表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
第二章 幼年期 ~鬼才の片鱗編~
38/84

帝国の次女

4/10 初めて一日5000PVを達成しました。凄く嬉しいです。

今回で第二章は終了です。

※人物名を一部訂正

 時は少し進み、ゼンが8歳の半ばに差し掛かった頃。

 非公式な場ではあるが、カルローゼ王国国王ソル・カルローゼと、アルバリシア帝国帝王ヴィー・ニス・アルバリシアは十数年ぶりの再会を果たした。

 互いに歳を取ったものだと笑い、学園での思い出話に花を咲かせる。

 今回はあくまで個人的な会談の場とし、連れている供回りは互いに数人。

 この場で何かを決めるようなことはない、ない予定だったのだが。


 その人物の名が話題に出てくると、互いの空気が僅かに緊張し出した。切り出したのは、ソルである。


「ゼン・カノーにはリリーナも懐いているようだ。そろそろ婚約をと思っておるのだがな」

 この言葉に、笑っていたヴィーが眉をピクリと動かし、少しばかり口調が荒くなる。


「おいおい自由人を縛ろうってのか?確かにシャレット代官は、おめぇのトコに住んじゃいるけどよ。あの息子はまた別だろうがよ」

「何を言う。本人も懐いておるのだから、ヴィーには関係ないであろう?」

 ソルが口元を歪ませながら、言外に「他国事」だと告げてくる。

 これにはヴィーも黙ってはいられない。


「だったらウチのフランも喜んで嫁に行くだろうよ。ちっとばかしそっちが早かったかもしれねえが、付き合いはフランの方が深いと思うぜ?」

 フラン、という名前を聞いてソルの表情に僅かに青筋が立つ。

 現時点でリリーナの最大のライバル、と言っても問題ないであろう、ヴィーの次女であり、帝国継承権第四席の天才。


「あの天才を嫁にやるとは、帝国のすることとは思えんな。継承権は低くとも、帝国は実力主義であろう?自由人の嫁にやる器量ではなかろう」

「何言ってやがる。実力主義だからこそゼンの嫁にしてえんだよ。フランも「あの男は絶対モノにするのだ!」って意気込んでるぜ?」

 そっちはどうだよ、と言わんばかりに上から目線のヴィー。


「貴様こそゼン・カノーを自由人と言いつつ、アルバリシア帝国に取り込むつもりではないか!」

 リリーナの父としても、カルローゼ国王としても、許容出来る話ではない。

 思わず声に怒気が混じるソルを、ヴィーは鼻で笑う。


「フン、別にその気はねえよ。まぁ、確かに、アルバリシア帝王の次女が嫁に行きゃあ、そういう目で見られるかもしれねえがな」

「戯言をぬかしおる。ゼン・カノーは我が王国の宝だ!リリーナを嫁がせれば、我が国でも貴族として迎える予定だ!」

「貴族ねぇ、アイツがそんなタマかよ」

 ヴィーは、足りねえぞ、と付け加えてくる。


「俺はな、何だったらゼンに継承権をくれてやるつもりだよ。流石に第一席は無理だが、第三席辺りなら反発もねえだろうし」

「何だと!?」


 帝位継承権第三席、すなわち現在ヴィーの第三子の地位になっているが、この地位をゼンに渡すと言っている。

 第一席バルド・アルバリシアが次の帝位の最有力候補になるのは間違いないが、第三席というのは帝位が望めない地位ではない。

 血族でもないのに有り得ない、と思うのは、ソルがカルローゼ王国という国の在り方の王であるからこそだ。

 アルバリシア帝国の帝王ヴィーには、血族という拘りは少ない。実力のある者が帝位に就けばいいと思っているし、フランを嫁がせればゼンも血族と言える。

 帝国は国の歴史が浅い、それ故に王国のようなしがらみの少ないのだ。


「大体よ、お前のトコは第三王女だろ?自由人に簡単にポンと渡せるのかよ」

「ぐぬぬ……」

 ヴィーの指摘は、王国の痛いところを突いている。

 まだリリーナの婚約話は公にはなっていないが、王族でもある公爵達はともかく、他の貴族からどれほどの反発を受けるか分かったものではない。

 そもそも順序からして逆なのだ。カルローゼ国民となった上で婚約、という形を取らなければ、あくまで個人である自由人へ王族が嫁ぐなど、普通は有り得ない。それが王国というものだ。


 この点ヴィーは余裕綽々だ。帝国は強ければ国民云々は無関係だ。

 ヴィーの子供達の中でも最強と言われているフランの夫、ということになれば、多少の反発があろうとも帝王ヴィーの名の下に何とでもなる。

 良くも悪くも、両国の歴史の違いと地盤の差である。


 だが。とソルは少し冷静になる。

「……いずれにせよ、ゼン・カノーが受け入れるかどうかは別問題であろう?それに、確かに母親のシャレット代官は国民では無い、しかし我が国の領土の代官なのだぞ」

「む、確かにそいつは否定しねぇが」

 王国のアドバンテージは、現在進行形でシャレットが代官として一部の領地を租税地とし、王国内に居を構えている点だ。

 多少なりとも愛着のある土地、のはずであり、ゼンが発展させてきたイストランド郡は、高い視点で見れば王国の領土。

 ソルからすれば、ゼンがどちらを選ぶか、という点では、僅かに分があるのではないかと希望的観測を持つ材料となる。


 しばしの間、訪れる静寂。


 ソルは自分の考えは間違いではないはずだと思っており、今から貴族達をどう説得するかという思考を張り巡らせる。

 ヴィーからすると、フランを嫁がせるのはほぼ決定事項だ、あとは両親共々満足の行く条件とは何か、それを考える。

 ただ一点、両者に共通して思うことはある。


「まぁ、何だな。こうしてゼンのことをここでどうこう言っても、アレが何を考えてんのか、俺にも良く分からねえんだよな」


「同じことを余も思っておった。あの男は見た目と中身がまるで一致しておらんし、その中身も理解が及ばぬところにある」


 ゼンには何かしらの目的がある、というのは両者共々把握していること。

 問題は、それが一体何なのかさっぱり分からない、という点にある。


 この点ではソルの方が一歩、理解度としては高い。少なくとも人類の発展を志す者であるという判断はなされている。

 ただ何のためにそうするのか、ということは不明なままだ。

 今のところゼンは、地位や名誉というものを欲していない。むしろ高名な両親を壁にして押し付けている感すらある。

 となると、リリーナにゼンとの婚約をさせるには、両親に爵位を与える、という形が望ましいかもしれない。

 これならば功績に報いるという意味で、貴族を抑える理由になる、悪くない。とソルは思い至る。


 一方でヴィーとしては、極めて異質な魔法を使うゼンは、師事を受けたフランにして「敵う相手とは思えんな!」という程の実力者だ。

 そもそもSSクラスの両親にしろ、誰かに飼われるような存在とは思っていない。そんな存在が固まって一国の辺境に居を構えている、というのはどうにも違和感があるのも事実だ。

 確かに家族なのだから、どこかに固まって定住するというのは分かる。

 しかし国に所属する気配を全く見せないことから、少なくとも永住を決め込んでいるわけではないだろう。

 ならばその場所が王国である意味はそれほど無いのでは、とヴィーは考え付く。


 国王の三女、帝王の次女。

 いずれもその役割は、およその部分で決まっていることだ。

 ソルとヴィーはこの場での話は流すことに決め、次は公式の場で、という形で決着となった。



 後年のことになるが、ゼンがこの場の内容を知る機会があり、その時点ではどちらを選んだか、という仮定について明確な回答を避けた。

 ネリーがこっそりどちらかを尋ねたところ、「強いて言えばフランだったかもな」と、ネリーにだけ溢したのは、2人の秘密である。



◆◆◆



 イストランド郡というか、少なくともイストカレッジについては、もう手がかかることはないだろう。

 そう思い出したのは、割と最近のことだったりする。

 今日はユーリに立てさせておいた3年計画の総括を行うことになっている、既に3年はとっくに過ぎているが、いまだ報告書があがってこない。

 しかし時間は与えたというのに、ユーリに泣きが入った。


「総括のしようがありませんよぉ……」

「ちゃんと結果は出たでしょ。報告はきちんと。報告・連絡・相談は大事だって言ってるでしょ?相談ばっかであんま報告しないのはなんでだよ、たまに連絡もしてこないし」

「連絡しようが無い時ってあるじゃないですかぁー。ゼン君いないときとかー」


 それは確かにどうしようもないが、そもそもの代表は母さんであり、執務責任者はユーリだ。俺がいなくてもどうにかして、後は報告をするという形をそろそろしっかり取っていただきたい。

 いずれにせよ、もはや原形を留めていない計画にしても、3年の結果報告はしっかりしてもらわねば。

 だいたいのことは知ってるけど、どこかに報告を求められた時にそういう報告書はあるにこしたことはない。


「総括ってのは無理があるにしろ、3年でどこがどう変わったか、ということはちゃんとまとめなさい」

「ほとんどゼン君の案件の結果じゃないですかー。ゼン君がまとめてくださいよー!」

「それが代表執行官の言う台詞なんですかねぇ……」


 あとあれだ、そのゆるい感じ、もうそろそろやばいんじゃね?年齢的な意味で。

 いやもうむしろアウトなんじゃないか、と言ってやりたい。すごく言いたいけど、本気で泣きそうなのでやめておく。

 いずれにせよちゃんとした報告書を作るようにと、厳密に言い聞かせると、すごすごとユーリは退散していった。

 背中に哀愁が漂ってはいるが、知ったこっちゃないな。


 とまあ、ユーリに厳しく接してはいるが、実際俺の手がかからなくなってきたことは事実なのだ。

 イストカレッジに住むとあるおっちゃんは、もはや立派な地主の1人になっている。それでいてふんぞり返ることもなく、堆肥の作り方もマスターしているし、土壌の管理もお手の物、といったところだ。


「ゼンちゃんの言うとおりにしてたら、こげな感じになったでよぉ」

 おっちゃんから見せてもらった畑というか、田園というか。何ヘクタールあるんこれと聞きたくなる農地は、ムラも少なく立派なものだ。

 雇っている小作人は2~30人はいるそうだ、流民を積極的に受け入れてくれる人物の1人で、俺としてもとてもありがたい。

 最近はそのままおっちゃんのところに居座ってしまう人が多く、そのまま流れで地主ポジションになってしまっているようだ。

 「別に儲けようとかは思ってねかっだけどもなぁ」というおっちゃんの人柄の良さがそうさせたんだろうなあ。


 ちなみにこのおっちゃんには、ちょっと税を多めに負担してもらっている部分があったりする。別に税収を多く得たいというわけではないが、一律税はやはり少し問題があると思うのだ。イストランド郡に住むほとんどの人の仕事は農業なわけだから、持ってる農地に合った税をかけておかないと、取ったもん勝ち、みたいな流れになるし。

 一応ここはカルローゼ王国の領土であり、フィナール伯爵の領地であるが、誰のものかと言えば、代官である母さんの土地、というのが低い視点で見た所有権になるだろう。

 名目上はその土地を貸しているということにして、基本税は頭数で貰うが、あとは耕した分の税を取るように、とユーリ以下文官に伝えた結果だ。

 まあ相当揉めたようだが、一応の決着はついた。結果として税収が上がったが、それを不満に思う人はあまりいないようだ。


 現在の年見込み税収はおよそ白銀貨300枚、金貨3万枚相当だ。

 さすがにこれだけ税収があがってくると、ギース辺りから不満が出そうな気がしたので、エドナを通して年に1割ほどフィナール領行きということにしておいた。

 ギースが物凄く微妙な顔をしていたが、エドナからすると素直にありがたい、ということだったので、これでいいんだろう、多分。

 そもそも収穫した作物を捌いているのはフィナールの町の商人だ、そこでも何かしらの税がかかっているだろう。


 まだまだ穀物地帯として発展出来る要素はあるのだが、イストカレッジはともかく、イストランド郡全体まで、となるとまだ完璧ではない。この辺りで一旦農業改革は段階をストップすることにした。いきなり何もかんも、というわけにはいかんだろう。

 切り札になりえる魔植物については、現段階における結果を見てから、ということにする。魔土成分の扱いもまだシビアだし、発表するとしても学園に入ってからだろうな。



 俺はネリーとともに東の街道を進み、廃鉱に訪れていた。

 代官とかそういう前に、一番のメインだったはずなのに、やっとのこさ手が付けられそうになってきた。

 ここには俺とネリー以外、まだ誰も入っていないと思う。

 久しぶりに訪れた鉱山内は、俺が開けた大穴がそのままになっていた。

 黒鉄鉱の鉱脈を見つけた時に掘った穴とは比べ物にならんサイズの大穴だ、5メートル四方くらいはあるだろう。


「ゼン様、これどうやって穴開けたのにゃ?」

「ん?物理的に開けた。具体的には魔術で」

 ネリーが四角形に開いた穴を見て、掘ったか、ではなくて開けたか、と聞いてきた。うん、正しい。実際のところどうやったかと言うと、【精霊魔法】で土妖精に力を借りて、土を「圧縮」した結果だ。

 つまりどういうことか、この足元にある土は、そんじょそこらの地盤より遥かに固くなっている。作業スペースを空けるために、その空間にあった土を地盤ごと押し込む、という力技を使った。

 なので、掘ってない。開けた。うん、正しいな。


 さてこの下はどうなっているかというと、これまた【精霊魔法】で表面部分を削り取った黒鉄鉱の鉱脈になっている。

 掘れるピッケルがなかったのでこれまた力業だが、どんだけ硬かろうが【精霊魔法】で作り出したカッターに切れぬ鉱石など、ほとんどない、多分。

 少なくとも元素の塊には違いないので、切ろうと思えば切れるのだ、相当無理を通したけども。まあ、こんな無理を通そうとしたからこそ、例えば山崩れなんかを起こす可能性もあったわけで。

 だから俺は「廃鉱で何をしてもいい」という権利が欲しかったのだ、廃鉱ごとぶっ壊れても問題ないように。

 生き埋めで死ぬってことは、俺1人ならまず考えられんし。【精霊体化】すればすり抜けるんだもん。


 とりあえず一通り、掘れる鉱石については調査は完了している。

 やはり廃鉱と言うだけあって、フィナールの町の採掘ギルドで価値があるものはほとんど残っていない。

 だが各種色鉱石、すなわち白石や黒石、紫石などの「属性鉱石」と呼ばれる類のものは、かなり豊富に残っているようだ。

 黒鉄鉱脈、その底にあるダマスカス鉱脈についてはまず後回しにする。

 この属性鉱石を使って作ろうと思っているのは、魔道具でも初歩的なもので、この世界でもよく見かける「ランタン」を筆頭にした、灯りだ。



 ネリーと一緒にそこそこの量と種類の属性鉱石を確保して一度屋敷に戻り、早速工房で試作品の製作に入る。

 小さな魔石を使った市販品のランタンを研究してみたのだが、どうも魔石をエネルギーにして光らせるという、簡単な光魔法がかかっているものらしい。ただこのランタン、少々問題がある。灯りが点きっ放しになるのだ。

 灯りが要らないときは何かを被せたりしているようだが、魔石にある魔力は消耗品である。取り替えればまた灯りが点くようになるのだが、難しい構造ではないにせよ、パッと取り外しが出来る仕組みでもない。

 ネリーはこのランタンの魔石を付けたり外したりすることで、エネルギーを温存しているのだとか。めんどいよな、それ。


 フィナールの町を見る限りでは、現在のアクイリックの魔道具レベルは高くない、といっていいだろう。

 魔石というエネルギーを使用する、というのは念頭にあっても、魔力を伝導させて使用する、という発想があまり多くないのだ。

 冒険者ギルドにあるあの簡易鑑定水晶にしろ、古代道具(アーティファクト)の一種らしい。確かにあれは便利ちゃ便利だが。

 いまだ魔道具を作っている光景というのを見たことがないが、前述のランタンにしろ高価なものだ。もちろん普通のランタンもあれば蝋燭だってあるので、生活に困るようなことはないようだが。


 というわけでまずは手持ちランタンを試作する。

 いくつかの属性鉱石をインゴッド化して、やはり白石がそれっぽいということで、試作品は白石で作る。見た目としては、市販の手持ちランタンのそれと大した変わりはないだろう、実際ガワはほとんど市販品の流用だ。

 ただし、術式を刻んだ印を用意し、それを魔物の血に浸して押し付ける、という手順を踏んだ白石をランプ部分に入れてある。

 するとどうなるか。


「ネリー、これに魔力流してみ?」

「はいですにゃ。おおっ、光ってるにゃ!」

 特別なことはしていない、ただ「魔力を流せる」という術式の印を刻んだだけだ。逆に言えば魔力を流さないと灯りが点かないのだが、そもそも流せる量は極小にしてある。

 これで子供でも使える簡易魔道具ランタンの出来上がりだ。


 各種属性鉱石は、魔力伝導率が高いという話はしたが、実際ただ魔力を流せばどうなるかというと、その色に発光する、それだけのものだったりする。

 それをコアにして、印に書ける程度の簡易術式、まあ見た目はわけわからん魔法陣みたいに見えるだろうが、それを魔物の血で魔力を代用して白石に刻む。

 それ相応の簡単な魔道具なのだが、代用品としては十分だろう。これを何種類か作ってみて、商業ギルドに売り込みに行ってみるつもりだ。


 既存のものに対して、メリットは魔石の消耗が無いこと、デメリットは魔力を流す必要があること、だ。

 市販品の魔道具との住み分けも可能だろう、売り物にならないとは思わない。まあこっちの方がコストは確実に安いのだが。

 印自体は俺にしか作れないが、印を使うことは魔物の血があれば誰にでも出来ることだ。そもそも印自体も手先が器用な職人なら、真似て同じものを作ることが可能だろう。

 こういった使い方もある、ということを広めることにより、もっと資源の有効活用を広めたいと思っている。

 使えるものは使いましょ。



◆◆



 特に何があるわけでもない平原に、俺と母さんと1人の幼女が立っていた。

 訓練をするに当たって、何も無いところがいいだろう、ということでやってきたイストランド郡僻地である。


「妾がアルバリシア帝国第四席、フラン・ニス・アルバリシアなのだ!よろしく頼む!」


 両手を腰にあてて、胸を張りながら目の前の幼女が堂々と自己紹介。うん、名前は知ってる、解析したし。しかし動きやすいのかもしれんが、その年齢で赤のボディスーツに黒のマントってのはどうなのよ?ロリサキュバスか何か?


「えっと、私がシャレットよ。隣がゼン。何でも魔法を教えて欲しいとかって聞いてるけど……」

「うむ!妾は魔法が上手く使えんのだ!」

「へぇ、確かに魔力は凄いみたいね。制御が上手く行かないのかしら?」


 この幼女、魔力の数値は素晴らしい。6歳にして226という数値は先祖返りならでは。

 他のステータスも優秀だ、汎用能力(スキル)を見ても、既にスキルレベル3~4があることから、将来性も抜群だろう。ちょっと気になることがあるけども、魔法を習いに来たんだよね?

 全体的なパラメータの成長値も、全て最低3~以上ということで、[全適正(オールラウンダー)]と見て間違いない、流石に全部「S」というわけではないが。

 レベルもそこそこだ、6歳でレベル8というのは普通の子供では滅多に無い。ネリーでも7歳で11と考えると、この娘なりに研鑽を積んでいるのだろう。

 さもあらん、この娘、なんと【無限成長(ノーリミット)】持ちである。武術神(ホウセン)魔術神(ヴァニス)、それに俺という限られた所持者が持つ、「最強要素」。強くなりそうな気配アリアリだ、国の期待も高いんだろうなぁ。


 褐色肌に赤い目、ショートカットの赤い髪に、小さな2つの角が覗かせている。

 口を開くと犬歯というか、やけに鋭い八重歯が見える。羽こそつけてないけど、やっぱり吸精種(サキュバス)っぽい子だ。

 種族としては人類種魔人族ってなってるけど、純粋に魔族ってわけじゃないだろう。まず混血種で間違いない。

 年齢の割には発育がいい、のかな?リリーナと同じ歳なんだけど、一回り大きい感じがする。どこがとは言わない、そういうことを言いたいわけじゃない。

 小悪魔的な可愛さの幼女なのだが、元気っ娘である。口調が多少変わってるくらいなもので、気取った様子も無い。素直に可愛いと思う。



 一難去ってまた一難、というわけでもないのだが、母さんにまた妙な指名依頼が来たもので。

 この娘、隣国のアルバリシア帝国の姫になるらしく、素質はあるが魔法を上手く使えないそうで、母さんに2週間ほど指導を依頼してきたのだ。

 王女に続いて帝国の姫か、こういう場合、何て呼ぶんだ?帝女?第四席ってのは、多分継承権的な意味だろう。

 ただまあ、仰々しいものは一切なく、指導して欲しいという冒険者ギルドを通した指名依頼を母さんにしてきただけで、それも自分からイストカレッジまでやって来た。お供も2人だけで、なかなか勇ましい姫様であるようだ。リリーナとは事情が違うにしろ、アルバリシア帝国とはなかなか豪胆なお国柄のようで。

 しかし「ニス」ねぇ。全く似てはいないが、魔力の高さといい、特殊能力(エクストラスキル)といい、有り得るのだろうか?

 そういえばリリーナも「シュア」だったなぁ。


 さてさて、魔法の指導ということで、母さんが色々フランに教えているのだが、あまり芳しくない模様だ。

 何故俺が付き合っているかって?「絶対あんた絡みだから」と母さんに連れてこられたのだ、うん、否定はしにくい、てか多分母さんじゃ教えらん気がしてならん。

 そんなフランの様子を見て、母さんからすると、どうも変な感じがするのだという、俺もおかしいと思う、いやもう分かってるんだけど。

 単純な魔法は使える。威力は申し分ない。ここまではいいのだが、詠唱から発動までの時間が妙に短い、詠唱してる意味あんのか?と思うほどだ。


「うーん、出力は申し分ないし、あとはイメージの問題だと思うのだけれど」

「それはよく言われるのだ。しかしイメージと言われてもだな、魔法とはそのようなものだったか?」

「何か変なこと言われた気がするけれど……あっ」

 うん、何か聞き流せないフレーズを俺も聞いた気がするわ、母さんもこっち見てきた。


 そもそもこの娘、魔法を使おうとはしてるのだが、使っている[火球]や[水球]を見ると、魔法にしては威力が「精確すぎる」のだ。

 魔法ってのは結構いい加減、って言うとアレだけど、結局のところ「こういうことが起きますように」というイメージを形にするという、結構曖昧なものだったりする。難しいのはそれを精密に「現象」として起こそうとするイメージをどう持つか、ということ。

 つまりはだ、この娘、イメージが出来ていないにも関わらず、「全く同じ現象」を引き起こし続けているということになる。


 えっと、俺これ知ってますよ、何て言うか、俺と同じやつですよね、てかもうこの娘、魔術神(ヴァニス)の先祖返りってことでいいっすかね。


「ゼン、あなたが教えなさい。フラン様、いいですね?」

「教わる側だ!呼び捨てで構わないのだ!」

 母さんが投げたので、俺も諦めた。何も成果なし、ってのは流石にまずいだろうしなぁ。


「ああ、うん、どうも俺が適任っぽい。じゃあ、よろしく、フラン」

「頼むぞゼンよ!」

 とまあそんなわけで、母さんから引き継いだフランの魔術(・・)指導を開始することになった。

 うん、知ってたわ。【火法術2】とか【水法術1】って【完全解析】に書いてあったもん。

 むしろこの娘、俺と同じで多分魔法はアカン娘や。



 まずはフランの出来ることを一通りやってもらったわけだが、どうやら原始魔術の基礎辺り、というのは「覚えていること」のようだ。

 うんまあ、分かってたけど記憶持ちだよね。間違いなくこの娘の前世は魔術神(ヴァニス)だわ。まああるいは、ヴァニスの弟子か何かかもしれんが。ともあれ、とても近い存在だったんだろうと思う。

 「覚えているのは形だけなのだ」というフランの主張を考えれば、「式」は理解せずとも、「術」は使えているということだ。

 こうなると魔法がなかなか上達しない。その気持ちは、俺もよく分かる。


「なるほどねぇ、逆にそれが枷になるんだよね、魔法って」

「うむ、分かってもらえて嬉しいぞ」

魔術(・・)を覚えていると、まず頭に浮かぶのは、イメージよりも、明確な形だからな」

 よくぞ!と言わんばかりに表情をほころばせるフラン。かわ(ry

 そうすると、どう教えるべきかねぇ。一から理解してもらうのは、俺にとっても教える時間が無さすぎる、年単位で欲しい。

 となれば、やはり暗記させるべきだろうか。初歩的なことは出来るわけだし。

 ただそれを上達と言っていいものかが分からんなあ。


「とりあえず、フランが「出来そうなこと」をやってみせよう。「形」が見えるようにするから、見てて」

 フランは[火球]が使えた、ということは[火矢]辺りも使える範囲にはなるはずだ。起こる現象に大きな違いはない、ただ「球」であるか「矢」であるか。

 込める魔力が同じなら、威力は収束率が高い「矢」の方が強い。相手に当てやすいのは「球」の方なので、使う場面にもよるだろう。

 フランが分かりやすいように、術式を「可視化」させる。


「おおっ!これだ!」


 見ているフランから歓声が上がったが、まだ「撃って」はいない。

 俺の前に浮かぶのは、青白く光る一つの丸い魔法陣。厳密には魔術式なのだが、フランにも魔術を行使する時に、似たようなものが「脳内に」見えているはずだ。

 普段は可視化などしない。というより可視化させるには、別の空間魔術を使う必要がある、しかも結構難しいやつ。


「分かる?これと似たようなものをフランは知っているはずだけど」

「そうだ、これだ!これなのだ!妾が周りに言うても分からんとしか返事が来ぬのだが、妾の魔法とはこういうものだ!」

「うんまあ、俺もそうなんだわ。で、どこが違うか、分かるか?」


 [火球]と[火矢]、術式は似ている。

 だが一部の「式」が違うので、フランに全く同じ魔法陣が頭に浮かんでいるかというと、違うはずだ。

 フランが確かめるように俺の作り出した魔法陣をじっと眺める。


「ここと、ここが違うのだ!」

 フランが指を指して言う。うん、形の違いは理解出来たようだ。式までは流石に無理だろうが。


「正解。こことここを多分、こう変えてるんじゃないか?」

 言いながら、術式を書き換える。

 傍目にはどこが変わったか、よくわからんだろうが、魔術使いなら理解が及ぶ範疇のはずだ、たぶん。


「これと同じだ!妾の[火球(ファイヤーボール)]はこれとほとんど同じだぞ!」

 パチパチと手を叩いてはしゃぐフラン。っていうかやっぱこの娘天才っぽいわ。

 常に同じ威力、ってことは、これをキッチリ暗記(・・)してるってことだもんな。

 ほとんど、というのは出力に入れてある値がフランのものと異なるからだろう。だいたい同じようにしたつもりだが、まあそこは合うとは思ってない。


 それでは、と、[火球]と[火矢]、両方の術式を同時に展開する。

 二つ展開された魔法陣を見て目を丸くしたフラン。

 これが出来るのは俺か魔術神(ヴァニス)か、あるいは【天上書庫(ヘヴンズライブラリ)】を持ってる可能性が高い知識神(シェラ)くらいだろう。

 実質空間魔術を含めて四つの術式展開を維持するのは、かなり難しい。


「同じことを真似するなとは言わない、今回は違いが分かりやすいようにしただけだ」

「ふ、二つも同時に使えるものなのか!」

「訓練次第では使えないことも無い」

 【天上書庫】無しで試したことはないが、魔術神(ヴァニス)は複数展開させていた覚えがある。不可能ということはないだろう、難易度は高いだろうが。


「じゃあ、実際にまず二つを撃ってみるか。威力的にはフランと同じ程度だが」


 というわけで、[火球]と[火矢]を実際に行使する。あ、対象がねえわ、適当に土法術で的になる人形をちょいと離してセット。

 隣で「な、な!な!」とフランが呻いているが、ただ土を盛り上げるのに大した術式はいらんよ。

 無駄に「そぉい!」と言いながら発動。速さ的にはそうでもなく、秒速20メートルといったところ。

 これが速いか遅いかっていうと、普通の魔法よりやや速い、くらいだろう。

 作り出した火矢と火球は、爆発などすることもなく的に当たり、消える。実際には当たれば燃えるんだが、土で作った的だしな。


「とまあ、こんな感じだ。二つの違いが分かれば、術式理解への第一歩、だな」

 ほへー、と呆れる赤髪幼女は、俺と人形の狭間で視線を行き交いさせる。

 いきなりこれをやれっていうのは無理だろう、とりあえず[火矢]を作ってもらおうか。



「ゼン!出来たのだ!」

「うん、いいんじゃないか。お見事」


 さすがに一から術式を編むことは不可能のようだが、元々知っている[火球]の術式をいじれば、[火矢]になることは理解できたようだ。

 これを応用できれば、火法術だけではなく、他の水・土・風・雷についても同じように「矢」には出来るだろう。

 天法術と冥法術については保留かな、術式というか、魔術文字を知っていないと行使することは難しいし。とりあえず原始魔術のみに絞るべきだろう。

 逆に言うと、魔術文字を知らずに[火矢]の術式をちゃんと作れるんだから、たいしたものだと思う。

 などと考えていたら、相当喜んでいたフランが、「あ?」と呻くと、急に膝をついた。


 ありゃ?魔力切れか?そんな兆候は無かったんだが。

 解析してみると魔力量が0になってた。何度も魔術を行使して、しんどい思いさせてたかもしれん、反省。

 軽く目を回しているフランだが、倒れなかっただけ大したもんだろうな。


「フラン、魔力切れだろ?」

「多分そうなのだ、すまぬが肩を貸しt「いやいやお姫様だし、こうだろう」ひゃっ!?」

 俺はフランを両腕で抱える、まだ幼女レベルの身体は軽いことこの上ない。

 お姫様にするからお姫様抱っこって言うんだよ、うん。


「とりあえず帰って休むか。この辺りは魔物も出るし」

 腕の中のフランは顔が真っ赤で、目の焦点が合ってない。照れ屋さんだなぁ。

 じたばたするフランが本当にかわいい。お持ち帰りしたい。いや今まさにそういう状況ですけど。

 俺は断じてロリコンではない、ノーマルである、はずだ。最近ちょっと自信なくなってきたんだよなぁ。



 フランに教えた2週間は実に充実したものだった、すんごいネリーに睨まれたけど。あと母さんニマニマした視線やめなさい、そもそも貴女が受けた依頼のはずなんですけど。

 やはりというかなんというか、フランはやっぱり天才だった。まさか同時行使まで出来るようになるとは。

 流石に一から術式を組むことまでは教えられなかったけど、式の書き換えによって出力と消費の調整くらいは出来るようになった。

 まだ初級レベルだが、何種類か式は覚えたようなので、あとは応用の話だ。


 術式とはすなわち、「術」という結果を生み出すための「式」をどう刻むか、ということ。

 その概念だけは何とか教えられたようで、俺もいい復習になった。


 魔術というのは、基本的に想定より大きな結果が出ることは無い、慣れてさえしまえば魔法より遥かに制御は楽だ。

 それは【精霊魔法】で身を以て知っていることだし、消費する魔力量も魔法よりかなり効率がいい。


 魔術と魔法、どちらか片方で行使することに慣れてしまうと、もう片方を使うのは難しいのだろう。俺にとっては魔法の方が相当難しいんだけど、これは最初にどちらを学んだか、という点にあるように思う。

 俺も【精霊魔法】以外で魔法を使うのはまだ難しいし、なんか覚えてるヒマも無いかな、と諦めモードだったりする。

 応用が利きやすいのは分かってはいるのだが、【天上書庫】が便利すぎるのだよ。


 今回フランに教えた魔術は、結構な制限がかかる。

 自力で一から術式を編むのが困難なので、大規模な範囲魔術の行使は不可能だし、射程距離といった点でも、せいぜい「目に見える範囲」だろう。

 ただし、術式そのものを「暗記」しているので、1つの初級魔術を行使する速度は俺とそう変わるまい。

 少なくとも魔法のような詠唱は必要ない、あとは使い方次第なので自分でどうにかしてもらうことにする。

 ぶっちゃけもうそこら辺の魔法使いではフランに勝ち目はあるまい、母さんレベルなら単独の魔法威力で押せるかもしれないが。



「どうしてもダメか?」

「どうしても、ってわけじゃないが、まあそれなりに色々あるんだよ」

「そうか。妾では不満か……」

「いや、そういうことでは。うん、まあ、将来的に、ということなら、考えなくもない」

「本当だな!?言質は取ったぞ!」

「考えなくもないっつったじゃねーか」


 指導期間を終えたフランは、今日アルバリシア帝国に帰国することになった。

 教えている間、しょっちゅう「我らが帝国に来るのだ!」と誘われたが、折角地盤を作れたのにまた一から、というのは勘弁願いたい。

 惜しいとは両親も俺も思ってはいないにせよ、あと2年ちょっとで学園入りする身だ、出来れば残りをここで過ごしたいと思う。もし王国を追われたら、帝国入りするのも吝かではない。

 しつこく言い寄るフランの言葉が、徐々に「我が婿に来るのだ!」に変わっていたことにはちゃんと気付いている。

 そこはお断りした。流石に入り婿は無理やわ、立場が悪くなりすぎる。


 結局フランは最終的に「妾を嫁にするのだ!」と言い出した。それなら考えなくもないぞ、うん、あくまで将来的に考えてだ。

 リリーナはどうしたと言われそうだが、そもそも本気で言っているわけではない。ただ、向こうから言い出してくる分には、一つの可能性として考慮には入れておく。

 カルローゼ王国とアルバリシア帝国は大陸でも最上位に属する強国らしいし、国の協力を得られる可能性は潰したくはない。

 目的とズレが出てくるようであれば、その時はその時、ということにしておく。


 名残惜しそうに何度もこちらを振り向くフランはとてもかわいいのだが、眺めていたらネリーに背中を抓られた。全然余分な肉がないから痛いんだよそれマジ勘弁してくださいよネリーさん。

 それ見て母さん超笑顔、うっわもう逆に引くわそれ。


「ねぇねぇゼン、二大国家の姫から求婚されて今どんな気持ち?ねぇどんな気持ち?」

「母さんそんな性格だったっけ、超ニマニマ顔すごいですね」

 まさか母親からNDKされる日が来ようとは、ぐぬぬ。


「ゼン様の趣味が解かったような気がします。私はもう手遅れなのでしょうか?」

「いや全ッ然そういうことないから。最近俺も自信なくしかけt「やりはそうなのですね」待って、ネリーさんちょっと待って!」

 幼女趣味(ロリコン)じゃねえから!間違いなく!いや本当に多分!だよね?俺ノーマルだよね?


 あ、お供の人が今更駆けつけてきたし。何やってたんだあの2人は。

 ネリーが何も言ってこなかったってことは、変なことはしてないと思うけど。



◆◆◆



 セレスはヴィーに代わり、帝都アルバニア情報局にて帰国したフラン達を出迎える用意をしていた。

 フランのことは、我が夫以上に理解しているつもりだ。今回のシャレット代官への指名依頼は、どちらかと言えばフランのことを思って言い出したこと。

 態度には出さないが、フランは魔力の才能に恵まれながらも、魔法が上達しないことに少なからず苦しんでいる。

 【無限成長(ノーリミット)】という稀有な特殊能力(エクストラスキル)を持ちながら、早すぎる壁に押しつぶされかけている。

 焦る年齢ではないにせよ、際限なく強くなるはずのフランであるからこそ、その焦りは顕著だった。

 だからこそ、帰国したフランが少し寂しそうにしていたのを見て、得るものがなかったのかと落胆した。

 どう慰めの言葉をかけるべきか、というセレスの思惑と事実は、相当にズレていた。


「母上、色々教わってきたぞ!早速見せるのだ!」


 フランは帰国して開口一番、元気にセレスを訓練所まで引っ張って行った。

 セレスは子飼いの部下2人にまず報告させようと思ったのだが、どうやらフランを優先させて欲しいようだ。

 僅かに陰りのあったフランの表情と比べると、部下2人はむしろ晴れやか、と言ってもいい。いや晴れやかというには、少々諦観が入っている気もするのだが、少なくとも悪いことがあったようには見えない。

 この温度差は何なのだろうか、などとセレスが考えていると、連れてこられた訓練所にて、フランの成長を見せられて驚愕した。


「どうだ母上、妾も少しは使えるようになったであろう!」

「そ、そうだのう。短縮詠唱で五属性とは、これはまた……」

「これだけではないのだぞ![矢(アロー)]や[刃(カッター)]も使えるのだ!」


 今までの魔法の訓練は何だったのかと思わせるほど、流暢に魔法を繰り出すフラン。

 その威力たるや、今までの倍はあろうかと思わせるほどに。その速さたるや、詠唱など無用と言わんばかりに。

 今までは[火球]や[土球]しか使えなかった種類も増え、[風刃]や[雷矢]といった初級でも難関とされている魔法まで使いこなす。

 込められている魔力は今までと大差はないというのに、一体何を教わってきたというのだ。


「こいつは……すげえな」

「おお、父上!どうだ?妾も成長したであろう?」


 いつの間にか来ていたヴィーも感嘆の声を上げた。部下の片割れがヴィーを呼んだのだ。

 帰国時の僅かな陰りは一体何だったのかとセレスは思う。これほど成長してなお足りない、というのであれば分かる。

 だが、父にかけた言葉は、不満という感情を感じさせるものではない。

 愛する両親に見せびらかすように次々と魔法を繰り出すフラン。

 最後にフランが見せたものは、魔法技術の最難関と言われるものだった。


「これは……!」

「まさか、交差魔法(クロスマジック)、か?」


 フランが放った最後の一撃は、[火矢(ファイヤーアロー)]と[水刃(アクアカッター)]の同時発動。

 詠唱が伴う魔法において、本来全く別の魔法を同時に発動させることは出来ない。極限まで詠唱を短縮してようやく放たれるはずの2種の魔法、だからこそ交差魔法(クロスマジック)と呼ばれるのだが……。


「違うのだ父上、これは交差(クロス)などしておらん。別々に同時に使っておるのだ!妾はまだ2つが限界だがな!」

 それに、と満面の笑みで付け加える。

「そもそもこれは魔法ではなかったのだ、魔術(・・)というものらしい!ゼンが妾に教えてくれたのだ!」


 ヴィーとセレスが愛娘の尋常ではない成長が、ゼンの手によるものだと知り、顔を見合わせる。

 確かにヴィーはゼンのことを見て来いと告げたし、セレスも供回りを務める部下に命じて調査を行わせていた。

 だが指導を依頼したのはシャレットだったはずなのだが。


「フラン、お前の指導を頼んだ相手はシャレット代官だったはずなんだが、ゼン・カノーに教わったのか?」

「うむ、妾の知っていた魔法は、どうやらゼンにしか分からぬようなのだ」

 ヴィーの疑問にあっさり答えるフラン。

 前々から教える側の問題なのかと思っていたが、ある程度当たりだったようだ。

 ただゼンにしか分からなかったというのは、どういうことか。


「それが、魔術なのかえ?」

「そうなのだ母上!ゼンは妾の前で妾の知る魔法と同じことをして見せたのだ!妾には見せることなど出来ぬが、ゼンは桁外れに強い!妾とは次元が違ったわ!」

「こんな芸当が出来るフランでも、次元が違う、ってのか」

「妾はまだ2種類の同時発動が精一杯なのだが、ゼンはいくつ同時に使えるかすら分からなかったのだ!少なくとも5種類は同時に使えると見たぞ!」

 両親からすれば、愛娘の魔法技術は既に桁外れに成長したように見える。

 そもそも魔法ではないと言うフランの「魔術」は、交差魔法(クロスマジック)を超えるものだ。

 無詠唱でこれだけの魔法を放てるのであれば、個人が持つ戦闘技術として、正に「天才」と評するしかあるまい。

 しかしフランはこう言っている、ゼンが使う「魔術」は、自身の「魔術」とは次元が違う、と。


「5種類同時詠唱なんて出来るワケねぇだろ……」

「違うのだ父上、そもそも魔術に詠唱なぞ不要なのだ。妾とて詠唱など全くしておらぬのだ」

「今まではしていたであろ?」

「それは皆がそう妾に教えたからなのだ。ゼンとて詠唱などしなかったのだ。そもそも魔術と魔法は結果が同じであっても、理論が全く異なるとゼンが言っておったのだ。妾とて上手く説明は出来ぬがな!」

「じゃあ、何だ?その魔術ってのは、魔法よりすげぇってことでいいのか?」


「妾とてよく分からぬのだ。されどゼンはこう言っておった、「甲乙付け難いが、魔術使いは魔法を使いにくい。魔法使いは魔術を理解しにくい」とな!妾とて同感なのだ」


 言っていることがよく理解出来ない二人なのだが、フランがもう少し詳しく話すと、ゼン以外にフランの魔法指導は出来なかった、ということは理解出来た。

 まず、魔法と魔術では前提が異なる。同じ魔力を使うにしても、使い方が全く異なるのだ。なんだそれは、とヴィーは思う。同じ結果が出るにしても、フランの説明では魔術の方が圧倒的に効率がいい。

 詠唱を伴って魔力を練り上げ撃ち出す魔法に対し、最初から「術式」という一つの形を魔力で思い浮かべれば発動する魔術。

 複雑なイメージを伴わない魔術の方が、よほど都合よく使えるに決まっている。少なくともヴィーはそう評価した。


「だが魔術というのは、複雑なのだ。中級魔法の[火壁(ファイヤーウォール)]や、上級魔法の[炎嵐(フレアストーム)]のような、範囲魔法のようなものは、妾には使えぬのだ……」

 そう言って肩を落とすフランだが、それは全く問題にならないだろうとセレスは思う。たとえ初級魔法レベルしか使えまいと、無詠唱で、なおかつこれだけの威力を連発し、さらに同時に別の魔法を使えるのだ。

 武術については行かせる前から上達していたのだし、総合力において、個人の力量としては、十分過ぎる。ここまで実力を付けて戻ってくること自体想定外だ。

 それに、フランが見せた僅かな陰りは、恐らく今回それが習得出来なかったことではないはずだ。今回の成長については、少なくとも満足している。では何故陰りを見せたのか、それが気になる。


「フランよ、一体何があったのかえ?魔法、いや魔術だったかの、それについては一先ず満足しておるようだがのう」

「そうなのだ母上、そこは妾も実に有意義であったのだ。父上や母上には感謝しておるのだが……」

 そこで一度言葉を区切ると、フランは少しばかり寂しそうに、そして誇らしげに綴る。


「妾は、もっとゼンと一緒に居たかったのだ。出来ればずっと一緒に居たいのだ。ゼンは強いだけではない。その姿は美しく、ある種母上よりも上かもしれん。されどそこではないのだ。ゼンは「天才」や「鬼才」といったものではない、英雄という肩書きすら足りぬ!あれほどの男が大人しくしておるのは、恐らく相応の理由があるのだ!」

 フランは初対面からゼンの力をある程度見抜いていた。その強さに惹かれた。欲しいと思った。近くに居るうちに、少しずつ形を変えながら、この心情に至った。


「……そこまでの男か」

「妾ではその影すら捉えられぬであろう。されど、少なくとも一国の辺境に居るにはあまりにも不足。妾の婿になって欲しいと懇願したのだが、断られてしまったのだ……」


 ここでようやくセレスはフランの陰りが何だったのか、ということを理解した。

 つまりは、だ。


「惚れたかえ?」

「あのような男を放っておく理由は微塵もないのだ!妾は決して諦めぬぞ!」

 フランの拳を握り締めた宣言に、パシンと手を叩くセレス。

「よう言うた!フランよ、脈なしというわけではなかろう?」

「うむ!嫁にしろと言ったのだ!ゼンは「将来的には」と言うておった!必ずや妾はゼンの妻になるぞ!」

「ならば母として伝授せねばのう!まだ幼いが、フランも吸精種(サキュバス)の血を引くものじゃ!必ず篭絡するのじゃぞ!」


 母子のテンションに若干ついていけなくなったヴィーだが、愛娘や妻がやる気になっているのだ、口は挟むまいと決めた。

 吸精種(サキュバス)というのは、普段は冷静なのだが、番う相手を見初めると、とてつもなく情熱的になる。

 ヴィーにしてもそれでセレスを妻にすることになったのだ、愛妾とするにはセレスの地位がありすぎた。

 余計なちょっかいをかけると飛び火しかねないと思ったヴィーは、母子を放置することにした。

 それに、少なくともゼンは、フランにして「隔絶した実力者」であるという。

 ならば帝国として迎えるべき人材に違いない。フランを嫁に行かせるのは惜しいのだが、どのみち帝国に迎えられればフランも付いて来るのだ。そうとなれば、年齢を考えてまず婚約からだろう。それから……。


 というところまで思考が行き着いたところで、部下の報告を受けることを忘れていたことを思い出す。

 ヒートアップしていたセレスを何とか宥め、報告を受けることにする。



 そして2人の部下からもたらさせた報告は、フランをゼンに嫁がせることをほぼ決定付けるものとなる。

 ゼンの従者という獣人少女にさりげなく制されたこともあり、イストランド郡の詳細については、聞き及ぶ範囲の裏づけ程度だったのだが、フランの言は正しいと2人は語った。


「ゼン・カノーは、SSクラスの両親、実力的に更に上と考えられる従者の3人を同時に相手にしようとも、まるで苦にしない。単独でも<災害級>を圧倒しかねないほどの実力者、正しく怪物」


 にわかに信じ難い報告を受けたヴィーとセレスだが、フランの言は更に上を行った。

「ゼンがその気になれば、カルローゼ王国など相手にもならんのだ。帝国全軍をもってしても、勝てる気はせぬな!」

 それを聞いたヴィーは、どうすれば円満に帝国に引きこめるか、ということを真剣にセレスに検討するように指示した。

幕間を一つ挟みます。

4/13 12;00予定。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ