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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
章間 ~幼年期の終わり~
70/84

公務復帰

 帝都・王都と立て続けに回った後、ようやく役場に顔を出す時間が出来た。

 入る前からどうも違和感があったのだが、入ってみると納得した。

 間取り自体は変わっていないようだが、見覚えのない空間に窓口が増設されていたのだ。

 遠目で見れば分かったかもしれないけど、元々広いと増設されてもあんまり気づけないんだよな。


「人が増えれば役場も広くなるか。まあ、当然だわな。順調でなりより」


「そこの可憐なお嬢ちゃん、新しくお引越ししてきたのかな?」


 拡張した部分にどんな窓口が作られたのかと眺めていると、背中から肩をトントンと突かれた。

 お嬢ちゃん、か。まあ、今だけだよ、うん。多分。メイビー。


「お嬢ちゃん?パパやママはどうしたのかな?はぐれちゃったのかな?」


 流石に無視を決め込んでいるわけにもいかず、振り返ると、そこには首から「本日の案内人」というプレートを下げたイケメンが一人、にこやかに屈んでいた。

 子供の目線に合わせたその対応。なかなかグッドだね。

 いずれは気遣いまで出来るようにマニュアルだけは作っておいたんだが、それを参考にしたのかな?

 ともあれ、デキるイケメンに敬意を表することにしよう。


「ご丁寧にありがとうございます。両親とはぐれたわけではありませんので、お気になさらずに」


「そうかい?まあこの中で乱暴な真似をするような人はいないから、大丈夫だと思うけど……」


 イケメンはまだ若干心配そうにしているが、この役場で狼藉をするような奴はそうそういないだろう。

 この役場のトップは母さんだし、父さんもいるし。

 ネリーに聞いてた感じだと間諜の類はそれなりに入ってる可能性は高いが、住んでる人に害を与えるような存在は問答無用で排除するようにと伝えておいた。

 具体的な方法までは聞いてない。ただ、「処理」していると言ってたから、穏便な方法は取ってないだろう。


「SSクラス冒険者が治める地で、狼藉を働く者はそういないでしょうね。久々に役場に来ましたが、少し広くなりましたか?」


「僕もまだここに来て半年も経っていないからね。でも、確かに僕が来た頃だったかな?拡張工事してたのって。あの辺りの窓口はまだ出来てから1月も経っていないんだけど、盛況だね」


 俺が居た頃は基本的にタテに伸ばしてたんだよな、ここまで役場に需要があるとは思っていなかったし。

 どうもこの辺り日本人気質というか、スペースの有効活用をしたいというか。

 それに、他の建物とは違うという意味合いを持たせたかったし……というのは言い訳で、土地はダダ余りしてるんだから、敷地を拡げてもよかったわけで。

 階層ごとに住み分けは出来ているから、ただ広くするよりは良かったと思いたいところだ。

 後で拡張した部分の構造は調べておこうかな。


 さて、いつまでも見物しててもしょうがないので、3階にある俺の執務室に向かうとする。

 が、ここで階段方向に進み始めたところで、イケメンから静止の声が。


「お嬢ちゃん、2階から先は立ち入り禁止だよ?」


 あ、そんなの出来たの?妥当な線引きではあるけども。


「それともお父さんかお母さんは役場の人かな?2階はあそこにあるタグを付けてもらって、案内人を付けなきゃ通しちゃいけないことになってるんだ。僕が呼んでこようか?」


「呼ぶ必要はないですよ?俺は自分の部屋に行くだけですから」


「は?君の部屋?そんなもの役場にあるわけが……」


 不審そうにこちらを見つめてくるイケメン。

 これを責めるのは酷というものだ、彼は自分の責務を果たしているだけで、何も悪いことはしていない。

 見知った顔がいれば話は早いんだが、どうも1階は結構な人員異動が発生したらしく、馴染みの顔が見つからない。


 元々この役場は区役所とか市役所とか、そういった類の窓口はそう多くはない。

 一応住民票のようなものは作っているが、それを発行する機会がないし、結婚届・出産届・死亡届・転入届・転出届といった戸籍上変化のあるものを出してもらう程度のものだ。

 恐らく嘆願届が一番多くなるだろうと思っていたが、実際に一番多かったのは転入届だった。ちなみにダントツで少ないのが転出届だ。


 1階の主だった窓口は大抵何かしらのギルドで、その窓口要員は各ギルドから派遣されているのが役場の実情である。

 実質1階の役場の窓口は、2階の官吏部への繋ぎというか、役場勤めの新人研修を兼ねている部分がある。

 この分だと別の支部や出張所のような設立も考えなければいけないし、使える人材は確保しておきたい。

 ともあれ、このイケメンの誤解を解いておくことにするか。


「俺の記憶と祖語があるかもしれませんが、この役場の3階には「役場長代行室」がありますよね?そこが俺の部屋なんですよ」


「代行室……え?嘘だろ?え?あの、お嬢ちゃん?冗談は――」


「それから、俺はれっきとした男性なので、あしからず。冗談だと思うのなら、スミヨンさんやエイブさん、リラさん辺りに聞いてみるといいよ」


「部門長に?え?本物?もしかして……君、もとい、あなたが、あの、ゼン・カノー代行様!?失礼しましたッ!」


 取り繕うように深く頭を下げてきたイケメンの慌て具合に苦笑するが、混乱までは至らず、あっさりと俺を本人だと認めてくれた。

 本人を見たことがないのに、あっさりと信じてくれた理由を尋ねてみると、半分くらいは納得出来た。あくまで半分くらいだが。


「そもそも代行執務室の存在は一般的に知られておりません。シャレット様は名代官として名を轟かせておりますし、その元でユーキリス筆頭が辣腕を振るっている、というのが一般的な評価でしょう。ですが、この役場に勤め始める際には、「絶対に逆らってはいけない人物」がいると、雇用契約書に書かれておりました。一人が諜報部門長兼、私兵団総長ネリー様。もう一人が「絶世の美少女、なれどその言葉を本人の前で口にすることなかれ」という、「修羅代行」、ゼン・カノー様ということでした」


 なんだその「修羅代行」って。意味わからんし。

 それから、後で雇用契約書作ったやつを問い詰めよう。



◆◆



 執務室に入ると、そこにはネリーが待っていた。

 何でも俺が役場に到着した時点で先回りしてたとか。

 だったら迎えに来いとかそんなこと言わないけど、なんだかなあ。

 まあ、見覚えのない女の子を一人連れているところを見ると、彼女を連れてきたのだろう。


「お待ちしておりました。何かございましたか?」


「いや、大したことじゃない。で、その子は?」


 ここであのイケメンのことを告げても良いことはない。仕事はデキる感じだし、不幸な目に遭って欲しいわけでもない。

 ネリーの用件は目の前の女の子のことだろう。

 見た感じ、紫色のウェーブがかかった長い髪が特徴的な、10歳くらいの可愛らしい少女、なのだが。


 俺を見つめる彼女の紅い目が、どうにもおかしい。

 上手く説明出来ないが、どこか観察されているような、感情の薄い瞳。そんな感じだ。


「私も色々と面倒な立場になりましたので、ゼン様にお仕えする新たな侍女を推薦したく。サリア、この方が貴方の主です。挨拶するように」


「はい。諜報部所属、私兵団特務隊、サリアと申します。この身、如何様にもお使い下さい」


 とても10歳くらいの少女がする仕草ではないように、敬礼するサリア。

 ……色々と突っ込みどころはある。どういうことだ、これは。


「暫くの間、ゼン様には常にサリアを付けます。本来ならば私が付きたいのですが……」


 舌打ちしそうな勢いで口惜しい、というネリー。いや、事情を説明してくれよ。

 ネリーが俺に付きっ切りでいられないのはまあ分かる。知らないうちに役職に付いてたし、ネリーにはネリーの仕事があるのだろう。

 それにネリーはもう、ただの侍女ではない。少なくともアルバリシア帝国から見れば、「将軍」という扱いなのだ。

 今のところ、俺の唯一の直臣、という扱いでもある。役場の官吏は、厳密には母さんの部下だし。

 カルローゼ王国側の評価としても、レリック公爵家の筆頭という立ち位置になっていると思われる。家宰と言われるとちょっと違うかもしれないが。


 いずれにせよ、ネリーの公的社会的地位は、相当上がった。

 本人がそれを望んでいたかと言われると話は別だろうが、個人的には悪いことではない。

 少なくとも、諜報部門の長というポジションに就いてくれたのはありがたい。本人は嫌そうだが。


「うんまあ、ネリーもちょっと立ち位置の変化というか、そういうことはあるだろうな。で、その、サリアを推薦してきた理由は?」


「ゼン様の監視と、性欲のは「待てや、おい」……何か?」


 今明らかにおかしなことを言おうとしなかったか?俺の監視ってどういうことだ?

 てか如何様にも、ってそういうことかよ!おかしいだろ!サリアもおかしいよ!


「こう見えて、このサリア、それなりに年齢を重ねておりますのでご安心を。合法でございます」


「何がどう合法なのか詳しく。俺の年齢も考えろや」


「レリック公は先祖返りのようなものなのでしょう?実年齢はさほど関係ないのでは」


「その冷たい視線やめーや。何の感情もありませんって書いてあんぞ」


 こう、なんというか、サリアからデキる女という感じはするんだが、冷血というか、鉄仮面というか。

 例えばここでいきなり脱げとか言っても、特に何も言わずに淡々と脱ぐような。


「サリアの身体、ご覧になりますか?お触りもお好きなように」


「やめろ。やめてください。てかネリー、どういう基準でサリアを付けることに決めたわけ?」


「ゼン様の嗜好を第一に考え「既におかしいからな!お前の中で俺の好みを決めつけんなや!」……なくとも、サリアは優秀な諜報員でございます。戦闘能力はさほどでもありませんが、様々な実行力が高く、手段を選びません。暴走しがちなゼン様の歯止めによろしいかと愚考いたしました」


 実行力って何さ!何なの?俺ネリーからそんなに信頼されてないの?

 てか何をどう実行されるの?考えるのが怖いんだけど。生命の危機は感じないけど、性的に怖いんだけど。


「信頼はここで死ねと仰っても迷わず出来るほどしております。ですが、ゼン様の暴走癖につきましては、あまり信用しておりません。御身の二期成長期までに時間もございませんので、ここは臣下の注進として、受け入れて頂けますよね?」


「いやネリーは大事だから。ここで死ねなんて絶対言わないから。しかし、臣下の注進ね……」


 改めてサリアを見る。

 相変わらず何の感情も見えない瞳だが、悪意も感じない。

 少し迷ったが、【完全解析】もしておいた。パラメータだけでも、相当優秀なことは分かった。



名前 サリア

年齢 28歳

種族 人類種魔族/吸精族

職業 暗躍者

称号 元Bクラス冒険者

状態 健康

 Lv:28

生命力:169/169

魔力量:121/121

 筋力:72

器用さ:132

素早さ:143

 魔力:115

精神力:145



 固有能力(ユニークスキル)は持っていないが、称号にある通り、Bクラス冒険者相応のパラメータである。Aクラスまで届くんじゃないかな?筋力が妙に低いのが気になるが。

 ステータス全体で見ても優秀だ。職業は恐らく固有職業(ユニークジョブ)だろう。

 変わり種の汎用能力(スキル)を持っていることに関わりがあるのだろう。【変装5】とか【暗示4】とか。……【性技5】とか。

 うん、優秀な諜報員だね。てか職業通りすぎる、称号もなんか別なのあるんじゃないの?


「サリアはレリック公を深くは存じ上げません。ですが、諜報部の長、ネリー様のお言葉は、絶対でございます」


 確かにいい人材だ。あまり表だって話せないようなこともしてきたみたいだが、過去は過去。

 戦闘向きではないと聞いているが、少なくともレイスよりは強いだろう。

 よくこんな人材を確保出来たもんだな、と逆に違和感すら感じたところで、サリアから説明があった。


「あらかじめお話しておきますが、サリアは左手があまり使えないのでございます。粗相することがあるやもしれませんが、どうかご容赦くださいませ。致す時は精一杯御勤めさせていただきます」


 何を致すのかは置いといて、俺の傍仕えとして必要な能力は持っている。

 ただ、左手が使えないとはどういうことだろうか?ステータスにも異常はないし、見た目では普通に動かしているようだが。


「わけあって、手首の健を切ったことがございまして。それ以来、左手の握力が戻らず、冒険者を引退することになりまして、それから色々とございました」


 深く聞くなってことね。ま、ネリーの推薦なら問題ないだろう。

 少なくとも欠損はないし、神経も繋がっていることから、状態が「健康」になっているのか?あるいは、今の状態が長く続いて、それがデフォルトになってしまったのか。

 あまり使えない、というのは使えないこともない、ということらしい。握力ゼロというわけではなく、何とか動かせるように訓練して、日常生活を送る分にはさほど支障は出ない、というのがサリアの弁だった。


 ネリーからの注進でもあることだし、断る理由は無い。いや、全くないわけじゃないんだけど。

 それに折を見て治療も可能かもしれない。てか言外に治せるなら治してくれってネリーから頼まれてる気がする。

 完全な欠損と違って、半端に治ってる状態だと、逆にやり辛いような気もするが……今神経が繋がっているなら、どうにか[再生]で治せないかな?


 しかし……いい加減ネリーは俺が幼女趣味(ロリコン)じゃないってこと、分かってくれないかなあ。


(本当にそう思ってる?)


 うるさいよ、妖精さん。



◆◆



 そんなこんなでネリーがその場を辞した後、サリアから一つの袋が手渡された。

 どうやら古代道具(アーティファクト)の道具袋らしい。


「レリック公への報告書でございます。ご不在の間にシャレット代行様やユーキリス筆頭様では手が付けられなかった部分もございます。ご確認願います」


 嫌な予感がするんだが、見ないわけにもいかないので、道具袋を両手で持ち、口を大きく開いて、ゆっくりと中身を机の上に出していく。

 出てくるのはただひたすらに、紙の束。

 うんざりする思いを抱えつつ、丁寧に魔法袋をゆすり、書類を出していく。


 束。束。束。


「いや、ちょっと、これどうなってんの?いくらなんでも多くね?」


古代道具(アーティファクト)でございますので」


「そこじゃねえよ。どんだけ溜め込んでんだよ!てか書類はこういう袋とかに入れんな!ちゃんと分かるように選別して整理しろって言っといただろ。これじゃ書式を統一してる意味がねえし……」


「サリアは左手に力が入りませんので」


 この役場では特別な案件を除き、ある程度書式についてはフォーマットを用意してある。

 その方が簡潔で整理しやすいということもあるし、作る側も見る側も見やすいからだ。

 領収書なんかの概念が存在しないので、予算書なんかは結構ガバガバなんだが、予算管理課といった専用の課を作り、その上に経理部門が最終審査を行うという、ダブルチェック体制を作っている。

 ちなみに一定額を超えたら、代官の母さんや代行の俺まで回ってくる仕組みになっているし、大枠を決める統括部門がある。

 ユーリは「面倒なだけじゃないですかー?」とかほざいてたが、元官僚らしいスミヨンはこの体制を高く評価してくれた。要は不正対策である。

 そこまで細々としたものを管理するつもりはないが、後ろめたいことはしていないというアピールを含み、金の流れというのは明瞭であるべきだ。

 つっても、巡り廻れば、全部母さんの金なので、そこから掠め取ろうなんて馬鹿はそういないわけだが。SSクラス冒険者の金をパクるとか命知らずすぎるだろ。


 話を戻す。ようやく袋をゆすっても書類が出なくなった。

 しれっとサリアが机の上に散らばった、というか机に乗り切れずに周りに流れ落ちた書類を整理して、3つほどの山を作っていた。

 いや、山っていうか、山脈?なんか、どっちつかず、みたいなポジションにも書類の束がある。


「レリック公から見て左から、報告書、稟議書、滞留案件のようでございます」


 どうやら間にあるのは、その中間といった類のものらしい。

 なかなか凄いなサリア。件名だけで内容を把握したのか?だったら正式な文官として雇いたいな。


「まあサリアは書庫からその順番で袋に入れただけでございますが」


「整理されたまま持ってこいや!道具袋ごとに分けるとか色々あっただろ……」


 なんてアホなことばかりしているわけでもなく、緊急性が高いものについては、ちゃんと個別にしてあったらしい。確信犯かよ。

 いや、サリアの事情もあるんだろうけどさ。なんかもうちょっと考えてくれよ。

 とりあえず見るのは、「急」の丸印が押してある案件からにする。今俺が見てる時点で、マル急の意味がないわけだが。

 それでも「俺が戻り次第早急に」という類のものであるようなので、そこは一安心か。

 厚い紙束になっているものより、薄いものから。そうじゃないと片付かないし。と、手を伸ばしたところで、サリアから何枚かの書類が差し出される。


「サリアのオススメはこちらでございます」


 事務書類にオススメも何もあったもんじゃないんだが。

 ネリーが推薦してきた人物であるし、ステータス的にも優秀だと分かってはいるものの、サリアはなかなかいい性格をしているようだ。

 とはいえいちいち突っ込んでたらキリがないので、素直に手渡された書類の内容を流し読みする。


 ……ふむ、なるほどねぇ。


 諜報に関わるような人材は、相当厳選したんだろうが、これだけよく集めたものだ。

 現体制についての大まかな概要は、ネリーから既に聞いている。

 絶賛繁栄中のイストランド群といえど、それにかかっている人件費はそれなりに重たいが、今後の初期投資と割り切れる程度には収まっている。


 私兵団についての方針はまだ検討中だ。入団希望者は多くいるようだが、ネリーや母さんの審査で落ちる割合の方が遥かに多い。

 それだけ厳選しているということもあるが、無闇に増やす意味もない。

 人員増加は状況を確認してから、だな。


 イストランド群は代官領として、カルローゼ王国内でも屈指の収入を誇り、フィナール領全体の収入割合は約6割を占めている。

 更に母さんの筆頭執政官であるユーリは、もはや領主であるギースの片腕的存在になっている。

 こう言ってしまうと、まるで母さんがフィナール領の代表になってしまっているようなものだと思うのだが、ギースはその点について諦めているというか、フィナールの町の発展のみに力を注いでいるようだ。

 イストランド群の発展に伴い、フィナールの町に住む民も増えたようだし、なんだかんだで収入量は税やら何やらで母さんより多いわけだし、出来すぎる部下と、その息子がカルローゼ王国の名誉大公ってことが、頭痛のタネになっているんだろうなあ。

 とはいえ、どうにも最近は開き直っているというか、一周回ってどうにでもなーれとか思っていそうな気がするが。


 サリアの「オススメ」を流し読み終えた俺が、一言呟く。


「やっぱりアジェーラ聖国、か」


「厳密には、アジェーラ聖国にある、冒険者ギルド本部でございます。かの国の上層部が関与していることはまず間違いないようにございますが、証拠を掴むには至らず、でございます」


 どうやって調べたのかは敢えて聞かないが、あの戦いの事の顛末と、その後の流れを簡潔にまとめた、時系列の報告書だった。

 主観や見解などは一切入っておらず、ただ調査した結果のみを記してある。

 その中にあったのは、あの<厄災級>討伐戦において、明確な敵対行動をしてきた高クラス冒険者達の、討伐戦以前の記録だ。


 共通点は、あった。

 直近の3ヶ月以内に、「冒険者ギルド本部」より派遣されたと思しき人物と会っている、ということ。

 それから不審な行動が目立つようになった、ということ。

 そして、バルドもまた、同じように冒険者ギルド本部の人物と会っていたという事実があったようだ。

 確固たる証拠はないし、情報の出所も明記出来るものではないのだろう。

 だが、この報告書に虚偽があるようには思えない。


「これを作ったのは、諜報部か?」


「最終的な判断はネリー様でございます。サリアはそのお手伝いをしておりました。とはいえ、サリア自身が見聞したことはあまりございませんが」


「情報の取捨選択は難しい。それが出来るだけ大したもんだ」


「ちなみに、そちらの山から様々なものを省いたのが、この報告書でございます」


 左の山脈を指してサリアが言った。

 だったら俺が改めて見る意味なくね?ここに山積みにした意味は何なの?


「サリア達の苦労を少しでもレリック公にお伝えするためのアピールでございます」


 自分で言っちゃうのか、それ。

 まあ、うん、だいたいサリアの性格は分かったわ。

 いずれは自分でこの山にも目を通さないといけないだろうが、取り纏めた報告書で今は十分だ。


 しかしあの討伐戦、関係者達の動向はある程度把握出来たとはいえ、最も重大な点については不明なままだ。

 本来であれば<災害級>で済んだものが<厄災級>になったのは、大国間の駆け引きというか、色々な思惑もあった、ということは確かだろう。

 だが、冒険者ギルド本部はどうやって<災害級>を「予測した」?いや、あるいは、どうやって<災害級>を「呼び込んだ」?

 本来自然発生するはずのものだから、<災害級>や<厄災級>と呼ばれるはずではなかったのか?


 疑問は尽きないが、今はまだ判断する材料は限られている。

 限りなく黒に近い冒険者ギルド本部とアジェーラ聖国。だが、まだ黒とは言い切れない。

 「<災害級>の兆候をいち早く察し、それを利用した」という可能性もなくはない。これでも十分黒ではある、あるが、これは可能性としては相当薄いものと踏んでいる。


 恐らく、あの国には何かしらの「手段」がある。

 魔物を使役する。もしくは、魔物を生み出す。その「手段」が。


 いずれにせよ、この場で考えたところで結論は出ないだろう。

 少なくとも、そう考えておいた方がいい、という程度に過ぎない。

 ただ、予感はある。いつかあの国が厄災と化すであろう、そういう未来は、起こり得ると。



◆◆



「ちなみに真ん中から右は、本当にレリック公が判断すべきことだと、各部門長からの伝言でございます。特に生産部門が深刻な模様でございます。なお、本日のレリック公の公務時間は、残り2時間21分でございますのであしからず」


 俺が思考している間にサリアがそう言うと、俺の机の真横に立ち、まるでSPか秘書か、といった風に佇みだした。

 まるで俺の方を見なくなったので、向こうから声をかけるつもりはないらしい。

 てかちょっと待て。


「俺の公務時間って決まってんの?」


「ネリー様からの命令でございます。レリック公の公務時間は、一日四時間までとなっております。イアン・ニモ=カルローゼ殿下、マリス=アルバリシア殿下・ローレンス=アルバリシア殿下との御付き合いの時間は公務時間に含まれません。この役場内に居られる時間が四時間とお考えください。なお、この件につきましては、シャレット代官様からも同意を頂いております」


「一日四時間でコレを片付けろってのか……いや、母さんやネリーも、俺の体調を気遣ってのことだろうけどさ」


「回復の段階を見て、ネリー様から時間の延長がなされると聞いております。ネリー様はレリック公の体調に敏感であらせられるとか」


 まあ、王族組との時間を公務時間に含めなかったのは有情、といえるのだろうか。

 しかしなあ、役場に居られるのが一日四時間って……ホワイト企業の復帰プログラムか?ネリーは俺の主治医か何かかよ。

 ネリーは眷属の効果で、俺の回復具合が一番分かるはずだが、体感出来るレベルじゃないんじゃなかったっけ?


「あとレリック公なんて呼ばなくていいから。ゼンって呼べばいいから。てか誰もレリック帝とは呼ばないのな」


「ここはカルローゼ王国領でございますので、レリック公とお呼びするのが適切かと思われます」


 正論っちゃ正論だが……まあ、いいか。不毛だ。

 色々諦めた俺は、滞留案件の山の一番上に手を伸ばして、書類を読み始める。

 サリアが狙って山を積んだのかどうかは不明だが、その「深刻な」生産部門の案件だった。


 資料を流し読みしてみたが、確かに深刻かつ、急ぎの案件である。

 ただし、深刻といっても、悪いことばかりではない。

 生産部門の言いたいことを要約すると、「生産部の人員が足りない」という一言に尽きる。

 役場の組織化をする際に、部門ごとに人員の比率はある程度決めておいたが、そもそもの人員数については順次増やしていく、という程度しか決めていない。

 余剰人員が出るようなら部門を異動させれば良いだけの話なのだが、比率を忠実に守りすぎてしまったのかな?

 この時はそう思ったのだが、サリアに口頭で説明を求めたところ、どの部門も相応に忙しく、人員を割く余裕がないらしい。

 となると、単純に人員不足か、とも思ったが、これだけではないようだ。


「生産部門はレリック公の独自色が強く、高い専門性が必要でございます。レリック公が直接介入しなければ立ち行かない案件も多くございましょう。ご不在の間、何とか苦心して対応を行っておりましたが」


「例えば?」


「家畜関係と農地規模の肥大化、魔道具作成などでございます」


 あー、それは仕方ないかもしれん。

 今まで俺が直接指示してきた部分がかなりあるから、不在の間にどう進めていいか、苦労したんだろうな。

 添付されている資料にも、「ここまでやりました。この先どうすればいいですか?」というニュアンスが書き込まれてるし。

 サリアに部門長のラロッカを呼ぶように伝えると、その場から消えるように姿を消した。


 ……いや、普通にドアから出て行けよ。



◆◆



 久しぶりにラロッカの顔を見たが、げっそりとしているのがよく分かった。

 目にクマが出来てるし、もう少し恰幅のいい男だったが、良くも悪くも多少スマートになったようだ。

 その姿にブラック企業で働かせているような気がして、少しばかり申し訳なくなった。

 赴任当初は確か30半ばといったところだったかと思うが、今は41歳の疲れたおっさんだ。


「ゼン代行……いや、レリック公とお呼びした方がよろしいですか?率直に申し上げますと、代行からの無理難題を押し付けられている方が、楽をさせて頂いていたことを痛感しております。我々の力不足で大変申し訳ございませんが、このままでは生産部門が麻痺してしまいます。それだけは避けねばならぬかと」


「役場内では代行でいいよ。ラロッカさん、並びに生産部門が能力以上の成果を出したことは間違いない。そこは誇るべきところだ。来期に向けて、昇給と臨時報酬には、色を付けさせてもらうし、過重労働分にも10%分手当を増やしておくよ」


「それだけでも助かります。元より高給ではありますが、如何せん業務量と言いますか、仕事の質が問われますので。業務時間に対して、割に合わないとまでは口に出してはいないようですが……」


 役場の官吏の平均取得は、色々見直しを行った結果、概ね平均年収金貨20枚といったところだ。これに年2回のボーナスを含めるので、30枚弱になるだろうか。

 フィナールの町の住人よりは高額になるが、強調するほど高額という額でもない。

 これが課長といった中間管理職だと、コミコミで平均金貨50枚前後。

 幹部級とされる部門長は、今や80枚~100枚に届く。これまで来れば、田舎の官吏としては破格の報酬と見てよいらしい。

 まあ所得が増えた分、収める税も増えているので、一概にその額に届くわけでもないが。

 ちなみに筆頭であるユーリへの支給額はそれほど変化はない。領主であるギースからも報酬として支払われているので、ユーリは「これ以上渡されても困る」のだそうだ。

 ま、ユーリには他にも色々あるみたいだし、そこは置いとこう。


 現場の状況は把握しているかと尋ねると、これまた厚い資料を取り出して、一つ一つ状況の説明してくれた。


 まず家畜の件について。牧童の人員も募集で増やし、見習い制度も利用して対応しているが、それでも対応しきれないほど家畜が増えているらしい。

 また、馬や牛、羊以外にも、鶏や山羊など、種類を増やしているため、その使い道や生産量の調整に苦慮しているようだ。

 多領から買い付け依頼も来ているようだが、他領に譲るにはまだまだ貴重であるため、部門長の判断で保留にしているという。


 次に農地規模の肥大化について。生産部門として開拓は推奨したままであり、農地を求めてやってくる移住民も増えていることから、他領では考えられないほど進んでいる。

 それ自体は喜ばしいのだが、そろそろ調整を始めなければ予備という名の過剰在庫を抱えることになるという。

 しかしながら、農地を求めて移住してくる自由民に対して、調整を求めるという判断は、部門長には出来なかったのだろう。


 それから各種加工品について。作物の加工品や魔物素材の服、最近は堆肥まで出荷してたりする。ここについては特にいじることがない。

 というより、作物の過剰在庫を漬物や保存食などに加工して輸出しているわけだ。堆肥の輸出先は主にナジュール領。余った分をお友達価格で、という程度だ。

 魔物素材の加工品はそれほど数を捌いているわけではなく、数名の専門職がそれぞれアイデアを出しては作製を繰り返している。


 魔物自体は希少ではないにしろ、それを使った服や装飾、あるいは武器防具となると、結構な値打ちものになる。珍しさも相まって、生産数と値段の割にはよく売れている。

 ちなみにプレミア感を付けたくて数を絞っているわけではなく、素材の扱いを習熟した人間が単純に少ないだけの話だったりするので、いずれは大きな産業になりえるだろう。


 最後に魔道具作成についてだ。明らかに需要に対して供給が間に合っていない。

 まだまだ職人が少ないイストランド群では対応しきれず、値付けを高く設定しても、やはり需要過多であるという。

 イストランド群の目玉産業なだけに、あまりに高額にしすぎて売れなくなると本末転倒だ。これも部門長には重かったか。


 ここで少し、イストランド群の収支について触れておこう。

 まず、住民の人頭税とでもいうべきか、そこのベースは年に金貨一枚がベースになる。これは移住したばかりの民はやや軽く、1年間は銀貨五十枚。3年目からは金貨1枚ということにしてある。

 次に所得税。得られる収支は、農家であるおっちゃんで言えば、農地を増やせば増やすほど増える。作物をギルドに収めて得られた額の2割が目安だが、それ以上こちらから追収することはない。

 福祉なんかはまだ手が付けられていないので、税収は基本的に人頭税+所得税だけだ。

 それから、今のところ官営で行っている魔道具作成の売却額。これがまたイストランド群の重要な収入源になっている。

 これらを作っている職人に対しては、歩合制ではなく、固定給で年金貨20枚。

 これは少ないように思えるだろうが、職人達の衣食住は役場予算で用意されているし、人頭税も取っていない。それを考慮すれば、30枚近い実収入があることになる。

 あとは鉱石産出なども含まれるが、元々廃坑なだけに、「今は」赤字かトントンくらいだろう。だが、今から在庫を確保しておくことに意味がある。


 ちなみに税について、かなり安いように思える人もいると思う。

 しかし、農作や発掘といった一次産業を主軸にした人民が8割近くを占めるイストランド群では、これくらいに留めておかないと割を食う人が多数出る。

 食う分には自給自足が可能だから問題はないのだが、これがモノの売り買いとなると結構な割合で税がかかってくるのだ。

 各種ギルドは基本的に国営であり、そこを介することで付与される税がカルローゼ王国としての収益ということになっているためだ。


 ちなみに、いつも気さくに付き合ってくれているあのおっちゃんは、もはや豪農とでも言えばいいものか、ちょっとした村の長みたいなポジションになっており、発言力も高い。

 そのおっちゃん曰く、「収める額が少なすぎる気がするでなぁ……」という。いつもこんな感じなので、俺としてはありがたい。

 所得税の支払い額がトップクラスのおっちゃんがそんなことを言うのだから、その下にいる人々にもそれなりに影響がある。まあ、元々不満は少ないようなので、ちょっとした援護、程度のものだろうけど。


 今のイストランド群の人口は現在約2万人。随分増えたものだ。

 他からの移住民が大半なので、世界全体を通して見れば、さほどの増加率でもないかもしれないが、食糧事情だけで言えばこの土地は王都以上と言ってもいい。

 出生率も医療レベルを考えるとかなりいい線行っている。医者の絶対数が少ないのがネックかな。


 今度は支出面についてだ。

 まずはインフラ整備について、ある程度整備は完了したため、そこまで大きな予算は振っていないが、必要あれば随時追加予算を捻出している。

 移住民のことも考えないといけないし、流通の要になることは確定的なので、これからも一定の予算は必要だ。ただし、ここは俺が直接やればタダみたいなものなので、そこまで気に留めることもないだろう。

 人件費については少々考えなければならない。

 役場の勤め人が増え、昇給も考えなくてはならないうえに、私兵団の人件費も、このまま増員を続けると赤字になる可能性すらある。もっとも、その分収入も増えるだろうが。

 俺や母さんの給料?そら無給ですわ。用途不問で使える権限があるから給料なんぞ要らんわ。


 本来代官である母さんの給料を還元しているだけなので、ある程度軌道に乗った以上、しばらく様子を見るというのも一つの手段ではある。

 これ以上収入増加が見込めないというのなら、現状維持でもいいだろうが、そういう状況ではない。今はただ前に進むべし。

 てか、そうしないとカネ余りが深刻になるってだけなんだけどね。言うても私兵団を現状の2倍雇ってまだ黒字、3倍はちょっと厳しいな、という程度。

 ただこれ以上私兵を囲ってもあまり意味がないというだけ。とりあえず役場の人員確保が最優先だろうが……。


「ラロッカさん、生産部門の人員について、何か意見あるかな?単純に人員を増やすことは可能だろうけど、例えばここで10人増員したところで、即戦力というのはなかなか難しいんじゃないかと思ってさ」


「仰る通りかと思われます。1年2年なら、それで凌げるでしょうが……私の意見といたしましては、部門を別途設けるか、部門内に新規に課を増やすのが良いのではないかと」


「その理由は?」


「生産部門という括りにするには、規模が大きくなりすぎてしまっていること。また、雑用課とでも言うべきか、増員して頂ける人員はそこに回し、測量や在庫管理など、比較的仕事に精通しておらずとも就業が可能な業務を担当させ、教育を同時進行で行えることになるかと」


「なんだ、解決策についてはもう考えついてるんじゃないの。部門長だから、部門を別途設けるのは難しいにしろ、新規に課を作ることは部門長の権限内だよ?決済はユーリ筆頭で可能なはずなんだけど」


「言い訳になってしまいますが……ユーキリス筆頭もお忙しく、なかなか稟議書を見る機会がないようでして……」


「それで滞留してたか……母さんでも良かったんだけど」


「代官様は職責の都合上、対外的な業務でお忙しい模様でして。それに、逼迫はしておりますが、今のところ大きな問題は出ておりません。代行が近々お戻りになると聞いて、そこで判断を仰ごうかと思いまして」


 んー、ラロッカの言っていることは、間違っていると言い切れるほどではないんだけど、ちょっと勘違いしてるかな?


「ラロッカさん。ユーリについては仕方ないにしろ、母さんは即断実行が出来る人だ。中身の精査はあまりしていないかもしれないけど」


 最初の頃に色々注釈をつけすぎたかなあ?どうにも指示待ちというか、良案を持っててもなかなか実行しきれないところがあるんだよな。


「問題が起こった後では遅い、ということもあるんだ。ラロッカさんの案は、細部調整は必要だろうけど、ラロッカさんなりに考えたものなんでしょ?人員不足は明らかなんだし、いずれ起こりうる対策を打っておくのは部門の長としての責務。俺としてもやり方として間違っているようには思えないし、もっと自分の裁量で決められるところは決めちゃっていいよ。問題が出れば、その上であるユーリや母さんからの権限で介入すればいいし、ラロッカさんの手腕で解決してもいい。「こういうことをしました」という報告は必要だけどね」


 俺の言っていることは理解しているようだが、それでもラロッカは難しい顔というか、不満げというか。「自信がありません」って表情に出ちゃってる。

 これがスミヨンか、初老の域に入ったエイブ辺りなら、そこまであからさまな表情はしないんだけどな。


 ラロッカはスミヨン、エイブ、リラ、バコタ辺りと同期で、言わばイストランド群役場の立ち上げメンバーである。

 それぞれ得意分野があることは俺も承知しているし、今の配置部署にも不満はないらしい。

 ただ、もう少し自分を出して欲しいところはある。スミヨンやリラは結構自分の意見を言ってくるのだが、バコタやラロッカは腹案を持っていてもなかなか出してこない。

 エイブは何も言わないというか、自分は調整役みたいなものと考えている節があるので、それはそれでいいんだけど。


「うーむ……代行の仰ることは、理解出来るのですが……責任というものが……」


「何に対しての責任?失敗すること?そりゃまあ、気にするなって方が無理な話だろうさ。けどね、部門長たるものがあまりに保守的だと、この役場は回らないんだよね。それも分かるかな?」


「それはまあ、そうでしょうね。些か私には荷が勝ちすぎると言いますか……」


 部門長を辞めたいってことか?それは認められないなあ。

 部署異動で部門長を変えることはあっても、その地位を理由なく下げることはしない。したくても出来ない理由が、こっちにはある。

 一つ息を吐いて、告げる。


「あのね、ラロッカさん。今更言うことでもないけど、ラロッカさんを含めた古株のメンバーには、皆それなりの地位に就いてもらってるわけ。本来はもっと役職持ちを増やしたいんだけど、この地に長く居ついてて、かつ能力を持っている人材って、指折り数える程度しかいないわけよ。この地を発展させて来たのは俺だ!くらいの気概は持っていいんじゃない?少なくともこの一年、俺がいない間、よく支えてたってネリーが言ってたんだけど」


 確認するようにサリアに目配せすると、頷きだけが返ってきた。

 ネリーの評価は直接聞いていないが、少なくとも悪い評価はしていないのだろう。


「誰だって失敗したくないし、リスクを取りたくないのは同じだよ。でも、責任という言葉をはき違えちゃいけない。成功を目指さないというのは、責任放棄と同義、とまでは言わないけども、職務を果たすという点ではどうか、よく考えてみて欲しい。生産部門は領民の生活に直結する大事な部署だけど、多少失敗したっていくらでも挽回出来るさ。10年先を見るくらいで、ちょうどいいんじゃないかな」


「10年先……ですか」


「そ。本当はもっと長く、20年から30年先を考えたっていいんだけど、とりあえず10年とは言わないから、この先5年くらいを考えてやってみるといいよ。確か赴任して今5年くらいだよね?」


「当時の私には今の状況を予想することは不可能ですよ……でも、そうですね。5年、経ちましたか……」


 来たばかりの頃を思い出したのか、ラロッカが苦笑交じりに笑う。

 だいぶ前向きになれたかな?

 当時に比べると、ラロッカも随分この地の常識というか、俺のやり方に馴染めたように思う。そんな人材をみすみす流出させてなるものか。

 彼の心情が全く理解出来ないというわけでもないけど、多分俺には無理なことだろう。


「当時のラロッカさんと今のラロッカさんは、違うよね?未来を予測することは難しいけど、未来を作ることが統治側の仕事だってことは、理解出来るはず。まぁ、難しいところは、一緒に考えるからさ。あんまり自分を卑下せず、出来ることはやっちゃいなよ」



 それから、生産部門で抱えている案件について、いくつかミーティングを行ったところで、サリアが「本日の公務終了のお時間です」と言ってきた。

 部門長の一人と会って、ちょこっと話しただけで終わりか。時間厳しくね?

 ラロッカに助けの視線を向けてみたのだが、どうやらラロッカ、というか役場の人々は揃ってこの公務時間に賛成らしい。


「代行は御年の割に働きすぎです。私には分かりませんが、身体を休めないといけない理由があるとか?昼から出て夕方には帰る、くらいが丁度よろしいかと」


 だったらラロッカも自分の権限で出来ることは自分でやってくれよ。

 と思ったものの、生産部については俺の自業自得な部分も少なくないので、仕方ないっちゃ仕方ない。


 そんなわけで、各部門長とミーティングをしたり、滞留案件について確認したりするだけで、戻ってきたら取り組もうと思っていたことに、なかなか手が付けられない日々が続くのであった。

あんまし進んでません。

そしてあんまし考えてません。

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