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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
宵と明けの顔
53/172

造幣所へ2

「熱い……」


 私達は真っ赤な窯のある部屋を覗き見た。


「足元にお気を付けください」


 案内の男が待機していたのか、彼は扉が開くと同時に私達の横に着く。流石に、ここまでフアナの侍女が同行することは無いようだ。

 金属が流れる恐れがあるだけあって、扉を開いてすぐに、大きな段差がある。段差の下は頑丈そうな石造の床があり、所々に黒ずんだ跡があった。焦げたような臭いと共に、凄まじい熱気が奥から感じられる。それが窯であり、窯の中では金属が溶かされているらしい。


 造幣の為には熱した原料を鋳型に流し込み、そこに硬貨の柄を打刻する。これに用いられる鋳型などの道具類は長らく使用されており、黒ずんだ跡が残る道具類には金属特有の臭いが漂っていた。

 鍛造所は受付兼作業場とは異なり、作業は正確性以上にスピードを求められていた。直ぐに凝固してしまう金属に打刻するために、彼らは素早く、そして安全に作業をすることが求められている。若い者も年老いたものも、一様に屈強で焼けた顔を持っているのは、小さなものであれ重量感のある金属を素早く運び、焼けた金属と向かい合ってきた証拠であろう。


 フアナは鋳造の工程を非常に細かく説明させた。私には良く分からない専門用語等も少なく、単純ではあるが技能の要求されるこれらの作業に対する従業員の真剣さが窺えた。


 エドワード禿頭王貨の鋳型は今でも複数保管されており、壁にはこれらの刻印用の長い型が複数ぶら下がっている。


「あれはエドワード禿頭王貨、あれは偽ヨシュア銀貨……」


 次々とブリュージュから流入する硬貨の名前が挙げられる。説明を受けるたびに、出来立ての硬貨の熱気が顔にかかり、巨大な窯のために全体が熱気を帯びている部屋を益々熱くさせた。


「あぁ、まだ触らないでくださいね。火傷しますし、硬貨の記録作業にも影響が出ますから」


「あ、申し訳ありません。つい……」


 熱気で火照った顔を持ち上げる。赤茶け、所々にそばかすのある男が微笑んだ。衣服の裾をまくり上げて露出した筋肉質な肌は、小麦色で、汗のために光沢をもっていた。布にくるまれた硬貨を即座に次の従業員に渡すと、彼は即座に部屋を飛び出す。そうして往復するだけの若い従業員は、再び次の硬貨を持ちに戻ってきた。


「慌ただしいのね。日にどれくらい硬貨を作るの?」


「うぅん、エドワード禿頭王貨なら、数百は下らないでしょうね。勿論、計画数量が年にもよるので何とも言い難いのですが」


 男は頭を掻き、諳んじる。その手は明らかに明確な意図をもって言葉を濁しているように思われた。


「ごめんなさいね、私達の利益にも関わりますの」


 即座にフアナが口を開く。熱気の為か、やや声が疲れているようだ。私は再度謝罪をし、作業工程の見学に戻った。


「そろそろ窯から上がりますかね。今度のも禿頭王貨ですよ」


 案内の男がそう言うと、熱せられた原料が真っ赤に色を変えて引き上げられる。窯から現れた巨大な柄杓から、掬い上げた銅を次々に鋳型に流し込まれる。熱した銅が足元に落ちる事のないように、慎重に、素早く流し込まれていく。職人の歴戦の勘の鋭さが、赤々とした金属の「液体」が跳ねる速度に宿る。


 熱した金属が窯から取り出されるたびに、それを即座に型に流し込み、冷まし、運ぶ。

 非常に合理的な作業の数々は私達を空気のように無視して進められ、やがて汗でドレスが体に纏わりつき始めると、フアナが手を挙げる。彼女の行動に応じて、説明をしていた従業員も即座に作業に戻る。


 彼の後姿に手を振ったフアナは、そのままの笑顔で無言で元の部屋へ向かう扉を指さした。私は彼女に応じ、その後ろについて部屋を後にする。


 熱気の代わりに体中を駆け巡る冷気は、汗に滲んだ衣服を冷ますのに役立った。大量の熱気に晒された体を手で仰ぐと、すかさず涼風がフアナの侍女によって齎される。扇を一扇ぎするたびに、私の滴った汗が首元を優しく撫でる。


「素敵な体験でした……」


 私の言葉に、フアナは無邪気に両手を合わせて喜んだ。


「そう!結構な事です!ジョアンナ様、では、そろそろお休みもかねて用意した部屋へご案内いたしますわ」


「そうですね……。楽しいです」


「きっと、お愉しみ頂けますわ」


 フアナは目を細める。無邪気に振るっていた手はそのままに、鋭い目が弧を描いた。

 心臓が止まるかと思った。体中に寒気が走り、途端に張り付いた服が冷気を帯び始める。


「……あの、やはり」


「今度は貴女の事をお聞きしたいわ!」


 受け取った銅貨が胸元を急激に冷やし始めた。

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