきただけはあり、4人の連携力はなかなかのものだ。

 4体1ならば、格上にも十分に通じる戦力となるだろう。

 ――格上などという表現ですむ程度の相手ならば。


 バルヘルは、弾丸を優に超える速度の矢をなんてことないかのように左手でキャッチした。

 いくらスキルを付けていないとはいえ、矢を素手で止められるのはNにとって初めての経験だった。


 バルヘルは、残った右手を4人の自警団団員に向けてふるう。

 ハートに届くかというほどの速度を持ったその一撃を、反応できるはずもなく。

 紙のように、4人は簡単に吹っ飛ばされてしまう。


「ぐわああ!!」

「――ッ!『列弓・刃』」


 4人の後ろから、次なる矢が飛んでくる。

 その矢は先ほどよりも速く、鋭かった。


 今度はバルヘルも掴まず軽々と避ける。

 さらにカウンターとしてNに向けて右側の鎖を伸ばす。

 鎖は弾丸のような速度でNに迫り、その首元を正確に――破壊する前に、大盾が立ちふさがる。

 大盾はNに代わって鎖の一撃を受ける。


「くっ!なんて重さ!」


 エイはどうにかバルヘルの一撃をはじいたが、その攻撃はかつて戦ったラスボス〈ベヒモス〉を思い出させるほどのものだった。

 単なる遠距離攻撃でこの威力ならば、先ほどの拳はいったいどれほどか。


 エイがはじいた鎖は蛇のように動き、地面に突き刺さった。

 そして、バルヘルは鎖を一瞬のうちに巻き取った。

 まるで瞬間移動のように、バルヘルの体はエイの目の前にまで迫っていた。


「――え?」


 巻き取りの勢いを利用した、破滅的な一撃がエイを襲う。

 エイは大盾越しにそれを受け、受け止めきれずに吹き飛ばされる。


「エイ!?くそっ……!」


 Nが次なる一射を放つが、しかしスキルも乗っていない攻撃などに意味はないだろう。

 スキルを使う時間すらない中で放たれた、苦し紛れの一矢。

 当然のように避けられ――なかった。


「『暗殺』+『ラッキー7』」


 なぜならバルヘルは、背後から襲うハートの対処を優先したからだ。

 エイを吹き飛ばした重い一撃の直後の、死角からの無音の確殺コンボ。

 ハートとしては確実に()ったと思ったのだが、蛇のように動いた鎖がハートの短剣を防いでいた。


「これ反応するの?あははっ、バカみたい」


 後ろに目でもついているのかという超反応を見せるバルヘルの肩には、Nの矢が刺さっていた。

 しかし、刺さっているだけだ。

 並大抵のモンスターならば腕ごと持ってかれるような攻撃も、バルヘルにとってみればそよ風に等しい。


 バルヘルは前後それぞれに鎖を伸ばし、2人を狙う。

 間一髪でハートは躱すが、Nはその鎖に巻きとられてしまう。

 鎖は縄のようにNを縛った。


「――グッ」


 拘束されたNの足がふわりと浮き上がる。

 Nはそのまま、一瞬のうちに空高くまで連れてこられてしまう。


「うわあああ!」


 先ほどまでいた廃ビルの屋上ほどの高さまで来ると、鎖はそこで一瞬静止する。

 Nは逆さづりにされており、上には地面が見えた。

 そして、その地面に向かって急加速を始める。


「『リムーブ・ギア』」


 バルヘルの真上に、ハートが飛び込んでいた。

 ハートは、相手の装備品を強制的に取り外すスキル『リムーブ・ギア』をバルヘルの鎖に使った。

 あの鎖が果たして装備品扱いなのか、ハートが知るよしもなかったが、結論を言えば鎖は消え去った。


 ハートは空中でNを抱きとめ、そのまま着地した。

 バルヘルは追撃せず、肩口に刺さった矢を引き抜いた。

 傷口から血すら出ないのは、いったいどういうわけなのか。


「助っ人を呼んできたようだが、この程度か。こんな程度では俺一人にも勝てんぞ」


 先ほどまでエレベーターだったものの前で座り込むリリスに、バルヘルがあざ笑うかのように言う。

 周囲では、数多の廃ビルがようやく崩れ落ちたころだった。


「く、強すぎる。こんな相手がまだいるっていうのか?」


 リリスの話では、半獣は単独ではない。

 この怪物と同等の相手が複数存在するなど、考えたくもない話だった。


 吹き飛ばされていたエイがハートたちに合流する。

 かなりHPを削られたようだが、さすがに一撃で瀕死になるほどではなかったようだ。


 なぜか追撃を仕掛けてこないバルヘルが、ふと上空を見た。


「――次は、こいつの相手でもしてもらおうか?」


 そこで、Nは気づいた。

 影が、迫ってきていることに。


 上を見上げると、そこには視界を覆いつくすほどの巨大な何かがいた。

 それが何なのかを認識する前に、一帯を衝撃が襲った。


 隕石でも落ちたのかと思うほどのその衝撃は、アスファルトの地面を簡単に突き破った。

 Nのスキルでも壊せなかったあの地面を、である。

 Nはその崩落に巻き込まれ、地下へと落ちていった。


 ビル2つ分ほど落ちたところで、地面に足がつく。

 どうやらかなり広い空間らしい。

 あたりは土煙と暗闇で覆われているが、Nにそれは関係ない。


「……いったい、なにが――」


 周辺を見渡し、その落下物が何なのかを確認し、固まった。

 顔は青ざめ、唇は閉じ切らず、両手は勝手に震えだす。

 その目に宿る色は、恐怖。

 Nはその巨大な落下物に恐怖を感じていた。

 先ほどバルヘルに対峙していた時でさえ、こんな風にはならなかったというのに。


「そん、な。こいつは――」


 天井まで届こうかという巨躯。

 象のように太い胴体と、うごめく数百本の触手。

 その怪物(モンスター)の名は〈ベヒモス〉。

 かつて『夜明けの探索者(ドーン・シーカー)』を崩壊に追い込んだ、ラスボスである。

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