第六十三話 死者の声
「華のヴァルキュリア?」
「……はい」
ヴィオレットは、戸惑いながらも、問いかける。
わかっていたはずなのに。
ティアベルは、華属性。
ゆえに、彼女は、華のヴァルキュリア候補だったのではないかと。
だが、「華のヴァルキュリア」と聞いただけで、ヴィオレットは、戸惑い始める。
今まで、ルチアの名を聞いても、感情を押し殺してきたというのに。
「そうか。俺達が、聖女サマを攫ったから……。こいつは、ヴァルキュリアになれなかったってことか……」
「はい……」
ラストは、察した。
ティアベルは、あの儀式の時に、ヴァルキュリアになるはずだったのだ。
だが、自分達が、アマリアを攫った事で、ヴァルキュリアの力を授からなかった。
ゆえに、ヴィオレットを憎んでいたのだろう。
激しく。
アマリアは、言いにくそうに、うなずいた。
「私が、この子を……」
ヴィオレットは、体が震えているのを感じる。
今まで、感情を押し殺してきた。
なのに、なぜ、感情を抑えられないのだろうか。
自分がしてきたことを思い出し始めてしまうのだろうか。
ヴィオレットには、自分自身の事が理解できなかった。
その時だ。
ティアベルと目が合ったのは。
「っ!!」
「ヴィオレット?」
ヴィオレットは、体を硬直させる。
まるで、蛇に睨まれた蛙のようにだ。
ラストは、ヴィオレットの異変に気付き、尋ねた。
だが、ヴィオレットは、何も答えられなかった。
――お前が、殺した。
「い、いや……」
――殺したんだ。ルチアも、私も……。
ティアベルの声がヴィオレットの頭の中で響く。
まるで、ヴィオレットを責めているかのようだ。
ヴィオレットは、首を横に振るが、ティアベルの声が、響き続ける。
ヴィオレットを責め続けていた。
「違う、違う!!」
「どうしたんだよ、ヴィオレット」
「何があったのですか?」
ヴィオレットは、必死に、否定する。
確かに、ルチアも、ティアベルも、殺したのは、自分だ。
ヴィオレットも、それをわかっている。
だからこそ、今まで、感情を押し殺してきたのだ。
だというのに、今は、ティアベルに責められ、ヴィオレットは、体を震わせていた。
ラストも、アマリアも、ヴィオレットの異変を心配し、ヴィオレットに歩み寄った。
――お前のせいで、ルチアも、私も……。
「い、いやああああっ!!!」
ティアベルは、さらに、責め続ける。
その時だ。
ヴィオレットが、耐え切れなくなったのか、叫び始め、自身の体から、まがまがしい力を発動させたのは。
「くっ!!」
「こ、これは……」
ラストとアマリアは、ヴィオレットから、一旦、離れる。
危険を察したからなのだろう。
ヴィオレットに一体何があったというのだろうか。
アマリアは、ヴィオレットが、なぜ、まがまがしい力を発動したのかは、わからないが、今、ヴィオレットは、危険な状態にある事だけはわかった。
「まずい!!暴走してやがる!!」
「いけません!!ヴィオレット!!」
ラストは、悟った。
ヴィオレットは、暴走しているのだと。
セレスティーナと戦った時と同じように。
つまり、妖魔になりかけていると言っても、過言ではないだろう。
ヴィオレットは、一度、妖魔のように、変貌してしまった。
もう一度、同じことが起これば、ヴィオレットの命が危うくなる。
そうなる前に、ヴィオレットの感情を鎮めなければならない。
アマリアは、ヴィオレットに呼びかけた。
「私は……私は……」
アマリアの声は、ヴィオレットに届いていない。
ヴィオレットは、罪の意識に苛まれてしまっているかのようだ。
今まで、胸の奥に押し隠していた罪が。
まがまがしい力は、ヴィオレットを覆い尽くそうとしていた。
「このままだと、妖魔に……」
「させません!!」
ラストは、危険を感じた。
このままでは、ヴィオレットは、確実に妖魔に転じてしまうだろう。
それだけは、なんとしても、避けたい。
カレンを殺せるのは、ヴィオレットだけなのだから。
アマリアも、ヴィオレット助けたいと願い、無我夢中で走り始め、ヴィオレットにしがみついた。
「っ!!」
「アマリア!!」
アマリアがヴィオレットの体にしがみついたことで、ヴィオレットは、一時的に、正気を取り戻す。
だが、まがまがしい力は、抑えきれない。
瞬く間に、アマリアさえも、覆い尽くそうとしていた。
「は、放せ!!」
「ヴィオレット、落ち着いていください!!」
ヴィオレットは、アマリアを振りほどこうとする。
再び、まがまがしい力に囚われかけながら。
アマリアを巻き込みたくない。
ゆえに、ヴィオレットは、アマリアを突き離そうとするが、アマリアは、必死にしがみつく。
ヴィオレットを制止させるために。
その時だ。
ラストも、ヴィオレットの腕をつかみ、ヴィオレットを止めようとしたのは。
「そうだ。落ち着け、ヴィオレット!!」
ラストは、ヴィオレットに呼びかける。
ヴィオレットを助けるためだ。
そうでもしなければ、ヴィオレットは、もうすぐで、妖魔になってしまうだろう。
「だが、私は……ルチアも、この子も……」
「大丈夫、大丈夫ですから、落ち着いて」
ヴィオレットは、涙を流し始める。
この時、アマリアは、悟ったのだ。
本当は、自分を責めていたのだと。
ルチアを殺してしまった事を。
もしかしたら、ベアトリス、ライム、セレスティーナを殺したことも、責めているのかもしれない。
そう思ったアマリアは、ヴィオレットに語りかけた。
心を落ち着かせるために。
「あ、ああ……」
ヴィオレットの暴走は止まらない。
もう、自分の力では止められないのだ。
それほど、ヴィオレットは、後悔しているのだろう。
アマリアは、そう推測していた。
「あの子は、きっと、責めたりしません」
「な、なぜ……」
アマリアは、ヴィオレットに語り続ける。
「あの子」と言うのは、ルチアの事であろう。
だが、ヴィオレットには、理解できなかった。
なぜ、ルチアが、自分を責めていないとわかるのだろうか。
ルチアを殺したのは、自分だというのに。
「だって、あの子は、優しい子だったから。だから、貴方を責めたりはしません。何か、事情があるのでしょう?」
「っ!!」
アマリアは、知っているからだ。
ルチアは、とても、優しい子だと。
だからこそ、ヴィオレットを責めるはずがないと思っていた。
何か、事情があるのではないかと、察していたから。
ヴィオレットは、目を見開いた。
心情を読まれたような気がして。
――大丈夫だよ、ヴィオレット。
「ルチア……」
――自分を責めないで。
どこからか、ルチアの声が聞こえる。
もう、聞くことができないと思っていたルチアの声が。
ヴィオレットには、信じられなかった。
幻聴ではないかと、疑って。
だが、ルチアは、優しく語りかけた。
ルチアは、ヴィオレットを責めていないのではないかと、思うほどに。
「ルチア!!」
ヴィオレットは、涙を流した。
その時だ。
まがまがしい力が、一瞬にして消え去ったのは。
ヴィオレットは、完全に正気を取り戻したのだろう。
ラストとアマリアは、ヴィオレットから離れた。
「はぁ……はぁ……」
ヴィオレットは、大量の汗をかきながら、肩で息を繰り返している。
相当、体力を消費したかのようだ。
当然であろう。
ヴィオレットは、無意識のうちに、暴走しかけていたのだから。
「落ち着いたようだな」
「はい」
ヴィオレットの様子をうかがっていたラストは、確信を得る。
ヴィオレットは、落ち着き、正気を取りもどしたのだと。
アマリアも、安堵して、うなずいた。
「とにかく、戻ろうぜ」
「そうですね……」
ラストは、ヴィオレットを連れて、屋敷に戻ろうとしているようだ。
アマリアも、同じことを考えていたらしく、うなずく。
ラストとアマリアは、ヴィオレットの元へと歩み寄ろうとした。
だが、その時だ。
遠くから、様子をうかがっていたクライドが、何か、気配を感じたのは。
「待て!!」
「え?」
クライドが、叫ぶ。
何か、危機を感じたようだ。
ラスト達は、驚き、あたりを警戒する。
ヴィオレットの事を心配していた為、気配に気付かなかったのだ。
だが、その直後だった。
帝国兵が、ヴィオレット達を取り囲んだのは。
「っ!!」
ヴィオレットは、体を硬直させてしまう。
少しでも動けば、殺されると、察したからであろう。
ゆえに、ヴィオレット達は、動けなくなってしまった。
逃げることさえも、不可能であった。
「動くな。動いたら、お前達を殺す」
「貴方は……」
「カレン……」
少女の声が聞こえる。
それも、聞いたことのある声だ。
ヴィオレット達の前に現れたのは、カレンだ。
それも、軍服姿の。
「やっと、会えたな。ヴィオレット」
カレンは、不敵な笑みを浮かべていた。
まるで、自分が、勝ったと思い込んでいるかのように。




