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ご覧いただきありがとうございますm(_ _)m
今回かなり長いです。
今宵の卒業パーティーのために、うんと着飾ったリリアーネは、学園の大広間へと続く通路に1人で立っていた。
オフショルダーの濃紺のドレスに身を包み、リリアーネは姿勢を伸ばして。
差し色として所々に入れたワインレッドと、いつもより濃い目の色で統一したメイク、ドレスと色を合わせた髪飾りのその全てが、彼女の持つポテンシャルの全てを引き立てている。
どう見ても先輩の卒業を祝う装いには見えない格好をする彼女のそばには、本来なら彼女の婚約者であるリヒト・フォン・ジュエリーがいるべきだ。
だが、彼女のそばには誰もいない。
元から救いようのない馬鹿かもしれないと思ってましたが、まさかここまでとは思いませんでしたね…
もはや王太子さんは廃嫡した方がいい気がしてきます。
まあ、婚約破棄される予定の私では何も言える事はないですが。
始まりは、先日の夜のことでした。
突如、私の自宅に、卒業パーティーでエスコートをできない旨が綴られた手紙が届いたそうです。
当然ながら、私の両親は大激怒。
知らせが突然な事もありますが、高等部の卒業パーティーは本場の社交会の練習台、一年生にとってはいわばデビュタントの場。
そんな場で、婚約者がいるのにも関わらず誰も連れていないというのは大変な侮辱です。
仮に婚約者を愛していなかったったとしても、こういう場ではきちんとエスコートすべきなのです。
さもなくば、エスコートされなかった方の家は、婚約者に愛想を尽かされた娘のいる家だと、エスコートしなかった家は、婚約者をエスコートすることさえできない甲斐性のない子息のいる家だと思われます。
どちらにとってもデメリットしかないんです。
もちろん、これは王家にとっても例外ではありません。
王太子様は、両陛下に恥をかかせたいのでしょうか?
子供のためのパーティーただ言っても、卒業を祝うためのものです。
当然ながら卒業生のご両親はご出席なされます。
そんな場でわざわざ恥をかく真似をするとは…
ゲームの展開にもあり、薄々予想もついていましたが、この有様に頭を抱えたくなりました。
この国、大丈夫でしょうか…
いや、両陛下は素晴らしい方ですし、ラクスト殿下もきちんとされてますけどね。
王太子さまだけですけどね、救えないほどの方は。
「リリー!ここにいたの?」
この声は…
「レリィ先輩?!リア先輩も、どうされたんですか?」
「どうされたもこうされたもないわよ!聞いたわよ、大丈夫?」
「え、大丈夫ですが…」
この分だとエスコートがいないことも気付かれてそうですね。
もしかしたら…婚約破棄も…
「こういう状況で大丈夫なわけないでしょ、レリィ。」
「そうね、強がらなくても大丈夫よ。」
いや、強がってはないんですが…
とは言っても、普通の淑女の皆様なら1人で出なくてはいけない時点で気絶されてもおかしくないですからね。
これが普通の反応です。
「っはあ。レリィ早いし焦りすぎだって。」
「あら、サティー遅かったわね。」
「遅いも何も、レリィがいきなり走るから…ってリリーちゃん。聞いたよ、あのクズ太子の話。」
「あ、お耳に入りましたか…」
「入るよ、流石にね。で、どうしようか?」
「どうしよう…とは?」
「俺か、もしくはリクアか、あとは…シュタレリンくんもかな?のうちの誰かがエスコートしようかって。」
「え?」
テラクレス先輩か、リクアレーク先輩、もしくはシュタレリンくんの誰かがエスコート。
その言葉を飲み込むのにだいぶ時間が必要でした。
予想外すぎて鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってますね、恐らく。
「あ、テラクレス先輩!見えてましたか…」
「見えてたよシュタレリンくん。リクアもね。」
「心配してきたのバレバレよ。」
「あ、わざわざ来ていただいたんですね、ありがとうございます。」
「全然大丈夫だよ〜」
「ほんとは、フィクシリアくんとルワンダくんも来たがってましたよ。」
あら…
後輩の子達に心配かけちゃったようですね。
意外と好かれてたと考えていいのでしょうか。
「と、言う事は…レベッカちゃんは…」
「ハリセン振って準備運動してました…中等部からは生徒会長しか出席できないと知って、ハリセンを磨く事へ切り替えてましたけど…」
やめてください考えたくもないと、シュタレリンくんは遠い目をします。
それだけでなんとなく想像できるのが、なんとも言えないところですね…
と、たくさんの方々が私を心配していらせられるところ恐縮ですが…
実は…
「レベッカちゃんったら…でも、いらして下さった所申し訳ないですが、私は大丈夫です。」
意識して笑みを浮かべて、言う。
「なので、皆様は皆様のエスコートするべき人の元へお帰りください。」
「え、」
「いやいや…仮にも王太子殿下の婚約者ですよね?流石にエスコートがいないのは…」
「私のことは気にしないでください…」
「いえ。本当にお気になさらず。シュタレリンくんはレベッカちゃんが、タオイラ先輩にはカイリが、テラクレス先輩にはレリィ先輩がいらっしゃるでしょう。私達まであの方々と同じ所まで落ちる必要はありませんよ。」
言外に、私が他の方のエスコートを受けると王太子さまと同じ様な人と取られてしまうと言うと、みんな言葉に詰まります。
「でも、お気持ちは大変嬉しいです。なので皆様には、見守っていただけると嬉しいです…」
「…わかった。そこまで言うならそうしよう。」
「わかり…ました…でも、後でレベッカからのハリセンを受ける事、覚悟して下さいね。」
「俺も!俺も後でカイリと一緒にしかるからな!」
「…幸運を祈ってるわ。」
苦々しげな顔でレリィ先輩が手を握って告げました。
この分だとレリィ先輩とテラクレス先輩は、この後の展開ーつまり、婚約破棄の流れを察しているようですね。
他の先輩方や後輩はご存知ないみたいですね。
どの道巻き込みたいとは思いませんし、みんなに会場に戻ってもらいます。
大丈夫。
これから待つのが婚約破棄という惨めなものだとしても。
大丈夫。
爵位も、友人も、お金も、何一つ持てないとしても。
大丈夫。
だって。
私はーーー
パン屋になるという夢があるから!!!
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大広間にて。
扉を開けると、すでに、ユウナ様と王太子さんーリヒト・フォン・ジュエリー殿下ーが仲睦まじく待っていました。
確かすぐに始まりましたよね。
「ごきげんよう。リヒト・フォン…」
「リリアーネ・トパーズ・エクステリアス。貴様との婚約破棄を言い渡す。」
ええーーーーー!いきなりですか?
てか、名乗りも挨拶も聞かず割り込んできたね。
思ったより常識が通じないっぽいですね。
…
うん。なんか、“さあ!理由を聞け!”とばかりに踏ん反り返ってますね。
いや、別にどうでもいいですが、このままでは進みそうにないですね。仕方がありません。
「理由をお聞かせ願っても?」
これっぽっちも気になっちゃいませんが、一応建前とタテマエとたてまえで聞いてあげます。
ここで、“自分の心に聞いてみろ”とか言わないですよね?
「自分の心に聞いてみろ!」
うわ〜〜言ったあ〜〜!
フラグ回収おつです。
自分で聞かせといて、ほんと、この人理解不能です。
「リヒト様、これではリリアーネ様が可哀想ですわ。きっと頭が悪いのですよ。」
うん。貴女が1番、頭悪いと思います、
ていうか、一応まだ私、伯爵令嬢、貴女は男爵令嬢ですよね?ちょっと無礼なのではないですか。
マナーもできていないのでしょうか。男爵様は…っと頭を抱えています。
どうやら当人も預かり知らなかったようです。
流石にどうかと思ったようで、周りの方もざわざわしています。
と、言うよりも元々懐疑的な雰囲気でしたもんね。
始めから。
ですが、当人達は自分の世界に入ってお気づきでないようで。
「君は優しいね、ユウナ。リリー、お前はユウナに対して、暴言を吐いたり、暴力を振るったりしたそうじゃないか。挙げ句の果てに、ミスコンで彼女を壇上から突き落とすなど…死んでもおかしくないんだぞ?!」
ユウナ様は、優しいのですか?
この内容ではちょっとどうかと思いますが。
あと、それは、どなたの事を言っていらっしゃるのですか。
暴言を吐こうとしたり、暴力を振るおうとしたりしましたが、出来ませんでした。むしろ庇いました。
ミスコンの件は、彼女の自作自演ですね。
私は骨を折ったので被害者です。
全治3ヶ月でした。
「えっと…失礼ですが、どなたの事を…」
「お前に決まっているだろう。」
?
なぜでしょう。どなたかにお聞きなさったのでしょうか。
でしたら、口からでまかせですね。
「では…どなたに聞かれたのでしょうか…」
一応聞いてみました。
まさか、ユウナ様ただお一人とか申しませんよね?
「もちろん。ユウナだ」
だあーーーーー!!
ことごとくフラグ回収しますねぇ!
「ユウナ様ただお一人ですか。」
「ああ。」
1人の意見しか聞いていないだとぉ!
恋は盲目とは言いますが、その人信じすぎでしょう。
別に私は貶されてもいいですし、これは小さなことですが、それを国の政治に持ち込むと破綻しますよ?
間者さんいらっしゃーいですよ?
大丈夫ですか?
怖いですね…
「他の方の意見を聞いていないのですか。」
「ああ、ってもういいだろう!そろそろ罪を認めろ!それに、俺はお前との婚約を破棄し、ユウナと結婚する!だから、お前は、未来の王妃を傷つけた事になる、不敬罪だー!訴えてやるー!」
破茶滅茶な意見ですね。
宰相様や、教育係の執事さんが頭を抱えていらっしゃいです。
はあ…なんか面倒くさくなってきました…
もういいです。
終わらせましょう。
こんな人と別れたところで、私にはなんのマイナスも無さそうですしね。
「では、そちらの方々…クリカット様とタットーレ様の意見はどうでしょう?先程から熱烈な視線を感じるのですが?」
にこりと。
意識して笑顔を向けます。
その笑顔に気圧されたのか少し言葉に詰まり、こう言います。
「あ、俺もっ俺もその現場を見たんだ!!こいつがユウナを攻撃するのを!」
「それにミスコンは他のもの達だって見ていただろ!!こいつがやったことくらい分かるはず!!」
必死に言い募るおふたりをみて、怒りというより呆れが浮かびます。
というか、先程から仮にも辺境伯の令嬢をこいつよわばりしていますが。
どうやら当人は気づいていないご様子。
周りはざわざわしてますけどね。
呆れしか浮かばない表情を押し隠して、笑顔で言います。
「では、クリカット様。あなたがご覧いただいた現場はいつ、何処での事でしょうか?」
「そっそれは…別に言わなくてもいいだろう?!」
「いえ。私からすると完全に濡れ衣ですので、真実を明かす必要がありますので。」
「くっ…それは…」
言葉に詰まる彼から、ベリリアス様に目を移す。
「では、ベリリアス様?ミスコンのお話ですが、他のエントリーの方々にお話を伺ったりは致しましたか?」
「誰に聞けと?!」
「今年のミスコンの優勝者の方などはどうでしょうか。」
実は、エントリーNo.3の方はミスコンを優勝されました。
彼女なら、私のそばで成り行きを聞いていらっしゃいましたからね。
聞けば確実でしょう。
と、その言葉を聞いてベリリアス様が焦り出します。
「それは…ただ隣だっただけろ!話が聞こえるはずがない!」
「あら…?」
その言葉を聞いてわざと声を上げます。
にっこりと笑みを浮かべることも忘れません。
「先程、他の方々もご覧いただいていたとおっしゃいましたよね?隣でも話が伺えないのならば、他の方々も分からないのでは?」
「っ!」
目を見張って言葉に詰まるベリリアス様。
何も言い返せない3人を見て、思わずため息を吐きそうになります。
それを慌てて飲み込んで、そのまま笑顔で言い切ります。
「殿下。」
「なんだ!」
「…今回の婚約破棄はお受けさせていただきます。」
「は?」
「ですから、今回の婚約破棄はお受けさせていただきます。」
「さっきお前…」
戸惑いの隠せない王太子さんに呆れつつ言います。
「私は確かに、心当たりはありません。ですが、貴方が私をクロとおっしゃった。ですので、私はクロなのです。」
言外に、王太子さんが黒と言えば白も黒になるとしてきます。
そして、笑って深くカーテンシーをするんです。
「殿下。貴方の言葉は貴方が思うよりずっと重いんですーーーでは、私はここで。先輩方、御卒業おめでとうございます。」
最後に微笑んで、心から先輩方に卒業の祝辞をーーとは言っても、言葉だけですけど…
知ってる先輩いないので。
そう思いながら一度深く礼をして、後ろを振り向いて扉から出ます。
後ろから、
「追えっ!アイツを捕らえろ!!そのまま修道院に送れぇ!!」
という声が飛んできました。
遠慮がちな声が背後から聞こえて、手が後ろ手でしばられます。
「すんません。俺ら、こんなことしたくねぇんすけど…」
「大丈夫よ。両陛下がいらっしゃならない以上、殿下が最高権力を握ってるから、逆らえないのも分かるわ。」
「ご協力感謝します。」
目尻を下げて言葉を募る兵士さんを見て、ちょっと申し訳なく思いながら言葉にします。
「あーあの、3点ほどお願いがあるんですが…」
「あ、はい、なんでしょうか!?」
背筋をピンと張って兵士さんが答えます。
この方、結構良い人そうですね。
「できれば市街地にお住まいの娘さんが着ているような服を下さいませんか?お下がりで構いません!勿論、このドレスもアクセサリーも置いて行きます!」
「あ、え?そんな事でいーんすか?」
「はい。大丈夫です。あと、馬車をエクスティーのルビスの丘に止めていただきたいのです。エクスティーに入ってすぐの所にあります!あ、でももしあれなら予定通りでおろしていただいても構いません!」
「あ、大丈夫す!エクスティーのルビスの丘っすね?わかりました!必ずそこへ!」
言い募る私に、慌てて答えてくれます。
揺れるけど、すんませんと言って馬車を操る兵士さんーーケイティーさんというらしいですーを横目に見ながら、私は目を閉じます。
王太子さんは、果たして私がずっとある事をしていない事にお気づきだったでしょうか?
私が、一度も、
王太子さんの名を読んだ事がないことを。
勿論、公的な場では婚約者として呼びました。
ですが、私的な場でそう言った事は一度もありません。
その理由に気づけて下さっていたら、嬉しいですけど。
あのご様子だと無理かもしれませんね。
まあ、もうほとんど関係ないですが。
新しい人生の幕開けですからね。
勿論、ソフィーやカイリと離れる事が悲しいわけではない。
お父様やお母様、アンにタグ、カト達に会えないのが寂しくないわけではない。
レリィ先輩方の卒業をお見送りできないのが、心残りでないわけじゃない。
忘れたりはしない。
大事な思い出を胸に抱いて、100回目の生を歩むだけ。
さあ、わたしの夢のパン屋ライフの幕開けです!!
ここで、第2章(学園編)は完結とします。
そこで、次章まで少しお休みをいただいて、他2作をひと段落させようと思います。
なので年内の更新はお休みさせていただきます。
この回とその前回の更新が遅れました事、心よりお詫び申し上げます。
ここまでついてきていただいた皆様、本当にありがとうございます。
よろしければ、この作品全体の完結までお付き合いいただけると幸いです。
華月