特別遊撃隊1
故郷に戻ってすぐに、私は両手を広げて照り付ける日を全身に浴びた。ナルボヌ領の領民たちはその姿を認めて呆れた視線を送り、そして手には他人の赤ん坊を抱く女房達が恨めし気にこちらを睨んでいた。
居心地の悪さを少々感じていたが、改めて家畜のにおいが立ち込める田舎の空気を吸い込む。この嫌なにおい、とても落ち着く!
リオネルが下車すると、いよいよ領民たちは空になった畑を掘り返す仕事を中断し、乳をせがむ子供の泣き声が領内に響く。
彼らには迷惑をかけるが、その分の仕事をしてきたと、胸を張って言わなければならないだろう。実際に、女房達が睨む中、鼻の下を伸ばす領民たちは、私の後に現れた二人の侍女たちに目を奪われていたのだ。
豊満な乳房と持ち上げた髪、圧倒的な存在感を持つ二つの女の影にである。
「うわ……。ここで過ごすのは、ちょっと」
高いヒールで泥濘を気にしながら歩く二人組は、何を隠そうフアナの特別遊撃隊である。私は小さく謝罪を返すと、無骨な水城へと歩き始めた。
フアナの意味ありげな助言や堕胎薬の件については持ち帰り手紙で交流をするとして、先ずはカペル王国の暗部についての協定‐多くの有力者が秘匿する情報についての協定‐に関する手続きを終えて帰ったのである。城の前で出迎える従者たちはその姿に大層驚き、ギヨームに至っては何か嫌な経験でもあるのか、顔を顰めたままで私が通り過ぎても暫く硬直していた。
城内に入ると同時に、黴臭さと独特の熱気が襲い掛かる。都市部独特の悪臭がない代わりに、良く言えば野性味に溢れたファンキーな匂いだ。一団の中で顔を顰めるのは当然特別遊撃隊で、彼女達が如何に優遇されてきたかが分かった。
「汚くてごめんなさいね」
「いいえ、敵地では汚れ仕事もしますもの」
彼女達は顔を顰めながらもよく通った声で答えた。階段に響く複数の足音が壁に反響し、懐かしい窮屈さに自然と口角が持ち上がった。
「その汚れとはちょっと違うのではぁ……」
彼女達に引っ掛かったらしいギヨームが小さな声で控えめに言う。一人の女性が一つ吹きだし、それにつられてリオネルが苦笑いをする。
確かに、少し申し訳ない気もしたが、腰の低さも相まって、如何にも尻に敷かれているように思えて面白くはあった。
「でも、ギヨーム様は顔とか体を見なければいい方だし、嫌いではないですよ」
口元を緩ませた特別遊撃隊の彼女はそう言ってギヨームを一瞥する。彼女にとってはそのスパイ活動は快適そのものだったのだろう、一仕事終えたら後腐れなく褒められる程度には、ギヨームの事を好いているようだ。ギヨームは満更でもない様子で溜息を吐いた。
暫く歩き、会議室に入室した。既に支度を終えたジュスタンが、当主の椅子のすぐ後ろに控えていた。
「私達はいつもの席へ、お二方はこちらへどうぞ」
私は二名を向かいの席に案内する。フーケはすまし顔で席に着き、ブリュージュとの関係を示す、極秘の資料を胸元から広げる。ギヨームは少し顔を赤らめながら、自分を騙した女をちらちらと見つめて席に着く。ゆっくりと音を立てないで席に着くのは、彼の誠実さの現れなのかもしれない。そして、今回はリオネルが傍らに座る。外務担当者である彼は意外にも真剣な面持ちで、二名の顔をよく把握しようとしている。
全員が席に着いたタイミングで、私は早速口を開いた。
「それでは、今回は方針と、顔合わせとしてこちらに寄って頂いたという事になります。早速ですが、どの様にお呼びすればよろしいでしょうか」
遊撃隊の二名は顔を見合わせる。彼女らなりに仮名なりがあるだろうことを気遣ったつもりだったが、軽率だったかもしれない。
彼女達は、暫くそうしてタイミングを見計らっていたが、ギヨームの視線を常に感じている女性が私の方を見た。
「本名は伝えかねますが、私の事はミシェル、彼女の事はシェリーとお呼びください」
ミシェルと名乗るその女性は、短くまとめた金髪を揺らして礼をした。私は会釈を返して、従者一同に目配せをする。全員が了解の相槌を打ったことを確認し、「宜しくお願いします」と言う言葉で切り出した。
「では、今回皆様が乳母の世話役として働いていただく場所なのですが、令嬢の宮殿……つまり、私がガルシア卿に売却した宮殿ですね」
「何故、本陣ではなく、ガルシア卿の宮殿なのでしょうか?」
二人は訝し気に眉を顰めた。決して光を反射する埃のせいではないだろう。隣に座っていたリオネルが、彼女達の表情を見つめながら、件の指を回す仕草を始めた。
「……私から説明いたしましょう。第一に、私達はそもそもペアリス貴族との太いパイプを持っていない、と言う事。第二に、私達はカペル王国の秘匿したい情報が、カペル王国外にあると考えている事、第三に、ガルシア卿はアーカテニアの有力者であり、その手の情報に精通している可能性がある事、です」
「つまり、アーカテニアの危機が、カペル王国の危機に直結する可能性がある、と言う事?」
シェリーは率直な質問を返した。実際、リオネルの挙げた理由は、ナルボヌ家のパイプが太くはないという事実を浮き彫りにする事しか出来ない。もっともらしい理由を付けたところで、彼女達の調査能力を考えれば、名を汚されたと言っても差し支えない。リオネルはすかさず答えた。
「本来、ガルシア卿が令嬢の宮殿を買うメリットはそれほど大きくはなかったはずです。勿論養育地としての価値は大きいと思いますが、それだけで買うには高すぎる。それをアンリ王と結託して購入したのだとすれば、カペル王国とアーカテニアに都合の悪い事実を秘匿していると考えて差し支えないかと思います。つまり、今回の一件にアーカテニア……少なくともガルシア卿が関わっている事はまず疑い有りません」
「……そういう事。分かりました、速やかに支度を済ませます」
そう言うと、彼女達は即座に席を立った。慌ててギヨームが悲鳴のような声を上げる。
「待ってください!それ程急いで何になるというのですか?まずは親睦を深める為に、こちらで準備を致しました……」
「結構です。情報は速やかに収集しなければ意味がありませんので。お気持ちだけ頂いておきます」
彼女達は返答を待たずに部屋を後にした。あまりの素っ気なさにギヨームは愕然とし、客人が去ったのをいいことに、リオネル姿勢を崩して顎を摩る。歓迎の支度をして、最も被害が出たであろうジュスタンは穏やかに後ろに控えていた。
その沈黙は、数分の休憩時間のように、実に穏やかなものであった。




