第四十五話 精神を揺さぶって
「なんで、ルチアが……」
ヴィオレットは、動揺した。
なぜ、ルチアが、目の前にいるのか、理解できないからだ。
死んだはずのルチアが。
――そんなはずがない。だって、ルチアは、私が……私が、殺したんだ……。
ヴィオレットは、自分に言い聞かせる。
二年前、ルチアは、死んだのだ。
いや、殺したのだ。
ヴィオレット自身が。
ヴィオレットは、今も、覚えている。
ルチアを殺してしまった時の状況と感情を。
「ヴィオレット?」
「ルチア……」
ルチアは、にっこりとほほ笑む。
まるで、太陽のように。
可愛らしく、凛とした表情は、間違いなく、本物だ。
ヴィオレットは、何度も、彼女の笑みを見ており、何度も、癒されてきた。
だからこそ、戸惑っているのだ。
これは、幻なのか、それとも、本当なのか。
だが、その時であった。
ヴィオレットが、いつの間にか、魔剣を手にして、ルチアを刺してしまったのは。
「っ!!」
ルチアは、目を見開く。
それは、ヴィオレットも、同じだ。
いつの間に、ルチアを殺してしまったのだろうか。
あの時のように。
思考を巡らせるが、ヴィオレットは、答えが見いだせなかった。
「どうして……」
「違う、違うんだ!!」
ヴィオレットに刺されたルチアは、信じられない様子で、ヴィオレットを見る。
ヴィオレットは、何度も、首を横に振った。
だが、何を言っても、言い訳に過ぎない。
ルチアを刺してしまったのは、事実なのだから。
「貴方を……許さない……」
「ああ……ああ……」
ルチアは、形相の顔で、ヴィオレットをにらみつける。
ルチアに睨まれたヴィオレットは、体を震わせた。
まるで、精神が、壊れかけているかのようだ。
「こ、これは……」
ラストも、とある光景を目にしていた。
それは、エデニア諸島のシャーマンが、血を流している光景だ。
しかも、血に濡れた短剣をラスト自身が、手にして。
「そうだ……俺が……」
何が起きているのか、ラストは、状況を把握できなかった。
だが、やっと、気付いたのだ。
シャーマンは、自分が、殺したのだと。
だが、なぜなのだろうか。
シャーマンは、二年前に、自分が、殺したはず。
なぜ、同じ光景を見ているのか。
幻なのかも、ラストは、判断がつかなかった。
その時であった。
「っ!!」
ラストの背後から小さな悲鳴が聞こえる。
その悲鳴は、誰なのか、ラストは、わかっていた。
アマリアだ。
アマリアの声なのだ。
間違うはずがない。
ラストは、恐る恐る振り返ると、アマリアが両手で口を抑えて、体を震わせていた。
「あ、アマリア……」
「な、なぜ……これは、貴方が……」
ラストは、目を見開く。
見られてしまったのだ。
決して、見られたくない光景を。
アマリアは、信じられないと言わんばかりの様子で、問いかけた。
「待ってくれ!!アマリア!!」
「来ないで!!」
ラストは、必死に、アマリアに説明しようとする。
だが、アマリアは、ラストを拒み、掌から、ロッドを出現させ、構えた。
「許しません!!絶対に!!」
アマリアは、ラストをにらみつける。
拒絶したのだ。
ラストは、愕然としていた。
彼も、精神が、壊れかけているようだ。
過去の犯した罪を再現させられたヴィオレットとラスト。
幻だとわかっていながらも、否定できない。
ただただ、幻に精神を破壊されかけていた。
その様子をライムが、遠くから、見ていた。
二人に気付かれないように。
「ふふふん。いい感じ、いい感じ」
ライムは、微笑みながら、ヴィオレットとラストの様子をうかがっている。
この状況を楽しんでいるかのようだ。
「コーデリア様からもらった魔法は、精神を揺さぶる魔法。精神を揺さぶって揺さぶって、壊したら、ライムが、操れるようになるんだよね♪まぁ、トラウマとか、残酷な光景を見せつければ、あっという間だし」
ライムが、コーデリアから授かった魔法は、えげつない魔法であった。
対象者の精神を揺さぶり、破壊する事で、操れるようになる魔法だ。
例えば、過去の傷口をえぐるようにトラウマを見せつけたり、大量の死体で埋め尽くされた光景を見せたりだ。
それを見させられた者は、あっという間に、精神が破壊され、たちまち、ライムの操り人形となってしまう。
ライムが、ヴィオレット達を魔法にかけたのは、お気に入りだったから、ただ、それだけだ。
「あんたの場合は、残酷な光景だったね。ね?聖女様」
「……」
ライムは、後ろを振り向く。
彼女の後ろには、アマリアが立っていた。
光を失った状態で。
アマリアは、残酷な光景を見せつけられ、精神が破壊されてしまったのだ。
全ての人間が殺され、アマリアだけが、生き残るという光景であった。
精神を破壊されたアマリアは、あっという間に、操られてしまったのだ。
「あっという間だったなぁ。もうちょっと、楽しみたかったけど。あの二人の為に、とっておいてあげるね♪」
ラストは、アマリアの頬に触れながら、語り始める。
まるで、自分のおもちゃに触れているかのようだ。
本当に、あっという間に、アマリアは、精神を破壊された。
ライムは、もう少し、精神を揺さぶりたかったようで、残念がっていた。
だが、ヴィオレットとラストを揺さぶればいいだけの事。
ゆっくり、じっくり、いたぶるように。
今、ヴィオレットとラストは、ライムの魔法にかけられ、精神を揺さぶられている状態であった。
「私が、殺した……。私が……」
「そう、貴方が殺したんだよ」
ヴィオレットは、体を震わせる。
まるで、後悔しているかのようだ。
ルチアを殺してしまった事を。
さらに、ルチアは、追い打ちをかけるかのように、ヴィオレットに、語りかけた。
それも、にらみながら。
「大好きだったのに、裏切ったんだ」
「違う、違う!!私は……」
ルチアは、さらに、ヴィオレットを追い詰める。
精神を壊すまで。
ヴィオレットは、首を横に振った。
必死に。
ヴィオレットは、目に涙を浮かべ始めた。
もう、ヴィオレットの精神は、壊れかけていた。
「ヴィオレット、もう、いいの」
「え?」
「一緒に、地獄に落ちよう?」
ルチアは、ヴィオレットに迫る。
止めを刺すかのように。
まるで、死ねと告げているかのようだ。
これで、ヴィオレットは、精神が壊れてしまうだろう。
そうなる瞬間をライムは、待ちわびている。
ルチアは、ヴィオレットに触れようとしていた。
だが、その時だ。
ヴィオレットが、鎌を出現させ、薙ぎ払い、ルチアを真っ二つにしたのは。
「なっ!!」
ルチアは、目を見開く。
それは、ライムも、同じだ。
ヴィオレットは、確かに、幻にとらわれていたはず。
逃れる術などない。
だというのに、ヴィオレットは、幻から、逃れたようだ。
一体、何が起こったというのだろうか。
ルチアも、ライムも、理解できなかった。
「お前が、ルチアなわけがない。ルチアは、死んだ。私が、殺したんだ。幻なんかに、惑わされるわけがない」
ヴィオレットは、精神が崩壊する寸前のところで、正気を取り戻したのだ。
見抜いたのだろう。
目の前にいる少女は、ルチアではないと。
ルチアが、言うはずないのだ。
一緒に、地獄に落ちようなど。
それほど、ルチアを信じているのだろう。
だからこそ、ヴィオレットは、戻ってこれた。
何もかもが、信じられないライム。
だが、ラストは、精神が、崩壊しているはずだ。
そう、確信を得ていたライム。
だが、その時であった。
「その通りさ!!」
ラストが、短剣で、アマリアを刺して、幻から逃れる。
彼も、正気を取り戻したようだ。
「この程度で、俺らが、壊れるわけないじゃん」
ラストは、笑みを浮かべる。
危なかったとはいえ、二人の精神は、ライムが、思っていた以上に強いようだ。
誰も、破壊などできないのであろう。
「な、なんで……どうしてよ……」
ライムは、体を震わせ、動揺している。
信じられないのだろう。
どうやって、自分の魔法から、逃れられたのか。
アマリアでさえも、不可能だったというのに。
「出てこい。いるんだろ?ライム」
ヴィオレットは、ライムに問いただす。
気付いていたようだ。
当然であろう。
ライムの性格であれば、直接、みたいはずだ。
自分達の精神が、壊れていくのを。
ヴィオレットに気付かれてしまい、ライムは、目を見開く。
だが、その直後、息を吐き、ふっと、笑みを浮かべた。
まるで、自分の心情を隠すかのようだ。
「なーんだ。ばれちゃった」
ライムは、ヴィオレット達の前に姿を現す。
それも、余裕ぶって。
しかも、ライムはヴァルキュリアに変身していたようだ。
「ちっ。見てやがったか」
「残念。うまくいくと思ったのになぁ」
「どうやって、あんな魔法を手に入れたんだよ」
「内緒♪」
ラストは、苛立っているようだ。
悪夢のような光景を見せつけられたのだ。
苛立つのは、当然であろう。
ラストは、ライムが、どうやって、あんな悪趣味な魔法を手に入れたのか、問いただす。
と言っても、予想はついていた。
コーデリアから受け取ったのではないかと。
それでも、ライムは、隠し通した。
「それより、いいの?聖女様、探さなくて」
「どこにいる?」
「わぉ、怖い顔」
ライムは、ヴィオレット達に問いかける。
まるで、挑発しているかのようだ。
ヴィオレットは、ライムをにらみながら、問いただし、ライムは、悪女のような笑みを浮かべた。
「聖女様なら、ここにいるよ」
「え?」
ライムは、アマリアがここにいる事を、打ち明けてしまう。
だが、その時だ。
アマリアが、姿を現し、固有技・ホーリー・クロスを発動したのは。
聖なる十字架の刃が、ヴィオレット達に襲い掛かった。
「っ!!」
ヴィオレット達は、殺気を感じて、すぐさま、回避する。
だが、信じられなかった。
今、アマリアが、自分達に向けて、固有技を発動したなどとは。
「あ、アマリア……」
ラストは、動揺していた。
アマリアは、ライムに操られてしまったのだと、察して。




