第四十三話 ライムの本性
ヤヤは、ひたすら逃げる。
ただただ、ひたすらに。
アマリアを連れて。
向かう先は、ただ一つ。
ライムが待つ宮殿だ。
そこまで、アマリアを連れていけば、自分は、助かる。
アマリアをライムの元へ送り届けた後、ヤヤは、ユユの元へ戻るつもりだ。
ヴィオレットとラストを殺すために。
ついに、ヤヤは、宮殿に戻った。
宮殿の入り口には、なぜか、ライムが立っていた。
「ら、ライム様!!」
「あ、戻ってきたの?」
ライムを目にしたヤヤは、思わず、立ち止まってしまう。
アマリアも、つられて、立ち止まった。
ライムは、アマリアとヤヤを目にした途端、可愛らしく走り始める。
その様子は、小動物のようだ。
だが、あくまで、かわいい子ちゃんのふりをしているだけ。
ライムの本性を知っているヤヤは、怯え始め、体が震えていた。
「わぁ。本当に、アマリア様を連れてきてくれたんだね♪」
「は、はい……」
ライムは、あくまで、かわいい子ちゃんのふりをする。
まるで、嬉しそうに。
と言っても、ヤヤの心配を一切しないが。
ヤヤは、怯えながらも、うなずいた。
「ライム……」
「ん?どうしたの?アマリア様?ライムの顔に何かついてる?」
「……」
アマリアは、ライムの様子をうかがう。
気付いているようだ。
今のライムは、何かを演じているかのようだと。
前のように、可愛らしくしているが、何かが違う。
違和感を感じているようだ。
アマリアの視線を感じたライムは、アマリアに尋ねる。
だが、アマリアは、答えようとしなかった。
ここで、問い詰めれば、ヤヤの身に危険が迫ると、察して。
「ヤヤ、ユユは、どうしたの?」
「そ、それが……」
ライムは、ユユの姿が見当たらないため、ヤヤに尋ねる。
何があったのかと。
だが、ヤヤは、答えられなかった。
まさか、ヴィオレット達に見つかってしまったなどとは、言えないのだろう。
完全に、恐れてしまっているのだ。
何を話せば、正解なのか、判断もつかないほどに。
「ヤヤを守ってくれたのかな?」
「はい……ですが、すぐに、追うって、言っていました……」
「そう、戻るといいね」
ライムは、誰かに見つかってしまったのだと悟ったようだ。
ヴィオレットとラストに見つかったのだと、気付いていないようだが。
ヤヤは、正直に答えた。
すぐに、追うと。
それを聞いたライムは、心配しているそぶりを見せる。
だが、ヤヤは、目をそらしてしまった。
ライムを恐れて。
「あ、そうだ。ヤヤ、ご褒美を上げるから、こっちに来て?」
「え?」
「ほら、早く」
ライムは、手招きをし始める。
ヤヤを呼んでいるようだ。
だが、ヤヤは、体をこわばらせてしまった。
危険を感じたのだろう。
ライムは、何かをするつもりなのだと。
たとえ、アマリアがいても。
だが、ライムは、何度も、手招きをし始める。
これ以上は、待たせられない。
もし、拒否すれば、この後、ライムに殴られてしまうだろう。
そう察したヤヤは、恐る恐るライムに歩み寄ろうとしていた。
だが、その時だ。
アマリアが、ヤヤの手をつかんだのは。
ヤヤは、驚き、アマリアの方へと振り向いた。
「ヤヤ」
「大丈夫、ですから……」
アマリアは、不安に駆られているようだ。
もし、このまま、ヤヤが、ライムの元に行けば、どうなるのか。
だが、ヤヤは、体を震わせながら、アマリアから離れる。
アマリアが、自分の事を心配してくれるのは、本当に、うれしいが、ライムの機嫌が悪くなるのだけは、避けたい。
ゆえに、ヤヤは、ライムの元へと歩み寄った。
「いい子」
ライムは、微笑みながら、ヤヤを褒める。
だが、その時だった。
ライムが、悪魔のような微笑みを見せたのは。
彼女の笑みを見たヤヤは、体をこわばらせてしまう。
何か、嫌が予感がして。
だが、時すでに遅し。
ライムは、短剣を手にしており、ヤヤの左胸に突き刺した。
「っ!!」
「え?」
ヤヤの体から、血が飛び散る。
アマリアは、何が起こったのか、理解できず、ただ、呆然としていた。
「な、なんで……」
「もう、お前は、用済みだから」
ヤヤは、理解できていない。
一体、自分の身に何が起こったのか。
ライムは、ヤヤを切り捨てたのだ。
自分の目的は、達成した。
アマリアは、目の前にいる。
もう、ユユにも、ヤヤにも、期待する事は何もない。
つまり、ユユとヤヤを殺すつもりだったのだ。
ヤヤは、目を見開き、体を震わせる。
予想していなかったのだろう。
まさか、ライムに殺されるとは。
ライムは、さらに、短剣で深く突き刺す。
短剣は、ヤヤの心臓を捕らえ、ヤヤは、目を見開いたまま、動かなくなってしまった。
「ご苦労様でした♪」
ライムは、笑みを浮かべ、短剣を引き抜き、そのまま、ヤヤを押しのける。
ヤヤは、ゆっくりと、仰向けになって倒れた。
「ヤヤ!!」
ヤヤが、倒れ、アマリアが、ヤヤの元へと駆け寄り、しゃがむ。
だが、ヤヤは、目を見開いたまま、動かない。
殺されてしまったのだ。
ライムに。
「なんてことを……」
「仕方がないじゃない。あんたさえいてくれれば、いいんだから」
アマリアは、声を震わせながら、ライムを見上げる。
信じられないのだろう。
あの可愛らしくて、優しかったライムが、このような残虐な事をするとは。
ライムは、アマリアの顔を覗き込むように、見下ろした。
いや、見下していると言った方が正しいのかもしれない。
ライムの目的は、アマリアだ。
ユユとヤヤは、そのためだけに生かされた使い捨ての駒だったのだ。
今まで、おもちゃのように扱っていたのだが、飽きてしまったのだろう。
アマリアは、怒りを露わにし、立ち上がる。
その直後だ。
アマリアは、ライムの頬を思いっきりひっぱたいた。
「いったいなぁ」
「……許せません」
ひっぱたかれたライムは、頬が赤くなっている。
アマリアは、それほど、強くひっぱたいたのだろう。
ライムの頬は、腫れあがっている。
ライムは、不機嫌になってしまった。
彼女の機嫌など、アマリアにとっては、関係ない。
いや、恐れていないのだ。
それほど、許せなかった。
ライムに仕えていたユユとヤヤを切り捨てたのだから。
アマリアは、すぐさま、ロッドを出現させ、固有技・ホーリー・クロスを発動する。
だが、ライムは、すぐさま、後退し、回避してしまった。
アマリアの行動を読んでいたのだろう。
「貴方を捕らえます」
アマリアは、構える。
ライムを捕らえるつもりだ。
クライドの元へ引き渡すつもりなのだろう。
たとえ、このまま、帝国へ身柄を引き渡しても、すぐさま、解放されるだけだ。
ライムは、ヴァルキュリアだ。
処罰することはしないだろう。
隠蔽する為に。
ゆえに、アマリアは、闇ギルドのリーダーであるクライドに身柄を引き渡す事を決意した。
「とらえられるのは、どっちかな?」
アマリアは、ライムを捕らえようとしている。
アマリアの力なら、可能性はなくはないだろう。
なぜなら、アマリアの力は、特別だ。
ヴァルキュリアの力とは、また、異質。
ゆえに、ヴァルキュリアと戦える力は、持っている。
だが、それでも、ライムは、焦燥に駆られた様子は見せない。
むしろ、余裕の笑みを浮かべていた。
ライムは、指をぱちんと鳴らす。
すると、帝国兵が、アマリアを捕らえた。
「っ!!」
帝国兵に捕らえられたアマリアは、抵抗しようともがく。
だが、帝国兵は、必死に、捕らえていた。
まるで、怯えるかのように。
そのため、アマリアは、もがいても、もがいても、解放されなかった。
ライムは、あらかじめ、命じていたのだろう。
アマリアが、抵抗しようとしたら、捕らえろと。
「も、申し訳ございません、聖女様」
「お、大人しくしてください」
「……」
帝国兵は謝罪する。
それも、怯えながら。
本当は、アマリアを捕らえたくないのだろう。
だが、ライムの命令は、絶対だ。
自分達も、殺されてしまう。
ユユとヤヤのように。
そう思うと、ライムの命令に従うしかない。
他の帝国兵は、必死に、懇願した。
彼らの様子を目にしたアマリアは、抵抗ができなくなってしまったのだ。
帝国兵の心境を察して。
「連れてって」
「は、はい……」
ライムは、小悪魔のように、微笑みながら、命じると。
帝国兵は、怯えながら、うなずき、アマリアを宮殿へと連れていった。
「貴方は、最低です!!ライム!!ヴァルキュリア、失格です!!」
「あんたに、言われたくないけどね」
アマリアは、怒りをライムにぶつける。
許せないのだ。
ユユとヤヤ、そして、帝国兵をオモチャのように、捨て駒のように、扱うのだから。
ヴァルキュリアの資格など、もう、ない。
だが、ライムは、冷たく、言い放つ。
アマリアの事を聖女と見ていないかのようだ。
アマリアも、ライムにとって、オモチャなのだろう。
帝国兵は、アマリアを連れて、そのまま、宮殿へと入っていった。
「まったく、甘ちゃんな箱入り娘が、好き勝手に、言ってくれるよね」
ライムは、むっとしながら、呟く。
不機嫌になったのだろう。
アマリアに、ヴァルキュリア失格だと言われたのだから。
ライムにとっては、暴言を吐かれた気分だったに違いない。
「さて、どうしようっかなぁ♪」
ライムは、すぐさま、不敵な笑みを浮かべる。
暴言を吐かれたとはいえ、最高のオモチャは、手に入れた。
あとは、ヴィオレットとラストと言うオモチャをおびき寄せるだけだ。
そう思うと、ライムは、楽しくてたまらなかった。
ライムにとっては、最高のショータイムであり、ヴィオレットとラストにとっては、地獄になるのだから。