神族への挑戦
難産でした。
結果は決まっていたのですが、戦闘描写はやはり苦手です。
静かにゼンは立ち上がると、ヴリテクトの正面に移動する。
その際にエルの姿を確認すると、
「リリーナ、フラン。ここから離れろ。ガルムとリュタンもだ。エルと一緒に待ってろ」
リリーナとフランに神域の外に出るように呼びかける。その声に応じ、ヴリテクトに寄った二人の身が離れる。
「エルが居るところまでは、影響はない。ちょっと時間がかかるかもしれないが、これが済めば、晴れて帰国となりそうだぞ?」
わざとらしく明るく振舞うゼンに、思わずリリーナが溢す。
「……あんまり、嬉しくないね」
「悔しいが、仕方ないのだ。魔法も魔術も使えぬ妾らでは、足手まといにしかならぬのだ」
ゼンは戦うことを明言していない。
だが、その覚悟は明らか。
「帰りたいなんて、言ってないんだけどなー」
そんなリリーナの呟きにフランも頷く。
帰りたくないわけではない。国や両親のことを忘れたわけでもない。
それでもゼンとの生活は、二人にとって、とても充実した日々であった。
王女という肩書きもなく、帝位という序列も無く。
野を駆け、畑を耕し、筆を取り。洗濯をして、料理をして、共に寝る。
元より仮初の生活。それは二人にも分かっていたこと。
「最後までゼン頼り、なのだな」
フランの歩みは遅い。
自分たちは確かに強くなった。ゼンには遥かに及ぶまいが、この森で狩猟出来る人類がどれほどいるものか。
それでもなお、この森の主相手には、手が出せる領域にない。
天才と持て囃され、決して驕ることなく、あの姿と共に在りたいと願った。
その願いが叶う日は、果たして訪れるのだろうか?
そんなフランの背中を、リリーナが軽く両手で押す。
「フランちゃん。ここで私たちが出来ることって、ほとんどないの。でもね、出来ることはあると思うんだ」
「……出来ること?」
「見守ること」
リリーナの答えに、思わず振り返る。
作り笑いを浮かべた表情に、唇を噛む。
「今はまだ、それくらいしか出来ないけれど、いつかゼン様に恩返し出来るように」
リリーナはフラン以上に自身の無力を嘆いていた。
自分は戦う術を学ぶ立場ではなかった。それは十分理解している。
飾らない天才に嫉妬もした。ただの姫に過ぎない自分と違う、特別な存在。
だからこそ、フランとはまた違った視点を持つことが出来た。
ゼンの視点の高さには及ばないが、まだ一桁の年齢とは思えぬ、先を視る視点の高さを持てた。
「私たちも、ゼン様も、これから、だよ。だから、ゼン様なら大丈夫!」
「これから、か」
「うん。ゼン様はもっと遠くに行っちゃう人だと思う。私たちだって、これから色々あると思う。だから、これから」
この戦いが終われば、一度は終わるもの。
だが、それから先は?
リリーナもフランも、王族としての生活に戻る。そこからどの様に変化していくか。
先のことなど、誰にも分かりはしない。だからリリーナは「これから」を強調する。
「楽しいことばかりじゃないと思う。けどね、私もフランちゃんも、まだまだこれから、だよ」
「……そうか、そうなのだな、うむ」
「特に身長!あと胸とか、腰とか、お尻とか!」
そう言って笑うリリーナの表情は、先程より少し自然に写った。
「……っ!お、おおう、娘っ子よ。奇遇じゃてのぅ」
「流石に無理があると思うのだ!」
神域から出た二人と二匹を見つけたエルの言葉に、フランがツっこんだ。
それらを軽くスルーしたリリーナが状況の説明をする。
「長老様。ここから先は、森の主の領域になるようです。外部からは見えない細工をしているのでしょう」
「なるほどのぅ。して、ゼンは?」
「森の主と、一騎打ちかと」
リリーナの端的な回答に、エルはその場に崩れ落ちた。
里にいるエルフの反対を押し切って行動したが、既に運命のダイスは転がってしまったのだ。
【予知】で視た未来は変えられなかった。最早結果を待つことしか出来ない。あの少年が森の主を殺す。これは避けられぬ未来だったのだ――。
「もっとも、結果はどうなることか」
「うむ。ゼンが負けるとは思わんのだが……ゼンだからのう」
当然だが、エルが視た未来のことは二人は知らない。
それでも心配している素振りや、緊張感がまるで感じられない、というのはおかしいように思える。
「ぬしゃら、怖くはないかえ?」
エルの問いかけに二人がお互いを見る。
その両脇でリュタンが毛繕いし、ガルムの頭の1つが欠伸をしている。
守護獣二匹については、これでも割と真面目に索敵や警戒をしているのだが、神域から離れたことで二人の安全は確保されたと思っている。
伊達にこの森で生き抜いてきたわけではない。二匹の守護獣は、守護すべき存在の実力を、正しく評価出来ている。
やがて口を開いたのは、フランの方だった。
「長よ。確かに森の主は人知の及ぶ力の持ち主ではなかろう。だが、ゼンもまた同じ存在なのだ。勝敗は妾らが知るところではないのだが、いずれにしろ結末は予測するだけ無駄なのだ」
「はぇ?」
「ゼンのことなのだ。予期せぬ方向に進むに違いないのだ!」
思わず間抜けな返事をしたエルに、リリーナが畳み掛ける。
「ゼン様については、全く心配しておりません。長老様の懸念がどちらにあるか分かりかねますが、悲観なされるようなことは、ないように思います」
図星を突かれたような言葉に、呆然とするエル。
「強いて言えば……ここからゼン様の活躍を見られないのは、残念に思います」
「ぬしゃらの神経はどうなっとるんかのぅ……」
勝ち負けについては全く心配していないリリーナだったが、戦いを見守るつもりが、神域から出たことによって叶わなくなるとは思っていなかった。
ちょっとだけ、フランにキメ顔して見せたのを後悔するリリーナであった。
◆◆◆
ヴリテクトから少し離れて、俺が取り出した得物は長刀とブロックガン。
元々腰に刺しておいたコアブレイクも使うことになるだろう。
近距離戦になることは確実。弓を引く時間はなさそうだ。
「ここじゃ魔術も使えそうにないし、武装くらいする時間は貰ってもいいよな?」
『良かろう。だが、神域の中で戦うつもりか?」
その言葉に逡巡したものの、神域から出て戦えば、森に被害が出ることは避けられない。
それにこの神域は、木々に囲まれてはいるものの、基本的には平地。
あのもこもこした巨体で、どう森を動くのかは興味があるが、元は蛇には違いない。
となれば、魔術が使えないにしろ、足を取られない平地の方がマシだろう。
「どちらにしろ都合は良くなさそうだし、ここでやろうか」
ハーフプレートアーマーを着込みつつ、鎧の中にポーションを仕込む。
[治癒魔術]が使えないハンデは、【精霊魔法】で補えない部分になる。
非常に応用が利く【精霊魔法】だが、消費する魔力量の効率や、威力の加減など、魔術に劣る部分も相応にある。
[天法術]や[冥法術]で得られる、[幻覚]や[睡眠]といった効果に応用することは出来ないし、[治癒魔術]のように傷を癒やしたりすることも難しい。
単純な自己強化という点では、魔術より高い効果が得られるのだが、こればっかりは仕方ない。いずれにせよ即死には耐えられんし。
実際にポーションを服用している暇があるとは思わんが、ぶっ掛けるくらいは出来るだろう。
半身になり、両手で長刀を構える。
片手でも扱えるように少し短めに仕立ててはいるが、基本的には両手で持つ得物だ。
長刀だけで戦うわけではないが、ヴリテクトのようなサイズであれば、長柄のものを使う以外選択肢はない。
空気が変わっていく。少しずつ張り詰る、緊張感。
魔素の無い独特の空気が、神界の修行を思い出させる。
もっと大きい相手と戦ったこともある。彼我の戦力差に絶望したこともある。
こうしてヴリテクトと対峙すると、分かることがある。
神界での訓練はあくまで訓練。俺は異世界に来て、今この瞬間、初めて生死を賭けた真剣勝負をしているのだと。
ヴリテクトには感謝を。神獣としての誇りを尊ぼう。真っ向正面からの戦いを良しとした、その心意気に応えよう。
だから今は、ただ全力を尽くす。
「ひとまず、全てを忘れよう。お前と戦う。そして勝つ」
『我とて負けぬ。神の誇り、全ての力を、ここに』
念じる。
火よ、炎よ。我が身に依り、その熱を貸せ。
敵を焦がし、焼き尽くせ。
(青き火は俺に!黒き火は敵に!燃えろ!)
「行くぞ!神獣ヴリテクトォッ!」
「ガァァッッッ!」
初撃は、【精霊魔法】による発火。
今まで声を発しなかったヴリテクトが、蛇頭で奇声を発した。
次の瞬間、ヴリテクトの体を横切るように走り抜ける。
斬りつけた感覚は――硬い!
ついさっきまであれだけ柔らかかった毛が、ハリネズミのように逆立っていた。
先制した【精霊魔法】で多少は焦がしたと思いたいが、効いてる感じがしない。
種族特性による[硬化]か、あるいは別の種族特性かは不明だが、考えている暇はない。
「シャッ!」
2つの蛇頭が凄まじい速度でこちらを捉えに来る。捕まったら締め殺される!
迎撃?いや、せめて1対1に!
「来いッ!」
【精霊魔法】で即席の小さな土壁を空中に生み出す。
蛇頭の1つが、突然現れた壁にぶつかりたたらを踏む。
もう1つは、迎え撃つ!
僅か一呼吸の間に、走り抜けた距離を詰められたことに驚くが、これくらいはやるだろうさ!
「シッ!」
蛇頭をかち上げるように、下から切りつける。
手応えはあるが、重い!刃を引いても斬れる気がしない!
瞬時【一騎当千】を使って、持ち上げるように長刀を振り上げる。
斬れる手応えが無かった。首を落とすつもりが、そう簡単には行かないらしい。
追撃の切り落としに入ろうとしたところで、土壁に突っ込んだ頭が視界に入った。頭同士で連携するのか?ならばそちらを!
下から打ち上げた勢いそのままに、迫り来るもう1つの首を切り落とす!
「シャアっ!」
裂帛の気迫を込め、身体ごと巻き打ちを試みる。
外せば必死。しかし、体格差を考えれば、軽い一撃では到底足りない。
引いた刃から感じる。僅かではあるが、斬れた。その感触はあった。
だがその感触を確かめる暇はない、体重移動をそのままに、身体を捻り、長刀から手を離し――跳ぶ!
「グルァァァァッ!」
俺が居た場所に、残る1つの頭から凄まじい数と勢いの石つぶてが飛んできた。
土のブレスとでも言うべきか?あれが直撃したらただでは済むまい。
空中で長刀を右手でキャッチ、続けて土壁を空中に展開。それを足場に、更に跳ぶ。
左手にはブロックガン。狙わずとも当たる。
三点射。
マガジンに込められた炸裂弾が、ヴリテクトの巨体に突き刺さる。
ダメージは――いや、体勢を整えろ!
側宙の要領で身体を回転させ、地上に着地。一瞬の呼吸とともに、ブロックガンを腰に戻して再突撃。
ただし、今度は【精霊魔法】の種類を変える。
(水は凍る。その冷気を敵に!)
初撃は【精霊魔法】による発火だったのだが、いかにも燃えそうな毛をしておきながら、あまり効果がなかった。
であれば次に試すのは、蛇の特性を考えた、温度を奪う、凝固。
大気中の水分を一気に凍らせる!
「――!」
声にならない咆哮が聞こえる。効いている?
だがこちらも動きが鈍い。この咆哮、もしや【威圧】か?
ならば気合で跳ね返せ!
「はあっ!」
右足を一歩、力強く踏み出し、こちらも【威圧】を使う。
加減なんてしていない、全力だ。自分の身体に、反応が戻ったのが分かる。
そのまま、巨体から飛び出たコウモリのような翼を狙い、駆けぬけ――斬!
挙がった小さな悲鳴と、残らない手応え。斬れた、はずだ。
成果を確認する必要はない。動きが止まっている今が好機――ッ!
ヤバいっ!
振り向く瞬間を狙われたブレスが、目前。
迷うことなく、【精霊魔法】で土壁を作り出すが、瞬きするほどしか持たなかった。
それでも立て続けに作り出した風の勢いで、無理矢理横に身体をズラして回避する。そこを更に頭が狙って来た。
対して迎撃は、ブロックガン。開けた口の中に炸裂弾を撃ち込む!
「ギャアアァッ!!」
さすがに少なくないダメージを与えたらしく、巨体ごと僅かに後退したように見える。
だが楽観は出来そうにない。炸裂弾の直撃を受けた頭は吹き飛んだが、目に見えて再生し始めている。
これが【活身者】の効果か?生命力は戦前より低下していると思うが、欠損部位の再生がこれほど早いとなると、厳しいな。
じっくり観察している暇はない。このまま戦い続けて不利なのは、俺の方だ。
既に【一騎当千】は使ってしまっている。あと何回かは使えるだろうが、この僅かな時間の攻防で、どれほど自分に負担を掛けたことか。
あくまで自分の感覚に頼る他ないが、【一騎当千】が切れた瞬間、負担が一気にやって来るだろう。
思えばヴリテクトの【威圧】のせいと判断した反応の鈍さ。あれは自身の限界を超えたせいかもしれない。
やはり厳しい。だが――ッ!
「痛ッ!」
思考に気を取られたせいか、遠距離からやや狙いを外したブレスに、反応が遅れた。
ギリギリ横に転がり込むように避けたつもりだったが、右足の脛辺りに石つぶてが掠ったようだ。
致命傷ではない。だが足を負傷した意味は大きい。
実力差に加え、この体格差。機動力を失えば、あっという間に食い殺されるか、絞め殺されるだろう。
ブロックガンのグリップを切り替え、炸裂弾から貫通弾に換装。巨体に向けて、三点射。
身体が大きい分、炸裂弾より深く傷が付いたようだが、ダメージ的には同じくらいか?
いや、どうやら異物が中に入り込んだ分、やや貫通弾の方が身体部分には効き目があるようだ。再生が頭よりやや遅いような気がする。
どちらにせよ決定打にはならないが、貴重な時間を稼ぐことに成功した。
鎧の中に仕込んでおいたポーションを、負傷部分に投げつける。
乱暴なやり方だが、元より大きな負傷ではない。割れて漏れた分で十分回復する。
痛みとともに感覚が戻ったところで、跳ぶように姿勢を整える。
神界で戦ってきた擬似魔物とは桁外れの強さ。
流石にホウセンより強いとは思わないが、それでも神族には変わりない。
ヴリテクトのステータスを考えると、今の俺ではそれだけで強敵と言えるが、更に厄介なのが、その種族の特性にある。
何故神族が不死なのか。
それは「生命体でありながら、精霊体を持つ」という、矛盾した存在だからだ。
単純に言えば、今ここでヴリテクトの身体を、最大規模の【精霊魔法】で破壊したとしても、精霊体としてのヴリテクトは残ってしまう。
そうなると、精霊体からの攻撃手段を持っていれば、という仮定はあるにせよ、ヴリテクトの方が絶対有利だ。
【精霊体化】を使う、という手段もあるといえばあるのだが、俺もその状態では攻撃手段が限られる。
つまるところ、戦う前から分かっていたことではあるが――。
神とか殺すの無理!
つまりはそういうことである。うん、知ってた。
この特性が、地上神であるヴリテクトにも適応するかどうか、試してみないと分からない。
試すために戦っている、ということもあるが相当リスクが高い。ヴリテクトが持つ唯一能力のこともある。
非常に難儀なことだが、生命体と精霊体、同時に殺す以外、神相手に勝つ方法は無いのだ。
これを成すには、コアブレイクでヴリテクトに止めを刺す他ない。
だが、【活身者】の再生力や、弱点らしき場所を考えると、難易度は凄まじく高い。
神族同士の勝負。或いは【世界之理】から外れた存在であれば、これに固執せずとも問題は無いのだが……。
そこまで考えた時に、ある考えが浮かぶ。
有り得る、だろうか?
そもそも俺は【理外進化】や【次元干渉】という、理を無視するスキルを持っている。
これを持ってるから勝てる、などという楽観的な考えが浮かんだわけではない。
だが、やる価値はあるかもしれない。いずれにせよ、使わざるを得ないものがある。
このまま続けて戦況が好転する理由はない。
ならば、使うべきだ。
使うスキルは2つ。
一旦距離を取るために、ジリジリと後退する。
下がりながらもブロックガンのトリガーを引く。貫通弾のマガジンが尽き、炸裂弾を放つ。
早い段階では効き目もあったが、あの巨体相手に銃の1発や2発、再生付きであれば尚更、致命傷にはなり得ない。
長刀を[空間箱]に収納する。
【精霊体化】を使う以上、使える武器は神具であるブロックガンとコアブレイクだけ。
鎧も脱いだ方がいいが、流石に脱いでる時間が無い。【精霊体化】を使えば勝手に脱げるはずなので、あとで回収……出来ればいいなと思う。
牽制の銃撃も効果がなくなってきた。炸裂弾のマガジンも、あと僅か。
本音は、やりたくない。
でも、やるしかないのだ。
対神族。制限された身体。魔術使用不可。
これらのハンデを、全て覆す、可能性の一手。
蛇頭が迫る。その瞬間、【精霊体化】で自身を精霊体へ変化させる。
肉体を持たないが故に、攻撃が通り抜ける。それは想定内。
ここからどうなるか、相当怪しい部分もある。どれほどの反動があるかも不明だ。最悪、元に戻れなくなる可能性もゼロじゃない。
だがまあ、死にはしないだろう。いや、こんなところで死ぬわけにはいかない。
奴を呼ぶ。全ては、勝つために。
「来いッ!デビモォォォォスッ!!」
◆◆◆
ヴリテクトは戦いの中で奇妙な手応えを感じていた。
ゼンは確かに強い。だが、本調子ではないと言っていたが、それでも感じ取れた強さより、格段落ちる。
魔素の無い中で魔力による攻撃を行ってきたことは驚きだが、精霊を利用しているのであろうと察することは出来た。
金属による遠距離攻撃も強烈で、頭が一度吹き飛ばされた。だが、脅威という程でもない。
戦闘技術だけで言えば、あの勇者より上かもしれない。仲間のサポートを受けながら、自分の頭を1つ潰すまで、相当な戦闘時間を費やした。
それに対して、ゼンはごく僅かな時間で、ヴリテクト自身の行動の拙さを突き、潰してきた。
強い。それでいて、不可解。
加減している素振りは無い。
それほどまでに、本調子には程遠いのか。
だとしても、やはり戦うべき機会であり――。
その噛み付きが外れたことに驚きは無い。
相手は過去最強の人類種。全て必殺の攻撃を放っている自覚はあるが、いずれ当たることを期待してのこと。
その攻撃が、回避されたわけでもなく、突き抜けた。
精霊を利用した幻術かと思ったが、ゼンの叫びが、その変化が、全てを否定した。
先程までの、見た目は少女としか思えぬ幼い存在が、明らかな成人男性、竜人族とはまた違った翼を持つ、明らかに魔族の血を持つ美丈夫へと姿を変えた。
姿だけならば確実に別人。だが、間違いなく目の前にいるのはゼン、それは間違いない。だが、それとはまた別の存在も感じる。
見た目は全く似ていない。しかし奥底から流れ出る波長が、一人の王の姿を思い出させる。
『――魔王、か?』
『久しぶりだな、蛇野郎』
思わず問いかけたヴリテクトに、肯定の意が届く。
かつて単身、ヴリテクトの元へ殴りこみに来たその男。
魔王、デビモス=コウ。
ゼンは【精霊体化】によって精霊体化した自身を、【大魔鬼化】することを試みた。
元々ヴリテクトと戦うとすれば、【大魔鬼化】の使用は避けられないものと考えていた。
神族相手となれば、【限界突破】による博打よりも、【大魔鬼化】を使った変身の方が確実。
それに加えて【精霊体化】を使用したのは、これまでの経験と記憶の結果から導き出した、一つの可能性。
種族が異なるが故に、【大魔鬼化】との相性が悪いこと。
かつて神界で、ホウセンとデビモスが争っていたこと。
ガルムやリュタンが精霊獣から半神に変化したこと。
神族とは、生命体であり精霊体であるという、矛盾した存在であること。
【魔鬼神化】というスキルの存在のこと。
神族同士の争いには、神族の特性が効かないこと。
【限界突破】と【理外進化】。
少なくない時間を制御の訓練に費やした、【大魔鬼化】。
不確定要素が高く、今まで試そうとも思わなかった方法。
それでもゼンは、この戦いの突破口を開くべく、「魔鬼神デビモス」の降臨を試みた。
その最初の賭けには勝った。
しかし、運命のルーレットは、未だ回り続ける。
『コイツはオレを呼べるのに、いつまで経っても呼ぼうとしなかったからなァ……まあ、最初の獲物がオメーってことで、許してやろうかねェ。ハハッ!』
そう、ゼンは次の賭けには、半ば負けたと言っていい。
変身能力による、デビモスとの主導権争いに敗れたのだ。
常日頃のゼンならば勝てる公算は高かった。だが、意識と身体の不和を避けたゼンが、一歩退いてしまった。
ゼンの目論見通り、永続的に【魔鬼神化】が続くわけではない。
唯一能力である【魔鬼神化】は、それ相応に効果時間も短い。
本来であればほんの数分。だが、ゼンの能力が災いし、稼働時間はもっと長い。
ゼンが求める結末に届くかどうか。
それはこれからのヴリテクトの奮闘と、デビモスの気分次第であった。
『あんときの決着、今ここで付けるとすっか!』
デビモスは高揚した気分のまま、ヴリテクトに突撃を敢行する。
漆黒の翼を開き、文字通りに飛ぶ。
その場から跳躍し、滑空するだけで、平地の土が盛り上がる超速度。
攻撃方法はシンプルな体当たり。それだけで、ヴリテクトの巨体が宙を舞う。
『馬鹿げた!』
『コイツのせいでもあっから、よっ、と』
痛みが後からやって来る感覚。先程までのゼンの一撃とは桁外れどころか、次元が違う。
宙に浮いたヴリテクトの背後を、先回りしたデビモスが拳で落とす。
ただの振り下ろした拳。体格差も考えれば、有り得ないパワーで、ヴリテクトの巨体が地に沈む。
「ギャアアアッ!」
ヴリテクトが苦し紛れにブレスを放つ。
だがデビモスは翼で自分を包み込み、石つぶてをもろともしない。
漆黒の翼は汚れることするなく、全てを跳ね返す。
『おいおい、ブレスってのは、こうするんだぜ……って、この身体じゃ使えねえか。しゃーねえ、こっちだな』
包み込んだ翼を再度広げ、風を呼び込むように、舞う。
それだけで強烈な風の息吹がヴリテクトを襲う。
小さな、それでいて生半可ではない貫通力を持った竜巻が、凶悪な速度でヴリテクトの巨体を貫く。
「――ッッアアアッ!」
『派手に大穴開いたなァ!モロすぎんじゃね?オメー弱くなったんじゃね?』
嘲笑するデビモスに返事をする余裕は無い。
【魔闘気】を使い、自身の防御を固める。
だが、デビモスにとっては、無意味。
『そのまま埋まっちまいな!』
上空から急降下するデビモスの体当たりが、再度直撃。
力任せの単純な攻撃だが、漆黒の翼の効果も伴い、速度は先程の倍以上。
デビモスと比べても3倍近い巨体が、更に地面に沈む。
『おーおー、この翼便利だなァ。最初は何じゃコリャと思ったモンだが、コイツなら「地獄の口」から「希望の果て」まで半刻くらいでいけるんじゃねーか?』
デビモスの言う「地獄の口」と「希望の果て」とは、デビモスの生きた時代の、西の果ての呼び名と東の果ての呼び名。
大陸を1時間もかからず横断出来るという速度。即ち、意味そのままに「音速」で飛べるということ。低空を全速で飛べば、それだけで強烈な衝撃波を襲うだろう。
生前の姿と全く異なることに違和感はない。厳密には、慣れた、というべきである。
【大魔鬼化】にしろ【魔鬼神化】にしろ、あくまでゼンが変身した結果の姿であり、デビモスからすれば「借り物」ということになる。
この辺りの意識は変身する側とされる側で微妙に認識の違いがある。
ネリーの使う【百獣王化】ではさしたるズレは無いのだが、ゼンの場合はデビモスとの親和性が低く、「ゼンが借りている」という認識とは別に、「デビモスが借している」という意識が働く。
だからこそゼンは制御に努め、極力人前では使わないようにしていたが、ヴリテクトのステータスを見た上で戦うとなった場合、少なくとも【大魔鬼化】は使わざるを得ないと思っていた。それだけ強力なスキルであることは認めていたのだ。
軽口を叩くデビモスに、ヴリテクトは付き合える余裕はない。
【活身者】や【魔闘気】が効いているにも関わらず、甚大なダメージ――生命力にして、4回の攻撃で、およそ15000という、凄まじいダメージを受けた。
たった3度の攻撃で、ヴリテクトの半分削った、ということになる。
瞬殺。
そんな言葉を頭に浮かべたヴリテクトは、急ぎ【飛行】を使い、地中からの脱出を試みる。
コウモリの翼で飛ぶ、蛇頭の羊。傍目から見て、非常識な光景ではあるが、それを咎める存在は今ここにない。
それを止めようともせず、デビモスは両手を組み、ヴリテクトに空いた大穴を見つめる。
『ハハッ、大穴空けた蛇が飛ぶか!その翼はハリボテじゃなかったらしいなァ。オレの翼も、コイツのモンだと思うけどよ』
『……ゼン・カノーに、翼など、あるまいが』
『見た目じゃわかんねえこともあるってこった。しかし、どうもアレだなァ』
不敵に嗤うデビモスだが、思っていた程の快感はない。
確かに生前叶わなかった「神獣」との再戦が出来たことは喜ばしい。
だがそれは、あくまで生前に叶えたかったことである。
神族となって、同格として戦ってみたかった時期はあったが……。
『力はあるにこしたことはねぇが、ちっとばかし、差がありすぎてつまらねぇな……』
『我を愚弄するか!』
『馬鹿にしてるわけじゃねぇよ、しっくり来ねぇってだけだ。オメーは昔戦ったほどじゃねえしなァ』
事実ヴリテクトは、以前デビモスと戦った頃より弱体化している。
老衰のため、生命力の減少以外に、全体的なパラメータが低下しているのだ。
逆に今のデビモスは、神として神界で過ごしていた頃以上に、ステータスが向上している。
今のゼンが持つパラメータの最大値は、総合値にして、既に上級神を凌駕するほどの数値になっているのだ。
その分未発達な身体に大きな負担をかけてしまっているが、ゼンからすれば不可抗力なことである。
それほどの力を無制限に使える。なおかつ【魔鬼神化】による数値の上昇分がある。
そんなデビモスと互角に戦える存在を探すほうが難しいだろう。
僅かな攻防で、デビモスは飽きつつあった。
最初は高揚した気分で戦いに挑んだが、ありすぎる実力差に、心が冷めつつあった。
『やっぱりコイツの身体で戦うのは、イマイチ面白くねぇな。今日のところはこれくらいにしてやっか……』
『見下すのも大概にしろ!』
挑発のようなデビモスの呟きに、激昂したヴリテクトが3つのブレスを放つ。
それを回避することもなく、翼で守ることもなく、デビモスに直撃するが……。
『んだよ。こっちは興醒めだってーの』
降り注ぐ石つぶてに対して、煩わしそうにするだけ。
最初こそ防御したものの、先程のブレスの威力を感じて、防御するまでもないと判断した。
あまりの格の違いに、呆然とするヴリテクトを見て、デビモスは完全にやる気を失った。
『なんか、面倒くさくなっちまったな。あーあ、強すぎるのも考えもんだなァ』
『……貴様ァァァァァァァァッ!』
そんなデビモスの態度に、遂にキレたヴリテクトが、更に上空に飛び上がり、上から押し潰すように突撃する。
その突撃に対し、デビモスが取った行動は……何もしない、というものだった。
落下速度も相まった、凶暴的な質量がデビモスを襲い、ヴリテクトの巨体ごと地面に叩き付けられる。
押し潰されたデビモスもそうだが、上に圧し掛かったヴリテクトもタダでは済まない、捨て身の攻撃。
地面にクレーターが出来るほどの衝撃、だったのだが。
『ごぽぉッ……』
『もういいか?オレは何もしてねーぞ、オメーの自爆だ、自爆』
クレーターの真ん中には、何事もなかったかのように、腕を組んだままのデビモスと。
そのデビモスの身体を貫通するように、巨体の半身を失い、再生も不可能な状態になってしまったヴリテクトの姿があった。
ヴリテクトの質量とデビモスとの実力差、合わせた結果は、デビモスの持つ圧倒的なパワーに、ヴリテクトの身体が耐え切れなかった。
ガラスの塊が鉄塊の上から落下したらどうなるか、その答えと同じように。
それだけの実力の差が、両者にはあったのだった。
『その様子じゃ、これで仕舞いだな。俺は帰る。始末はコイツがつけるだろ』
デビモスはそう告げると、【魔鬼神化】の効果が切れる前に、本来のゼンの姿に戻る。
それだけならば身勝手な行動に見えるが、デビモスといえど、ゼンのことを全く考えていないわけでもなかった。
効果時間前に、ヴリテクトに止めを刺す前に、ゼンに身体を戻したのは、それなりの理由がある。
そのゼンの様子は、先程まで蹂躙劇を繰り広げていた者と同じ存在だとはとても思えない、憔悴したものだった。
ただでさえ細身の身体は、骨の部分まで分かるほどに痩せ細り、何故か無事だった服も、サイズが合わずにずり下がる程だ。
最大の違いは、艶のある光沢をした黒髪が、色が抜け落ちきったように白く――見る角度によっては、銀色に変わってしまったことだろう。
「……ちょっと、甘く、見てた、な」
【魔鬼神化】による反動は、僅かな時間ではあるものの、デビモスが手加減抜きで能力を発揮した結果、ゼンを瀕死まで追い込む程のものであった。
元々低下していた限界値が更に低下した反面、パラメータが更に向上し、ステータス全体にも変化がある。
だがそれを確認する余裕は全く無い。既に立っているだけで精一杯のゼンだが、まだやらなければならないことが残っている。
「ヴリ、テクト……すまなかった。でも、俺も、全力を、尽くそうと、した結果が、これだ。これで、終わらせ、る」
【活身者】の効果が及ぶ損傷を、遥かに越えたダメージを負い、ヴリテクトもまた、瀕死の状態。
3つあった蛇の頭も、中央の蛇頭が僅かな首の長さで残るのみ。巨体も半分を失い、血肉を丸出しにしてしまっている。
ハリネズミのように逆立っていた残りの体毛も、羊のようなものに戻っており、一部は枯れ果てるように抜けつつある。
『口惜しい、が、汝に、引導を、渡して、もらえれば、本望、である』
しばし両者ともに動こうとしなかった、いや、動けなかったのだ。
疲労もある。損傷も大きい。
デビモスはヴリテクトを圧倒したが、ゼン本人はその反動で重体。ヴリテクトは猛攻に晒され、挙句自爆してもはや命の灯火は消えつつある。
「それでも……やらなきゃ……な」
ゼンは残る力を振り絞り、腰にかけてあったコアブレイクを両手に持つ。
このまま放置してもヴリテクトは死を迎えるだろう、それでゼンの目的は達成出来る。
これはゼンなりのケジメなのだ。
「神獣ヴリテクトに死を与える」、これは自分の手でやらなければならない。自己満足の世界といえば、そうなのだろうと思う。
それでも構わない、やることを決めたのならば、貫き通す。
自分で決めたことだ。自分でやり遂げる。
ヴリテクトの弱点は、中央の蛇頭の首の付け根。
もはや抵抗する意志も無く、ヴリテクトは下げていた首を、少しだけ上げる。ゼンが止めを刺しやすいように。
両者に悲壮感はない。
ヴリテクトは勝敗は決したと思っているし、内容としても完敗とは言い難い気持ちは多少あるが、デビモスの力はゼンの力だ。ならばゼンに負けたと言い切れる。
ゼンに悲壮感が無いのは、それだけ感傷に浸っている余裕がないことが半分。あとの半分は……。
「ヴリテクト」
コアブレイクを、弱点に押し当てる。
そして、もう一言付け加えると、力の限り部位に追し込む。
「また、後で、な」
こうしてゼンは、「神殺し」を達成するのであった。
次で迷いの森編は一段落、後日談を2~3話、閑話を気分次第で挟みます。
まだ全く書けていないので、いつになることやら。
追伸 早めに書けました。でも一段落はしませんでした(小声)




