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探偵藤巻博昭は常にボヤく ~心霊相談やめてよ~  作者: 振木岳人
◆ 閑話休題編1 「年越し!」
36/84

36 二年参り 前編



 長野市は全国的にも有名な『善光寺さん』を中心に発展した門前町であるが、ウインタースポーツの玄関口でもある。

 冬は全国各地からだけではなく、世界中から様々な人々がパウダースノーを求めて長野へやって来るのだが、長野市自体は豪雪地帯ではない。

 雪深い山々に囲まれた盆地ながらの特性で、低気圧に運ばれて来た雪雲は、みんな盆地を囲む山々にぶつかって降雪し、長野市には寒気だけが降り注ぐ。

 一シーズンに何回かは大雪で都市機能が麻痺するも、基本は曇天が続く寒くて重苦しい季節……それが長野市の冬であった。


 コンビニの店内BGMで絶えずクリスマスソングが流れ続ける、独り者にとっては容易く平常心を破壊されるような地獄の季節もようやく終わり、今日は仕事納めの十二月二十九日。

 北長野駅前にある藤巻探偵事務所でも本日は通常業務は行なわずに、始業時間が始まって即大掃除を行い、大掃除終了後は綺麗になった神棚を前に、代表の有難い一言をもらう礼会を行なって解散の手はずとなっている。


 民間企業ならありがちの年末恒例行事で、藤巻探偵事務所も創立以来当たり前のように踏襲して来た行事なのだが、何故か今年は趣きが違う。

 ーー本来ならよれよれの割烹着を身に先頭になって、大掃除の陣頭指揮を執っていた代表の藤巻博昭が何故か、来客用の長ソファで毛布にくるまりながら、マスクの下でケホンケホンと咳を繰り返して臥せっていたのである。


 まあ、ありがちな風邪ひきと言うやつではあるのだが、大掃除で額に汗する職員たちはこの一切使い物にならない、むしろ邪魔で邪魔でしょうがないお荷物を馬鹿にしたり邪険に扱ったりはしていない。

 何故ならば、クリスマスを前後して一部の秘密持つ男女が大いに羽目を外す時期に、藤巻博昭はいくつもの追跡調査をこなしてビッグビジネスを成功させた、年末最大の功労者であったからだ。

 つまり彼は、家族や若い恋人たちがクリスマスケーキを前に幸せを囁く頃、もっと言えば何ら予定も無い独り者がテレビのクリスマス特番を見ながら、「あ〜あ、地球に巨大隕石落ちて来ねえかなあ」とか「あ〜あ、ゾンビが現れて世界崩壊しねえかなあ」と武田鉄矢も絶対言わないネガティヴ発言を繰り返して手酌でビールを飲んでいる頃、依頼を受けていた対象者が人知れず誰かと落ち合って「※マリリン・モンローの効果音」に入ったり車内で「※放送禁止サイレン」する光景をバッチリ押さえる、尾行の鬼と化していたのである。


 〜俺の最大の敵は人間じゃなかった。俺の最大の敵はクリスマス寒波だったんだ〜

                 藤巻博昭談


 氷点下五度、七度で尚且つ、竹ぼうきで掃除出来る様なサラサラの粉雪が降るのがデフォルト設定である長野市で、尾行の際に暖房を効かした車で待機していれば排気ガスがもうもうと白い煙を立ち昇らせて車内に人がいる事を知らせてしまうため、藤巻はクリスマス特需を身体一つで乗り切ったのだ。ーーつまりこのこじらせた風邪は、名誉の負傷とも呼ぶべき風邪であったのだ。


「ゲホンゲホン……池田さん、この風邪は労災適用するの? 」

「経営者が風邪で労災申請するのもどうかと思いますけどねえ」


 どちらにしたって後ちょっと我慢すれば帰宅出来るしゆっくり休めますよと、池田は素っ気ない態度で雑巾掛けに集中している。

 事務員の池田祥子はクリスマス前後に何故かソワソワし、しきりに社長のスケジュールを聞いて来たが、仕事の鬼になってまるで相手にしない藤巻にむくれている訳ではない。彼女が事務服を着ている時は彼女も仕事の鬼であり、駅前商店街や事務所を出入りする業者の間でも、クールビューティの名前で通るほどに美しく、そして冷たい。


「やだなあ……ゲホンゲホン……長期休みが風邪でダウンとかやだなあ……」


 職員が掃除を終わらせるまでの間、目をつぶって静かにしていれば良いものの、何かにつけて誰かに聞いて欲しそうにボヤく藤巻だが、当たり前の話見え見えの構ってちゃんに付き合ってあげるようなボランティア精神に富む者はここにいない。

 マイナス十度の夜は厳しかったなあ、大雪の晩は除雪車に雪飛ばされて死ぬかと思ったなど……誰か僕を褒めてよと遠回しにアピールしても、池田祥子もデカ松さんも、田辺すらそれに相手にせず、黙々と作業を進めている。


 誰も相手にしてくれないのか、それとも市販の風邪薬が効いて来たのか、やがて何も話さなくなった藤巻はスヤスヤと寝息を立てて、職員たちの作業能率アップに貢献するのだが、大掃除もあらかた終わり、祥子がさてお茶でも淹れて礼会にしましょうかと給湯室に赴こうとすると、仕事納めの日だと言うのに珍しく来客が現れる。

 「どうもこんにちわぁ」と事務所に入って来た者は、宅配便の運転手でも新聞の集金でも無く、上等なコートを羽織り、かっちりとスーツに身を固めたお堅い男性。高い身長と細身の顔そして縁なし眼鏡が特徴的ないかにも“切れ者”と言った様相だ。


「あっ、三輪(みわ)君じゃない。あなたが来るなんて珍しいわねえ」


 給湯室から顔を出した祥子が笑顔で迎えたのは、三輪法律事務所の代表で弁護士の三輪秀一。藤巻博昭とは高校時代からの旧友で、藤巻探偵事務所と三輪法律事務所とはクライアントを共有する友好関係にある。

 普段は書類などは事務員が届けに来るのだが、珍しく今日に限っては、三輪秀一本人が訪問して来たのである。


「ウチの事務所も大掃除してるのですが、私がまるで使い物にならないと邪魔者扱いされましてね。それなら藤巻の所に書類だけでも届けようかなと」


 笑いながら謙遜する三輪を、さすがの天才も掃除機かけるのは下手くそかと、祥子は笑いながらコーヒーを出してやる。

 仲介契約書の写しや調査請負い契約書の写しを渡しながら、祥子の淹れてくれたインスタントコーヒーを楽しむ三輪は、ところで彼は?と問い掛けた。


「会議室を覗いてみなさいな、呆れて物も言えなくなるから」


 言葉だけ汲み取れば苦々しくて冷たいが、祥子の表情はそうは言っておらず、相変わらずだねと三輪は苦笑しつつ、静かに会議室のドアを開ける。


「おい、藤巻……生きてるか? 」

「んあ? ふあああっ! 何とか生きてるよ……ゴホゴホ、ゲフンゲフン! 」


 変な藤巻菌貰っちゃうとまずいからと、会議室外から顔は覗かせるが室内には入らない三輪。喫緊の書類持って来たから頼むぞと声を掛けると、藤巻は藤巻で長ソファに伏せったまま、おお、と一言発して手を振る。

 横柄な態度ではあるが、それが通用するだけの信頼関係が構築されているのであろう。それが証拠に、三輪がそれじゃ帰るからなと会議室の扉を閉めようとした時に、何を思い出したのかもう一言藤巻に付け加える。


「風邪酷いようだな、二年参りは大丈夫か? 」


 すると藤巻はしゃがれた声で、あと二日もあれば大丈夫だよと再び手を振って合図した。


 二年参りとは高校時代から彼らが欠かさず続けて来た、善光寺さんへの二年参りの事であったのだ。





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