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デスゲーム開始から100年が経過した  作者: 暇人のアキ
第一章 ノロイあふれる戦場に、1人の少女が降り立つとき
14/53

エイ①

 西暦2129年(デスゲーム開始から99年)粘菌樹海


 日の光の差し込まない薄暗い森、粘菌樹海。

 その森の奥地には、一軒の家が建っていた。


 まるで魔女の住む家と言わんばかりの不気味さを醸し出すその家に、近づく少女が1人。

 モンスターの溢れる森の中で生活している人物に恐れを抱いていないのだろうか。

 少女は一切の躊躇なくその家の扉を開く。


「よう、こんな所にいたのか」


 少女――みゆきは、その家にいる人物に声をかける。

 家の中で椅子に座って緑茶を飲んでいたのは、エイだった。


「……みゆきさん。もう、時間ですか?」

「いや、まだ何日かあるよ。ただ、最終確認をしに来た」


 みゆきは久遠の光の長として、エイに最後の確認をしに来た。

 すなわち、自警団との大抗争に本当に参戦するのか。

【脱出派】の一員として戦う意思は変わりないのか。


「心配しなくとも、裏切ったりしませんよ。私はもう、ココちゃんのいない世界に未練なんてありませんから」

「たとえばの話だが。もしもまだ、この世界にいるとしたら?」

「いるんなら、私から隠れる必要なんてないじゃないですか!!もう何年も、何十年も探して、それでも居ないなら……外の世界を探すしか、ないじゃないですか」


 ハートはこの世界にはいない。

 しかし、戦死者の慰霊碑が示すようにハートはまだ生きている。

 ならばハートは何かの拍子で外の世界に出てしまったのだろう。


 エイの頭の中には、ハートの生存を示す反応がシステムの誤作動である可能性などない。

 いや、気付いてはいるがあえて考えようとしていないのだ。

 そう思ってしまえば、きっと自分は正気を保てなくなるから。


「すみません、取り乱してしまって」

「いや、こっちこそ悪いな。こんなこと聞いちまって」

「……あ、お茶いります?今年のはかなり良いできらしいですよ」

「ああ、もらうよ」


 みゆきは椅子に座り、エイはコップを取りに椅子から立ち上がる。

 エイはお茶の用意をしながらも、みゆきに話しかける。


「……みゆきさんは、変わりましたね。昔よりもずっと大人びたように感じます」

「こう見えてもギルドマスターだからな。昔みたいにはいられねえさ」

「ココちゃんは、ギルドを作ってからも全然変わりませんでしたけどね」


 エイは緑茶を淹れ、みゆきに差し出す。

 みゆきはそれを飲み、ふうと一息ついた。


「にしても、このツリーハウスはスゲーな。たしか、どっかのプレイヤーが1人で建てたんだろ?」

「ええ、一時的に貸してもらいました」

「建築用のスキルなんてねえのに、よくやるよな」

「……スキルは、戦闘に関係あるものしかありませんからね。けど私たちはスキルに頼らずに料理だって作れるし建物だって建てれるんです」


 このゲームにも、料理スキルというものは存在するし、NPCが料理を提供する店もある。

 それらを食べるとHPが回復したり、能力値が一時的に高まったりするなど、良い効果をもたらす。

 しかしその種類は限られている。


 一方で、スキルに頼らず料理を作ると、何の効果もつかないが様々な品物が作れる。

 それこそ現実世界とまったく同じように。


「だから、時々思うんです。もしかしたらこの世界は現実で、前にいた世界こそが夢なのかもしれないって」

「……だとしたら、どうする?」

「別に、どうもしませんよ。この世界にココちゃんはいない。私にとって大事なのはそこだけです」


 エイにとってこの会話は、ただの雑談の種でしかないのであろう。

 本当にどうでもよさげだ。

 みゆきはエイにいくつか揺さぶるような会話を投げかけてみたが、この様子ならば裏切る心配もないだろう。


 みゆきは、かつての仲間にすら疑いの視線を向けなければならない自分が嫌だった。

 しかし、久遠の光のギルドマスターとして、ほんの少しでも憂いは断っておかねばならなかった。


「なあ、レイは――」


 みゆきに呼びかけられたエイは、驚きの表情を浮かべる。


「どうした?そんな変な顔して」

「いえ。名前覚えてたんですね。前みたいに“あ”って呼ぶのかと」

「流石に呼ばねえよ。それに、こっちがお前の本名なんだろ?」

「ネットゲームで本名呼ぶのはご法度ですよ」

「けどこの世界はゲームじゃない、だろ?」


 二っと笑うみゆきに、エイもまた笑い返す。


「それならみゆきさんの本名も教えてください」

「みゆきで合ってるよ。普段ゲームなんてやらねえからな。本名でやるもんだと思ってたんだ」

「えー。じゃあ書き方教えてくださいよ」


 書き方の話題になった途端、みゆきは顔を逸らす。


「……言わねえ」

「なんでですか!いいじゃないですかー、教えてくれたって」

「……笑うなよ」

「笑いませんよ!」


 亜曽(あそう) 心土羊(みゆき)

 それがみゆきの本名だった。

 メッセージで送られてきたその名前に、エイは首を傾げる。


「……読めませんね」

「だから言っただろ!嫌いなんだよ、この名前!」


 みゆきは恥ずかしそうに顔を真っ赤にし、エイは楽しそうに弾んだ声を出す。


 それから2人は、他愛のない会話を続けた。

 その時間はこの先に控えるかつての仲間との抗争を忘れさせ、まるでこの空間だけ昔に戻ったかのようだ。

 気がつくと、もう夕刻だった。


「そろそろ帰るよ。久しぶりに、楽しかったぜ」

「いえ、こちらこそです」


 みゆきは立ち上がり、扉へと向かう。

 ドアノブに手をかけようとしたところで、ふと止まり、エイの方に振り返る。


「――レイ」


 いつになく真剣な目をするみゆきに、レイは思わず背筋を伸ばす。

 あまり見たことのないみゆきの顔だった。


「……オレはあの日、アイツとの約束を守れなかった。それどころか、逆に守られちまった」


 あの日、彼女を失った日。

 転移トラップによってバラバラされたみゆきは彼女と一緒の場所に飛ばされていた。

 みゆきは彼女と共に10日間を生き抜き、そして、最後の最後で彼女は死んだ。

 みゆきを守って、死んだのだ。


「だからオレは、アイツの遺志を継ぐ。なんとしても強くなって、この世界を脱出するんだ」


 それが、彼女が夜明けの探索者(ドーンシーカー)に入った理由。

 彼女が半世紀以上に渡って戦い続けた理由。


 しかし、彼女はもういない。

 ならばこそ、彼女に守られた自分がその遺志を継ぐのだ。


「けどよ。どうもそれは1人じゃできねえみてえだ。だから、オレが言うのもバカらしい話けど――」


 みゆきは繰り返す。

 あの日の約束を。

 繰り返さないために、繰り返すのだ。


「――お前は、オレが絶対に守ってやるよ。レイ」


 握り拳を作り、エイに差し出す。

 エイは、あの日彼女がしてみせたように笑いかけると、握り拳をコツンと合わせた。


「――守るのは、私の仕事ですよ。みゆきさん」


 彼女らは戦う。

 失った物を取り戻すために。

 守れなかった約束を果たすために。

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