凱旋
絶賛民族大移動なう。
初めて「なう」って聞いたのは中学生くらいの頃だったかなぁ。割と流行ったっけ?
それからしばらく日本を離れたから、イマイチ思いだせんのだけど。
今俺達は、リリーナとフランに加え、エルを筆頭にしたおよそ200人のエルフ族、50……人?一応人だから合ってるよな?そのくらいのフェアリー族を連れて、森の東側に向かっている最中だ。
蛇のヴリテクトにも、外に出るまではということで、先導して進んでいる。
いかんせん道らしき道がないもので、ガルムの上にヴリテクトが乗り、豪快に道を切り開いてもらっている。
それをリリーナとフランが補佐する形で、足場を踏み均したり、枝なんかがひっかからないように切り落としたりしている。
俺?リュタンの上に乗って、見てるだけです。いかんせんまだまだ「損傷中」の状態が良くないのですよ。
せめて魔術で手伝うくらいは、と思ったけど、最後くらい手伝わせろというリリーナ達の希望もありまして。
なんかダメ人間……じゃねえや、ダメエルフになった気分だが、周りも俺を手伝うことを良しとしないもんで、仕方なくこうしてリュタンの背中に乗っているわけだ。無念。
獣が襲ってきたりすると危ないような気がしたのだが、そもそも森の主であるヴリテクトがいる一団を襲う獣なんて、そうそういるわけでもなく。
たまーに個体で襲ってきたりもするのだが、そこはエルフ族一同が手早い対応で、危なげなく追い払ったり、討伐したりしてる。
ざっくりステータスを確認させてもらったけど、強いです、エルフ族。特にあの変態共は、パラメータ的には全てA、即ち200以上という、Sクラス冒険者も真っ青な実力者だった。
固有能力こそ持たないが、エルフ族は基本的に成長値が高く、半農半狩の生活を行っていたことも含め、性格は少しアレだが、優秀な種族であると言える。
それ以外のエルフも軒並みB~Aが並び、レベルも高い。ついでに年齢もそれなりに高いのは、俺の心のうちに仕舞っておく。
元々エルフ族は俺を特別視している節があったけど、ステータスに変化があってからは、なんか妙に恭しくなった。や、熱烈なアプローチは続いてますけども。
エル曰く、俺が高位のエルフになったのが理由だとか。
確かに種族のところが微妙に変わってたし、ちょっと耳が長くなった気がするけど、そんなに変わったかなぁ?むしろ今の俺は弱体化してるんだけど。
里から出ることを嫌ったエルフもいたのだが、エルの説得もあり、ごく数名を除き、ほとんどのエルフがイストランド郡に来ることになった。
その数名は、里から出ることを嫌ったというより、このまま里で生涯を終えたいという、老年のエルフであった。
「我らはもう長くはございません。ならば生まれ育ったこの地で、エルフ族の繁栄を願い、最後を迎えたく存じます」
そう言われてしまっては、俺としても何も言うことはない。自らの死期を悟れば、そう思うことはごく自然なことだ。
十分尊重するに値する理由だと思う。
エルフ族をイストランド郡に迎え入れることは予定していたのだが、そのことをエルに伝えたのは、ヴリテクトを倒し、意識を取り戻した後のことだ。
エルは里の限界を悟っていたし、外界に出られるとなれば、それに否はなかったようで、すぐに里のエルフ達を説得したそうだ。
今の暮らしから大きな変化になることは確実なので、それを嫌うエルフもいたことはいたのだが、概ねは納得して付いて来てくれているようだ。
イストランド郡であれば、特に問題なく受け入れられるだろう。一応ギースにも話は通すように伝えておいたので、それほど心配はしていない。
エルフ族にちょっかいをかけてくる住人がいないとは限らないが……そもそも代官である母さんが、ハーフながらもエルフなのだ。
最初は色々馴染めない部分は出てくると思うが、その辺は上手いこと俺やエルで橋渡し出来れば、というのが願望である。
なんだかんだで、エルフ族はどうにかなると思ってるわけだが、問題はフェアリー族の方だ。
「そういやあ、えーと、パリィ、でいいか?よく考えたらお前らから名前を聞いた覚えがないんだが……お前ら森の主は「狼」だって言わなかったっけか?」
「私パリィっていうの?知らなかったー」
休憩中に、俺の隣をパタパタと飛ぶフェアリー族の娘に声をかけ、返ってきた答えに愕然とする。
エルフ族とフェアリー族は知己の仲であり、集団の内側に浮いているフェアリー族に対して、誰かが気にすることもない。
リリーナとフランは、初めて会った時から微妙な顔をしていたが。
「まさか、自分の名前も知らないのか」
「どうかなー?私たちはお互い、名前なんてなくても困らないもん。だから、忘れちゃったのかも。みんな、おにーさんに教えてもらわないとだめかなー」
「いくらなんでもそれはおかしい」
「だいたい分かるんだよね?だったらおにーさんに教えてもらうのが一番はやいんじゃないかなー?」
いかん、また話が逸れる。
どうにもやりにくい相手というか、その辺をリリーナとフランも分かってくれたから、微妙な気分なんだろうなあ。
何かこう、馬鹿っぽいけど、見透かされてる感があるんだよな。うん、わかる。
「てかフランも「神獣フェンリル」って言ってたしな。俺が知るフェンリルって言えば、やっぱり狼になるんだが……」
『それは、かつての我が身のことであろうな』
いつの間にやら近くにいたヴリテクトが答えをくれた。
森の中にいる蛇って、気付けないんだよな……ヴリテクトの場合、銀色というやたら目立つ体色をしてるけど、それでも音を全く立てずに近寄られると、声をかけられるまで気付けん。
あの巨体から随分存在感が下がったものだ。対面してると、今の蛇でも半端じゃないってことは分かるんだけどね。
『我はこの身を常々変えてきた。気付けば変わっていた、というのが正しいのだがな。我が真名は母より名付けられた「ヴリテクト」という名以外に持たぬ。が、姿形を変えてきた故に、我を呼ぶ名が増えたと聞いた』
「なんだったけ?ヴリトラさんとか、シユウさんとか、クリオさんとか、そんな感じだったっけ?」
『精霊の娘の言う通りだ。我が身の変化は分かるが、どのような姿をしておるかなど、気にしたこともないのでな。我が眷属の多くが狼であるがゆえに、我も狼であると思われておったのだろう』
思ってた神獣の姿と、初めて会った時のヴリテクトのギャップ、凄かったもんな。
なんかアレな名前が聞こえたことはもうスルーしよう。パリィが知ってた理由もスルーする。問い詰めても意味がないことは、もう分かってるし。
強いて気になることと言えば……そうだな。
「母ってどういうことだ?いや、お前も生物だったわけだから、親がいてもおかしなことはないけどさ」
『うむ。我が母と呼ぶ存在は、ヴァニス・ジャン=クレッセント様ただ一人。母から召喚されし精霊獣。それがこのヴリテクトである』
ヴァニス・ジャン=クレッセントね。
うん、そんなこと出来るヴァニスさんは、一人しか思い当たりませんな。
神獣って、魔術神の召喚魔術で呼ばれた精霊獣だったのかよ!
色々納得出来たけど、それだったらもうちょっと説得の方法を考えたよ!
俺が死ぬような目に遭った、あの戦いの価値が、今凄まじく低下してしまった気がした。
色々話を整理しているうちに休憩終了。再度東に向かって歩み始める。
かなりハイペースで集団が動いているが、みんなの足取りは軽く、雰囲気も明るい。
ちょっと気になることはあるが、それは今夜にでも話をしてみるか。
「でだ。お前の名前はパリィでいいのか?」
「ちょっと違う気がするけど、それでいいよー」
パリィと言えば、受け流す、とかそういう意味の単語だった気がする。
そういう意味では、肝心なところをスカしてくるコイツに似合いの名前かもしれん。
別に意識してやっているわけではないところが、やりにくいところなんだよなあ。
「他のみんなも、名前があったほうがいいかな?」
「だねー。人間さん、いっぱいいるみたいだし」
「獣人さんや竜のお使いさんもいるのかなー?」
「鬼の子さんもいるかも!遊んでもらいたいなー!」
「お話できる魔物さんだっているかもねー」
だからわらわらと寄ってくるんじゃない!
そしてぺたぺた触るな!なんか大事なことを言いながらそれをするのは本当にやめろ。マジで。頭痛いから。
考えさせつつ困惑させてくるフェアリー族は、本当にやりづらい。
何気ない会話の中に、とてつもなく重要そうな事柄が入っているのが、フェアリー族クオリティなんだよなぁ。
「お話できる魔物さんって、魔族のことだよな。元々魔物だったのか?」
「そうだけど、それだけじゃないよ?」
「だねー。今もいるのかなー?」
「あの人は、ちょっと苦手かなー」
魔族じゃなくて、魔物に会話が通用する存在がいるってことか?
「特級」のことだろうか?
「その人のことは、何て呼べばいいんだ?」
「うーん……悪魔さん、だったかな?」
なんというベタな。
人型の魔物がいるとは聞いてるけど、悪魔というカテゴリはどうなんだ?
魔物なら飼ってますけどね。家畜として。
魔族の生い立ちも、元は魔物ということは聞いたことがある話だし。
色々な要素を考えると、魔物っていうのは、全部が全部、人類種にとって「悪」とは言い難い気がしてならんのだよなぁ。
本能的な部分で、争いが避けられる相手ではないことは確かなんだが。
いずれ真剣に考える機会が出てくるかもしれないが、今話すべきことはそこじゃなかった。
「えっと、フェアリー族も食事や住処は必要、だよな?」
フェアリー族は人類種である、というのは間違っていないはずだ。
だとすれば、彼女達にも衣食住は与えないといけないわけだが、その対価の問題なのだ。
「俺はお前らを保護するつもりではいるけども、何かしらの仕事はしてもらいたい。そこで何が出来るのか、聞いておきたいんだが……言ってる意味、わかるか?」
「はたらかざるもの!」
「くうべからず!」
「はたらけにーと!」
「ただめしぐらい!」
よく分かってるじゃないか。一部おかしいが、その辺は突っ込んだら負けだ。
で、何が出来るん?
「私たちができることはあんまりないよー」
「細かい作業ならお手の物ー」
「精霊さんにお願いもできるよー」
「おにーさんの近くなら、精霊さんいっぱいいるからだいじょーぶ!」
「精霊さんができることなら、お願いしちゃえばいいじゃない!」
「オーケーだいたい理解した。俺が頑張って考える。あとお前ら、一斉に俺に触って来るの禁止な」
えー、とか、やだー、とかいう声が聞こえるのは無視する。
間接的にではあるが、何も出来ないということはないようだ。
パリィのステータス通り、器用さと魔力が活かせるような仕事がベターかな……織物や裁縫関係か、丁度いいっちゃ丁度いいが。
精霊にお願い出来るというアドバンテージもあるし、性格を除けば何とかなりそうだ。その性格が大問題になりそうではあるが。
(この子たちはお馬鹿さんだけど、お仕事は出来る子。多分)
(なんとかなるよ。多分)
妖精に「多分」とか言われるフェアリー族って、人類種としてやっぱりどうかと思う。
とりあえずユーリや役場の人たちにも意見を聞いてみて、それからかなぁ。
最右翼は、拠点で培った繊維技術の活用だけども。
あそこで育てた蚕や、住み着いた蜘蛛は元気にしてるかな。餌になりそうなものは置いて来たけど。
いずれまた行く機会もあるかな?
◆◆
もうじき日が暮れる。
ヴリテクトの見立てによれば、集団での移動となると、森から出るまで最低でも4~5日はかかるとのことだ。
行進速度自体は想定より速いのだが、里という拠点を持って生活していたエルフ族は、野営というものに慣れていない。
回数をこなせば野営にも慣れるだろうが、慣れる前にフィナール領に辿り着くだろう。まあ数日の我慢だ。
流石に拠点を置いたときのように広場を作るわけにはいかないが、土木工事はお手の物。リリーナやフランも慣れた手順で道を均し、テントを建てるスペースを作る。
野営の準備において、意外と役に立っているのが、フェアリー族だったりする。
恐らく精霊にお願いをしているのだろう、自分たちのテントを作るついでに、エルフ族のテントを立てる手伝いをしている。
手を使わずにテントを張る姿は、魔法という概念がない世界の出身としては、物凄くシュールなのだが。
一番おかしいのが、3分で携帯用コテージを立ててしまう俺だったりするので、これっぽっちも言えた立場ではないけどね。全部【工程短縮】が悪い。便利だからいいけど。
ぶっちゃけ全部俺が立てちゃうのが早いような気がするのだが、エルがそれをよしとしなかった。
「わしらはこれから新天地に向かうのじゃて。自分のこた、自分でせにゃならんでなぁ」
ここまで来れば俺も帰りを急ぐ理由はあまりない。
エルの言うことも一理あるように思えるし、時として苦労というのは実感に繋がるものである。
それじゃあ飯でも作ろうかと思ったら、既にリリーナが何やら作業を始めており、フランが火や鍋の準備をしていた。
俺もやるかと思ったが、「いいから寝てろ!」と異口同音で言われてしまった。解せぬ。
『嬢ちゃん達にやらせてあげな。あの子達も、ダンナの役に立ちたいんだよ』
「飛ばされてから、随分と助けてもらってるんだけどな。あの二人にも」
『そうは言うけど、うちの嬢ちゃんはダンナのピンチに、力になれなかったのが悔しいみたいでねぇ。ダンナはアタシの上で寝てりゃいいのさ』
『こっちのお嬢も似たようなもんでさぁ。ナリは随分大人になりやしたが……』
まだまだ子供、といえばそうなのだろう。
当たり前だ。誕生日がいつかは知らないが、まだ10歳にもならない歳で、王族という生まれはあるにせよ、本当によく頑張ったと思う。
『多分ダンナは、ちょっと勘違いしてるんじゃ?』
「勘違い?」
『そうだねェ。よく我慢したとか、そう思ってるんなら、ダンナもまだまだだねェ』
半神とはいえ精霊獣に人の機微についてダメ出しされた。泣ける。
『うちのお嬢は、旦那やリリーナ嬢との生活が楽しかったみてぇですぜ。アッシが言うのは、ちっとマナー違反ですが』
『余計なことを言うんじゃないよ!』
『同じ雄としてのよしみでさぁ。こんくらい、いいでしょうが』
何だろう、微妙にガルムとリュタンの力関係を垣間見た気がする。
それはともかく、何かおかしいと思ってたら、そういうことか。
うーん……こればっかりは、俺から言えることって、あんまりないんだよな。いつまでもこの生活を続けるわけにはいかなかったし。
打算的なことを考えちゃうと、王族なんて捨てて俺の元へ来い、なんて言えないし。
小さい男だと言われても仕方ない。なんとも情けないことではあるけども、今すぐ来いとは言えない。
今出来ること……強いて言えば、そうだな。
「リリーナ、フラン、ちょっと話がある」
食事を終えたところで、片付けようとした二人を呼び止める。
てか俺をいつまでも病人扱いするなし。状態的には瀕死らしいけど、日常生活が送れるくらいには回復したし。
走ったりするのは、まだちょっと無理っぽいけど。
「どうしたの?改まっちゃってるみたいだけど」
互いに目を合わせた後に、リリーナが口を開いた。
そんな態度に見えただろうか?別に構えることでもないんだが。
「いや、なんだ。今更言うのもアレなんだが」
「ステータスのことか?無論、他言するつもりはないのだ。上がってしまったものを隠すのは難しいが、ゼンが関与していることは父上にも話すつもりはないのだ!」
フランの言っていることは、【変化之理】のことだ。
これについては、【擬態】で誤魔化すことも考えたのだが、元のステータスが高いフランならともかく、リリーナについては誤魔化しきるのは不可能だと判断した。
魔法だけならば誤魔化しようもあるだろうが、それ以外の部分は特別優れていたとは言い難いし、訓練を受けていたわけでもない。どうやっても日常生活の中で不自然な部分が出てくるだろう。
なので、成長値の部分だけ、元の数値に【擬態】をかけておき、得たパラメータやスキルについてはそのままにする、という方針で決めていた。
エルの【人物鑑定】のような特殊な方法でもない限り、ステータスは「S」までしか出てこないのだ。それ以上の評価が存在しないのだから、「生きるために必死だった」という説明で済ませてしまえ。という強引な方法を取ることにした。
勿論俺もある程度のフォローはするつもりでいるし、カルローゼ王とアルバリシア帝には直接会って話をする予定だ。
両国のトップにそう気軽に会えるものとは思ってないが、事情が事情なだけに、あちらも聞きたいことが色々とあるだろう。そこはそれほど心配していない。
「それはもう伝えてあることだし、二人とも信用してる。話したいのはそれ以外のことだ」
「それ以外?ゼン様がシツネ様と同じだってこととか?」
「え。どこで聞いたんだ、そんな話」
「森の主とそんな話、してなかったっけ?」
「リリーナよ……狸寝入りしていたことがバレたではないか!」
迂闊なことをした……まさか寝たフリだったとは。
ま、まあ、そのことは二人に知られても今更、という気がする。
念のために途中で【思考対話】に切り替えといて良かった。そっちの方も、別に知られてもいい気がしないでもないのだが。
「まあ、うん。そこは正しいのかどうか、分からんけどな。証明のしようがないし、俺は常々先祖返りじゃないと公言してるし」
「でもシツネ様を超えるってことは、少なくともゼン様は勇者以上になるってことだよね」
「俺はシツネ・ミナモが何をしたのか、よう知らんのだけどな。てか全部聞いてたんかい」
リリーナが舌をちろっと出してそっぽを向いた。可愛いなおい。
ま、いずれにせよそれも問題ない。逆に知っててくれた方がいいことなのかもしれない。俺の力の異常さを補足する意味でも、それを伝えてくれたほうが説明しやすいかもしれないし。
「それも帰ったら伝えちゃっていいよ。信じるかどうかはまた別の話だし」
「そうだねー。私たちは納得したんだけど」
「父上や母上ならば信じるであろうが、ゼンを知らぬ者ならば、信じられなくても仕方のないことなのだ」
よく分かってるじゃないか。なら俺から付け加えることもない。
本題に入ろう。
「まあ、なんだ。本当に今更なんだがな……」
姿勢を正し、正座をして、拳を地に着け、一礼。
二人とも慌てているようだが、構うものか。
「二人が一緒に居てくれて、良かった。巻き込んだ、巻き込まれたなんて関係ない。君たちが居てくれたからこそ、俺の目的に近づけたこともある。色々不便をさせたと思う。辛いこともあったと思う。でも――」
顔を上げ、一言。
「楽しかった日々に、共に生きた二人に、感謝を。ありがとう」
素直に笑って言えること。「約束」出来ることを伝えよう。
「また、学園で会おう。だいたい一年後かな?」
◆◆◆
泣いてしまったのは、妾が先だったか、リリーナが先だったか。
まったく、ゼンは最高の男だ。モノにするつもりだったが、モノにならねばならんのは間違いない。
あのような台詞、誑しにも程があるというものよ。
あの頃から少しも変わっておらん。見た目は少し変わってしまったが、ゼンの本質は不変のようだ。
「ほんに、ええ男じゃてのぅ」
妾らの反応を見た途端におろおろとしだしたゼンを、この場から辞させたのはエルフの長だった。
一年ほど前に、同じことをした覚えがある。そう思うと、妾らが成長したのかどうか、悩ましい。
そう思うと少し胸が痛むが、あのゼンから、「また」と言ってきたのだ。
これほど嬉しいことはない。
「まあ、ぬしゃらは帰国するのじゃろうが、わしはゼンの近くに住まうことになるでのぅ」
エルフの長の発言に、妾とリリーナの動きがピタリと止まる。
この長は、言動と年齢にそぐわず、非常に美しいエルフなのだ。既に何十人という子を成したというが、ゼンからすれば大したことではないのではないか?
妾の美的感覚からしても、少々足りぬ部分はあるようだが、ゼンの好みとしてはどうだろうか。うむ、十分、対象となりえるだろう。
「盗ったりする気はないぞぇ?じゃが、つまみ食いくらいはよかろ?「あてがい」でもわしは構わぬでのう」
「それは……」
「無理だねー」
妾の決めることではない、と言いかけたところで、リリーナが涙をぬぐいながら否定した。
何故言い切れるのだ?
「ゼン様にはネリーさんって従者の人がいるから、その人に抜け駆けして……ってのは、無理だと思うんだ」
その名を聞いて、背筋に冷たいものが流れた気がした。
確かに。あのネリー殿であれば、ゼン自らがその気にならない限り、可能性は低い。
そもそもゼンに「あてがい」など必要あるものか?あの男にそんな女が要るとは思わん。
実際どんなものかは知らない。男には必要な女であるので、詮索はするなと母から聞かされているだけだ。
「そのネリーとやらは、従者である以上の存在なのかぇ?」
「ゼン様との関係は分かんないけど、凄く強くて、綺麗な猫人族の人。スタイルもいいし、羨ましい……」
「ほほう、どれほど強いのじゃ?」
リリーナめ、素が出たままではないか。
あの森の主の戦いの後でもそれなりに敬意を払っておったというのに。
それに将来は分からんぞ?妾は魔族、それも吸精種であるが故に成長が早いだけのことだ。
リリーナも人間族にしては成長が早い。体つきに対しては、十分なものが得られると妾の勘が言うておる。
さて、ネリー殿の強さがどれほど、か。
直接見聞きはしていないが、あの<厄災級>インビジサウルスを一人で蹴散らした、と聞く。
今ならば妾とて真似出来る気がするが、果たして差は縮まったのかどうか。
「ゼンの強さは異次元だとすれば、ネリー殿は規格外なのだ。神をも超える強さと、<厄災級>を一蹴する強さ。どう比較すればいいかわからんのだ!」
結局この程度くらいしか言いようがない。
ゼンもそうだが、ネリー殿も格が違いすぎて、比較のしようがない。
シャレット義母上も相当の強者であるが、ゼンとネリー殿の強さなど、何を以て測れば良いものか。
ステータスというものは存外当てにならんと知った以上、それに気に留めることがなくなってしまった。ゼンやネリー殿も、妾やリリーナと同様に、全て「S」には違いあるまい。
「ほうほう。ゼンにはそんこつ女がおるか。仲良くせねばのぅ」
エルは余裕めいた笑みを浮かべておるが、額に汗が浮かんでおるぞ?
流石にエルフ族といえど、<厄災級>を一蹴する実力を持つ者など、そうはおるまい。
しかし、そうか……ネリー殿の存在をすっかり忘れておった。
「リリーナよ、一つ思うのだが……」
「思った?私も今気付いちゃった……どうしよっか」
妾とリリーナは、ゼンに対してある種の協定を結んでいる。
その中でネリー殿に対してどう接していくか、完全に抜け落ちておった。
身分を考える者であれば、気にも留めまい。王族と平民の従者の差で押し切ろうとする者もいるだろう。
妾やリリーナもさほど気にしないが、ゼンはそれなりに分別があるらしい。もっとも、権力に屈するような男ではない。
そんなものはどうでもいいが、ネリー殿に嫌われるのは望ましくない。
あのゼンの隣に立てる、極めて稀有な存在なのだ。
それに、単純な勘に過ぎぬが、ネリー殿は怒らせては、ならん。
「学園にも、きっと入学してくる、よね」
「違いないのだ。接し方を、今から考えておかねばならぬのだ」
「お義父様と同じように、お義姉さまと呼んだ方がいいかな?」
「それも一つの手段であろうが、馴れ馴れしくないか?」
「そういえばまだお話したこともないし、初対面でまずどうするか、だよね。あ、まずフィナール領に行くんだから、もしかしてそこで会うことに……?」
これは真剣にリリーナと協議しておかねばならない案件だな。
よく考えれば、妾もネリー殿と直接の面識はない。
「のう、ぬしゃら。王族の娘と聞いておったが、そこまで深刻になることかぇ?」
「なることなのだ!」「なることなの!」
「そ、そうかえ。わしも、気をつけにゃ、ならぬかのう」
どうやらリリーナも妾と同じような印象をネリー殿に持っておるようだ。
あと3~4日もすれば、森を抜ける。それまでに、考えておかねばならぬな。
◆◆◆
「なんか、エルが仲介してくれて助かったけど、その後物凄い真剣に話し込んでるっぽいな。アレどうなってんの?なんかエルが引いてるんだけど」
聞こうと思えば聞けるけど、聞かない方がいい気がしてならない、リリーナとフランの真剣な……議論?
会話って感じじゃないんだよな。なんか作戦か何か、立ててるような。
ガルムとリュタンに聞いてみたら、そっと目を逸らされたし。
『あっしから言えることはねぇでさぁ。お嬢の気持ちは分かりやすから……』
『コテンパンにされてたからねェ。アタイもノーコメントさ……』
なんか、分かっちゃった。
[三頭犬]のガルムと、同じ精霊獣のリュタン。
で、真剣な討論をしてる二人、と。うん、聞かない方がいいね!知らない方が幸せなこともあるよね!
そんなことを考えていると、俺の傍にイケメン二人がやってきた。
「ゼン殿、疲れはないか?流石に今のゼン殿に、女子をあてがうことはせぬが、我らに出来ることはないか?」
いらん仕切りに定評があるイケメンこと、ジル。
「姫君に何かあってはならんからな。我らとて分別はあるぞ。今の姫君も相当魅力的だが、愛でる程度に収めなきゃダメだろ、流石に」
残念すぎるほうのイケメンこと、ディース。
こいつらどっちも根はいい奴なんだが、常に貞操の危機を感じるんだよなあ。
今は身体が退行しているという、成長期にあるまじき状態になっているから、ある意味助かっているけども。あと、損傷中の関係で、あんまし動けないってことも理解してるみたいだし。
物凄く今更だが、本当にエルフ族を母さんの領地に入れていいものかと悩む。実際に危機感を感じてるのは、俺の方なんだけど。
ところでこの二人、中身は知らないが、本当によく似てるんだよな。
美形揃いのエルフ族だけど、顔の造りはどことなくみんな似てる理由ははっきりしてる。でも、これほどよく似てるのはこの二人くらいではなかろうか。
「まず俺男だから。その姫君ってのは本当にやめろ。俺の住んでる土地でも似たようなことになってるところもあるから本当にやめろ。で、今更だけどさ、ジルとディースって、兄弟だったりする?」
「言わなかったか?私とディースは双子の兄弟になるのだが」
「一応、俺の方が後に産まれたから、ジルの弟ってことになるが」
「へえ……双子か。大変だったんじゃないの?」
何気なく聞いた俺は、どうやら地雷を踏んだらしい。
「我々が産まれてからすぐに母は亡くなってしまってな。助産婦から聞いた話になるのだが」
事もなしにジルが答えてくれた。少し目を細めているところを見ると、聞くべきではなかったと後悔した。
「長老様が乳母として育ててくれたからな。実の母は亡くなっちまったけど、長老様が親代わりをしてくれたし、そう悲劇ってわけでもないのさ。あの里の中じゃ、よくある話だったからな」
「だから、こうして外界に出られるようになったことは、感謝している。それに今のゼン殿は希少種だ。幾度の危機を救ってきたそんな存在が、過去最大級の救いを成し遂げてくれた。エルフ族として、ゼン殿には感謝してもしきれない。受け入れ先も用意してくれているともなれば、我々はゼン殿のために、命をかけて仕えるつもりでいる」
「ま、全てのエルフ族がそうするって決めたわけじゃない。そこのところは姫ぎ「やめろ」……みも勘弁してくれ。少なくとも半数以上はそのつもりでいるからな」
半数以上か。100人と考えても……十分だな。
あと姫君は許さんから。次から言ったらお前のこと変態って呼ぶから。言い切ったその根性だけは認めるが、それ間違った方向だから。
「その残り半数も、新天地で生活することには前向きなんだろ?だったらそれでいいさ。振れる仕事はいくらでもあるだろうし」
贅沢な悩みだが、優秀なエルフ族ならある程度何でも器用にこなすだろう。
交渉事に当たるには、対外経験が低すぎるし、官吏としてすぐに採用するにしても、まず外の生活に慣れることから始めてもらう必要がある。
今のフィナール領は、人材がいくらあっても足りないはずだ。幅広く活躍出来そうなエルフ族は、一点突破のフェアリー族とは逆の意味で何をさせるか悩ましい。
そうだな、少し視点を変えよう。
今のエルフ族に本当にしてもらいたいこと、それは、エルフ族を増やすことだ。彼ら彼女らの本懐はそこにあるはずだ。
【人物鑑定】を持つエルをトップに据えて、ハーフエルフ・クォーターエルフを多く集め、見合いでもさせてみようか。
集める手段はある。母さんの名声と、フィナール領の繁栄。或いは既に、いくらか領民になっているかもしれない。
エルにはその統計の仕事を任せて、他のエルフ族は能力を活かせるような仕事を振りつつ、産まれ増やせよの精神でやってもらうとするか。
フェアリー族の名付けもしてやらにゃならんし、各個人と面接して、汎用能力を把握するのが俺の仕事かな。
やりたいことが見つかればそれでいい。
悩むなら俺が適正を見てやればいい。
あくまで本人の自主性を尊重する方針を採りたいところだな。
ああ、ハードワークになりそうだなぁ。戻ってから、休み、取れるんだろうか?
◆◆
出発してから5日目、ようやく森から外に出られた。
フェアリー族はいつも通りだが、エルフ族は感慨深い表情を浮かべている。
出た場所の[座標確認]をすると、間違いなくフィナール領であることがわかる。
ヴリテクト、ガルム、リュタンとはちょっと前に別れた。
リリーナとフランはちょっと寂しそうだったが、分身である子犬と子猫で大分緩和されたようだ。
俺にはよく分からない感覚になるのだが、彼女達からすると、間違いなくガルムとリュタンであるらしい。えっと、俺の召喚獣のはずなんだけど。
羊のヴリテクトもそうなのだが、子犬のガルム・子猫のリュタンは【念話】が通じない。
それでも二人はある程度意思疎通が出来るようらしい。まあ、これが普通なんだろうな。
遠くに数十人の人影が見える。その中には、懐かしい気配を感じる。
一つの影が超速度でこちらに近づくと、すくざま2つの影も駆け出した。
残りもまた、バタバタとしながら、近づいて来ているようだ。
てかネリー速い!速いよ!
何やら鬼気迫る表情を浮かべているのは何ゆえ?あ、そうだった。
「えっと、外見については、後でな」
「しっかりと聞かせて頂きます」
いやいや、その前にやることあるだろ。
すぐに父さんや母さんも追いついてきた。母さんの息が切れ気味だ。歳……いや、やめとこう。母さんの目が光った気がした。
母さんは代表するように、一歩俺に近づいて来た。
「母さん、父さん、ネリー」
三人は、俺の言葉を待っている。
「……ただいま」
「おかえりなさい。ゼン」
母さんの染み渡るような言葉に、この一年あまりのことを思い出す。
状態異常を受けて苦労したこともあった。
リリーナ達との共同生活で、多くのハプニングや、予想外の出来事もあった。
エルフ族やフェアリー族のこともあった。神獣ヴリテクトのこともあった。
何より本当に死に掛けた。その理由が相手にあるんじゃなくて、自業自得と呼べないこともないのが何とも言えないが。
現在進行形で抱えている問題は数々残っている。
それでもこうして帰ってこれたことを安堵し……母さんに身を委ねるようにして、意識を半ば失いつつあった。
やはりまだ、損傷中による瀕死状態は治りきっていなかったのだろう。
でも、これくらいは許される、よ、な。
俺が倒れたことに周囲は驚いたようだが、その表情を見て安堵したらしい。
とても満足そうな寝顔だったというのだから。
ようやく帰還出来ました。
あと2~3話くらいで終われれば。
書ききれなかったことは、閑話扱いで、またいずれ。




