N③
この世界にいくつも立ち並ぶ塔。
ハートがたどり着いた塔のように、強力な"何者か"に守られ誰も寄り付かない塔もあるが、そうでない塔には多くのプレイヤーが集まり、集団を作り上げていた。
だが、忘れてはならない。
プレイヤーたちの中には、前の世界で殺し合いを演じたものも多くいるということを。
【脱出派】そして【秩序派】、彼らの間に存在する溝は、別の世界に来た程度で埋まるものではなかった。
「また【脱出派】の奴が来たのか。……まったく面倒なことになったものだね」
塔の周辺に拠点を築いた集団の一つ、そこにNはいた。
その集団は【秩序派】そして【中立派】の面々で構成されており、Nは集団全体の陣頭指揮を執っていた。
プレイヤーの多くは、テントやモンスター用の柵、旗などをアイテムとして所持しており、それらと周囲の建物の残骸を使って、それなりの拠点を築いていた。
Nのいる塔のすぐそばには、かなり綺麗に原型を留めた建物があり、そこがこの集団の本部として機能していた。
Nは、報告にきた自警団の団員に問う。
「それで、今度のやつはなんて?」
「すっかり戦意を削がれている様子でした。これまでと同じく、自暴自棄になって投降してきたのでしょう」
【秩序派】が築き上げた拠点には、たびたび【脱出派】の人間もやってきていた。
その目的は先の世界と同様に抗争――というわけではなく、彼らはすっかり戦意を失い、【秩序派】に投降しにきていた。
そもそも【脱出派】は数が少ない。
いくらレベルが高くとも、数の暴力にはかなわない。
これまでは【脱出派】もまた群れることで対抗していたが、この世界に来た折、仲間たちはバラバラにされてしまった。
それに何より【脱出派】にはもう戦う意味がない。
ゲームクリアの先に待っていたのは、現実世界ではなく次のステージだった。
大義も希望も失い、残されたのは罪と敵。
大抵の脱出派は、塔を避けるようにして一人で行動するか、大人しく【秩序派】に投降するかだった。
「Nさん。どう致しましょうか?」
「どうもこうもないさ。麻痺毒でもつけて縛って牢屋で見張る。大監獄がない以上、そうするしかない」
「しかし、それでは納得しない者も多いのです。そもそもあいつらは――」
「戦意のない敵は殺さない、それがトウカの定めたルールだ」
「ならば、せめて桃花様の口から――」
「無理だよ。トウカはあの部屋から出てこない。誰もあの部屋には入れないし、入らせない。まあ、ボクらにできることは、トウカが戻るまで待つことだけさ」
10日ほど前、Nはこの塔に辿り着き、そして少し先に来ていた桃花と合流した。
しかし、その時既に桃花の様子はおかしかった。
Nと会ってもどこか上の空で、なにか別のことに気を取られているようだった。
そして、Nが塔を調べようとすると唐突に雰囲気が変わり、塔の中のある部屋への侵入を禁止した。
桃花と一緒に塔を探索した者の話によれば、その部屋は特に他と違った点は見られず、箱が並んでいるだけだったらしい。
ただ、その部屋に入ってから桃花の様子がおかしくなったそうだ。
なんにせよ、なぜ桃花がその部屋へ誰も入らせたがらないのか、なぜ桃花が未だにその部屋から出てこないのかはまったくの謎だ。
【脱出派】の来訪を知らせてくれた自警団の団員は、渋々といった様子で下がっていった。
それを見届けて、Nは1つため息をつく。
桃花が表に出てこない現状、Nが代わりにこの集団をまとめ上げるしかないわけだが、しかしそれにも限界を感じていた。
慣れ親しんだ街を失い、現状の把握もろくにできずに、未知の環境で未知への恐怖に怯えながら暮らすプレイヤーたち。
Nは、自分がそんな集団のリーダーとして不適任であることを理解していた。
やはり彼らの長は桃花なのだ。
他者に安心感を与える暖かで堂々とした立ち振る舞い、団員の小さな不平•不満も見逃さない細やかな気遣い、どんな時でも他者を労りを忘れないその姿勢。
桃花のそういった部分は、団が不安定な時ほど必要になってくる。
どこまでも無愛想で、機械的な判断しか下せないNには、そんな桃花の代わりを務めるのは難しかった。
……せめてshaynがいれば、また違ったのだろうが。
しかし、いない人物の話をいつまでもしていた所で何も始まりはしない。
Nは頭を切り替える。
この塔には既に1000人以上のプレイヤーが集まっている。
彼らには、塔の中の箱を見てもらい、見知った顔があるかどうか確認してもらった。
その情報をもとにして、あの箱に関して分かったことがいくつかある。
1つ、おそらく、現状生き残っているすべてのプレイヤーのリアルでの姿が、箱の中に収められているだろうということ。
2つ、もう既にゲームオーバーになったプレイヤーの肉体が収められた箱は、明かりが消えていたということ。
3つ、死体の状況から考えて、ゲームオーバーになった時期と箱の中身の人間が死亡した時期は一致しているということ。
これらの情報を総合して考えると、この箱は生命維持装置のような役割をしており、プレイヤーがゲームオーバーになると対応する人間の入った箱の電源が切れる。
そして、電源が切れると箱の中身の人間は死亡する。
だがしかしわからないことも多い。
どうして運営はプレイヤーの素顔を知っているのか。
なぜプレイヤーの体をゲームの中に用意する必要があったのか。
デスゲームなんて非現実的なことを仕掛ける連中に、そんなことを考えても仕方がないのかもしれないが、いやな想像が頭をよぎる。
ずっと昔から、予想の一つとして考えていたことではあった。
あのゲームはあまりにリアルに近すぎたから。
だが、そんなバカげたことがあるはずもないと否定し続けていた。
もしかすると、あの世界は――
「おめでとうございます!塔への到着率が50%を超えました!これより、次のミッションに移ります!」
なんの前触れもなく、頭の中に声が響いた。
相も変わらず、場違いに明るい声だった。




