273 白銀の十二翼、十王の門前で
フォルテとサラに挟まれて朝食をとる俺は、少しふやけた指を見つめる。
結局、あの行動の意味は分からなかったが、険悪な雰囲気にならずに済んで、安堵の息を吐いた。
ただ、あまりにも恥ずかしかった。誰とも目を合わせたくなかった俺は遠くを見つめると、その先には七王の領域へと続く門が見えた。
そのとき、ライデンさんがスプーンを置き、じっとこちらを見つめた。
「アーク、何か気になるのか?」
「いえ、ただ気持ちを落ち着かせようと遠くを眺めていたら、たまたま視線の先に門があっただけですよ」
意味深な視線を向けるライデンさんに首を傾げる。次の領域に何か重大な仕掛けでもあるのだろうか。
不思議そうに見つめる俺に、ライデンさんが肩をすくめる。
「いや、実はな。俺の中の不死鳥が言うには、この先に領域はないらしい」
ライデンさんが何気なく告げた言葉に全員が息を呑んだ。領域がないとは、どういう意味だろうか。
誰も何も言わず、次の言葉を待つ。しばらく沈黙が落ちる中、静かにライデンさんが口を開いた。
「この先にあるのは、十王を筆頭とする四天王が待つ玉座の間だ。そこに至る回廊はあるが、そこには魔物もいなければ、罠もない――と、こいつが言っている」
そこで言葉を切り、ライデンさんは親指で胸を叩き、六王だった不死鳥が告げたと教えた。
領域もなく、魔物もいない。あとは四体の魔物の王を倒すのみと分かり、自然と視線はガリュウに集まる。
「……なら、うまくいけば今日で十王すべてを討伐できるかもしれないということか、ライデン」
ガリュウはライデンさんを真っすぐ射抜き、噛みしめるように尋ねた。
「あぁ、そうなる。だが、ここで問題がある。さすが、難攻不落の十王の遺跡だ。それぞれの玉座の間に通じる四つの扉に仕掛けがあるらしい。同時に開いて入らないと、遺跡の入口に転移させられるそうだ」
眉をひそめ、苦々しく笑うライデンさん。どこか自嘲めいたものを感じ、次の言葉で、その表情の理由が分かった。
「つまり俺たちは四つに別れて四天王と謁見する必要がある。そして、最低二人は六王以上の力を持つ魔物に、たった一人で臨まなければならない。なかなかいい性格しているよ、四天王たちも」
さきほどの笑顔は消え、ライデンさんは吐き捨てるように言い放った。たしかに王とは思えない狭量さだ。とはいえ、所詮は魔物だ。品格を求めるほうが間違っている。
それに不死鳥をはじめ、阿修羅像、牛頭天王、湖の騎士ヴィヴィアン――本人の意思とは関係なく、この遺跡で王の役を演じさせられていた。
もしかしたら、四天王もより上位の存在に従っているだけかもしれない。姑息な罠も、そいつが仕掛けた――なぜか、そう思えてならなかった。
俺が思考の海を彷徨っていると、ライデンさんがガリュウに語りかけた。
「……で、どうするんだ、ガリュウ? すでにレオン陛下の偉業を超え、六王まで討伐できた。ここで引き返しても問題ないと俺は思っている。無理に危険な戦いを仲間たちに強いることはないだろう」
正論だった。今までのように仲間が控え、いつでも助けられる状況ではない。一人、または二人だけで魔物の王を討伐しなければならない。
――命の危険度は大きく跳ね上がる。
全員が口を閉ざし、ガリュウをじっと見つめた。静寂を破るようにランタンの炎が激しく燃え上がり、彼の顔を鮮烈に照らし出した。
――その瞳には、もう迷いはなかった。
◆
ライデンの言葉を受け、全員の視線が俺に集まる。残りは四体の魔物の王――四天王のみだ。
だが、遺跡の仕掛けのせいで四つの玉座の間には、六人が別れて同時に入らなければならない。ライデンの指摘通り、仲間たちの命を危険にさらすことになる。
十王すべての討伐は俺だけの夢――我がままだ。もう獣王の資格は得た。ならば、ここまで一緒に苦楽を共にした仲間のほうが大事に決まっている。
考えるまでもなかった。俺は全員を見渡し、はっきりと告げた。
「……ありがとう、ライデン。仕掛けのことを教えてくれて。六王まで倒したんだ。もう十分だ。十王すべての討伐なんて、仲間の命と比べれば、取るに足らないこと……。獣王の試練は終わった。みんな、帰るぞ」
その言葉に全員が頷く――ことはなかった。
スカイは憮然とした表情を浮かべ、サラとフォルテは肩をすくめて二人の間に座るアークを見やる。ライデンは目を閉じて感情が読めない。
予想外の反応に目を見開き、呆然とする。そのとき、アークが苦笑いを浮かべて立ち上がった。
「ここまで来て、それはないよ、ガリュウ。十王すべてを倒そう。もちろん、命の危険があるのは分かる。だけど、大丈夫だ」
そこで言葉を切り、目を閉じたアーク。次の瞬間、その背に十二枚の翼が広がる。その翼は今までの、羽先が黒い純白の翼とは違っていた。
サラのような眩い金色でもなく、フォルテのような艶やかな漆黒でもない。その二つの美しさを併せ持つ白銀の翼――。
温かさと冷たさ、優しさと厳しさ。そして、光と影。すべてを内包したかのような、不思議な輝きをしていた。
その姿に息を呑む。天使長や魔王と一体化したサラやフォルテを見たときも、驚きこそしたが、圧倒されることはなかった。
しかし、アークからは二人を超越したかのような力の奔流を感じた。ひゅっと息を吸い込む。
そのとき、サラとフォルテも立ち上がり、アークと同じく翼を広げた。
黄金と漆黒――相反する翼を広げるサラとフォルテ。彼女たちは白銀の翼をはためかせるアークを、恍惚とした表情で見つめる。
「ルキフェル、いやアーク。ついに『真の一体化』が始まったようだな」
「……ええ、その翼の輝きこそ、何よりの証拠です。天使でも堕天使でもない不思議な色――」
アークは、じっと見つめる彼女たちに微笑みかける。なぜかその顔は少し悲しげに見えた。
そして、その様子を複雑な表情で見つめるスカイ。その背中にも、また紅蓮の八翼が現れていた。
――人を超越した四人。彼らはそれぞれの思惑を胸に秘め、無言で見つめ合っていた。
瓦礫の散らばる凄惨な六王の間は、その静止した時間によって、かえって神聖な静寂さへと昇華されていた。
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