天啓3
アビスは観光をするには窮屈な町だ。十分の一税が集まるだけあって聖遺物を収蔵する教会が乱立するため、祈りの日には多くの町民がそれぞれの教会に入る。その為、都市部特有の窮屈な祈りの日はあまり起こることは無いらしく、教会の外まで長蛇の列が並ぶというおなじみの光景もそれ程起こらない。一方で、町には人と物で溢れており、不足するものはない反面、膨大な物量に人の方が圧迫されていくのである。総じて、アビスは生活には困らないが、観光資源がありながら観光には向かないという奇妙な町となっている。
行列が人を呼ぶという話もあるが、いざ銀行を出て周囲を見回すと辟易するし、アビス大聖堂の前に居座る浮浪者達は品評会のように規則正しく並んで通行を妨害する。善行を積むことの難しい都市部では彼らは役割を与えられてるのだが、彼らが稼げる時間帯には不格好な銅像のように厄介な存在に思える。
商館に入り、ジョルジュの名前とギヨームの名前を伝えると、彼らは即座に宿泊施設の予約票を取り出し、確認を取ったうえで、「私に向けて」署名を催促する。私はそれに応じ、父譲りの角ばった文字でサインをする。香辛料のにおいや宝飾品、硝子細工など、ウネッザの特産品を陳列する受付のショーウィンドウは小瓶に至るまで丁寧に掃除されており、埃もくすみも無い。ナルボヌ城の薄く張った苔を思うと、何とも言えない感情が込み上げてくる。
ギヨームが鍵を受け取り、私が先導して部屋に入る。個室が用意されていたらしく、待遇としてはそれほど悪くないと感じられた。
入室すると、建物の狭さに驚かされる。ナルボヌ城は腐っても城であり、やはり空間だけはしっかりとあるので、ベッド、机、屑籠、金庫だけで部屋の通路が獣道のように細くなるという光景は驚きだった。
私は早速ベッドに腰かけ、小さな木枠の窓を開ける。やっと机を照らせる程度の月光が、都市の中ではやや頭が突き出たダンドロ商会の建物の中に半分ほど差し込んできた。
……観光。物さえ揃えば金が集まる、素晴らしいものだ。元手が安価でも土産物は単価も上げやすく、人も自然と消費をしてくれるため、一度観光客が集まれば以後の収入は大変大きなものとなる。
もしも仮に、自国に観光資源が無いとすれば、観光客を呼び集める方法として考えられるのは、その「通り道」となる事である。最もナルボヌの近くにある大都市が宗教都市アビスである事を考えると、現実的に実現させるならばナルボヌは次の都市へ向かう『道』になるほかない。しかし、現状ナルボヌは終着点であり、通り道になる為には外洋へ向かう道を作り、つまり私達の目指す「交易路」の開発が必要不可欠となる。
商館であれば殆どが持つ、行商人用のこの小部屋から、夜のアビス大聖堂を見るともなく眺める。
神の威容を見せつけるが如く、アビス大聖堂には消える事のない灯が灯っている。高い鐘楼の鐘の前で静かに赤い光を放つ様は宛ら灯台であり、神の導く先がまさにこのアビスである事を表しているようにも思える。
この夜景もまた観光資源だ。アビスと言う町はそれに近づくにつれて余裕に満ちているように思える。
小さな宿泊施設はナルボヌ城よりも遥かに窮屈だったが、掃除も行き届いており、机の上も整理され、自室と快適性では同等のものである。部屋の隅で控えめに腰を下ろしている鍵付きの金庫は、商人の命を幾度となく守ってきたのだろう。昔であれば見向きもしなかったそうした物品に有難みを感じ始めたのだから、いよいよ貴族には戻れない気がしている。
静かで凹凸な影の落ちる夜景の一部になって、今後のナルボヌの事を考える。乳母ビジネスは、それ自体に拡張性があるものではない。むしろその副次的な効果によって、町からの税収を増やす事に重点を置いている。小麦を輸出する道を整え、海へと抜ける道を作る為に、あと一押しの発想が欲しい。この町のような資源さえあれば……しかし、ナルボヌには古ぼけた城と、木造の小さな乳母会社しかない。この町を通る理由を作りたい。どうにかして、この町に一を流さなければならない。
「……あと一歩、あと一歩だ……」
しかし、ジョルジュが興味を持つような企画を作るには、私の知識は余りに不足していた。
飢えに苦しむ囚人のような脳が、遥か闇の中にある小さな灯を求めている。それでも神は語らず、神の言葉を騙る者達も沈黙を保って佇むだけだった。




