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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
石ころと泡の価値
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蕾の落ちる時1

 

-カペル王国首都、ペアリス


「陛下、お手紙です」


「誰からだ」


 アンリ・ディ・カペルは王国髄一の、日当たりのいい豪奢な個室で目を覚ました。昨晩は月が沈みかける前に眠り、ようやく深く心地よい眠りに着いたおおよそ二時間後には、既に明朝の陽射しが部屋を茜色に染め上げて、いよいよ朝食の儀式を始めようという、まさにその時であった。


 カペル王国の中枢、花冠に愛された王都ペアリスは、騒々しさよりも美しさに包まれた静寂な夜明けを好むこの王にとっては些か不便で、議場に座する大臣も、素っ気ない椅子貴族も、皆一様に彼を苛つかせる。今まさに彼を覚醒させた声の主人は遠く日の沈む地にして、太陽の沈まぬと誉れも高きアーカテニア王国を治める彼の弟君、フェルナンド・デ・カペシアーノが息子、ルイス・デ・カペシア―ノであり、彼もまた、こうした喧騒にいよいよ嫌気がさしているひとりであった。アンリが身を起こすと、このうら若き少年はいかにも黴臭い赤茶色の羊皮紙を抱き、申し訳なさそうにベッドの前に佇んでいた。やっと持ち上がった瞼と共に眉を持ち上げたアンリは、この気の利く少年の佇む方に足を寄越す。ルイスはすかさず彼の足元に宮中用の木靴を添え、「失礼いたします」と、その足に履かせた。


 恐れ多くもアンリ王の足は意外なほど小さく、絶対君主たるカペル王家は大地に根差すよりは人に担がれることを求むようであった。


「して、どこそこの何某かの手紙だ?」


「はい、ナルボヌ伯爵、ジョアンナ・ドゥ・ナルボヌなる者の手紙で御座います」


「捨てて置け、税なら好きにせよと、そうでないなら暇はないと返せ」


「畏まりました」


 アンリは浅い溜息を吐き、手近にあった銀製の水差しを手に取る。そのまま水を飲むと、一つ舌打ちをするように口を鳴らし、両の手を広げた。


 ルイスはアンリに衣服を着せる。貧弱そうな爪先に対して、太腿や腕や、体格は非常に男性らしい。

 首元にフリルがある、やや青みがかったワイシャツの上に、花冠に相応しいアイリスの花の上に月と星を象った魔杖(まじょう)を交差させた紋様のある衣服、その上にアーミンの毛皮を裏地に仕込んだ、真っ赤な王のマントを羽織らせる。キュロットは純白で濁りなく、シルクの煌めきが朝日にも良く馴染む。アンリは姿見の前に立ち、顎を摩った。


「苦しゅうない。ルイス、今朝は如何なる式より始まる?」


 アンリは暫し細かく逆立った気などを整えると、すぐさま戸口に踵を向けた。


「は、朝餉は血肉と、鶏卵の茹でたもの、そして鶏肉を蒸し、焼き、茹でたもの、最後に葡萄パイに砂糖菓子と珈琲で御座います」


 ルイスはアンリのマントの裾を持ち上げて進む。王とすれ違う家臣たちは恭しく頭を下げ、それに対してアンリは手を挙げるだけで返す。


「葡萄だと?今年は随分と時期尚早だな」


「ローエヌ川沿いの葡萄は育ちも良く、良く熟れたものと聞いております」


「ふぅん。そうか。まぁ、良いであろう」


 朝食の儀が待つ部屋に向かう最中も、地平線の向こうからは日が差し込む。ペアリスの都市計画に見合ったやや不気味なほど複雑な城壁の遥か向こうの山麓より廊下に差す天然の光源は見事で、常なる権威と感動とを自慢げに語り出しそうである。窓硝子の輝きも随分と心地が良く、薔薇の紋を象った一つ一つが、彼らの陛下に降り注ぐ太陽の不遜なふるまいを抑えている。

 やがて、西には弱々しい月が沈み、太陽が昇り切る良いころ合いに、食堂の扉が開かれた。


 ルイスを侍らせたアンリの前に、ファンファーレを鳴らす鼓笛隊と、忠臣、大臣、王族らが一斉に彼に頭を下げた。


 アンリが肩に纏わりつくマントを軽く払うと、太陽が窓ガラスの模様を一気に床に映し出す。白、灰色、赤、緑、黄色、鮮やかな窓が伝えるのは、神の威容、麗しきカペル王国の主宰神、艶やかなるカペラである。彼が座し、王族が座し、そしてルイスが座すと、それに倣って貴族連中が一斉に席に着く。しなやかに指を動かすアンリは両の手を組み、それを鼻先と接吻とするように合わせた。


 天然の光源が王の威光に従い益々光を強める中で、一陣の風と共に、僅かな風が何処からともなく吹きすさぶ。それはアンリの呼吸の穏やかな様に合わせて心地よいもので、程よく料理の匂いを各人の鼻に届けるのに役立った。


「平穏なるペアリスの、一層の繁栄を祈り、此度もカペラの微笑がこの地に向けられるべく。風よ、芳しきを届けよ、花冠の良き香りを。然らば泰平は届けられよう。我が国土に神の恵みあれ」


 アンリは手を静かに解く。吹きすさぶ風は静かに収まり、やがて絡まっていた指は踊るように料理を摘まみ始めた。


 ここで平穏ならざる思いを抱くのは、唯一人、ルイスのみであった。


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