400 転生忍者は忍べない
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます(T_T)
皆さまのおかげで、最終話までたどり着くことができました。
魔界、人界、神界が繋がってから、長い年月が流れた。今ではそれぞれの世界の住民が好きな場所に住み、生活を営んでいる。
もはや世界は一つになったと言っていい。それほどまでに種族の壁は取り払われ、互いを差別することはなくなった。
「おっ、あんたは真界から来たのかい? あそこのリンゴは美味しいらしいね。なんせ、アーク様が最初に真素で木を育てた場所って話だから、当然か」
店先で威勢よく客の呼び込みをしていた男が、漆黒の皮膜翼を携えた青年に陽気に声をかけた。
「ああ、リンゴは俺の故郷の名産だ。けど、おっさん、ひとつ勘違いしてるぜ。リンゴの木を育てたのはアーク様で間違いないが、実をつけさせたのはサラ様だ」
そう言って青年は足を止め、にやりと笑う。
「たしかにそうだな。聖書に、そう書かれていたっけ。こりゃ参ったな。ところで、あんた。旅人のようだが、今日はどこに泊まるんだ? なんなら、うちの姉ちゃんがやってる宿屋を紹介してやろうか?」
「そうだな。真界は初めてだ。よかったら頼む」
しばらく顎に手を当てて考え込んでいた青年だが、素直に好意を受け取り、頭を下げた。
「おいおい、礼儀正しいな。それより、なんで来たんだ?」
「ああ、祖母が人族なんだ。それで一度、俺も見てみたくなってな」
青年は町の風景に目を細める。獣人や人間、それに天使や悪魔が普通に通りを歩き、他愛もない話をしている。
「そうか、祖母さんが人族ね。ちなみに俺は生粋の人族だ。一番下の妹は、天使族と結婚して、今は真界に住んでるよ」
同じ『真界』。だが、呼び方だけが違っていた。かつて魔界だった場所は真界、人界は真界、神界は真界と呼ぶ。
けれど、その違いも争いの種ではない。互いを認め、尊重しているからこそ残った、穏やかな名残りだった。
「まあ、何にせよ、祖母さんの故郷を見てみようなんて、いい心掛けだと思うぜ。姉ちゃんに言って、宿代はまけてもらうよう頼んでやるよ」
「ああ、助かるよ」
そう言って、二人は笑い合い、宿屋に向かって歩き出した。その横を子どもたちが通り抜けていく。
そんな子どもたちのあとを、必死に追いかける女性がいた。彼女の背中には純白の翼が生え、腰からは尻尾が伸びていた。
「待ってくださいにゃ! 私から離れないでくださいにゃ。悪い人に連れ去られても知りませんにゃ!」
彼女には天使族と獣人の血が流れ、その言葉には獣訛りが色濃く残っていた。
「平気だよ。いざとなったらミザリー様が助けてくれるよ」
「それは聖書の話ですにゃ。そんなことで神様は助けてくれませんにゃ」
少年は昔読んだ聖書に出てきたミザリーの話を出し、足を止めない。
かつてミザリーは、多くの子どもたちを攫い、実験して兵器として利用しようとした国を一夜にして滅ぼしたことがあった。
その戦いは苛烈で鮮烈だった。太陽の拳を振るい、大地を砕き、鉄壁の城を一撃で粉々に砕いた。
それだけでも伝説と呼べる偉業だが、彼女はそこに囚われていた子どもたちを一人も傷つけなかった。
その裏で、ミザリーから神託を受けた伝説の冒険者サンドロと、彼の相棒である純白の猛虎――聖獣シロが、囚われた子どもたちを救い出したことも有名な話だ。
「ええ、でもミザリー様は、誰よりも子どもたちを愛してるって書いてあったよ」
「そうですが、それとこれとは別ですにゃ。それに前を向いてください。転びますにゃ!」
なかなか追いつけない女性は、大声で少年に注意する。その隣を笑顔で走る少女が声を上げた。
「大丈夫だよ。転んでもサラ様が治してくれるから!」
「何度も言いますが、そんなことで神様は現れませんにゃ!」
サラは慈愛の神として多くの人々を救った。
有名な話がある。
遥か昔、疫病で苦しむ村があった。その病は感染力が強く、瞬く間に国中へと広がった。
多くの天使や聖職者が派遣され、治療を試みたが、病を治すことはできなかった。
滅びを待つだけの国で、一人の母親が腕の中で冷たくなっていく息子を抱き締め、小さな声で祈った。
「どうか、この子だけでも救ってください。私の命はいりません」
そのとき、太陽の光を遮る厚い雲が割れ、紺碧の光が降り注いだ。そこには青き翼を広げ、慈愛に満ちた笑みを零す聖女が立っていた。
サラは母親と、その腕に抱かれた子どもに手をかざし、瞬く間に病魔を消し去った。そして、祈りを捧げる親子に向かって、頭を下げた。
「ごめんなさい。病を治す方法を見つけるのに時間がかかってしまって。でも、もう大丈夫」
そう告げ、サラは両手を合わせ祝詞を謳った。それは多くの天使や聖職者に届き、彼女たちに疫病を治す力を与えた。
そうして、滅びかけていた国と民は救われ、誰もが神の奇跡と呼び、サラに祈りを捧げた。
「本当に待ってくださいにゃ。二人とも」
「いやだよ。早く行かないと、お菓子が貰えなくなるもん」
「そうだよ。今日はミサでしょ。教会でお菓子を配る日だよ」
どこの村や町にも教会があり、週に一度ミサが開かれていた。そこでは、とくに決まった祈りの言葉はなく、誰もが各々の言葉で神に感謝するだけだった。
「もう、おやつはさっき食べたばかりですにゃ。あまり言うことを聞かないと、フォルテ様に怒ってもらいますにゃ」
その瞬間、二人は足を止め、女性のもとへ駆け寄る。
「ご、ごめんなさい。だからフォルテ様に言わないで!」
少年は女性に抱きつき、目に涙を浮かべた。彼女は苦笑いを浮かべ、少年の頭を優しく撫でる。
「安心してくださいにゃ。フォルテ様は優しい神様ですにゃ。本当に悪いことをしないかぎり、守ってくださるにゃ」
彼女は少年に語りかけながら、フォルテの神話を思い出す。
過去に、世界を二分するほど強大な二つの国があった。その国の王たちは互いを忌み嫌い、憎しみ合っていた。
ただ、両国の民にはそんなわだかまりはなく、手を取り合い、平和に過ごしていきたいと願っていた。
ある日、悲劇が起こる。
強国同士ゆえに戦争を避けてきた二つの国だったが、両国の王子と王女が恋に落ち、駆け落ちしてしまったのだ。
二つの国の王は、相手が我が子を誘拐したのだと言い、戦争を始めようとする。
多くの臣下や民たちが争うことに反対し、訴えたが、二人の王は聞く耳を持たず、その者たちを処刑し、見せしめにした。
城壁に吊るされた多くの亡骸を見た民たち。誰もが戦争は避けられないと絶望したとき、天から声が届いた。
「争うことはありません。王子と王女は愛し合い、静かに暮らしたいだけです。どうか二人を見守ってください」
荘厳に響き渡る声に、両国の民たちは膝をつき、祈りを捧げた。だが、二人の王だけは悪魔の戯言だと吐き捨て、兵たちに天へ向かって矢を放つよう命じた。
その瞬間、二発の銃声が轟いた。気づくと、二人の王は胸を押さえ、倒れていた。
彼らは命を落とすことはなかった。だが、絶えず全身に激痛が走り、寝たきりとなった。
それからしばらくして、身を隠していた王子と王女は国に戻り、結婚した。そして二つの国を一つの国として治め、長きにわたり平和な世を築いた。
目を細め、遠くを見つめていた女性に、少年は声をかけた。
「本当にフォルテ様に怒られない?」
「大丈夫ですにゃ」
女性は視線を落とし、そっと少年の涙を拭いながら、笑顔で頷いた。隣では、少女がほっと息を吐いていた。
「そ、そういえば、カールがいませんにゃ! 二人とも知りませんか!?」
「あ、そういえば、どこではぐれたんだろう」
「さっきまで一緒だったのに」
三人は慌てて周囲を見渡す。でも、どこにもその姿はなかった。大声で名を呼ぶが、現れる様子はない。
通りを歩く人たちも辺りを見回し、それらしき子がいないか探してくれる。それでも見つからなかった。
次第に三人の目に涙が浮かぶ。もし万が一、人攫いにでも捕まっていたらと、女性は居ても立ってもいられず、走り出そうとした――。
「あっ、ここにいたんだ! 寂しかったよ!」
亜麻色の髪の男の子が、女性のもとへ走り、抱きついた。
「心配したんですにゃ、カール!」
女性は腰を落とし、ぎゅっと男の子を抱き締める。その頬には涙が伝っていた。
「どこに行っていたの、カール?」
少年も駆け寄り、男の子に声をかける。
「えっとね、お兄ちゃんたちとはぐれて、迷っていたら、すごく綺麗なお兄さんが現れて、僕の手を握り、お兄ちゃんたちの場所まで連れてきてくれたんだ」
「ふーん、そんなに綺麗だったの?」
少女は男の子の言葉に興味を持ち、目をきらきらと輝かせて尋ねた。
「うん! 目はね、星空のように黒く輝いて、髪は雪のように白く光っていたよ。あと、周りにも綺麗なお姉ちゃんたちがいたよ」
その言葉に、男の子を抱き締めていた女性はハッと顔を上げ、周囲を見渡す。
人混みの隙間。その先に、白銀の髪をなびかせ、去っていく青年を見つける。
その周りには、太陽のようなオレンジ色の髪の女性と、涼しげな紺碧の髪を垂らす女性、そして艶やかな漆黒の髪を結った女性が歩いていた。
彼女は男の子の頭から手を離し、両手を合わせて祈りを捧げる。そのとき、声が聞こえた。
「相変わらず、アーたんは優しいにゃ」
「本当に、アッくんはすぐに助けるんだから」
「でも、それがアークのいいところです」
楽しげに、嬉しそうに、穏やかに、彼女たちは青年に声をかけた。
「まあ、困っている子を見ると、ついね。そろそろ行こうか。目立ちたくないから」
青年は困ったように彼女たちに告げた。そして、静かに溶けるように姿を消した。
まるで忍者のように――。
転生忍者は忍べない<完>
感無量です。いろいろな思いがありますが――
皆さま、最後までお付き合いいただき、本当に、本当にありがとうございました<(_ _)>




