278 七王リューハと真なる獣
ガリュウと七王の竜人――リューハが対峙し、睨み合っている。聖獣神化したガリュウは二メートルを優に超え、リューハを見下ろしていた。
竜の血を引くリューハとはいえ、やはり人族。その体躯は人の範疇に収まり、身長は二メートルに届いていない。見た目だけなら、ガリュウのほうが圧倒的だ。
四腕に鋼のような白き剛毛が生え、その上からでもはっきりと盛り上がる筋肉が分かる。さらに全身は白銀の鎧を纏い、上半身が裸のリューハとは対照的だった。
俺は息をひそめ、じっと様子をうかがう。
二人の距離はほぼ一メートル――互いの拳が届く距離だ。だが、二人は相手を睨んだままだ。やがて周囲の空気が二人の闘気によって歪んでいく。
次第にそれは膨らみ、突然、白光と雷光へと変わり、重なり合う。次の瞬間、強烈な光を放ち、部屋の中を染め上げた。
思わず目を閉じると、すぐに激しい打撃音が耳に届く。慌てて目を開くが、網膜を焼かれ、視界が霞む。
それでも必死に状況を捉えようと目を凝らすと、かすかに二人の姿が見えた。
ガリュウが四腕を縦横無尽に振るい、リューハに殴りかかっていた。しかし、そのすべてを彼は左腕一本で捌いている。
正拳には拳を当てて軌道を逸らし、手刀は半身になって躱す。さらに横薙ぎの裏拳は上体を反らして回避し、顎を目掛けて振り上げた拳は肘で叩き落とした。
――ガリュウの猛撃を余裕で避けるリューハ。彼は四腕が交差する瞬間を狙い、膝蹴りを打ち込んだ。
バキッと部屋中に音が響く。嫌な予感がした。ようやく戻った視界でガリュウを見ると、四腕の一本があり得ない角度に曲がっていた。
言葉を失う。数々の武術大会で優勝してきた達人であるガリュウを遥かに上回るその技量に――。
人を超えた力と身体。加えてリーチも長く、四腕を自由自在に操れ、手数も多い――格闘ならガリュウが有利だと思った。
しかし、リューハの技量は人知を超えていた。まさに神業と呼べる武術で、ガリュウの猛攻を凌ぎ、たった一撃で腕を折ってみせた。
折れた左上の腕を押さえるガリュウ。苦悶の表情を浮かべながら、油断なくリューハを睨み、攻撃に備える。
そんなガリュウの姿をリューハは一瞥した。そして、攻撃することなく、顎に手を当てて静かに告げた。
「ふむ、身体能力はすごいが、それだけだな。それでベストレア家の一族とは情けない。お前の先祖――オウコが泣いているぞ」
わずかに緊張が走る。獣王国を興した伝説の獣人――オウコ。その名を口に出したリューハにガリュウは眉を上げる。
「……リューハ、お前。ベストレア獣王国の初代王――オウコ様のことを知っているのか?」
「知っているのも、なにも、あいつは俺のライバルだった男だ。初代武導王である俺のな――」
息を呑む。数百年前にいたという伝説の初代武導王。その名は誰も知らず、資料も残っていなかった。実在するかも怪しい存在。
その初代武導王が俺たちの目の前に立っていた。
改めてリューハを観察する。引き締まった肉体には竜人特有の緑色の鱗が薄く浮かんでいる。そして、特徴的なのは胸に刻まれた七つの星のような傷跡だ。
理由は分からないが、かすかに光っている。その立ち姿に一分の隙もなく、圧倒されそうになる。
ちらりとガリュウを見やると、彼は折れた腕を押さえていた手を離し、残り三本の腕で構え直した。その表情は口角が上がり、興奮しているように見えた。
◆
目の前に立つ伝説の武人――初代武導王であるリューハを見つめ、笑みを深めた。その存在すら疑われていた達人が、まさか俺の先祖であるオウコと知り合いだったとは、この決闘に運命を感じる。
何百年の間、リューハがどのように生きていたのか――そんなことに興味はなかった。俺が知りたいのは、初代武導王の実力のみだ。
さきほど拳を合わせて分かったことは、圧倒的な技の切れと精度のみ。俺の腕を折った膝蹴りも、卓越した技術だけで、恐ろしいことに力は入っていなかった。
――リューハはまだ本気じゃない。
技では敵いそうにないし、力だけでも押し切れそうにない。すでに奥の手である聖獣神化を行い、バロンの力も借りている。
俺はリューハから少し離れ、変身を解いた。その様子にリューハは目を見開くが、攻撃する様子はない。何かを期待するように目を細め、じっと見つめた。
折れた左腕を確認すると、元に戻っていた。折られた腕は、バロンが引き受けてくれたようだ。
心の中でバロンに感謝すると、さらに奥に眠る別の存在に意識を向けた。禍々しい凶暴な気配が、俺の意識を浸食しようとしてくる。
――本当にこれが、俺の真なる力を解放する存在なのだろうか。
しかし、迷っている暇はない。すでに決闘は始まり、リューハが待っている。あまり敵に貸しは作りたくなかった。
俺はゆっくりと息を吐き出し、続けて長く深く吸い込んだ。大きく膨らんだ胸を見つめ、静かに瞼を閉じる。
荒れ狂う存在を呼び起こそうとしたとき、バロンの制止する気配を感じた。
だが、俺は無視して、一つに意識を束ねた。刹那、その凶暴な存在に意識を飲み込まれそうになる。
血が熱く沸き立ち、肉体の内側から獣が爪を立てるような感覚が走る。
歯を食いしばり、必死に耐えた。次の瞬間、大きな牙を生やしたバロンに似た毛並みの長い黒い獅子が、俺の前に姿を現した。
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