【7】
日が暮れて来た頃には庭園から離れ、部屋へと戻った。
庭園でガルフィースと話すなんて覚えてる限り始めての事だったけど、美しく整えられた花々や池を見ながら歩き回ればすぐに時間は経ってしまっていた。
特に水の名を戴く家らしく、池の景色は素晴らしい。完璧に管理された魚達は悠々と泳ぎ、瑞々しい草花は控えめながらも池に彩りを加えている。
ガルフィースは次期公爵らしく池の生物や植物、その他色々な知識が豊富で教えてもらった。メイルーンは服やアクセサリー、流行の事は率先して情報を集めていたけど、家の事に関しては全くだ。情報を集めていたのはメイルーンが命じた下っ端の悪役令嬢達なのだけれど。
「お父様は一緒に食事出来るの?」
「ええ、領地の視察が落ち着いたそうですので、夕食までには戻って来られるかと」
屋外にいて少し乱れた髪をナタリーに結い直して貰いながら、久しぶりに一緒に食事出来る事に喜んだ。
お父様は最近水質の変化を感じて領地を回っているらしく、私が倒れた後にいなくなる事を凄く名残惜しんでいた。
「………」
「お嬢様?どうかしましたか?」
「ううん、何でもない」
最近お父様が調査している水質の変化。その原因を知っているから複雑だ。
2年後、メイルーンがお父様を利用して古代海魔を復活させるのだが…それは引き金に過ぎず、そもそも古代海魔の封印が解けかかっていたのだ。
古代海魔の魔力が帝国の水質に影響を及ぼし、2年後の没落、そして7年後の本編に繋がっていく。
「はい、出来ましたよ」
「ありがとう、ナタリー。お母様を迎えに行こう」
「はい、かしこまりました」
ドレスを翻し立ち上がれば、ナタリーは手早く片付けて扉を開けて待っていた。お父様の出迎えと夕食の準備に忙しく立ち回る使用人達に声がけしつつ、お母様の部屋へと向かう。
到着するとナタリーが部屋の扉を叩き、中からの返答にメイルーンですと答える。間も無くメイドさんによって扉が開かれ、中へと導かれる。お母様はソファに腰掛け、こちらににこりと微笑んだ。その美貌は年齢を感じさせず、幼さすら感じる。
「メイルーン、いらっしゃい」
「お母様、体調はいかがですか?」
お母様は淑女の鑑と言われ、メイルーンのお手本であり、都合の良い手駒だった。体が強い方でなく環境や状況の変化を過敏に感じ取ってしまっていた。故に後々闇の魔法を習得したメイルーンが側にいる事は毒でしかなかった。
早い段階で亡くなっており、お父様はその影響で操りやすかったとゲームで語っていた気がする。
「今日はだいぶ調子が良いの、みんなで食事ができそうよ」
「良かった!」
「メイルーン?そのようにバタバタ動いてはいけませんよ?」
「ごめんなさい、お母様!嬉しくて!」
ソファに座りながらお母様に抱きつけば、呆れながらも少し嬉しそうに抱きしめ返してくれる。
綺麗で優しく、時に厳しいながらも導いてくれるお母様が大好きなのだ。それに、どことなくお母さんに似ている。こんなに綺麗でないし、優しくないけど……温かさは、とても良く似ている。これが母親というものなのかもしれない。
お母様も格好を整えダイニングに向かえば、ちょうどお父様が帰って来た所だった。
「クーメル、メイルーン。今戻ったぞ」
「お帰りなさいませ、あなた」
「お帰りなさい、お父様」
お父様、現ファクトヒルデ公爵家当主ガランティース・ウンディーネ・ファクトヒルデ。
美少年のガルフィースが大人になったかのような美貌に、物腰柔らかな性格と体格の良さや長身も相まって若い頃は相当モテたらしい。というか今も子持ちなのに熱視線を浴びている。魔法や剣の腕も凄まじいと噂だし、領民からの信頼も厚い。
クーメルとはお母様の名前だ。お父様はお母様の事をとても愛していて、夫婦仲睦まじいと有名だ。貴族では珍しく恋愛結婚のためかもしれないが。
お父様はお母様を抱きしめ、その後に私の事も抱きしめてくれた。
「やはり我が家は安心するな」
「ふふ、そうですね。あなた、着替えて共に食事と致しましょう」
「ああ」
お父様の事は尊敬しているし、大好きなのだけど……。
「あの、お父様?着替えに行かれるのでは…しかも、力、強い…」
「ああ、数日見なかっただけで美しさに磨きがかかっているな!クーメルのような美貌に育つのはそう遠い日ではないだろう!」
「まあ、あなたったら!メイルーンはもう社交界では有名なのですよ?わたくしより立派な淑女に成長しますわ!」
「ちょ、首、首しまって…」
「流石は我が子だな!」
「わたくしも鼻が高いです」
「お、おとうさま…」
「お父様、姉様が窒息しそうですよ」
割と本気で危険を感じた頃に止めてくれたのはガルフィースだった。お父様は公爵の時と父の時とで対応が違い過ぎるのが問題だ。
抱きついていたのを解いてくれて助かったと思ったら、今度はガルフィースを抱き上げていた。
「ちょっ、お父様!?」
「うんうん、お前も大きくなったな!」
「最後に会ってから数日しか経ってませんが!」
ガルフィースは恥ずかしそうに降りようとするが、お父様は構わず自分の部屋へと向かった。このまま着替えに行くのだろう。
「ふふ、相変わらずね。わたくし達は先に向かいましょうか」
「そうですね、お母様」
首をさすりながら食事のために移動するのだった。
「ふーむ、性格が変わった原因は分からず、か」
「メイドのナタリーや使用人に逐一報告を入れて貰った限りでは、特に動いている様子もない…との事ですが…」
「外部からの魔法と思ったが、その線は薄いか…」
「一応防護魔法や催眠などの解呪魔法も試したのですが、効果なしでして」
「前の可愛いメイルーンも愛らしかったが、最近のメイルーンは特に愛らしくてなあ…このままでいて欲しいとすら思うよ」
「前の姉様を可愛いなんて言うのはお父様とお母様ぐらいですよ…」
はあ、とガルフィースは息を吐き、前のメイルーンを思い出して苦虫を噛み潰したかのように顔を歪める。
ーーー味方のようなフリをして、こちらをどこまでも値踏みしている…あんな女が可愛いものか。
「やはり、学園が始まってからでしょうか」
「そうだな。不特定多数の人間と接触出来る場所……そこで、誰かと接触でもするのかもしれない」
学園の新学期は、まもなくやって来る。メイルーンに接触するのはそこだろうとガランティースもガルフィースも考えている。
「だが例え敵の仕業だとしても…今のメイルーンの方が普通の人間らしくて私は好きなのだがな」
「……そう、ですね」
池の魚や水花に関する質問に答えたガルフィースに対して目を輝かせ、すごい、もっと教えて、と言ってきたメイルーンを思い出す。
ナタリーの紅茶を褒めながら飲んで顔を綻ばせ、準備に忙しく動く使用人達に声をかけて労わり、お母様と仲良くお父様を出迎える姉。
数日前、倒れた姉はどこか変わったとファクトヒルデ家の全員が思っている。
まず敵の催眠、洗脳などを疑ったが医師はそういった形跡はないとし、その後も怪しい動きはしていない。
そもそもこれが敵によるものだった場合、性格が変わってしまえば逆に怪しまれると分かるだろう。
「…このまま、変わらなければ」
姉様は、またティータイムに誘ってくれるだろうかとガルフィースは願った。




