第四十四話 特別な魔法
ユユを殺した後、ヴィオレットとラストは、ライムがいる宮殿にたどり着く。
だが、宮殿周辺は、帝国兵が多い。
当然と言えば、当然であろう。
ヴィオレット達が、エメラルドエリアに侵入している事は、知れ渡っている。
しかも、アマリアを連れ去ったのだ。
ヴィオレット達が、侵入すると推測されているであろう。
「来たのは、いいが……」
「やっぱ、突破すんのは、難しいか……」
帝国兵の数が多すぎる。
これでは、ヴィオレットとラストのたった二人だけでは、突破は難しいだろう。
ヴィオレットとラストは、帝国兵に気付かれないように、裏路地の中から、宮殿の状況をうかがっているが、侵入は不可能だと、推測しているようだ。
「くそ……」
ラストは、焦燥に駆られているようだ。
苛立っている。
なぜ、ラストが、焦燥に駆られているのか、ヴィオレットは、知っているようだ。
だが、あえて、何も言わない。
ラストの事を気遣っているのだろう。
と言っても、このまま、何もしないわけにはいかない。
どうにかして、宮殿に侵入しなければならなかった。
だが、その時だ。
クライドが、ヴィオレット達の元へと駆け付けたのは。
どうやら、ハイネが、クライドに報告してくれたようだ。
「ヴィオレット、ラスト」
「クライド……」
クライドは、多くのレジスタンスを引き連れてきたらしい。
さすが、と言ったところであろう。
これで、宮殿に侵入できる。
ヴィオレットも、ラストも、そう、推測していた。
「話は、聞いた。すまない」
「いいさ、あの聖女サマを置いてった俺達にも、非があるし……」
クライドは、謝罪する。
自分のせいだと、責任を感じているようだ。
ユユとヤヤが、襲撃してくるとは、予想もしなかったのであろう。
だが、ラストは、咎めようとはしない。
自分達も、アマリアを残して、外に出たのだ。
自分達にも、非があると、責めているのだろう。
「アマリアを救出したい。協力を頼みたいんだ」
「わかっている。地下水道なら、いけるはずだ」
「わかった」
ヴィオレットは、クライドに懇願する。
アマリア救出のためには、協力が必要だ。
クライド達の協力が。
もちろん、クライド達もそのつもりだ。
そのために、ここに来たのだ。
クライド曰く、地下水道から、いけるらしい。
確かに、地下水道への入り口がこの近くにある。
アトワナとキャリーが調べてくれたのだろう。
ヴィオレットは、ありがたいと感じながら、静かにうなずいた。
「こっちの事は、任せてほしい」
「頼んだぜ」
クライドは、帝国兵の注意を引き付けている間に、ヴィオレットとラストを地下水路へ侵入させるつもりだ。
そうでもしなければ、二人は、地下水路に突破することさえ、不可能なのだろう。
ラストは、帝国兵をクライド達に、任せることにして、構えた。
続けて、ヴィオレット達も、構える。
覚悟ができたのだろう。
「行くぞ!!」
クライド達は、地面を蹴って、帝国兵に向かっていく。
クライド達の気配に気付いた帝国兵。
その直後、クライド達は、帝国兵に先制攻撃を仕掛ける。
次々と、斬られていく帝国兵達であったが、ここで、追い詰められるわけがない。
反撃を仕掛けてきたのだ。
お互いの実力は、ほぼ、互角であり、乱戦状態となった。
その間に、ヴィオレット達は、地下水道へと向かった。
剣がぶつかり合う音、魔法や魔技が放たれた音が、ライムの部屋まで響いてきた。
「外が騒がしくなったなぁ。もしかしたら、ヴィオレットちゃんが、侵入でもしたかな?」
ライムは、気付いたようだ。
ヴィオレット達が、侵入した為、外が、騒がしくなったのではないかと。
そう思うと、笑みがこぼれるライム。
楽しみで仕方がないのだろう。
ヴィオレットをどうやって、痛めつけてやろうかと。
「どう、思う?聖女様」
「……」
ライムは、アマリアの方へと視線を向け、尋ねる。
なんと、アマリアは、椅子に座らされ、両手をロープで縛られている。
しかも、アマリアのの体や顔には、痣ができていた。
ライムに殴られたのだろう。
聖女だというのに、ライムは、アマリアの暴力を振るったのだ。
問いかけられたアマリアは、何も、答えようとしない。
黙ったままであった。
「答えろよ」
答えようとしないアマリアに対して苛立ったようだ。
ライムは、アマリアの顔を殴りつける。
アマリアは、そのまま、床に倒れ込んだ。
部屋には、帝国兵が二人いる。
だが、ライムを止めようとしない。
見てみぬふりだ。
止めれば、ライムに殺されてしまうからであろう。
「あはは!!さいっこう!!聖女様を殴れるなんて、滅多にないもんねぇ。あ、でも、こんなライムは、ヴァルキュリア失格だっけ?」
ライムは、聖女であるアマリアを殴れることを喜んでいるようだ。
確かに、アマリアに危害を加えたとなれば、重罪も同然だ。
ヴァルキュリアであるライムも、処罰の対象となるだろう。
だが、ライムは、ばれなければ、何をしてもいいと思っているようだ。
それゆえに、レジスタンスのメンバーとヤヤを殺したのだ。
だが、アマリアにとって、今のライムは、ヴァルキュリア失格なのだろう。
ライムも、先ほど、言われた言葉を思い返すように、アマリアに尋ねた。
「そう言うところが、むかつくんだよね!!」
ライムは、アマリアの脇腹を踏みつける。
激痛がアマリアを襲い、アマリアは、苦悶の表情を浮かべた。
それでも、耐えたのだ。
必死で。
「ら、ライム様、お止めください!!」
「こ、この方は、聖女様ですよ!?」
ついに、帝国兵が、ライムを止めに入る。
見ていられなくなったのだろう。
アマリアが、ライムに殴られるところなど。
相手が、ライムであっても、止めなければと思ったようだ。
「うっさい!!」
「がっ!!」
ライムは、懐から、クロスボウを取り出し、矢を放つ。
矢は、二人の帝国兵の心臓を貫き、帝国兵は、目を見開いたまま、仰向けになって、倒れた。
また、ライムは、殺してしまったのだ。
罪のない帝国兵を。
「あーあ。まーた、殺しちゃった。ま、いいっか」
「ライム、貴方と言う人は!!」
ライムは、帝国兵を殺しても、罪悪感を感じないようだ。
何とも、許しがたい事だ。
アマリアは、怒りをライムにぶつける。
だが、ライムは、アマリアの腹を蹴り飛ばした。
「あがっ!!」
「うっさいんだよ!!箱入り娘が!!」
アマリアは、目を見開き、もだえる。
骨が折れたかと思うほどの激痛がアマリアを襲ったのだ。
ライムは、アマリアに怒りをぶつけていた。
反論した事に対して、苛立っているのだろう。
しかも、何も知らない箱入り娘と見下して。
「殴るのも、つまらなくなったなぁ。どうしようかな?」
ライムは、何か、良からぬことを企んでいるようだ。
彼女の顔は、不気味に微笑んでいる。
彼女の笑みを見たアマリアは、背筋に悪寒が走った。
恐ろしく感じたのだろう。
「殺すのですか?ユユとヤヤのように」
「ううん。さすがに、それは、まずいっしょ。まぁ、できれば、良かったんだけど」
アマリアは、怯えながら、尋ねる。
自分も、殺されてしまうのではないかと。
だが、ライムは、殺すつもりはないようだ。
聖女を殺す事は、重罪だ。
即処刑となるだろう。
ライムは、本当は、アマリアを殺したいのだが、さすがに、それは、自分の命も、危ないと、察しているようで、殺すつもりはなかった。
「あんたを捕まえたのは、ちゃんとした理由があるんだよねぇ」
ライムは、しゃがみ込み、アマリアを覗き込む。
アマリアを捕らえた理由は、ちゃんとあるらしい。
と言っても、悪い予感しかしない。
アマリアは、体を震わせながら、ライムをにらんだ。
「ライム、コーデリアから特別な魔法をもらったんだ♪」
「特別な魔法?」
「そう」
ライムは、意外な事実を打ち明ける。
なんと、コーデリアから、特別な魔法をもらったというのだ。
これには、さすがのアマリアも、驚きを隠せない。
だが、ライムが、特別な魔法をもらったというのは、事実だ。
ヴィオレットを殺すためだと、兵長に頼みこんだらしい。
もちろん、脅しではなく、ぶりっ子で。
兵長をうまく、利用して、ライムは、魔法を手に入れたのであった。
「今から、見せてあげる」
ライムの目が、赤く光った。
しかも、おぞましい力を放ちながら。
ライムの目を見てしまったアマリアは、体をこわばらせ、しかも、目が赤く染まっていくのを感じた。
「あああああああああっ!!!」
アマリアの絶叫が、響き渡る。
だが、宮殿にいた帝国兵とメイドは、聞かなかったふりをしてしまった。
逆らえば、ライムに殺されることを懸念して。
ヴィオレット達は、地下水道に侵入し、宮殿を目指した。
もちろん、アマリアの絶叫は、地下水道まで聞こえていない。
ゆえに、ヴィオレット達は、知らなかった。
アマリアに危険が迫っているなど。
「ふぅ。なんだか、あっけないな」
「ライムに、怯えてるからだろう」
地下水道を進んでいたヴィオレット達。
しかも、ヴィオレットは、ヴァルキュリアに変身したようだ。
その間にも、帝国兵がヴィオレット達に斬りかかった。
ヴィオレット達が、侵入した事に気付いたようだ。
だが、ラストの言う通り、本当に、あっけない。
帝国兵は、傷一つ付けられないまま、ヴィオレット達に殺されてしまったのだ。
ヴィオレット曰く、ライムに怯えている為、体がこわばってしまったのだろう。
つまり、本来の力が出せずに、死んだというわけだ。
「怯えてるねぇ。あんたには、ないの?怖いもの」
「あると思うか?」
「だよね~」
ラストは、さりげなく、ヴィオレットに尋ねる。
本当に、怖いものなどないのかと。
だが、ヴィオレットは、逆に聞き返す。
もちろん、ラストも、あるとは思っていない。
何気なく、聞いてみただけであった。
「さあて。さっさと、聖女サマ、連れて帰ろうか」
ヴィオレットとラストは、急いで、地下水道から、宮殿へと出る。
たどり着いたのは、ホールのようだ。
だが、その時であった。
全体に、何やら、魔法がかけられたのは。
「え?」
「こ、これは……」
魔法がかけられたことに気付いたヴィオレット達。
だが、時すでに遅し、回避する前に、ヴィオレット達は、完全に、魔法にかかってしまったようだ。
魔法にかけられたヴィオレットの前に現れたのは、なんと、ルチアであった。
「ルチア?」
ヴィオレットは、信じられなかった。
なぜ、ルチアが、ここにいるのか。
もう、彼女は、ここにいないはずなのに。