始動準備
半年以上お待たせしました。
過去の改訂など行いながら、のんびり更新していこうと思います。
フィナール領での<厄災級>討伐戦から、既に一年が過ぎたある日。2人の王族がごく一部の側近のみを連れて、イストカレッジにある役場の応接室に迎えられていた。
国内貴族達のいざこざを、どうにか緩和させることに成功したカルローゼ王国。国王ソル・カルローゼ。
元第一席バルドの失態を敢えて喧伝し、自身のカリスマで国内の混乱を抑えているアルバリシア帝国。帝王ヴィー・レス・アルバリシア。
あの戦いで失ったものの大きさからすると、本来長男を失ったアルバリシア帝国の方がダメージがある、というのが他国から見た一般的な見方になる。しかしながら、当の両国からすると、必ずしもそうではない。
◆◆
カルローゼ王国は、長きに渡り歴史を紡いできた強国であり、平和な日々を甘受してきた。それゆえに、カルローゼ王国民は、国内の情勢にあまり関心がない。王都に近ければ近いほど、その傾向にある。国民人気が高いイアンの負傷と、リリーナの失踪は少なからずショックではあったものの、危機感を煽るほどではなかった。
しかし、庶人はそうであっても、権力を持つ側からすると違う。
秘匿されてはいるが、フィナール領・ナジュール領の不穏な動き。次代国王の座が確定的であったイアンの身体欠損。
前者は自分達の取り分を増やしたい、さほど裕福ではない貴族らの恰好の標的であり、後者は今まで目が無かった第二位以下の王子達を担ぎ上げ、自分達の権限を大きくしたい、野心的な有力貴族達が動く理由になる。
国王ソルは腹心と頼れる公爵家を使い、八方手を尽くした。その結果、国が割れる事態は何とか避けられようとしていたが、燻りが残ってないとは言い難い。
第二王子テリー・カルローゼが取り巻きの貴族に踊らされ、王位継承権を主張し始めたのだ。
「片腕を失った兄上では王の務めを果たすことは不可能であろう」
公の場では口にせず、影ではそう周囲に語っているのだという。
それに対してイアンは何も言わない。元より公の場で語っていることではないのもあるが、糾弾の理由としては間違っているわけでもない。
王族は貴族の上を行く、特別階級のトップである。そして国王は、国を守るべき義務がある。
そのトップが、有事の際に武器を持ち、先陣に立つ。というまでは行かずとも、それだけの心構えが必要であることは確かなのだ。
<厄災級>討伐戦以降、イアンの心身は疲れきっていた。
ステータス的には高くとも、イアンは決して「強く」はあっても、「強か」ではない。
他人の顔色を気にして、模範的な存在であろうとした。ただ、それだけだ。
そして今は、ある意味自分の心の拠り所であったリリーナもいない。
短慮を起こすほど荒れてはいないが、自分の名誉を取り戻そうなどという、立ち上がる気力も持っていなかった。
そんなカルローゼ王国に対して、アルバリシア帝国はどうか、というと。
まず帝王ヴィーによって宣言された<厄災級>討伐戦の顛末について、およその真実と僅かな嘘を混ぜ、公表した。
簡単に纏めると、「カルローゼ王国との共同演習の際に<厄災級>が発生、両軍はこれに当たったが、多大な犠牲を払いながらも討伐を成し遂げた」
これはカルローゼ王国が発表した内容とほとんど変わりがない。カルローゼ王国は<災害級>と公表していたが、そこは国民性を加味した結果ということになる。戦争や討伐で、戦果をやや過大に公表することは、帝国では日常茶飯事なのだ。
王国が公表したのはここまでだったが、帝王ヴィーはその公表内容に、こう付け加えた。
「しかしながら、大将バルド・アルバリシアは、戦場で狂人と化し、アルバリシア帝国軍の勇士達の命を無為に散らさせた。勇士達の命を救うべく、従軍中のフラン・ニス・アルバリシア、その護衛のSSクラス冒険者シャレットの働きにより、瓦解は逃れたものの、バルド・アルバリシアは2人を殺すように命じた」
これも嘘ではない。事実である。
「以上の理由により、帝国第一席であるバルド・アルバリシアは継承権を抹消。遠方の地に流刑とした。それに代わり、仮の第一席をマリス・アルバリシアとし、第二席にフラン・ニス・アルバリシアとする」
帝王ヴィーが公表したのはここまでであるが、2つの嘘がここにある。
バルドについては、既に処刑済だ。それはカルローゼ王国のソルにも伝えてあるし、大々的にしなければ、王国側で伝えまわるのもいいだろうとヴィーは言っている。
もう1つの嘘は、厳密には嘘ではない。「仮の第一席をマリスとし、第二席をフランとする」という部分だ。
序列的に1つずつ繰り上げはしたものの、実際のところ、マリスが次の帝王になることはまず無いだろう。マリス自身にも自分に帝王たる器があるとは思っていないし、ヴィーにしてもマリスを帝王にするつもりはない。
元々第三席でもあり、不在であるフランを第一席に置いておくことは、あまりよろしくない。というのはセレスの談である。
「先走った連中が王国に攻め入るよう騒ぐやもしれぬ。マリスは次期帝王としては力が足らぬが、面倒な連中の毒抜きには丁度よいじゃろう」
マリス・アルバリシアは、ソニアとの間に産まれた、アルバリシア帝国長女である。
しかし、固有能力も持たず、王族としては平凡な、一般人よりは多少高い程度のステータスしか持ち合わせていない。
だが、両親にあまり似なかったことが幸いして、非常に温厚な性格をしており、自分の力量と立場を正しく理解している、ある意味産まれた国を間違った理想的な王族であったりする。王国におけるリリーナのような存在とでも言えばいいだろうか。
まあこちらは、温厚な性格をしているとはいっても、帝国人には変わらないので、兄バルドの粛清は当然だとも思っていたりするのだが。
これらの対応を帝王ヴィー自らが率先して行ったことに加え、バルドの処刑をその目で見た高官達は、王国ほど混乱はしなかった。
唯一あるとすれば、バルド一派とでも言うべき存在の反乱があった程度だが、バルドの所業を知りながらそれに加担するものはごく一部に留まり、反乱は数日中に鎮圧されるのであった。
◆◆
「今回ばかりは、骨が折れた……」
「国が続くってのも、いいことばっかじゃねえってこったな」
ソルとヴィーは、まず2人だけで会談を行っていた。これにさほど政治的な意味はない、ただの旧友同士の愚痴のようなものだったりする。
今回は公式な会談を行う予定であり、そのために側近を両国とも何名か連れてきている。その内容は正式な不可侵協定を結ぶためだ。
ただし、これもまたカムフラージュであったりする。元々国交はフィナール領を通して行ってきているうえに、お互い攻め入るつもりなど、王2人にはないのだ。
それを良しとしないもの、特に王国の貴族に多いのだが、帝国にも少なからず存在するため、ここでしっかりとした協定を両国で結ぶ。
今回フィナール領にあるイストカレッジを会談の場に選んだのは、2つの意味がある。
そのうち1つが、基本的にはフィナール領は王国領ではあるが、帝国から攻め入る際の最前線でもある。さらに言えば、極めて独立性の高い、一種の緩衝地帯になっている、という事実がある。
領主であるギース・フィナールは、有事の際にはゼンに組すると宣言しているのは、周知の事実。かといって、帝国側に付くわけでもない。
そろそろイストカレッジというより、フィナール領の筆頭執政官になりつつあるユーキリス・ランドも、前任エドナ・ランドほどではないにしろ、侮れない相手、というのが両国の認識だ。何しろあのエドナの娘なのだから。
名代官シャレット、SSクラス冒険者ゾーク両名の名声は、庶民から極めて高く、その戦闘力は冒険者ギルドの中でも最強と呼ばれている。2名ほど、例外がいるのだが。
極めつけは、「茶髪の羅刹」ネリー。本人の名誉のために言っておくが、あの戦いの生き残りが畏怖して呼ぶ二つ名である。
なお、ネリーとしては、ゼンが「黒髪の修羅」と呼ばれているので、対になる呼び名として、悪い気はしていない。
王国側は、ろくに戦争経験のない貴族が、数で圧倒すれば勝てると声高々にフィナール領の切り取りを求める。そして肥沃な土地を手にして、帝国に攻め入るべきだ、という。
帝国側は、例え強大な敵であろうと、フィナール領さえ手にすれば、王国を相手に勝つことは可能。今までも戦って勝ってきたからこそのアルバリシア帝国だ、という。
「まぁ、戯言よの」
「違ぇねぇな。相手の力量を見誤るようじゃ、帝国人失格だぜ」
2人は渋面して互いの元にいる強硬派を斬り捨てる。
特にヴィーは、文字通り斬り捨てたいと思っているのだが、帝国とて安定しているとは言い難いうえに、軍部の人材不足が深刻だ。
先の戦いで功績を挙げた……というより、そうせざるをえなかったノリスは、千人隊長まで階級を引き上げている。バルドを失ったのも痛いが、優秀な勇士を多数失ったことにより、順次引き上げる人材が足りていないのだ。
アルバリシア帝国の千人隊長という階級は、実際には千人の隊長ではなく、事実上1つの部隊長クラスとも呼べる高官に位置するもので、叩き上げの兵士としては最高峰の位ともいえる。
もっとも、ノリスとしては、荷が勝ちすぎると辞退したい気持ちだったのだが、今の軍部を考えれば、自分でも頭数に入らねばならないのだろうと諦めた。周囲は適任だと言っていたが、ノリスの自己評価はそんなに高くはない。
ひとしきり話を済ませた2人は、そろそろいいかと呼び鈴を鳴らす。
すると、応接室に1人の美女が入って来た。ネリーである。
服装は何故か、黒い闘着であった。
「このような恰好で申し訳ございません。まだ、正装と呼べるような衣類を、ゼン様から頂いておりませんので」
事も無げにそう述べるネリーだが、不敬だとは思っていない。
ゼンが敬意を持っている相手であれば、それなりの恰好を整えてくるか、あるいはゼンから貰った給仕姿で来るのだが、今回は招待したわけでもない。
ソルは多少面食らったようだが、ヴィーは楽しげに笑って見せた。
「確かにネリー殿の言うとおりだな。今回は俺らは「頼み」に来たわけだし、俺達も別に公式の場ってワケじゃねえしな」
「帝王殿なら、まあ大丈夫だと思ってたけどね」
そのネリーの後ろから、シャレットが入って来て、そう答えた。
ただし、シャレットはそれなりの正装をしてきている。なんだかんだでフィナール領は王国の領土であり、その一部の代官に過ぎないのだから、それ相応の態度というものはあるだろう。
もっとも、ギースのことを少しばかり立てる意味で、という程度でしかない。
言葉使いからして適当になっている辺り、常識人であったシャレットも、大分毒されているといっていい。王に対して、代官より従者の方が丁寧とは、これ如何に。
フリーのSSクラス冒険者であれば、この程度で無礼打ちになるようなこともないのは確かだが。
「……ふぅ、まあ、構わぬ。ヴィーの言うとおり、公式な場でもない。で……可能なのか?」
「ゼン様が可能だと言うのであれば、可能なのでしょう。ゼン様側の準備は出来ているとのことです」
「私も実際見たからから大丈夫よ。信じられないのは分かるけどね」
ヴィーは何も言わなかったが、ソルの疑念は分からなくもない。【念話】を使えることは知っているが、ネリーを通してゼンから提案された内容は、あまりにも異質すぎるのだ。
元々【念話】は相手に心で話しかけられる、という程度の「ハズレ」扱いの固有能力、という認識が、今の世界では一般的だ。
ヴィーにしてもソルにしても、確かに喜ばしい提案だが、それが出来るかどうかは半信半疑。というより、何かしらの罠かとも考えたのだが、フィナール領はここまで中立な立場を崩さずに来ている。
それにいくらなんでもこの場で王2人を殺せば、後がどうなるか分かったものではない。それくらいの分別はあるだろう。それでなくても、両国はいい会談場所を提供してくれたと思っている。
ならばあとは任せようと、ソルとヴィーはネリーに目で促すと、ネリーは静かに目を閉じる。
ゼンからの提案。それは――
「あれから1年以上経つし、姫様達の声くらいなら聞かせられるが、どうする?」
◆◆◆
転移してきてから1年以上経つ。
俺ももうじき10歳になる。二次成長が始まる頃、になるはずだ。実際どんな速度でどんな感じに成長するか、予想はつかんけど。
頼むからちょっとは男っぽく見た目が変わって欲しい。出来れば身長もそこそこ欲しい。
ってかフランが早熟すぎる。もう150センチ以上あるんじゃないか?体つきも、女性らしい、というかセックスアピールは十分可能な感じだ。
2~3年前のネリーがこんな感じだったけど……魔族の血ってのは、そんなもんなんだろうか?いや、あるいは吸精種の血なのか。
いや、まあ、【変化之理】のせいもあるだろうね、うん。
そういや吸精種ってのは、厳密には人類ではないらしい。というか、元々は魔物に近いそうな。
これはだいたいの魔族に言えることらしいが、魔族は遡ればどこかに魔物の血が入るのだという。獣人族や鬼人族、竜人族などにも同じように、獣・鬼・竜の血が入っている。
――というのが研究神アイン談だが、確証はないらしい。まあ何千年、下手すれば何万年前って話だろうし、そこまでアインも調べ切れなかったのだろう。
俺も確証はないけど、多分アインの言うとおりだと思う。だいたい地球の人間だって、元々は猿だって話だし、進化途中で他の生き物の血と混じることだってあるだろう。同じ人種を2つ比べてみても、全てが同じってことはない。
つまるところ、進化の過程で多様な人種が産まれようがなんだろうが、コミュニケーションが取れる相手なら、俺としては大した違いはないってこったな。
フランの成長が早いのは、道徳的な意味と、俺の全く変わらない7年間。そんなせめぎあいの中で、こう、なんともいえない気持ちになってるだけだな、うん。
さて、1年以上経ったわけだが、森の調査についてはかなりの部分の調査を終えた。とはいえループから抜け出せたわけではない。ループする原因の調査を終えたところで、一旦ストップしていたところだ。
その理由は、リリーナとフランの強化にある。特にリリーナだ。
ぶっちゃけた話、フランはほっといても強くなっていた。[三頭犬]を連れて毎日のように獲物を狩って来て、時折[三頭犬]と訓練している。
【変化之理】を使った意味なくね?って思えるくらい経験値を積み重ねているわけで、それで強くならないわけがない。
加えて魔術の術式理解度も高まってきた。ステータス的にはオールSはとっくに抜けている。流石にネリーには勝てないだろうが、母さん相手なら勝てる可能性はある。まあ母さんの方が一日の長があるから、母さんもそう簡単に負けないだろうけど。
それに比べると、リリーナはゆっくりとした成長を続けている。それでも【変化之理】を受けている分、並みの[全適正]より倍以上早いのだが。
ただこれはリリーナなりに自分のやるべきことを考えて、俺もそれをよしとした結果だ。
「【大治癒(パワーヒール】っ!」
「おお、見事なのだ!」
敷地に立てた簡易工房から、ふと外を見やると、俺のかけた罠にひっかかり、足を切断されかかっていた猪をリリーナが治癒[魔術]で癒やしていた。
そう、魔法ではなくて、魔術。しかも難易度の高い治癒魔術を、リリーナは習得していた。
スキルレベル的には【治癒魔術3】程度なのだが、リリーナには元々【治癒魔法5】という年齢の割に高いスキルレベルを擁していた。
どうも術式理解を深めるうちに、治癒魔術と治癒魔法はかなり近いものだと解釈したようで、今ではほとんど無詠唱での【大治癒】を発動させていた。
ちなみに治癒魔術にしろ治癒魔法にしろ、傷を癒やす相手がいないのでは練習にならないので、敷地に近い位置にいくつか罠を張って、ひっかかった動物を治癒する、という自作自演というか、マッチポンプというか、そんな感じでやってたりする。
それにしても、フランは天才だと思っていたが、リリーナも大概だなぁ、と思う。
とまあ、このように、リリーナは己のステータスが一定レベルに達したところで、己の知識や業を深めることにしたわけだ。
別に俺がそうしろと言ったわけではなくて、リリーナ曰く、
「私はフランみたいに早くおっきくはなれないし、ゼン様のお手伝いとか出来た方がいいかなーって」
だ、そうな。
だからといって鍛錬をサボっているわけでもない。しかし、リリーナは人間種の割にはちょっと発育が早めでも、まだ小学校高学年の平均程度の体格しか持たない少女なのだから、賢明な判断と言えるだろう。
むしろ子供ながらにそういった判断が出来るのだから、本当にたいしたものだ。それでいて金属鎧をおねだりするところは、お子様っぽいけども。
なんでそこまで考えられて、姫騎士スタイルにこだわるのだろうか。試しに聞いてみたら「かっこいいから!」って返ってきた。だが武器は銃がメインである。それでいいのか姫騎士。
ちなみに今俺が何をしているのかというと、この辺りで採集出来た素材から、各種[回復薬]を含め、薬の類の調合中だ。
やはりこの森、生態系がどうにも特殊らしく、【万物造成】を使うまでもなく、かなり質のいい薬草や木の実、樹皮などが採れる。
むしろ【万物造成】で作る方が質が悪いというか、俺の知識に無かった素材がここにはいっぱいあるわけで。成分の解析などをしてみたところ、今後再現も可能そうだ。
既にいくつかの種類の苗などは空間箱に入れており、戻ったら栽培出来るか試してみようと思う。
簡易工房についてだが、炉は小規模なものに戻しておいた。やはり森の中にそれなりの規模の炉を置くのは危ういように思えたからだ。
この炉で出来ることといえば、せいぜい弾丸や鏃の補充くらいなものである。
そういうことで、武器を作る時にはそれなりの炉を置いたのだが、小規模なものにしたことにより、金属系の防具などは諦めた。
まあ元々俺の分はあるし、2人には革系防具や、特殊繊維で作った服がある。それでもこの森では十分な防御力を得られるし、[大戦猫]や[三頭犬]がいる以上、身軽な方が安全ということもあるだろう。
話は戻すが、今調合している薬は、色々手間暇かけて作っているだけに、作成時間もそれなりにかかる。
元々は狩猟に出る機会が多く、負傷の可能性が高いフランのために、効果が高めの[回復薬]を作っていたわけだが、勉強疲れの見えるリリーナに一度使ってみたところ――効果が出過ぎて逆効果だった。
「ゼ、ゼン様ぁー、これ人が飲むのは無理だよぅ…」
[大治癒]相当の効果にしたつもりだったが、治癒魔法をよく知るリリーナからしてみても、異常すぎる回復力のようだ。
「こんなに濃いの無理だよぅ……」とか、年端も行かない少女の口から聞きとうなかった。聞きとうなかった!
ちなみにフランは「ねっとりとするが、飲めんこともないのだ」だそうな。そういう表現はやめなさい。
体の造りが違うのか、単純にフランの生命力が高いせいで回復量のキャパシティが大きいのか、その辺りはよく分からなかった。
リリーナは飲めないとは言っていたが、効果自体は確かにある。罠にかかって死に掛けだったリスにぶっかけたら、元気いっぱいになってたし。患部に使えば、それで効果が出るだろう。
「こんな[回復薬]が作れるなら、イアン兄さまの腕治せたりしないの?」
そんなことをリリーナからふと聞かれた。うーん、今の状態をはっきり見てみないと分からんけども。
「ちょっと、治癒魔術や[回復薬]じゃ難しいな」
そんな返答にがっかりするかと思いきや、リリーナはニコっと笑ってこう聞いてきた。
「じゃあ方法はあるってことだよね?」
「……今のでどうしてそう思った?」
「ゼン様の「じゃ」っていうのは、何か他に考えがあるって言ってるのと同じだよー?だいぶんゼン様の性格も分かってきたし、無理なら無理って言うと思うんだ」
なんやろ、ネリーといい、リリーナといい、俺ってそんなに分かりやすいかなー?
ネリーと違ってリリーナには【直感】も高くない……と思いきや、ふと解析してステータスを見たら【直感7】まで成長してやがる。最後に見たネリーのスキルレベルが【直感8】だったから、相当高い。
「女の勘、ってのはいつの時代でも凄まじい、ってことか……」
そんなことを呟きながら、俺は両手を上げて「ないこともない」と答える。父さんや母さんの神具の件もあるし、ノウハウはあると言ってもいい。
ただし、リリーナの兄、というポジションは、俺にとっては結構微妙なところだ。面識もあるとは言えないし、神具レベルは作りたくない。
「ただ、完全に元通りってのは本当に難しい。見た目はある程度何とか出来んこともないけど」
「うーん、やっぱりそうだよね。でも、イアン兄さまの片腕がなくなっちゃったのは、あんまり良くないことだと思うんだよねー」
「まぁ、そうだろうな。そこは理解出来んこともない」
別にこれは体にハンデがある人に対してディスってるわけでも何でもない。要は、自ら武器を取り、国民を守る気概があるかどうか、という話だ。
「隻腕の国王、ってのも迫力はあるかもしれないけど、それはそういうハンデを乗り越えた実績を持っているか、元々そういう凄味のあるタイプじゃないと、どうしても、な。これがソル国王だったら、元々の実績や貫禄でどうとでもなるだろうけど……」
「優男、って感じで、あんまし迫力はないもんね。イアン兄さま」
この場にイアンがいたら泣くようなセリフである。リリーナの言は容赦がない。
この世界のトップに立つ者として、何かしら体に欠損を持つ者は、確かに相応しくはないだろう。
地球における現代国家のトップであれば、「有事」の際に、指揮を執る必要はあっても、先陣に立つことはほとんどない。
だが、この世界には、魔物という明確な敵がいて、<災害>や<厄災>から民を守らなくてはならない。特に王国制を敷いているカルローゼ王国のトップともなれば、いざというときは先頭に立って戦う心構えが必要だ。
対外的な面もある。イアンは優秀な王子と聞いているが、まだ王に就任したわけでもない。王になってから実績を作っていかなければならないのだ。
そうなると、隻腕というハンデは、やはりマイナススタートになってしまうだろう。もっとも、二大国家の片割れであるアルバリシア帝国は、長男バルドを失っているわけだから、次世代という意味では何だかどっちもどっち、という気がしなくもないけども。
「でね?お願いなんだけど……私、それなりに呪いとか病気とか、そういうの勉強してきたんだ。聖水の作り方も知ってるよ?」
「聖水?聞いたことはあるが、実物は見たことないな」
「カルローゼ王国でも王族だけに伝わる秘薬で、呪いを解いたり、邪気を祓ったりすることが出来る、って聞いてるよ?私じゃとても作れないけど……聖水や病気のお薬の作り方、ゼン様に特別に教えちゃおっかなーって」
この娘、やりおるわ。まさか国家機密を持ち出してくるとは。
そういうことを勝手に判断していいものかどうかはさておき。
「でも、材料くらいしかわかんないから、あんまり役に立てないかもしんないけど……」
「ふーむ……どうにも俺も魔法的なものに対しては、今一つ対策を立てられんからなあ。まあ、話は分かった。無事帰国した際には、イアンの容態を確認して、出来るだけやってみよう」
「ありがとうゼン様っ!大好きッ!」
満面の笑顔でリリーナが抱きついてきたので、頭を撫でてやる。
ま、流石に神具レベルは作らないにしろ、父さんの義手時代の試作品レベルなら、作ってやらんでもない。カルローゼ王国に恩も売れそうだし。
聖水や秘薬のレシピを教わったところ、今一つピンと来なかったのだが、試行錯誤の結果、何とかそれっぽいものを作れるようになった。まだ要改良、ってところだな。
◆◆
そろそろか、と思って、ネリーに【思考対話】で問い合わせることにする。
両隣にはリリーナとフランを座らせて、俺の手を握らせている。
流石に1年以上経って、リリーナやフランの両親に直接無事を伝えないのは、色々まずいだろうと思い、試行錯誤してみた結果、ネリーを通せば話くらいは出来なくもない、という結論に落ち着いた。
それに、俺が設定していた、一つのリミットタイムでもある。何も進展がなければ、強引な脱出を試みるつもりでいた。
この1年、何も進展していないわけではない。少なくともループから抜け出す方法は見つけてある。
何故動かなかったか、というのはリリーナの強さもあるにはあるのだが、彼女も既にステータスはオールSは突破しているし、一部魔術の行使に成功している。銃の扱いや、別に持たせた小剣の取り回しもある程度のレベルに達していた。
元から問題なく連れて行けるレベルに達しているフランは言うまでもない。しれっと[三頭犬]や[大戦猫]も何故か成長して強くなっている。
俺が動かなかった最大の理由、それは「損傷中」の治療が一向に完了しない、という点にあった。
いくらステータスが高かろうが、それを使いこなせなければ、逆に振り回される。
徐々に体を慣らしていったつもりだが、今でも十全の手応えがない。いいところ6割くらいだろう、と思っている。
魔術に頼るにしろ、これだけ耐性の高い生物が住む森だ。それだけというのも心もとないし、[三頭犬]や[大戦猫]がいるとはいえ、リリーナとフランを守るのは俺の役割だ。
自分が不安定な以上、強硬手段での脱出は棚上げせざるをえない。
故に、これから脱出に向けて、ループを突破し、「隠し里」へと向かう予定だ。
そこからは、何が起こるか分からない。それを踏まえたうえで、2人の今の安全を伝えるとともに、カルローゼ王ソル・アルバリシア帝王ヴィーに、これからの方針を伝えるつもりでいた。
万が一のこと、などというのは考えたくはないが、リリーナやフランに父親と話をさせてやりたい、というのもある。
(ネリー、いいか?)
(準備、滞りなく。両王とシャレット様は、視界に入っております)
(分かった。それでは、「借りる」ぞ。30分程度で済ませる予定だ)
(時間にはもうしばし、余裕があります。ご随意に)
2人には、今から父親と【念話】による対話をすると伝えている。既に【思考対話】の一部仕様や、実際の【念話】での対話などは済ませてある。
ソルはともかく、ヴィーは面食らうだろうが……って、リリーナは父親に【念話】を使ってみたことはあったのだろうか?ま、今はどうでもいいか。
(では、始める。無理そうなら自分から切ってくれ)
◆◆◆
ソルとヴィーは怪訝な顔をしながら、言われた通り応接室のソファーに2人で並んで座っていた。
その後ろに立つのはシャレット。今から行うゼンの【思考対話】の仕様を考えれば、王2人と並んで座ったほうがいいのだが、流石にそこまで厚顔ではない。
もっとも、ネリーが大丈夫だと言うのでそうするのであって、必要ならシャレットも座っただろうが。
「……む?」「お?」
2人の王がネリーを見つめていると、不意にネリーの目が開いた。
その目の色は、黒。ネリーの元々の色ではない。赤い双眸は、静かな黒目で、ただこちら側を見つめている。
「国王殿、帝王殿。今から【念話】が届くわ。慌てないで、まずはゼンの心の声を聞くといいわよ」
シャレットは既に経験済みであるが故に、ゼンが説明するだろうと思っていた。
ネリーは何も喋らない。ただ3人を見つめている。
そして――
(このような形で初めてお話することをご容赦頂きたい。私はゼン・カノー。ただいま姫様方を守護する者にございます)
ゼンの声が3人、厳密にはネリー・リリーナ・フラン含む6人に響き渡る。
ゼンの【思考対話】は、視覚を共有する能力を含め、その視覚に捉えた対象に【思考対話】をすることが可能、ということが分かった。
【完全解析】での説明は、こうなっている。
【思考対話】
発動能力
言語が理解可能な対象と【念話】で対話が可能になる。
また、自分より低いレベルの対象と、五感を同調することが可能になる。
この効果は自身と対象の魔力に依存し、時間は自身と対象の魔力量に制限される。
更なる進化、派生の可能性がある。
ゼンが色々調べた結果、「理解可能」というのは、いくつか意味がある。
例えば森にいる兎に【思考対話】をかけたところで、五感全てを知ることは出来ない。視覚と聴覚が共有出来る程度だ。
それは何故かといえば、相手が人類種ではない、ということにあると結論付けた。視覚にしてもそもそも兎の見える光景など人は知りようがないし、聴覚も言わずもがな。味覚や痛覚など、むしろ共有しない方がいいだろう。
では同じ人類種ならばどうか、これもまた完全ではない。少なくともリリーナやフランに対しては、【念話】で対話することは可能だったが、他の五感については、ぼんやりと分かる、程度でしかなかった。
また、かけられた側としては、これがかなり不快というか、何か覗かれているような感覚がするらしい。これはゼンとしても理解出来る。
しかし、眷属であるネリーだけは違った。遠く離れていても、細い線であったとしても、ゼンの力の一部を取り込んでいるネリーにとっては、ゼンと同調することはむしろ快楽ですらある。
そのため、ゼンはネリーの感覚を、ほぼフルに捉えることが出来た。何とも熱っぽい感じがして、微妙に冷や汗ものだったりするのだが。
さて、今ゼンがやっていることを、至極単純に分かりやすく説明すると、「ネリーをカメラにした、某アプリの様な、【念話】を使ったテレビ通話」、とでも言えばいいだろうか。
サーバーとしてネリーを使い、ゼンがリリーナ・フランと同調して、ネリーというサーバーに繋ぐ。
そしてサーバーのネリーが視覚でソル・ヴィー・シャレットを捉え、同調しているゼンに【思考対話】の対象として認識する。
こうすることにより、ネリー以外が互いに【思考対話】で【念話】により対話が可能になるのだ。
かなり強引な手段には違いないので、ゼンとネリーの負担は大きい。特にネリーの負担はかなりのものだ。
ステータスこそ飛び抜けているが、それでも長時間の使用には耐えられない。何しろ30分でネリーの魔力量は3分の1以下まで落ち込んでしまう。
元々魔力に頼った戦闘も、日々の生活もしていないネリーだからこそ、そこまで下がっても問題はないが、同じことをシャレットがすれば10分も持たない。
ネリーがゼンの眷属であること、生粋のストライカーであること、日々の生活に有り余る魔力を消費せず、日々こなす鍛錬や訓練、討伐などによるレベルアップによるステータスがあってこそだと言える。
強いて問題があるとすれば、ネリーはこの会話を聞くことが出来ても、口出しすることが難しいことにある。何しろ五感全てをゼンに託しているのだから、【念話】に割く余裕はない。
それが分かっているからこそ、ゼンは順序を立てて、キッチリ時間配分を行った。説明は簡潔に、方針は端的に。
まずやるべきことは、リリーナ・フランに父親と会話をさせることだった。
本来なら父娘だけで話させてやりたいことだが、それはネリーを媒介とする以上、不可能だと予め説明しておいた。
(まず最初に申し上げます。私の【念話】は、少々特殊なものでございます。それ故に、「心で対話出来る」ということだけ、お知らせしておきます。詳細なことにはお答えするつもりはございませんので、あしからず)
これにはソルもヴィーも面食らったが、心で(承知した)と伝えた。それが伝わったところを見て、なるほど、【念話】による対話とは、こういったものなのかと認識した。
(もう一つ。【念話】は自分が思っていることを相手に教えることになります。あまり良からぬことを考えず、ただ会話することだけに集中なさることをお勧めします)
王族の性か、この能力の使い道を一瞬だけでも考えたことを簡単に読まれ、ソルとヴィーは肝が冷えた。
思考が簡単に読まれてしまうのであれば、ゼンの忠告通りにするべきだと、あっさり会話に集中することにした。
前説明が済んだのは5分程度。それからリリーナとフランに5分ずつ、父親に伝えたいこと、またソルとヴィーが娘に伝えたいことを話した。
この時ばかりは王としてではなく、父として接さざるをえなかった。何しろ会話が周囲に丸聞こえなのだ。
さらに何も言わないが、シャレットも同席している。国に関しては迂闊なことを言えない、というより考えるわけにはいかない。
逆にリリーナとフランはそれほど聞かれて困る話はない。若干2人の話にネリーの機嫌が悪くなっているのが同調しているゼンに伝わっているが、そこはもう仕方ない。
(ご歓談途中、申し訳ございませんが、それほど時間がありません。時間を置いてネリーを通せばまた話は出来ますが、お2人とも多忙の身かと存じます。故に、最後にこれからの方針をお伝えしておきます)
ゼンはこの会談で、方針を話すとともに、両国にいくつかの提案を行った。
無事帰還を果たした際には、イアン王子の治療を行うこと。アルバリシア仮第一席のマリス・アルバリシアに一定期間教育を行うこと、以下いくつかの提案を行った。
報告として、リリーナとフランには高度な教育と、日々の訓練・鍛錬により、非常に高いステータスを与えたことも伝えた。
そして、最後に。
(首尾よく全てが終わり次第、フィナール領、ナジュール領を合併し、自由自治区として王国・帝国にも与さない緩衝地として認めて頂きたく思います。王国にとっては不利益かもしれませんが、そこは関税撤廃など、便宜を図るつもりでおります。帝国に対しても、撤廃とまではいかずとも、安価で良質なものを提供出来るでしょう)
今すぐ返事をする必要はない、と付け加えたところで、ネリーの限界が近いことを悟ったゼンは、ここで話を切り上げる。
(我が眷属が、そろそろ限界のようです。次は実際にこの身で、お会いしましょう)
両国に、最後の最後に2つの爆弾を仕掛けて行くゼンであった。
ちなみに【思考対話】の某アプリは、ス○イプのことですね、はい。




