334 八咫烏の試練、取り戻した想い
アークからフォルテ視点に<(_ _)>
祠の中に立つ俺は、己の両手を見つめた。掌には、たしかに飛鳥の温もりが残っている。だが、まだ試練は終わっていない。
俺は奥歯を噛みしめ、前を見据えて大きく足を踏み出した。もはや、すり足で慎重に進む必要はなかった。視界に頼らずとも、世界はすべて俺の内にあった。
微かな大気の震え、岩肌を伝う露の音、苔から漂う湿った匂い。それらすべてが流れ込み、俺の中で一つの画となって像を結ぶ。
壁から放たれる矢も、床から突き出す槍も俺を止めることはなかった。漂う幻惑の匂いすら避けてみせた。俺はすべての罠をかわし、奥へと進む。
やがて明かりが見えてきた。ようやく出口に辿り着いた。そう思った俺は歩く速度を上げ、光の中へ飛び込んだ。
そこは岩を削って作られた巨大な石室だった。壁にはいくつもの光の魔導具が備えつけられ、中央奥には祭壇がある。そこに三本足のカラスが鎮座していた。
『よくぞ来た、試練を乗り越えし者よ。我は八咫烏。この地を守護する神だ』
頭の中に声が届く。その声は聡明で、すべてを見透かされているような響きがあった。
『お主は己の過去を見つめ、乗り越えた。そして、その過ちにも気づき、自らを戒め、受け入れた』
その言葉に飛鳥の笑顔が蘇る。胸が苦しくなり、手で押さえる。そんな俺を何も言わず、じっと見つめる八咫烏。その漆黒の瞳と視線が重なった。
『お主は我を超える力も持っている。だが、まだ心は未熟。それでも、強くあろうとする姿は見せた』
八咫烏が鳴いた。その瞬間、祠のほうから一羽のカラスが飛んできた。それは石室をぐるりと回り、俺の肩にとまる。
『それは我の眷属。その者が見る世界を、お主も見ることができる鴉眼の術を授ける。受け取るがよい』
一瞬で術の極意が頭の中へ流れ込む。俺は軽く頭を振り、すぐにカラスを飛ばした。続けて、指を組んで印を結ぶ。
「鴉眼の術」
刹那、俺を見下ろすカラスの視界へと切り替わる。石室をゆっくりと旋回し、俺を見つめるカラス。視界を共有しながら、自らの視界もぼんやりと頭の中に浮かんでいた。
しかも驚いたことに、魔力は一切消費されていない。まさしく忍術だ。俺は新たな技を習得できたことを喜ぶ。だが、飛鳥の顔がよぎり、すぐに眉を曇らせた。
『アーク。いや、いまは風真と呼ばせてもらおう。お主に伝えておきたいことがある。このことを彼女に伝えるかは任せる』
俺は術を解き、八咫烏に意識を向ける。そして、彼の言葉を聞き終えると、その場で泣き崩れた。
◆
私はアークが消えた祠を見つめる。彼が入って半日が過ぎた。日は昇り、風も温かみを帯び始める。
そのとき、再び祠から咆哮が上がる。だが、そこに宿るのは悲しみと喜び――相反する二つの情念が混ざり合った、震えるような残響だった。
その声は祠の中で幾重にも反響し、はっきりとは分からない。だけど、なぜかアークの顔を思い出し、きゅっと胸が痛んだ。
やがてアークが出てきた。肩には一羽のカラスがとまっていた。それは濡れたように艶めく漆黒の翼を携え、星屑さえも吸い込むような気高さを纏っていた。
私は視線をアークに戻す。その目は少し腫れていた。頬には涙の跡が残っている。過酷な試練だったのだろうと察する。
それでもその表情は明るく、眼差しはいつもよりも穏やかだった。たった半日で、彼の雰囲気が変わった。
「やはり、試練を乗り越えたようですな、アーク様。我が里に伝わる秘術『鴉眼の術』、どうかお役に立ててくだされ」
カンゾウさんが朗らかに告げる。その瞳には、我が子の成長を喜ぶ慈愛の念が滲んでいた。アークは深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございました。秘術も嬉しいですが、何より大事なものを取り戻すことができました」
笑顔で告げるアーク。星空の瞳が煌めく。思わず見惚れていると、彼と視線が合った。アークは熱を帯びた潤んだ瞳で、私を捉える。
鼓動が激しく胸を叩く。これまでずっと彼を見ていたが、これほど熱い視線を向けられることはなかった。
(……本当に何があったのでしょうか、アークに)
胸に手を当てながら、深呼吸を繰り返す。ようやく鼓動も収まってきたと思ったとき、アークが歩み寄ってきた。
「心配かけたね、フォルテ。ようやく試練も終えることができた。残り三日だけど、この国を楽しもう」
そう告げると、アークは私の手を握り締めた。再び鼓動が早くなる。思わず手を振りほどき、胸に手を当て、必死で鎮めようとする。
そんな私を心配そうに見つめるアーク。その表情は、もう二度と会えないかもしれないとでも思っているかのように真剣だった。
ただ恥ずかしくて、心臓がバクバクと鳴っているだけだ。そんなに心配されると余計に恥ずかしくなり、鼓動が収まらなくなる。
もはやどうすることもできなくなった私は、彼から逃げるようにその場を去った。その様子を見守っていたカンゾウさんは、口を押さえ、必死に笑いを堪えていた。
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