248 梁上の忍び、灯籠の道
四王の玉座の間で十分に休息をとった俺たちは、五王の領域に足を踏み入れた。
その瞬間、目の前に広がる光景に息を呑む。そこは大名屋敷と大仏殿を掛け合わせたような、前世の気配が漂う木造の遺跡だった。
「また、変わった造りだな。東洋連合国の王宮と雰囲気が似ている」
ガリュウはつぶやきながら周囲を見渡す。俺以外の仲間も、同じように不思議そうな表情を浮かべていた。
俺だけは懐かしさを覚え、じっと見つめる。足元の床は黒光りする幅広の木板がびっしりと並び、木目が深く刻まれていた。
顔を上げると、高い位置に欄間があり、その上の太い梁が空間を支えている。
ひんやりとした廊下は果てしなく続き、その視線の先には襖が左右に等間隔で並んでいた。
敵の気配はない。だが、心がざわつく。小さく息を吐き、ライデンさんにしばらく単独で探索できないか頼んだ。
「……理由はなんだ、アーク?」
「いえ、ちょっと説明が難しいです。なぜか懐かしさを覚え、一人でこの屋敷を見てみたい――そう思っただけです」
前世のころのように屋敷に忍びたい、なんて言えない。だが、無性にあの梁を伝い、屋根裏に登り、音もなく這いたい――そう思ってしまった。
ライデンさんは目を見開き、首を横に振る。
「まさか、お前がそんなことを言うなんてな。理由になってないぞ」
冗談と受け取ったのか、ライデンさんの目つきが鋭い。たしかにわがままだ。前世を思い出し、ただ忍者の技を使いたいだけだ。
反省して頭を下げようとしたとき、ガリュウが止める。
「まあ、待て、ライデン。きっとアークも何か考えがあってのことだ。理由が言えないだけだ。それに、これまでこいつが失敗したり、危険な目に遭ったか? ここはアークに任せよう」
ガリュウは隣に立ち、俺の肩に手を置いてライデンさんをたしなめる。だが、気持ちは嬉しいが、ライデンさんが正しいので何も言えない。
下を向いたままの俺を見て、ライデンさんはため息をついた。
「わかった、行ってこい。ただし、二時間だ。それまでに戻って来い。時間が過ぎたら、俺たちも探索を開始する。
おい、皆、四王の玉座の間まで戻るぞ。もうしばらくは休憩だ」
うつむいたままの俺の頭をポンと叩くと、ライデンさんは時計を手渡した。そしてもう一度、ため息をつくと振り返り、全員に指示を出した。
ガリュウたちが頷いて戻る中、フォルテとサラだけは心配そうにこちらを見ていた。
――――――――――――
後ろ髪を引かれるような眼差しを向けていたフォルテとサラも、ライデンさんに促され、しぶしぶと四王の玉座の間へ戻っていった。
――ひとり残った遺跡。静寂が落ちる中、遠くで板が鳴った。
暗く奥が見えない廊下を見つめ、浅く息を吐く。顔を上げ、素早く腕を振り上げた。
刹那、手甲に収まる魔糸が飛び出し、ヒュンッと空気を裂いて梁に絡みつく。強く引き、外れないことを確認して手首を曲げる。
カチッと音が鳴り、フォルテ特製の小型モーターが魔糸を巻き込み、一気に俺を上へと運んだ。
目の前に迫る巨大な梁。ぶつかる瞬間、強引に体を捻り、くるりと回って飛び乗る。前世と違い、身体強化が使える今、技の切れは格段に上がっている。
自然と口角が上がる。忍びという非情な生き方とは決別したが、その技術には誇りがある。捨てる気にはなれなかった。
視線を下げ、木目が浮かぶ廊下を見やる。等間隔に並んだ襖から生き物の気配はないが、かすかに音がする。
訝しげな表情を浮かべ、鞄から布に包んだ泥団子を取り出した。
これは砂状の魔石を練り込んだ特別製だ。布から出して床に落とすと、ゴンッと音を立てて崩れた。その瞬間、左右の襖を突き破り、槍が飛び出す。
目を細める。鋭利な切っ先が鋼鉄の歯のように廊下の中央を貫き、逃げ場のない檻を形成していた。
想像どおり、罠だった。床に転がる泥団子に魔法を施し、ゴーレムを生み出すと、魔糸を飛ばして頭部に突き刺す。
やがて魔糸を伝い、魔力が流れ込み、精密な操作が可能となる。
ゴーレムを起こし、左右から伸びる無数の槍を薙ぎ払う。俺は梁の上から操作し、廊下に仕掛けられた罠を次々と発動させていった。
落下する天井にゴーレムが押し潰されても、スライムのように液状化させ、隙間から這い出させる。人の姿に戻すと、天井を吊るす鎖を引きちぎらせた。
また、壁から毒霧が漂えば、指先を石化して穴を塞ぐ。先に進むたびにゴーレムでさまざまな罠を無効化していく。
――ついに行き止まりとなる。
だが、どこにも扉はなく、先へは進めない。そのとき、ゴーレムの前の壁が崩れ、巨大な鉄球が現れた。
ゴーレムがとっさに手を前に出して受け止めるが、徐々に押され始める。
俺は手首を曲げ、魔糸を巻き戻して魔法を解除した。瞬時にゴーレムは土へと還る。鉄球は土くれを踏み潰し、はるか先まで転がっていった。
小さくため息をつく。梁から飛び降りて廊下に立ち、鉄球が向かった先を見やる。罠の残骸を踏み潰し、突き進む影が遠ざかっていく。
前へ向き直ると、崩れた壁の先には、灯籠が並ぶ石畳の通路が、奥へと続いていた。
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