第六十二話 ティアベルが、憎んでいる理由
少女は、ヴィオレット達に刃を向ける。
豹変したかのように。
「お前、一体、何者だ」
「お前なんかに、教えるか!!ヴィオレット!!」
ヴィオレットは、少女に問いただす。
だが、少女は、答えるつもりはない。
ヴィオレットの事は知っているようだ。
裏切りのヴァルキュリアだからなのか、帝国関係者だからなのか。
少女は、魔法・ブロッサム・スパイラルを発動する。
どうやら、彼女の属性は、華のようだ。
ヴィオレット達は、回避しながら、少女に向かっていく。
だが、少女は、魔技・ブロッサム・アローを発動して、ヴィオレット達を殺そうとしていた。
「ちっ」
ヴィオレットは、舌打ちをしながら、後退する。
少女が、何者なのか、不明だからだ。
帝国兵なのか、ヴァルキュリア候補なのか。
正体を暴いたうえで、目的を問わなければならない。
もしかしたら、カレンの差し金の可能性があるのだから。
だが、少女は、手強い。
魔法や魔技を連発して、ヴィオレット達を近づけさせようとしないからだ。
「帝国兵か?」
「いや、ヴァルキュリア候補の可能性もある」
「さあ、どちらだろうな」
ラストは、彼女は、帝国兵ではないかと、推測している。
だが、ヴィオレットは、ヴァルキュリア候補の可能性もあるのではないかと、推測しているようだ。
一体、彼女は何者なのだろうか。
少女は、不敵な笑みを浮かべながら、魔技・ブロッサム・ブレイドを発動する。
ラストは、回避しようとするが、少女は、もう一度、魔技・ブロッサム・ブレイドを発動して、ラストの腕を切り裂いた。
「くっ!!」
「ラスト!!」
ラストは、苦悶の表情を浮かべる。
それでも、少女は、容赦なく、魔法や魔技を連発する。
ヴィオレットは、ラストの前に立ち、魔法や魔技を発動して、少女の攻撃を防ぐ。
それでも、少女は、魔法や魔技を連発した。
「あはは!!死ね!!ヴィオレット!!」
少女は、狂ったような笑い方をしながら、ヴィオレット達を追い詰めようとする。
その時であった。
少女は、勝ったと思い込んでいるのか、ある物を取り出した。
それは、武器だ。
しかも、少女が手にした武器は、ハルバートであった。
「あれは、ハルバート!!」
「てことは、ヴァルキュリア候補か!!」
ハルバートを目にしたラストは、目を見開く。
しかも、ヴィオレットは、少女の正体を見抜いたようだ。
彼女の手にしているハルバートは、ヴァルキュリア候補が、手にするものだ。
華属性ではあるが、カレンから、訓練を受けたのだろう。
ヴィオレットを殺すために。
「そうだ、だが、今更、遅いんだよ!!」
少女は、正体を明かす。
本当に、ヴァルキュリア候補のようだ。
少女は、ヴィオレットに向けてハルバートを振り回す。
ヴィオレットを殺すために。
だが、その時であった。
ヴィオレットが、ヴァルキュリアに変身し、鎌で、少女のハルバートをいとも簡単に、弾き飛ばしたのは。
「なっ!!」
少女は、あっけにとられる。
あれほど、苦戦を強いられていたヴィオレットが、自分のハルバートを弾き飛ばしたのだ。
ハルバートは、回転しながら、飛ばされ、カタンと音を立てて、地面に落ちた。
「本当に、お前は、詰めが甘いな」
「何?」
ヴィオレットは、少女に鎌を向けて、言い放つ。
その表情は、冷酷だ。
だが、なぜ、詰めが甘いと言われなければならないのだろうか。
少女は、理解できず、眉をひそめた。
ヴィオレットは、何が言いたいのかと、苛立ちながら。
「あんたが、俺達の敵だってことは、知ってたぜ」
「なんだと!?」
ラストが、衝撃的な事実を明かす。
なんと、ヴィオレット達は、最初から知っていたのだ。
ヴィオレットに助けを求めてきた時から、少女が敵であると。
つまり、掌で踊らされていたのは、少女の方だったという事なのだろう。
これには、さすがの少女も、驚きを隠せない。
「全て、見抜いていた。お前が、ヴァルキュリア候補である事を」
「だから、わざわざ、助けて、保護するふりをして、ここまで連れてきたんだろ?あんたが、本性を現すと思ったからさ」
「な……」
ヴィオレット達は、少女の正体が、ヴァルキュリア候補であることまで、見抜いていたようだ。
ゆえに、少女を保護するふりをして、ここまで連れてきた。
少女が、本性を現す時を待っていたのだ。
話を聞かされた少女は、絶句した。
「お前は、しくじったようだな」
「な、何を……」
ヴィオレットは、少女が、決定的なミスをしたと告げる。
だが、何のことなのか、少女には、わからない。
自分が、どのようなミスをしてしまったというのだろうか。
ゆえに、戸惑いながらも、ヴィオレットに問いかけた。
体を震わせながら。
「もし、私達を殺したいのであれば、ハルバートで殺すのではなく、短剣で殺すべきだったんだ」
「だって、ヴァルキュリア候補ですって、言ってるようなもんだろ?」
「だから、私達は、容赦なく殺せる」
ヴィオレットは、少女が、どのようなミスをしたのかを明かす。
本当に、ヴィオレットを殺したいのであれば、短剣で殺すべきだったのだと。
ハルバートを手にできるのは、ヴァルキュリア候補だけだ。
ゆえに、少女の正体は、誰でも見抜ける。
たとえ、見抜けなかったとしてもだ。
ヴィオレット達は、少女が、ヴァルキュリア候補であると、見抜いていながらも、確かな証拠が欲しいがために、少女と戦い、苦戦を強いられているふりをしたのだ。
必ず、少女が、ハルバートを取り出すのではないかと、推測して。
少女の正体が、ヴァルキュリア候補だと確信を得たヴィオレット達は、少女を殺すために、本気を出したのであった。
「さて、そろそろ、殺そう」
「な、なめるなああああああっ!!!」
ヴィオレットは、鎌を振り回す。
だが、少女は、魔法を発動して、ヴィオレット達を遠ざけようとした。
ラストは、そのまま、突っ込んでいく。
傷を受けようとも、気にも留めず。
そして、そのまま、短剣で、少女の腹を刺した。
それも、深く。
「かはっ!!」
少女が、血を吐く。
これで、息の根を止めたはずだ。
心臓を突き刺せなかったと言えど、重傷は、負ったはずなのだから。
だが、その時であった。
少女が、歯を食いしばりながら、ラストの短剣を強引に、引き抜いたのは。
「うおおおおっ!!」
「ラスト!!」
少女が、雄たけびを上げながら、短剣で、ラストを刺そうとする。
ラストは、後退しようとするが、少女は、なんと、ラストの腕をつかんでいたのだ。
なんという執念だろうか。
そこまでして、ヴィオレット達を殺したいらしい。
だが、ヴィオレットは、強引にラストと少女の間に割って入り込み、鎌で、少女の心臓を突き刺す。
少女は、目を見開いたまま、仰向けになって倒れた。
「悪い、仕留め損ねた」
「いい。殺せたんだ」
ラストは、ヴィオレットに謝罪する。
申し訳ないと思っているのだろう。
心臓を突き刺していれば、このような事にはならなかったと。
だが、ヴィオレットは、ラストを咎めるつもりはない。
ラストが、心臓を突き刺せなかった理由を理解しているからだ。
もし、心臓を狙えば、少女は、捨て身も同然で、ラストに向けて、魔法を放っていただろう。
死から、免れる為に。
だからこそ、ラストは、少女の心臓を狙えなかったのだ。
だが、ラストは、拳を握りしめていた。
自分を責めているようだ。
その時であった。
アマリアが、屋敷から飛び出してきたのは。
「一体、何があったのですか!!」
「アマリア……」
アマリアは、ヴィオレット達の元へと駆け寄る。
大きな音が、屋敷にも響いてきたのだ。
だからこそ、驚いて屋敷から出たのだろう。
クライド達も、危険を察して、屋敷から出てきた。
「っ!!」
「どうしたんだよ」
倒れている少女を目にしたアマリアは、目を見開き、絶句する。
まるで、衝撃を受けているかのようだ。
だが、ヴィオレットは、どうしたのか、わからない。
ゆえに、ラストは、アマリアに尋ねた。
「そ、その子は……ティアベル?」
「……さあな。こいつは、見た事がない」
アマリアは、声を震わせて、問いかける。
少女の名は、ティアベルと言うらしい。
だが、ヴィオレットは、知らない。
彼女の名前など。
見たこともなかったのだ。
今までのヴァルキュリア候補の少女達とは、違って。
「それは、そうですよ……」
「え?」
ヴィオレットが、ティアベルの事を知らないのは、当然だと告げる。
まるで、何か、知っているかのようだ。
ヴィオレットは、驚き、戸惑いを隠せなかった。
嫌な予感がして。
「この子は、ヴァルキュリアになるはずの子だったのですから」
「どういう事だ?」
アマリア曰く、ティアベルは、ヴァルキュリアになる子だったという。
もちろん、ヴィオレット達は、知っていた。
ティアベルが、ヴァルキュリア候補だという事は。
だが、一体、どういう意味なのだろうか。
アマリアの言葉は、意味深のように思えてならなかった。
ゆえに、ラストは、問いかけた。
「この子は……あの儀式の時、華のヴァルキュリアに、なるはずだったのです」
「っ!!」
アマリアは、衝撃的な言葉を口にする。
なんと、ティアベルは、華のヴァルキュリアになるはずだったのだという。
しかも、ヴィオレット達が、アマリアを攫ったあの儀式の時に。
アマリアの言葉を聞いたヴィオレットは、衝撃を受けていた。