293 紫薔薇の屍姫、血と聖油の決闘場
私が神槍レーヴァテインを構え、血塗れのエリザベートを見据える。その瞬間、ステンドグラスの光が五度目の変化を始める。
赤から始まり、橙と黄、緑、青と藍――すでに六色。八光の屍姫は四度の変身を遂げている。藍色に赤みが増していく光をじっと見つめる。
やがてエリザベートから流れる鮮血のような赤と、深海のような深い藍色が溶け合い、部屋が紫色に染まる。
変化がおさまった時、エリザベートがすっと立ち上がった。いまだ全身は血に濡れて、藍色のドレスも青い髪も真っ赤だ。
痛々しい姿に眉をひそめる私を見て、彼女は三日月のように口角を吊り上げた。胸騒ぎがして視線を下げる。彼女の半身は、魚の尾から人の足に戻っていた。
「ふふ、まさかこの姿になるまで、追い込まれるとは思わなかったわ、サラ。その天使の姿を見て言うのもなんだけど――貴女、本当に人間?」
血塗れの顔で笑みを浮かべる彼女。その表情は不気味だった。神槍レーヴァテインを持つ手に力が入る。
「失礼なことは言わないで、エリザベート。私は人間よ、今はね。それよりも『この姿』って言ったけど、どの姿なの? 血で汚れて分からないわ」
私はミゲイルとの『真の一体化』、その先にある『神性体』を目指していることは伏せて、話題を変えた。
それに全身血塗れで、本当にどんな姿に変身したのか分からなかった。倒すことは変わらないが、容姿が分かったほうが戦いやすい。
――戦術的にも、精神的にも。
油断なく見つめる私を見て、彼女は肩をすくめ、右手を天高く掲げると、全身の血を振り払うかのように鋭く振り下ろした。
刹那、彼女の全身を覆っていた血が床へと移動し、足元に広がった。その光景に息を呑み、エリザベートに視線を戻す。
スライムのように波打つ血だまりの上に立つ彼女は、紫の薔薇を模したドレスを身に纏い、妖艶に微笑んでいた。
「どう、これでいいかしら? 素敵でしょう、このドレス? 一番のお気に入りなの!」
その瞬間、彼女は笑みを崩すことなく、手を振り上げた。つられて私は上を向いた――その瞬間、足元から深紅の影が迫ってきた。
咄嗟に石突を振り落とすと、手応えなく突き刺さった。だが、その深紅の影は止まることなく、私の足を切り裂いた。
激痛が走る。私は歯を食いしばり、槍を回転させて深紅の流動体――血塊に向かって穂先を薙いだ。
ジュッと音を上げ、血塊は引き裂かれる。今度は手応えがあった。おそらく神炎が血塊を焼き切ったのだろう。
斬り離されても蠢き続ける血塊を見下ろす。それは、まるで決まった姿を持たないスライムのように波打ち、絶えず形を変えている。
私は槍に神気を込め、神炎を迸らせて血塊を突き刺した。一瞬で炎に包まれ、それは瞬く間に蒸発した。
「素敵なドレスね、エリザベート。紫の薔薇の花言葉って、『気品』、『誇り』、そして『王座』だったかしら。まさに八王――八光の屍姫に相応しいわ」
足の激痛に耐えて彼女に微笑みかける。素直に称賛する私に訝しげな表情を浮かべるが、すぐに笑みを浮かべた。
「褒めてくれてありがとう。さっきも言ったけど、お気に入りなの。それにこんなこともできるのよ」
エリザベートは胸に差した一輪の薔薇をそっと抜き、右手に握ると、振り下ろした。バシッと炸裂音を立て、床が爆ぜる。
思わず息を呑む。そこには、紫の花びらが舞う中、茨の鞭を握り、妖しく笑うエリザベートの姿があった。
鞭を垂らし、深紅の血だまりに立つ紫の薔薇姫――まさに女王に相応しい貫禄が漂っていた。視線を落とす。そこには彼女を敬うように血塊が蠢いていた。
異様な光景だった。だが、十分に時間を稼いだ。私はほくそ笑み、魔力を練り上げて完成させた二つの魔法を同時に発動した。
「清らかな聖風、癒しの陽光」
無詠唱の複合魔法。血に混じって侵入してきた毒を浄化し、傷を一瞬で治す。エリザベートも会話に付き合っていたのは、毒が回るのを待っていたからだ。
痛みも痺れもなく、肉体と神経を蝕む凶悪な毒。白竜の杖が血塊に触れたとき、わずかに輝き、浄化の反応を示した。その一瞬を偶然にも捉えていた。
戦いの最中、しかも攻撃を受けた直後、痛みで意識は散漫していた。その中で気づけたのは、本当に運が良かっただけだ。
「ふふ、上手に誤魔化したつもりみたいだけど、お生憎様、エリザベート。綺麗な花には毒があるっていうけど、本当ね。まぁ、花じゃなくて血だったけど」
笑顔で告げる私を睨むエリザベート。初めて彼女の顔から余裕が消えた。私はその表情に満足すると、懐から竹筒を取り出す。
この中には聖油が入っている。手に持った感触から残りは僅かだと悟る。いざという時のために取っておきたかったが、無理なようだ。
アッくんたちに使い切ることを心の中で詫び、竹筒の蓋を開けて聖油を穂先に垂らす。
その瞬間、神槍レーヴァテインの神炎と聖油が反応し、黄金色に輝き出した。私は慌てて水魔法を施して、発火を免れた聖油を床に逃がす。
足元には、私の魔力を帯びたとろりと粘り気がある聖油が広がり、淡く輝き出した。それは意思を持つかのように、私を中心に波紋を広げた。
視線を上げると、エリザベートがじっとこちらを見ていた。すぐに攻撃をしないのは、神槍が纏う黄金の炎――神聖火と波紋を打ち続ける聖油を警戒しているからだろう。
私たちはじっと見つめ合う。紫の薔薇姫の足元には深紅の血塊が波打ち、私の周りには聖油が微かに光を放ち、その水面を揺らしている。
互いに槍と鞭を構えると、聖油と血塊が猛然と逆巻き始める。刹那、紫色に染まった大聖堂は一瞬で決闘場へと変わった。
緊張が満ち、殺気が漂う。私たちは笑みを浮かべる。その瞬間、二人の間に影が落ちた。気づくと同時に走り出していた。
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