天啓1
ダンドロ銀行の佇まいは宮殿の如く壮麗で、ナルボヌの要塞建築とは似ても似つかない。淡いピンク色のどこか愛らしい外装に、長身でトーガを纏った男の彫像が佇んでいる。雨に濡れて一部が変色し、明るい色をした汗じみの跡のようなものが見られる。屈強な獅子の像を何となく撫でる。冷たく柔らかみのない金属の感触だ。
ギヨームを先頭にして行内に入ると、真新しい内装が出迎えてくれる。苔は勿論生しておらず、美術品が飾られ、受付にはブルジョワジーや貴族や、時には異国の衣装に身を包んだ商人が並んでいる。窓口は四つあり、フーケが恐らくよく使うであろう、「口座」窓口、「保険業務」窓口、「両替・借入」窓口、「証券」窓口がある。会社設立などの経緯からもわかる通り、銀行は資金が集まる反面重大なリスクも背負わなければならない。
元々、ダンドロ銀行の歴史はダンドロ商会の大規模化・多角化によって各支店への金銭の運搬機能が必要になった事に始まっており、総本山であるエストーラの自治都市、ウネッザは勿論、ダンドロ商会のある所には漏れなく存在している。海上交易を中心としていたため、異教の地にもあり、他の銀行と比べても外貨の「両替」には最も信用のある銀行と言える。また、やはり海上交易都市特有のリスクに応じた「保険」業務にも特色がある。
窓口に並ぶ前に、令嬢の宮殿ほどではないが洗練された行内を散策する。自由な気風を持つ海上交易都市国家であったウネッザの名家であるだけに、絵画も種々様々に取り揃えており、中には明らかにカペル王国の芸術家のそれではない画風のものもある。芸術擁護のパトロンであり続けた、人に見せる用の「絵画」の展示はダンドロ銀行を楽しむ一つの手段でもあるし、飽きさせないという意味で顧客の心も楽しませてくれる。
少し前の時代の流行が多いのはエストーラに併合され、アーカテニア王国の新たな海上交易路に苦戦を強いられるようになったからであろうが、二階の展示スペースを見てみたい欲求もかきたててくれる。
そんなところまで金に換えられるのだから、歴代ダンドロ商会の会長が如何に辣腕を振るってきたかが窺い知れるだろう。
「元手が無くても、こういう事ってできるのかしらね?」
ポツリと呟く。ギヨームは絵画を見つめて、「見事な物ですね」とだけ答えた。
恐らく、ギヨームは芸術作品で稼ぐという発想を持っていない。と言うよりも、これはギヨーム以外の貴族達全般に言える事だ。彼らは周囲へ豪奢に振る舞う事によって、自身の権威を誇示し、それを特権を正当化する理由とする。神に愛された私達にとって、自分の力を見せびらかす事は一種の文化でもあるし、芸術分野の経済を回す事にも役立つ。
半ば神話のような話だが、ダンドロ銀行の絵画たちを見てみると、そのような見栄の張り方は案外無駄遣いではないのかもしれないと思えてくる。
つまり、芸術は「見てもらう事、聞いてもらう事」によってはじめて、経済を回し始める。貴族達や聖職者の試みは、そう言った意味でも、人の流入(つまり消費)を増やし、以て経済を回す動力にもなる。とすれば、これも一種のビジネスチャンスと言えるだろう。
例えば、観光資源が近くにある(あるいは持っている)ダンドロ商会であれば、金を払ってみる価値のある「美術館」が作れそうではある。しかし、油絵はその維持費も中々馬鹿にならないし、ずっと維持し続けるとなればかなりの集客数を見込まなければならない。勿論ナルボヌには到底できそうにない事だが、例えば、主要な道路が引いてあり、聖遺物や芸術家のパトロンが蒐集したものが多く集められた屋敷や倉庫がある都市ならば、人の往来に堪えうる資金力を手に入れられるだろう。
私は幾つかの作品を見回りながら、白黒の日焼けした絵の前に立ち止まった。それは他の作品と比べて巨大で、実用的で、四方に怪物の姿が見られる。船を飲み込む巨大ダコ、防寒の為に巨大化した竜種、絵画全体を取り囲む海蛇、獅子と人の相の子のような動物。それらが描かれ、ウネッザが通常よりも強調して描かれた地図だ。
懐かしい時代の代物で、まだ新航路に関する記述もなく、周辺地域の距離もまちまちだった。
その中で、何気なくカペル王国を探すと、たくさんの都市の中に、アビスも見つけられる。
(そうすると、ナルボヌはこの辺ね……)
目でアビスからナルボヌの場所をなぞる。そのまま視線を南の方へと動かしていくと、小さなはずの巨大な都市、ウネッザに行きついた。
「……あれ?」
「ジョアンナ様、そろそろ参りましょうか」
「あ、えぇ。そうね」
ギヨームは不安そうにこちらを覗き込む。私は両の手を払い、貴族らしい出っ張った腹の後ろに控えなおした。
銀行ですれ違う人々は、私の事など見向きもしなかった。




