落ち行く枯れ葉の季節
秋の暮れの領内は忙しなく、家畜の鳴き声で溢れかえる。放牧された羊や牛が飼料を食み、豚を引き連れた人々が団栗の落ちる森で枝を振るっている。その足元には犬がおり、団栗を食べる豚の周りをまわって、主人の大切な財産を見張っている。
ことこの時期になっては、私にできる事は少ない。私は税を取り立て、黙って往来を待つ事しか出来ないのだ。
濃い茶色の畑を一望できる切り株に座り、ぼんやりと家畜の尻を目で追いかける。尻尾がゆらりと揺れるたびに、虫が飛び立っていく。
穏やかで色味のない光景だが、小さな光を見た私の瞳には、あらゆるものが輝いて見えた。
これから先、ウネッザとアビスを結ぶこの道が出来たならば、ナルボヌは若い商人、特に奴隷商や、古書商、硝子商人達を内地へと繋ぐ事になるだろう。関所を出来る限り増やして税収を増やす方法も考えられるが、今はまだその時期ではない。この道を使うものを増やす為に、格安で、つまり、他の領主の様に道端の関所を増やして収益を得る方法を避け、ほんの数か所の関所に抑えて道の需要を増やす時期にある。初めのうちはそれに見合う報酬は少ないだろうが、やがてナルボヌは巨大な中間交易地となり、繁栄するだろう。
……勿論、その為には山積された問題がいくつもある。
ダンドロ銀行の領地なる運河の部分に大量の関所が建てられてはたまらない。何故なら私の収益だけが少なくなり、通行量も減るからだ。そして、野盗などから商人達の安全を守る為の警備を一層強めなければならない。そうなれば当然、ナルボヌ自体の守りは手薄になる。そうすると、農民一揆など、領民達にも気を配る必要があるだろう。
総じて、これからのナルボヌに求められるのは、安定した「道」の提供だ。リオネルの語っていた、「ウネッザのドージェであるダンドロ商会の会長が来訪する予定」がある時には、私は彼に関所を出来る限り少なくするように懇願しなければならないだろう。勿論、暫くの間と言う条件を付ける事は忘れてはならない。
切り株に人肌の温もりが十分に伝った頃に、手持ち無沙汰な農夫の一部が麦粥を手にこちらに近づいてきた。
「おうい、領主様。余計なお世話かも知れんが、麦粥くわんかぁ?」
「え、いいの!?」
思わず腰が飛び上がる。炒り豆数粒でやり過ごすには肌寒い季節だ。ところが、私の反応に、男の方が困惑していた。
「ごめんなさい。……最近ほとんど食事もとれなくてね……」
これまでは貴族らしい食卓を楽しんでいたが、思えば半年以上領民よりも貧しい食事を続けている事になる。この男でも見てわかる程、私の顔は痩せ衰えていたのだろうか……。
男は麦粥を私に差し出し、自分は切り株の前に座り込む。そのまま皿に口を付けて粥を飲み始めた男は、終始上目遣いにこちらを気にしているらしかった。
「……何かしら?」
「領主様、随分痩せたなぁと思ってな。ちゃんと食わないと力つかんぞ?」
男はくちゃくちゃと品のない音を立てる。私は手元に皿しかないので、諦めてそれに口を付けてゆっくりと咀嚼する。
味気ない、しかし慣れ親しんだ味だ。私は喉を通り抜ける心地いい麦の薫りに射幸感を抱き、思わず顔を綻ばせた。
男が吹きだす。やがて、服が破れて露出した膝を叩きながら、カラカラと威勢よく笑い出した。
高い空に笑い声が響き渡る。虫たちが乾草の上を飛び回り、子供がそれを追いかける。
「いやぁ、領主様にそんだけ我慢させちゃあ、俺達も頑張らんとな!」
「……本当に頼むわよ。自業自得とはいえ、私も死にそうなんだから」
ひもじい事には慣れたが、贅沢をしたくないわけでもない。切なる思いを込めてそう伝えると、男は益々愉快そうに声を上げて笑った。
「たまに手伝ってくれた駄賃ぐらいは払いまさぁ、一杯の麦粥位だけどな?」
「今度、いい報せが出来たら、また伝えるわ。もしかしたら、この場所で稼げるかもしれないしね」
「ほぉん?それは楽しみだ。その時は麦粥の分だけ、ご恩を返して頂けるかな?」
男はあくどそうに笑う。実に楽しげで、しかに脳裏に何も考えていない間抜けさもあった。
私は悪役の様に口角を持ち上げる。
「貧者への施しは人の義務ではなかったかしら?」
「神様はそう言うが、人様はそう言わないさ」
「全くもって、その通り」
堆肥のにおいが鼻を掠める。それでも食欲は尽きることなく、麦粥の喉を通る旨味に勝る事などない。切り株の上で座りやすいように姿勢を崩すと、領民たちが衣擦れの音に釣られてやってくる。賑やかな茶化しを受けてなお、食い扶持に勝る喜びなどなかった。




