271 六王の朝餉、干し肉と恋の味噌
ライデンさんのお腹がなった瞬間、ガリュウやスカイが笑い出し、その様子をアッくんは微笑ましく眺めていた。
だが、すぐに私たちのほうを向き、声をかけた。
「サラ、フォルテ。それじゃ、朝食の準備をしようか。予定より探索も順調で三日で六王の領域まで来られた。この調子なら食料も十分に持つと思う。ライデンさんもお腹を空かしているみたいだから、多めに作ろうか」
私たちに笑顔で告げるアッくん。彼は鞄から大量の干し肉と調味料を取り出し、最後に少し変わった形をした箱を私たちの前に置いた。
その箱の蓋の上部には魔石が埋め込まれ、魔導具だと察する。
私が興味深げに魔導具の箱を見ていると、アッくんは干し肉を大皿の上に置き、箱の蓋を開けた。その瞬間、中から冷気が溢れ出した。
ひんやりと冷たい空気が足元を通り過ぎ、つい視線を落とした。
「これは冷蔵の魔導具だよ。密閉された箱の中を一定の気温で冷やし続けるんだ。これで、ある程度の期間、食料を新鮮な状態で保存できるんだ」
自慢げに説明するアッくんを見て、笑みが零れる。そんな私を見て、彼はわずかに顔を赤くして頬を掻いた。
「……だけど、外気の影響を受けないようにするため、いくつもの材質が異なる板を重ねて作っているから、見た目より収納は少ないけどね」
そう言って、アッくんは箱から紙に包まれた四角い物体を取り出し、包装を解いて干し肉の上に置いた。
その白蝋のような塊をじっと見つめると、わずかに溶け出したのか、干し肉の上に透明な液体がかすかに滲んでいく。
「サラ、浄化魔法でこの干し肉の塩分だけを取り除いてくれる? あと、できるなら少しでいいから回復魔法を重ねてみて。俺はこの牛から取った脂を固めた――牛脂を水魔法で微細な粒子に変えて、肉の隙間に染み込ませるから」
その言葉に、昨日の朝食に出た魚の干物のことを思い出した。たしかあれも浄化魔法で塩分を抜いていた。だが、今回はさらに手を加えるようだ。
私が想像していた婚約者同士の調理風景とはかなり違うが、一緒に料理することには変わりない。気持ちを切り替え、頷くと、大量の干し肉に魔法を施した。
その瞬間、干し肉は塩分が抜け、回復魔法の影響で少しだけ生気を帯びる――と同時に、アッくんが牛脂に水魔法を展開した。
四角い牛脂は一瞬で霧状に変化し、大量の干し肉を覆った。そして、少しずつその中に染み込んでいく。
気づくと大皿の上には、新鮮な生肉とは言えないが、干し肉とは思えない柔らかそうな霜降りの肉が並んでいた。
◆
アークがまたとんでもないことを発明してしまった。干し肉を熟成された生肉に戻した。しかも乾燥して消えた脂身も再現してみせた。
私がため息を堪え、軽く首を横に振ると、サラは大量の肉が載った皿を手に取り、彼に尋ねた。
「アッくん、これでお肉は準備できたけど、どうやって調理するの? 一緒に作るから教えて」
「そうだね、せっかく味噌もあるから、西京焼きでも作ろうかな。サラのおかげで塩分も抜けたしね」
サイキョウヤキ――聞いたことがない料理の名前に首を傾げる。サタナルの記憶にもなかった。
どこの国の料理だろうか――。
尋ねようとしたが、今から調理するので聞く必要はないかと思い留まり、様子を伺うと、サラとアークが皿に載った肉を切り始めた。
「思ったより、お肉を切るのって難しいわね。えい!」
サラは肉を切るのに悪戦苦闘している。その姿を見て冷笑する。簡単な作業だ。私なら造作もない。彼女に代わってやろうと声をかけようとした。
そのとき、アークが苦笑いを浮かべながら、サラの背後に回り込み、彼女の手の上に自分の手を添えた。
「サラ、力を入れすぎだよ。もう少し楽にしていいから」
アークはサラの手を優しく導き、耳元で囁いた。思わず目を見開き、二人の姿を凝視する。
朗らかに口元を綻ばせながら彼はサラに丁寧に教えているが、彼女のほうは恍惚な表情をしてアークの話を聞いていなかった。
明らかに料理を真剣に覚える態度ではない。注意しようと口を開きかけたとき、サラはほくそ笑んだ。
――間違いない。わざと肉が切れないふりをして、アークに教えてもらうように誘導したのだ。
卑劣なやり口に眉をひそめる。仲間の料理を作るという大役を任されたのに、信じられない。
だが、ここで喧嘩をしては料理の完成は遅れ、みんなに迷惑がかかってしまう。私は怒りをぐっと押さえ、歯を食いしばった。
やがて肉が切り終わり、アークは東洋連合国特産の調味料――味噌に白ワインや砂糖を入れて混ぜ始めた。
「アーク、それは何をしているのですか?」
「あぁ、これは肉に塗るソースを作っているんだ。興味あるなら、一緒に作ろう」
笑顔で誘うアーク。目を奪われそうになり、慌てて頷くと小さなボウルを手渡された。
「これは焼いた肉にかけるんじゃなくて、塗ってから焼くんだ。本当なら一日は漬け込んだほうがいいけど、仕方ない。それに麦味噌じゃなくて、白味噌がよかったけど」
そう言いながら、ボウルの味噌を混ぜる私を見つめる。その星空のような瞳に頬は染まり、手に力が入り過ぎてしまった。
スプーンが激しく回り、ボウルの中の味噌がはねて頬に付いた。慌てて拭おうとしたとき、アークの指がそっと伸びた。
「そんなに力はいらないよ。フォルテは真面目だよね」
笑顔で肩をすくめ、アークは指先に付いた味噌を舐めた。その姿はなぜか妖艶に見え、耳まで真っ赤に染まる。
「……うん、やっぱり麦味噌だと塩分が多いね、砂糖とワインを少し足そう」
味見した彼は頷き、ボウルの中に白ワインと砂糖を足し、こちらを見る。私は火照った顔を隠すようにボウルに視線を落とすと、一心不乱に混ぜた。
ふと気づくとアークがボウルに手を入れ、指先で味噌をすくい舐めた。
「これで完成かな。俺は美味しいと思うけど、フォルテはどう?」
そう言いながら、再びアークは味噌を指先ですくうと、私の前に突き出した。その瞬間、頭が真っ白になった。
白くきれいな指の先にちょこんと付いた味噌。それが目の前にあり、その向こうには微笑むアーク。私は恐る恐る口を開き、はむと彼の指をくわえた。
しばらく彼の指――もとい味噌をしっかりと味わうと、アークは感想を聞きたそうな表情を浮かべた。
だが、いくら指先を舐めてもアーク以外の味を感じることができない私は、ただ黙って彼の指を咥え続けた。
――我ながら、料理よりも大事なものを学んでしまった。そんな気持ちがよぎると、胸の内のサタナルも深く頷いた。
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