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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
第三章 幼年期 ~迷いの森編~
55/84

エルフ族の事情

2話連続の投稿となります。

 ゼン一同を宴に向かわせたエルは、1人家に残り、考える。

 彼女が持つ固有能力(ユニークスキル)は、【人物鑑定】の他にもう1つ。

 そのスキルは【予知(サイン)】。その名の通り、未来を予測することが出来るスキル。

 しかし、彼女が自らそのスキルを発動させることはない。何故なら本人の意思通りに使えるものではなく、何かの拍子に天啓の如く脳裏に映るからだ。


「ほんにのぅ。もうちぃっと、融通利けばよいものを」


 彼女が見た光景、それは――

 森の主はゼンに倒され、エルフ族やフェアリー族もろとも、森が焼け、死んでいく。

 それをとても悲しそうな目で見るゼンの姿。その右手には、「天の武器」。


 「守り神」と評した、森の主が「神獣」であることは、エルも知っている。

 神の名が付くものが人類種に滅ぼされることはない。だから、この未来は有りえない。

 あくまで普通ならば、だ。ゼン一行は、普通という枠から完全に外している。


 エルはゼンに言ったとおり、リリーナやフランに対しては【人物鑑定】をしていない。

 だが、彼女たちの傍に付いていた、[三頭犬]と[大戦猫]に対しては【人物鑑定】をした。伝説の野獣そっくりの犬猫の姿が気になったからだ。

 そこに出た、「半神獣」という表記と、「ゼンの眷属」という情報は、エルにとって【予知】通りのことが起こる可能性を高めさせる一因になった。


 あくまで【予知】は予知でしかない。

 脳裏によぎり、凶報に思えたことは、行動によって回避することが可能なものだとエルは思っている。

 必ずしも予知通りに行くとは限らない。あくまで可能性の問題だと。


 しかし。

 これほど鮮明に、光景が脳裏によぎることは、滅多にあることではない。

 鮮明さは、そのまま起こりうる可能性の高さに繋がっている、とエルは思っている。

 そう、セシルやウェリアが攫われた時のような。


「……どうせぇ、というのじゃろうなぁ」


 あの2人のこと以上に、今回は深刻だ。しかも対策すら思い浮かばない。

 ゼンと「神獣」を会わせない、というのは難しい。今のところ会わせない理由がない。

 であれば、ゼンと「神獣」の邂逅を防ぐために、ゼンを殺す?

 それは不可能だ。断定してもいい。一族の滅亡が早まるだけに過ぎない。


 ゼンの格位は「神格級」。どういうわけか、眷属は「一般級」だったが、まだ生まれて間がないのかもしれない。

 それでも、それぞれのステータスは尋常ではなかった。

 エルの【人物鑑定】は、【解析】のような数値化こそされないものの、[鑑定]と異なり、「S」以上の評価が存在する。

 それでもなお、最高値は「SSS+」という評価となり、それ以上は測れない。


 この評価、ゼンの【完全解析】にして、数値が「1000」以上がそれに当てはまる。

 固有能力(ユニークスキル)の【人物鑑定】とはいえ、この世界の基準値からかけ離れたゼンのステータスを完全に把握することは不可能。

 ゼン本人はおろか、眷属であるガルムやリュタンすら測りきれない。同様に、ネリーもまた、評価することが不可能なレベルに入る。


 もっと単純な理由で、ゼンを殺すことは出来ない理由がある。

 エルフ族にとって、「同族殺し」は禁忌。まして、伝説の「黒髪」エルフともなれば、誰も手を下すまい。

 外界に出たエルフ達は知らない。「黒髪」エルフの意味を。その価値を。


 希少種(ハイエルフ)は、エルの知る限りでは、自分が唯一の生き残りだろう。

 しかし、ゼンは「クォーターエルフ」でありながら、「ハイエルフ」の可能性を持っている。

 一見矛盾に感じるが、「ハイエルフ」は種族ではない。あくまで希少種という存在に過ぎない。


 エルフの歴代長老のみが知っている事実として、黒髪の「混血エルフ族」は、「産まれたことがない」。

 黒髪のエルフ族は、例外なく先祖返りであったという事実もあり、純血種でしか有りえな「かった」ことだ。

 だがこれも過去のこと。

 いつからか、混血種でも先祖返りが産まれて来るようになった。

 その中で、エルフ族やフェアリー族として産まれて来た先祖返りは、エルの知る限り、ごく僅か。


 「黒髪」のエルフは特別な存在だった。

 実のところ、「黒髪」が全て、産まれながらにハイエルフだったわけではない。【鑑定】の結果、普通のエルフだったこともある。

 だが産まれてきた「黒髪」は、その全員が心身ともに非常に優れた「母」として育ち、長きに渡り子を成す。いわば「エルフの母」とも呼べる存在であった。

 今の集落に残るエルフの大半は、遡れば「黒髪」に行き着く。それだけ強い影響力を持ち、繁殖力が低下する一方であるエルフの「救世主(メシア)」、それが黒髪エルフが伝説たる所以。


 ハイエルフという存在は、【人物鑑定】の結果で出ることもあれば、後天的にそう呼ばれることもある。一種の「称号」と言ってもいい。エルフ族として優れている、それが「希少種」であり、「ハイエルフ」である。


 ゼンはエルフ族であり、「黒髪」である。

 そして、「男性」であり、本人は認めなかったが、「先祖返り」である。

 いずれも【人物鑑定】で間違いないことを確認済だ。【擬態】しているパラメータも看破した。


 エルの【人物鑑定】では、特殊能力(エクストラスキル)以上のスキルについてまでは把握していない。これが固有能力(ユニークスキル)としての【人物鑑定】の限界でもある。


 エルは思う。褐色肌の番の娘が言った通り。「雄として英れているからこそ、英雄」という評したゼンについて、正しくその通りなのではないか。

 クォーターエルフでありながら、ハイエルフになりえるという、かつての常識を完全に覆す、異質な存在。

 しかも歴代最高峰に届くほど強烈な能力の持ち主であり、なおかつ種の補完ということに対して優位な性別。


「ならばこそ、エルフ一族が滅びる、ということはなかろうて、なぁ」


 たとえこの集落ごと、一族が滅亡したとしても、外界に出て行った数少ない同胞は残る。

 そしてゼンが生きて子を成せば、ハイエルフの可能性が高いゼンならば、優秀なエルフの因子を残してくれるに違いない。

 願望込みとしても、分の悪い賭けではないだろう。


「予知が外れるのが、一番ええんじゃがのう……さすれば、わしも、おこぼれに預かれるやもしれぬからのぅ」


 エルは集落の長老である。

 ハイエルフは長きに渡り、子を成せる。

 エルフ族の女性として、歴史を知る者として。

 初めて現れた「黒髪の男性エルフ」に対して、惹かれない理由を探すほうが難しかった。



◆◆◆



 居心地が悪いにも程がある。

 出てくる料理は非常に美味だが、それを味わえる雰囲気じゃない。

 なるほど母さんの言うとおり、エルフの里の野菜は質が違う。

 現実を見ないように、ちょっと土の質も見てみたところ、相当いい感じだ。

 そういえばリリーナの畑も、大して手を加えなくても、作物の出来が良かったっけ。


 などと現実逃避しても、見たくも聞きたくもない現実は、目の前にあるわけで。


 リリーナやフランもそれ相応に歓待されているのだが、俺に対する女性エルフの目つきがヤバい。

 一部男性エルフの目はそれ以上にヤバい。血走っていると言ってもいい。

 聞こえてくる話し声もロクなもんじゃない。


「なんで男なんだ……いや、この際、男でもいいんじゃないか?」

「いやいやよくねぇだろ。大丈夫だって!絶対男じゃないから!いいとこ男の娘だって!」

「何言ってるのよ!あんな可愛い子、男になんてあげないんだから!」

「貴女同性でもイケる口だったの?私は感じるわよ、あの子、ちゃーんと男の子してるわよぉ」

「そうねぇ。あの金髪の子が守備範囲なら、ストライクゾーンは問題なさそうね!」

「何言ってやがる!あの子に男の良さを教えるのは俺の役目だ!」


 誰か助けて!ヘルプミー!もうやだこの人たち!

 だいたいさぁ、俺まだ10歳なんよ?なして捕食されそうになっとるん?

 エルフの基準は分からんけどさ、「若すぎる」ってジルかディースも言うてたやろ?


「モテモテだねー」

「モテモテなのだ」


 リリーナとフランは我関せずとばかりに他人事。

 ちょっと君たち、俺に少なからず好意を持ってくれてたよね?

 助けてくれてもいいんじゃない?ここアピールのしどころじゃないの!?


「お前ら未来の旦那様に対して何かもうちょっとないわけ?」

「あ、それ言っちゃう?それ言っちゃうんだー。んふふ」

「おお、ゼンが遂に妾を認めたか!これは戻った際に母上に報告せねばなるまい!」

「お前らもロクなこと考えてねえな!」


 こいつらも味方じゃねーし!便乗する気だー!

 何なの?里帰りしたエルフに対して、みんなこんなノリなの?

 里帰りするエルフがどれだけいたか知らんけどさ!


『ダンナはしゃあねえですよ。見た感じがどうしても……』

『元々エルフ族ってのは、スタイルは良くても、まな板って女も多いからねェ。まあコトに及べば分かることだし?』

「俺の味方はどこにいるの!?」


 ガルムやリュタンも、諦めが肝心と言わんばかりだ。

 ってかまさか、お前らこうなること、知ってたんじゃねえだろうな?

 どうにもお前ら、人類の事情に詳しすぎる気がするぞ?

 そういや高位の精霊獣だから、知能も高いよな?普通の精霊獣は「エルフはまな板」なんて知らないよな?母さんはそれなりにあったもんな?


『し、知らねぇっす』

『何のことか、ちょっと、わからないね?』

「てめえら覚えとけ。あとでシメる」


 久しぶりに全力カマせる相手も出来たし、今使える力をフルに使って相手をしてやろうじゃないか。

 なあに問題ない。どうせお前ら死なないし、いいよな?

 はっはっは、今気付いたわ。俺の訓練相手にお前ら、丁度いいな?程よく強くて、死なないって、便利だよな?


『『勘弁してください』』


 腹を見せて服従のポーズを取ってきたが、許さん。貴様らは道連れに……。


「まあ待て皆の衆。ゼンが困っておるではないか」


 などと考えていたら、ジルがどうやらこの場を取り成してくれるようだ。

 さすがイケメン!ディースと違って残念じゃない方のエルフの鏡だね!

 って、今ふと思ったけど、母さんは里帰りしない方がいいな。帰ったら絶対里帰りしないように伝えよう。


「今日のところは歓迎するのみだ。ちなみに彼は間違いなく男性だから、女性陣で明日からの閨当番を籤引きで――」

「お前さぁ、まともなのかまともじゃないのか、どっちかはっきりしろよ……」


 ジルの始めた仕切りに、これでもまだマシと考えるべきか、やはりまともじゃなかったと考えるべきか、もう脱力するしかなかった。



◆◆



 ようやく宴が終わり、与えられた小屋の一室で一息。

 3人同部屋なのは多少問題だが、「番の娘じゃろ?」ということで同じ小屋にされた。いや、まだそういう関係ではないですけども。

 ただ、正直集落の様子からしても、そんな裕福そうな感じはしない。

 だったら屋根があるだけありがたいというものだ。文句は言うまい。

 それに……


「貞操は守られた……」

「そんな泣きながら言うことでもないと思うんだけど」

「男の貞操などどうでもよいと母上が「お前の母ちゃんには会ったら絶対説教する。絶対だ」……す、すまんのだ」


 宴の最後に長老がやって来て、「ゼンにちょっかいかけるには、ちーと早いのぅ。あと2年くらい待つがよかろうて」と、問題を先送りしただけな気がする言葉が出てきたので、ひとまず俺の貞操は守られた。

 本当にひとまず、という気がしてならんのだが、長老の言うとおり、いくらなんでも早すぎるだろう。

 というか、まだ本格的に「その気」にならないのは、多分身体年齢的なところもあるとは思う。

 使おうと思えば、使えると思いますけど。


(マスター、本音は?)

(一年。リリーナはともかく、フランはちょっとやばかった)

(素直だね)


 妖精の声には素直に答える。【念話(テレパシー)】でしか話せない相手に、本音を隠すとか無駄だ。

 リリーナに比べて発育が抜群に良く、ネリーが「始まった」年頃くらいまで既に育っているフランは、色々と無防備すぎて、俺も大変だった。

 なんつーか、もうDくらいはあるよな、あれ。このまま育てば……。


(マスター、思考がピンク)

(すまんかった。で、どうだった?)


 余計な思考を振り払い、妖精に尋ねる。


(ここから北に、フェアリーの里、あった。多分マスターなら、そんなにかかんない。半日くらい?)

(珍しいな。フェアリーって分かるのか)

(あの子たち、わたしたちと似てる。探すの簡単)


 妖精はてっきり、人類種はまとめて「ヒト」扱いだと思ったが、フェアリー族は違うようだ。

 そういやラピュータも、フェアリー族は精霊を認識しやすいとか言ってたっけ。

 【天上書庫】のデータベースでも、フェアリー族というのは、人類種かどうかかなり悩ましい部類に入るっぽく、「交配は可能」という程度の情報しか得られなかった。

 それ言うたら魔物と家畜でも交配は可能でしたやん?今更【天上書庫】の知識加減の微妙具合に嘆いても仕方ないけど。

 ラピュータに直接聞いてもいいんだが、あいつも結構いい加減だからなぁ。

 とりあえず「神獣」に会う機会は作れそうだし、その前にフェアリー族とも一度会っておきたいと思っている。明日にでも……。


「ゼンよ。少し構わんかの?」


 小屋の外から声をかけられた。

 リュタンが密かに【隠蔽】をかけて外で待機しているのだが、何も言ってこなかったし、通して問題なしと判断したんだろう。

 了解の返事をすると、声の感じで分かってはいたが、やはり長老だった。


「その長老というのはやめんか?エルと呼んでほしいのぅ」

「人生の大先輩に対して、名前で呼ぶのは抵抗ありすぎる件。しかも遡れば俺の何代前かの婆ちゃん、ってことになるんだけど?」

「エルフは四世代も離れれば別物じゃて。そも、年齢など、大して気にする気質でもないようじゃがのう?」

「……まあ、努力はしてみよう」


 感触からすると、俺も80近い年数生きてきた実績になるわけで。その4倍と言われても、正直ピンと来ないところはある。

 そういえば俺のステータスの表記、153歳って書いてあるけど、これは一体どういう基準なんだろうか?

 一番ありそうなところだと、「加納善一」の魂の年齢ってことになるけど、だとしたら俺は神界で70年近く過ごしていたということになりそうな……って、今はいいか。


「不快な思いを、させたかのぅ?」

「不快、っていうのは、ちょっと違うけども……いつもこんな感じなのか?という疑問は持ったな」

「こっちにも事情があるでなぁ、勘弁せぇ。それと、ちぃっと、話しておこうかと、思うての」


 宴のことを謝罪に来た、というわけではないらしい。

 まあ別に謝られるほどではないし、とりあえず助かったし。

 あらためてエルの姿を眺める。


 女性にしては長身、エルフ基準だとよく分からんが、多分170cmくらいはあるだろう。

 座っていた時から床に流れるほど緑色の髪は、立っている今でも地面につきそうなくらい長い。

 宴の時にも見ていたが、エルフは緑色の髪がデフォなのだろうか?青い瞳も、母さんと変わらんな。

 ぶっちゃけ母さんがハーフだとして、この集落に住むエルフと何が違ったのか、今でもよく分からん。寿命や成長が違うのだろうか?


「そうじゃ。なーんも変わらん。ゼンの見た通りじゃよ」

「その機先を制する感じ、やめてほしいなぁ」


 ふふっと笑ってみせる、自称356歳。

 どことなく、寂しげな感じがする。

 まだ20そこそこくらいにしか見えない、見た目うら若き女性の表情とは思えんなぁ……まぁ、356歳だからな。


「おんしゃに負担させることでは、ないんじゃがの……」


 ポツリと話し出したエルの話を要約すると、リリーナから少し聞いた、「エルフの繁殖事情」と重なる点がいくつかあった。

 そういえば俺が「エルフ族」とされた、[遺伝鑑定]の時、母さんが少し驚いてたのを思い出す。

 母さんはこのことを知っていたのだろうか?確かにこの集落に来る前まで、俺や母さん以外に、「エルフ族」は見たことがなかった気がする。エルフの血が混じってそうな人はいたと思うけど。

 俺の場合、種族云々の前に、性別の方を疑われることが多かったしな……。


 さて、エルフ族についてだが、少なくともこの集落の中では、種族が残るかどうか、かなり危険な水域にあるとエルは見ているようだ。

 というのが、この集落のほとんどが、エルの直系の子孫、ということになるらしい。

 実際のところ俺もそうなるハズなのだが、祖母エリーゼはエルから見て、「玄孫」に当たるそうで、その更に孫ともなると、もはや他人であるという。

 一応直系的なところで言えば、エルからすると、ギリギリの6親等。いわゆる「昆孫」になると思われるが、確かにまあそこまで行くと、他人だろう。元日本人としては、基準からすると、一応親戚の範囲に入る気がするけど。

 少なくともエルフ基準では、四世代離れれば他人、ということらしいので、三世代くらいまでが範疇に入るのだろうか。


 つまり、何が言いたいのかというと。

 集落の中で子を成すには、「血が濃すぎる」という問題が発生しているわけだ。

 同族意識は強くても、親戚意識は薄いエルフ族。だとしても、俺が知る知識が当てはまるのであれば、そりゃあ子は成しにくいだろう。

 外からの血を入れようにも、結界のせいで入って来れないというのなら、尚更だ。

 もしかしたら神獣も、そういった都合もあって、時折外界から人類を入れていたのかもしれない。


 ここに前述の「エルフの繁殖事情」が混じってくる。

 実のところ、俺のようなハーフ同士、四混血種というのもかなり珍しいらしいが、そこから「クォーターエルフ」とされたケースも極めて稀なことらしい。

 というのも、ハーフエルフと呼ばれる人種はそれなりにいたらしいが、その子が更に「エルフ族」と認定されるケースがほとんどないのだという。

 エルフはいいとこ取りした種族、という認識だったが、遺伝子的に劣性だったりするんだろうか?

 だとしたら、シェラが「他の種族には目もくれない」とした、当時のエルフ族は、ある程度正しい認識だった……という可能性は、ないこともない。


 だが思うところはある。

 迷いの森にある集落、という凄まじいムラ社会的な環境で、こういう事態は想定外だったのか、という疑問だ。


「こういう言い方はよくないかもしれないけど、その、「狙って」そういう子孫は残さなかったの?」


 遺伝子的な話までは行かないにしろ、こういう行き詰った状況を避けるために、こういった集落が先祖代々続いているのであれば、何かしら用意はするものではなかろうか。

 長老と呼ばれているエルが、こういう理屈が分からんほど蒙昧とした人物には見えないし、どれだけ続いているかも分からんが。


「実際、おったんじゃがなぁ。わしとは別の血を残す、そういう存在がのぅ」

「……その一族に、何かがあった?」

「うむ。まぁ、既におらんものと思うておるがのぅ。その折に、そちら側の血が、廃れてしもうて、の」


 150年ほど前のこと、外界からの客人が集落に流れ着いた。

 人間族の女で、辿り着いた当初は、何をするでもなく、ぼーっとしていたという。

 エルは当時長老ではなく、別の血筋に当たる人物がその人間族の面倒を見ていた。

 ただ、生きる意志すら感じず、自殺目的で森に入り込んでしまったのではないか、というのが当初の見立てだった、らしい。


 ある日のこと、突然その人間族の女が、集落に住むエルフに襲い掛かった。

 たかだか1人の人間族の女。何が出来るわけでもないと高をくくったエルフ一族は、ただ1人にいいようにやられ、何十名という死者を出した。

 そしてその女は、2人の女エルフを連れて、どこかへと消え去った。


「この時は気付かなかったがの。この時に殺された同族が、ことごとく同門であり、わしとは別口の血筋であったことに、の」

「なるほど、ね。その時に攫われたのは、もしかして希少種(ハイエルフ)?」

「左様。以来、わしが最後の希少種(ハイエルフ)となってしもうたわ」


 どうやって目星をつけたのか、どうやってこの森に入り込んだのか、どうやって森から出たのか。

 時間が経ちすぎて、最早調べようがあるまい。

 だが、どうしてそんなことをしたのか。どういう思惑があったのか。

 その疑問については、なんとリリーナが答えを持っていた。


「そこにアジェーラ聖国の陰を見られた、そういうことでしょうか?」

「王国の娘っ子は賢いの。何か知っておるかえ?」

「いえ、私に分かることはほとんどありません。ですが、エル様の口ぶりと、聖国の闇、と呼ばれている部分が、気にかかりまして」

「聖国の闇、か。妾も母上から聞いたことがあるのだ」


 初めて聞くワードだが、俺も無関係ではなさそうな感じだ。

 リリーナに続きを促すと、アジェーラ聖国という国は、アジェーラ神を唯一神とする、一種の宗教国家であるという。

 民の暮らしぶりなどに不可解な点はないが、アジェーラ聖国では一つの主義を掲げている。


「人間族こそ最も優れた人類種であり、他の人類種に人権は認めない」


 これがアジェーラ聖国の宗主であり、アジェーラ教の教義であるという。

 ただ、この主張はあくまで宗教的なものであり、アジェーラ聖国に限り適応するというものであり、他国に考えを押し付けるようなことはしない。

 カルローゼ王国としても、アルバリシア帝国としても、国交的には問題ないし、「外国人」という扱いであれば、他の種族を差別するようなこともしないのだという。


 少なくとも、平民レベルで言えば、そういうことになっている。


「ですが実際には、かなり強硬な手段を取る、暗部の部隊がいるものとされています。カルローゼ王国の王女としては、聖国の主義は理解し難いものがありますが……」


 いつの間にか真面目モードに入っているリリーナの話によると、絶対主義とでも言うべきか、人間族以外が主に治める国に対して、秘密裏に行動する部隊が存在するのだという。

 巧妙な手口で、いつのまにか国の高官に居座ったり、国の機密情報を盗み出したりするほか、人民の扇動や、要人の暗殺までこなす。一言で言えば、諜報員というより、工作員だろうか?

 強固な基盤を持つカルローゼ王国や、力こそ正義というシンプルなアルバリシア帝国の王族だからこそ、そういった手合いがアジェーラ聖国に存在すると知っている。

 もっと小国では、そういった諜報員がいることすら気付けず、知らぬうちに少なくない影響を及ぼされていることも珍しくない。


 ――不意に、<厄災級>討伐戦のことを思い出す。

 冒険者ギルドの本部があるのも、アジェーラ聖国だったはずだ。

 敵だった、アンヌやヨハネは、Sクラス冒険者だった。


 何か一つ、線が繋がった気がするが……確証がなければ、証拠もない。

 いずれにせよアジェーラ聖国には一度行く必要があるだろう。まだまだ先の話になるだろうが、神具も回収しないといけない。

 とにかく、今は聖国云々は置いておこう。


「……思うところはあると思うけど、過去は過去、今は今だ。結局、エルは俺に何が言いたいの?」

「いや、皆の手前上、ああは言うたものの、わしならいつでも相手をするぞ、とな」

「茶化すなよ、違うだろ?何か別のことを言いに来たはずだ」

「本当にそれだけじゃ。あとはまぁ、エルフ族の長として、なるべく同族を増やしてくれると、ありがたいのぅ」


 笑いもせずそう告げるエルに違和感。

 流石に冗談を言いにきたわけではないだろう。だが、言いたいことというのは、本当にそれだけらしい。

 ならば言葉の裏に何かがある。何だ?


「……外界に出た、エルフ族を連れて来い、とでも?」


 血筋が遠くとも、エルフ族同士であれば、子もエルフになる、という話は聞いた。

 つまり、ハーフであろうとクォーターであろうと、この集落に住まうエルフとの子であれば、エルフ族として生まれてくることになる。

 むしろこの里に必要なのは、純血種としてのエルフではなく、俺のような混血種のエルフの方だろう。

 エルフ×エルフ=エルフ族という式が成り立つのなら、その血統は薄い方が好ましい、という話だ。


 また、ハーフエルフ×ハーフエルフ=エルフ族は成り立たない可能性が高い。

 これが成り立つのであれば、外界でもエルフ族が増えてもいいはずだ。そうならないから、エルフ族という種族の数が減っているのが現状になると思われる。


「まあ、それもあるのじゃがのぅ。本当に同族を大事にして欲しい、ということだけじゃ。手間を取らせたの」


 そう言いながら、エルは小屋から出て行ってしまった。去り際にも淀みはない。

 だが、その背中に、何か引っかかりを覚えた。

 やはり、【完全解析】を試しておくべきだっただろうか。

 何かしら見抜かれたのは確定だが、エルの固有能力(ユニークスキル)くらい見ておけば良かった。



◆◆



 貞操の危機の後には、色々と考えさせられる話を聞かされ、少しばかり疲労感の残る翌朝のこと。

 あまり眠れなかったのだろう。リリーナとフランは、少し体調が悪そうだった。

 俺は2人にもう少し休んでいるように伝えると、ガルムとリュタンを残して小屋から出た。


 考えてみれば、あの2人としても久しぶりの人里だったわけで。

 特に王族として迎えられたわけでもないのだから、慣れない環境だっただろう。今にしてみれば、自分のことで精一杯だったことを反省する。


(おいで)


 妖精を呼び出し、進むべき方向を確認してから、駆け出す。

 久方ぶりの全力疾走。集落と集落の間になるためか、それなりの道もある。

 走らずにはいられなかった。久しぶりの肉体負荷に身体が軋むが、何か発散せずにはいられなかった。


 俺がクォーターエルフとして産まれた意味。

 そんなものは考えもしなかったし、元々人類種で産まれればそれでいい、という程度の話でしかなかった。

 カルローゼ王国がそうだったからか、人種による違いなんて大したことはないと思っていた。


 だが、この里についてから、一晩。そう、たかが一晩の間に、随分とその意味が大きくなった気がする。


 神界で聞いた話と現状の違い。

 世界の滅亡と、エルフ存続の危機。

 俺の神具の行き先。

 神獣。

 アジェーラ聖国の闇。

 今この手にコアブレイクがある、そのタイミング。


 考えれば考えるほど、いくらでも繋がりがありそうな気がする。

 結果は「今」でしかない。俺の指針にブレが出ることはない。

 そして結論を、焦ってはいけない、間違ってはいけない。


 優先順位を忘れるな。

 その中で、ベストな決断を下す。下せるだけの力はもう持っている。

 順番を間違えても、結果が出せればそれでいい。


 それでも悩むのは、俺が人だからだ。

 やっぱり俺は神なんかじゃない。あくまで人なのだ。悩んで当たり前だ。

 時には相談したい時もある。何もかも投げ出したくなることもある。


 けれど、出せる答えは、常に1つ。

 全ては、俺が俺であるために。

 それを決して、間違えないように。


 ふと、立ち止まる。


 ――うん。ちょっと、違うな。そうじゃないんだ、本当に大事なことは。



◆◆◆



『お嬢、旦那が出発されましたぜ』

「すまんのだガルム。ゼンを謀るような真似は、不本意であろうに」

『嬢ちゃんも気にすることないよ。アタイらはダンナの眷属だけど、嬢ちゃんたちの守護者でもあるんだからね』

「ありがとね、リュタン。でもフラン、ゼン様1人にしちゃって、大丈夫かな?」

「妾たちでは力になれぬのだ。せめて考える時間くらいは、と思ったのだ」

「確かに、ね。多分、私たちじゃ、分かってあげられないと思うし」


 ゼンに単独行動させようと試みたのは、里に着いて以降、基本的に様子見という姿勢を崩さなかったフランだった。

 帝国の天才は、王国の秀才より、世間を知らないという自覚があった。それ以上に常識を知らないのはゼンなのだが。

 かれこれ1年以上、夜を共にした仲だ。自分よりリリーナの方が、物事を正しく理解していることは知っている。


 2人はゼンの行動指針というものを、よく理解している。

 物事の優先順位を立て、それを第一に行動する。森に飛ばされて以降、常に自分達の安全を第一に考えてきた。

 だから一計を案じた。一時だけでも、自分達のことを隅に置いてくれるように。


 ゼンが思っているほど、彼女たちは精神的に疲弊していない。

 見知らぬ土地で、見知らぬ人々と交流する、これは元より苦にしていない。無駄に王族として振舞う必要がない分、楽なくらいほどだ。

 また、エルフ一族の問題についても、それほど重くは受け止めていない。何故なら基本的には「他人事」だからだ。


 これがゼン自身の問題ともなれば、彼女たちも深く考えただろう。だが彼女たちは、ゼンが種族というものに頓着を持っていないことを知っているし、一国の姫という立場にある。

 大局的に考えれば、エルフ一族の存亡という問題は、彼女たちには無関係のこと、そういう割り切りがある。


 昨晩のエルの話にしろ、気になったポイントはただ1つだけ。


「聖国、か。母上は、極力関わるな、と言っておったのだが……」

「いつかは関わりそうだよね。私もあまり好きじゃないし、出来れば関わりたくないけど……」


 アジェーラ聖国については、世間一般としての評価と、国のトップとしての評価は、全く異なるものになる。

 カルローゼ王国、アルバリシア帝国ともに、隣接はしていないが、「厄介な国」というのが王族としての評価になる。

 関わりを持たないことは、両国ともに有り得ない。冒険者という職業が国に必須な以上、その本部がある国と付き合いをしない、という選択は存在しない。

 それに聖国が後ろめたいことをしているのは間違いないが、その大半は善良な、とまでは行かずとも、普通の人間が住む国には違いないのだ。

 もちろん2人とて、王族といってもまだ幼い。知っていることの方が少ないのだから、判断が付くものではない。

 それでも、ゼンがあの国と関わるならば、何かしら起きるように思えてならない。


「……ゼン様、抱え込みすぎなきゃいいんだけど」


 リリーナの言葉に、フランが小さく頷いた。

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