215 朝の眼福、そして昨夜の続き
いつも通り洗濯をしていると、アークさんとスカイさんが一緒に中庭に降りてきた。
肌寒い早春というのに、二人とも動きやすい格好をしている。どうやら鍛錬をしに来たみたいだ。
「おはよう、カルル。今でも朝から洗濯をしているんだね。手荒れは大丈夫?」
相変わらず優しいアークさんにほっとする。彼がこの町から去ったあと、ババルニア王国の筆頭公爵家の四男だと知らされたときは、本当に驚いた。
あの算盤を十四歳で発明した天才――私でも知る有名人だ。そんな人が身近にいて、気軽に接してくれていたなんて信じられなかった。
白い息を吐きながら、スカイさんと談笑するアークさんを見つめていると、二人は柔軟運動を始めた。
真っ赤な長髪をなびかせ、腰を回すスカイさん。その隣で上体を反らし、背筋を伸ばすアークさん。
何気なく体を動かす姿に目を奪われる。あらためて見ると、本当に二人とも美しい。
野性味のある整った顔に、真紅に輝く瞳のスカイさん。白銀の髪をきらめかせ、満天の星空みたいな瞳に穏やかさを滲ませるアークさん。
まさに眼福。私は洗濯物を干すのも忘れて見惚れていると、アークさんが近づき、抱えていた籠を取り上げた。
「手伝うよ、どこに干せばいい?」
「いいえ、悪いです! お客様にそんなことさせられません!」
慌てる私に、彼はふっと微笑みを浮かべ、首を横に振って籠を返してくれない。困っていると、後ろからスカイさんに頭に手を置かれて驚く。
「気にするな、カルル。ああなったら、あいつを止めるのは無理だよ」
「えっ? なんで私の名前を知ってるんですか?」
スカイさんは肩をすくめ、ポンと私の頭を優しく叩いた。
「ああ、以前からアイツから聞いてたし、昨日、受付のときに少し話したろ?」
たしかに会話はしたが、お客様と受付としてのそれだけだ。貴族のスカイさんが、町娘の私と親しく話してくれるなんて想定外。
美形の二人に挟まれて緊張する私。耳まで赤く染まり、うつむいてしまう。つい霜焼けで荒れた手を隠す。
そんな私を穏やかに見つめていたアークさんとスカイさんは、軽く笑い合うと、洗濯物を干し始めてしまった。
何も言えず、黙って見つめるしかなかった。ふと目をやると、年齢を問わず多くの女性がこちらを見ていた。
熱っぽい視線を向ける彼女たち。私はかじかんだ手をこすり合わせながら、自然と笑みがこぼれた。
◆
洗濯物を干し終わると、ランニングのため、アークと二人で町へ出た。昨夜と違う町の風景を眺めながら走る。
「夜はあんなに賑やかだったのに、朝は静かだな」
「まあね、冒険者の町だからね。夜は一日の疲れを忘れに、酒や食事、それに女性を求めて、多くの人たちが繰り出すんだ」
思わず漏らした一言に、アークが笑顔で答える。冒険者というのは命の危険がある仕事だ。その日を刹那的に生きる者が多いのだろう。
蓄えなど考えず、稼いだ金はすぐ使う。そういった者が求める享楽といえば、大抵が酒や女だ。
……たしかに俺たちが入った店は大通りに面していて、雰囲気も落ち着いていたが、路地裏の先に見えた店は、いかにも男客相手の店だった。
そんな看板を横目に、女性といえば――ふと気になり、思わず尋ねてしまった。
「そういえば、アーク。昨日はどうだったんだ。朝早くに戻ってきたのは知っているが……」
半目で睨まれる。その瞬間、自らの迂闊さを呪った。自己防衛のためとはいえ、親友を差し出したのだ。
――怒りを湛えた世界屈指の女傑たちに。
もちろん命を奪われることはないと分かっていたが、それでもそれ相応の罰はあったのかもしれない。
このままごまかそうとも思ったが、どうせあとからアークに小言を言われるだろう。
――なら今聞いても変わらない。そう思い、尋ねることにした。
「そう睨むなよ。悪いと思うが、あそこで俺が庇ったら、もっと話はこじれていた。ひょっとしたら、十王の遺跡の探索の日まで尾を引いたかもしれない。
女の嫉妬なんて理不尽なものだよ。理屈は通じないんだ。それより、昨日はどうだったんだ。結構絞られたのか?」
開き直り、悪びれた様子もない俺に、アークは肩を落とす。走りながらでも器用なヤツだ。
つい苦笑いを浮かべると、アークが諦めた様子で話し出した。
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