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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
第二章 幼年期 ~鬼才の片鱗編~
37/84

王族来訪

もうすぐ2章完結です、幕間含みで2~3話くらいでしょう。


※ちょこっとスキル名なんかを変えました。【武士】のルビを「ウォリア」に変更。

 フィナールの町の領主の館にて、「領地視察」という名目の視察団一行を迎えていた。ギースは多少の緊張を感じつつ、視察団代表である王族リリーナ・シュア・カルローゼの言葉を受ける。


「フィナール領の多大な発展を高く評価する。他領の参考にするべく、領内の調査隊の受け入れを求む」

「承知仕りました」


 恭しくギースはリリーナに頭を垂れる、後の仕切りはエドナに一任する。

 エドナ以外に王族を受け入れたことのある文官などいないからだ。


 元々この時期に来るということは、王都からの使者から伝達済だ。

 自らの領内に王族の訪問を受け入れるというのは、かなり名誉なこととされている。先代領主ダリルでも、生涯に2回ほどしかその名誉には預かれていない。

 しかも単純な行幸ということではなく、領内発展の調査。

 さらに来た王族が、これが初の行幸となる第三王女リリーナとなれば、極めて「誉(ほまれ)」なことだ。


 王族が他領に赴くこと、すなわち行幸というのは、1人の王族が1年に1回するかどうか、といったところ。その初めての来訪先に選ばれる、というのはこれまた名誉なことだ。第三王女という微妙な立場にいるリリーナであろうとも、それに変わりは無い。

 5歳というのは、些か行幸を行うにしては早すぎるとギースは思うが、僅かなやり取りでも知性的な一端は感じられた。噂では変わり者と言われているが、幼いながらにしろ、やはり王族である、と感嘆したほどだ。


 ただし、ギースとしては、単純に名誉なこととして受け取れなかった。

 もし領内で王族に何かがあれば、それは大変な責任問題になる。

 フィナール領は以前に比べて相当に平和になった領地だとしても、辺境ということには変わりない。危害が及ぶようなことは無いとは思うが、護衛は万全にせねばならない、そのためにゾークに指名依頼を出したのだ。


 もっとも、ギースの心配というのは、それだけではない。最大の懸念事項は、全く別のところにあるからだ。



「王族の護衛なぁ、シャレットのところが見たいって話らしいが、俺が付く意味はあんまねえと思うがな」

 ギースが指名依頼でゾークを護衛に付けるにあたり、今回派遣された視察団の概要をゾークに伝えた。

 左腕については、ゼンが何かした、ということで収まっている。

 ギースとしては詳しく知りたいところであったが、ゼンと極力関わりたくないという思いがそれを上回り、恩人が健康であれば深くは問うまい、と決めた。

 依頼を快く、とまでは行かずとも受けてくれたゾークには感謝するが、本人はそもそも必要とも思っていない。


「どの辺りまで見たいか、ってのにもよるが、そもそもシャレットが案内するだろ。俺まで必要(いる)かぁ?」

「ゾーク殿からすればそうなのだろうが、外聞というものがあってだな、面倒だとは思うが。それに、その、ゼン、殿のことも、な」

「まだゼンのこと苦手にしてんのか。あいつは坊ちゃんのこと何とも思ってねぇぜ?それなりに言いたいことがあるみてぇだがよ」

「いや、それは、エドナから大体聞いているのだが、それも踏まえて、だな」


 実際のところ、ゼンはギースのことを嫌っているわけではない。ただ、エドナを通してフィナールの町の問題点などを伝えてくることがある、厳密にはユーリを通してエドナに伝わるわけだが。

 それがまた領主としては耳の痛い意見ばかりなのだ。

 エドナとしては、ゼンの評価は高まる日々なのだが、ギースとしては、ありがたい存在だが同時に苦手意識が高まるばかりだったりする。

 苦手意識は時間が解決するであろうと思っていた問題だが、領主の器を試され続けている気がするギースである。


 ゾークはイストランド郡について、これといって興味は持っていない。

 シャレットが代官をしているから、自主的に領内を巡回したりしているだけだ。

 最近は魔物に手応えを感じなくなって、ゼンから興味本位に鍛冶を教わったりしている。そんなゾークだが、シャレット共々フィナール領民、しいてはイストランドに住む人々の人気は高い。

 SSクラス冒険者という、世界でもごく僅かしかいない実力者でありながら、とても身近にいる人物。地位を振りかざすこともなく、ごく普通に領民に接する2人は、それだけで敬われる。

 シャレットとしても、ゾーク程興味がないわけではないが、地位やら名誉やら収入やら、ということには執着しない。そもそもシャレットにしても、全てではないが、基本的にユーリに任せているし、人民が集まる理由はゼンのせいだと思っている。

 ゼンはそんな両親を見て、「全部が全部、俺のせいってわけじゃないからな?」と、常々語っている。


「俺に出来るこたぁやるけどよ、ゼンに関しちゃ約束は出来ねぇなぁ。あいつの考えてるこたぁ、あいつにしかわかんねーし」

「それは、その通りなのだが」

「ゼンにちょっかいかけてきたら、俺もシャレットも知らねぇからな」

 ギースとしては、ゼンに対して関与しないとしても、ゾークやシャレットをフィナール領から流出させるようなことは避けなければならない、と考えている。

 縛り付けるつもりはないが、急速な発展を続けるフィナール領にとって、恩人ということを差し引いても、2人の存在は大きい。

 またゼンについても同じことが言える、というより2人以上に存在意義が大きいとエドナは言うのだが、理解はしているものの、名状し難い気持ちがある。

 いずれにしても、王族に行動制限などかけられるはずもなく、何事もなければいいが、そんなことを考えるギースであった。



 カルローゼ王国視察団、すなわちリリーナ一行は、フィナールの町に1週間滞在することになっていた。当然ながら実務を行うのは、リリーナに付けられた部下である。

 ただし、リリーナは飾りの代表というわけではない、リリーナには特別な役割がソルから任じられている。


「リリーナ、お前はゼン・カノーと接触して、お前なりにどんな人物か、見てくるのだぞ。将来の夫になるかもしれん男だ、決定しているわけではないがな」


 リリーナとしても否は無い。恋焦がれた、というわけではないにしろ、会うことを熱望していた人物だ。

 将来の夫、ということについてはまだ良く分からないが、王族として教育されている身だ。いずれ決められた誰かに嫁ぐ、ということは理解している。

 また視察団としても、視察対象はフィナール領全体ではあるが、特に調査すべきはイストランド郡とされている。

 およそ80名ほどで構成された使節団一行は、ほどほどに人員を分けると、2日後にはリリーナを筆頭にイストランド郡への調査隊として向かった。


 調査隊の1人に、カルロという中年の男性が混じっている。彼はアール直属の部下で、アールからの信頼も厚い。様々な土地を見てきた彼の目からして、イストランド郡は、極めて肥沃な穀倉地帯に見えた。

 イストカレッジ、つまり代官の住む村に近づくにつれ、農地の規模が広大になり、作物も良く育っている。また、貴重な存在である家畜についても所々で見受けられる。

 開拓民にその旨を尋ねると、「ゼンちゃんが用意してくれただよ。魔物って聞いてるけど、働きもので助かってるだ。おらも自分だけじゃ収穫しきれねぇほど広くなって、最近は流れてくる人を雇ってるくれえだぁ」と言う。


(あの家畜が魔物だと?確かに魔石らしきものはあるが、牛と変わらんではないか)


 どんな方法を使ったか、ゼンとやらに尋ねる必要があるだろう、恐らくゼンというのはゼン・カノーのことで間違いない。

 その他に作物の収穫量や品質を上げる「腐葉土」や「堆肥」という言葉も聞いた。

 更には牧場を持ち、そこで魔物と家畜を交配して数を増やしているのだという。

 これらのノウハウを得られれば、王国に多大な利益をもたらすに違いない。ひいてはアールの功績にもなるだろう、何としてでも詳細を聞き出さねば、とカルロは意気込んだ。

 だがその目論見は、さほど成果を得られずに断念することになる。


 リリーナもまた、イストランド郡に住む人の数に驚いていた。

 王都と比べれば相当少ないのだが、道中で見てきた他の領民より遥かに豊かで、暮らし振りも満足そうだ。

 行き届いた街道整備についても好感が持てる、道中では馬車に乗っていたのだが、他の街道より揺れも少なく、道幅も広い。

 シャレット代官によるものなのか、というのは不明だが、単純な租税地として考えているとは思えない。執務官が優秀なのか、あるいはゼン・カノーの知識によるものなのか。

 いずれにせよ、手に入る税収をそのまま自分のものにする、ということはしていないに違いない。

 為政者としてはまださほど教育は受けていないが、シャレット代官以下、イストランド郡を治める人物はさぞかし高潔な人たちなのだろうと思った。

 まあ、これもまた、想定よりややズレていたわけだが。


 その道中、カルロは護衛として付けられたSSクラス冒険者、ゾークに声をかける。

「シャレット代官は素晴らしい手腕をお持ちのようだ。ゾーク殿も鼻が高いのではないか?」

「いや、俺はあんま興味がねえからわかんねえなぁ」

 ゾークは視線も合わせずにつれない返事だ。

 無礼な、とは思わない。王国に所属するSクラス冒険者も癖はかなり強い。

 その上を行くSSクラスともなれば、王族視察団とはいえ歯牙にもかけない、というのは十分想定されたことだ。ただこれがシャレットも、となると厄介だが、シャレットは社交的な性格の持ち主であると聞いている。


 リリーナもそんなゾークに対して不満に思うことはない、ただ聞いてみたいことはある。

「ゾーク殿のお子様として、ゼン・カノー殿、というのはどういった方ですか?」

 これには少々ゾークも反応した。


「息子としてか。単純にそう聞かれたら自分で確かめなって言うところなんだが……そうだな、嬢ちゃんに悪さするようなこたぁ、ねぇだろうな。アイツは俺とシャレットの子だ。先祖返りとかは関係ねぇな。ゼンはゼンとしてしか見てねえよ」

「そうですか、立派なお子様なのですね」

「まぁ、「お子様」ってのは、正直どうかと思うがな」


 その会話を聞いていたカルロは、少なくともゾークやシャレットはゼンに対して悪感情は持っていないと判断する。節々から感じるのは、どうもゼン・カノーは精神年齢的に相当高い人物であるように感じる。

 6歳という年齢は前情報にあるが、前世(きおく)持ちということを踏まえて、ただならぬ人物であることは確かだ、警戒して当たらねばなるまい。



「ようこそいらっしゃいましたー。ここがイストランド郡の中央、イストカレッジ郡役場ですー。私はシャレット代官の筆頭執行員、ユーキリス・ランドと申しますー」

 ユーリが何時ものゆるいペースをそのままに調査隊を迎えたことで、カルロを筆頭に調査隊一行は力が抜ける思いをした。

 この場でゾークは「中に入れば俺はいらねえだろ」と外で待つと伝えて、「役場」という建物の前に腰を下ろした。


 さてこの「役場」であるが、視察団が来る前にあらかじめゼンが建てるように指示したものである。ゼン自らが設計図を引き、フィナールの町の大工を総動員して作り上げたそれは、3階建てで作り上げられた、相当に立派な建屋である。

 華美な装飾はしていないが、後の増築まで念頭に置かれたその作りは、遠目からして、まるで小さな城のような異質さを誇る。コンクリートこそ使われていないものの、鉄筋で施された壁は極めて頑強であり、少し触れたカルロは町壁でもこれほど強固なものはそう無いだろうと評価した。


「そもそも屋敷に出仕する方がおかしい、屋敷はプライベートだろ」


 というゼンの主張は至極真っ当なものであるのだが、実のところ代官であるシャレットはあまり役場にいることが無いため、結局文官の出仕先にしかなっていない件について、ユーリは不満に思っている。

 そこまでは知らん、と言いつつ、代わりにゼンが結構な頻度で役場の代官室にいたりするのだが、それはさておく。


 郡内の様子に驚き、役場の外観に気圧され、ユーリのゆるさに脱力した一行は、建屋の中で感嘆する。

 ゼンの知識をほどほどに使った内部設計は、悪趣味さなど微塵も感じさせない、正しく「役所」と呼ぶべき機能性の高さを誇る。整然と並ぶ窓口には人々が列をなし、案内役らしき人物も2名配置されたその光景は、いかに役場が活気付いているかの裏付けた。


「ここの窓口の半分はー、色んなギルドの窓口になってるんですよー」

 言われてカルロが窓口の上にあるボードを見ると、「冒険者ギルド」や「大工ギルド」「養畜ギルド」といった各種ギルド名が書いてある。この役場の一階は、半分が本来の役場としての受付窓口、もう半分はフィナールの町にある各種ギルド支部の出張所も兼ねている。ゼンがフィナールの町の各ギルドを口説き落とし、派遣させた人員が窓口を務めている。

 このうち「農業ギルド」だけは、役場の隣に別の敷地を持ち、既に「イストランド郡支部」としてフィナールの町から独立した支部が出来上がっている。近すぎる支部にいかがなものかという声もあったのだが、それだけイストランド郡が穀倉地帯として地盤が強い証拠でもある。


 一行は言われるままに建屋の階段を上り、2階の文官の詰め所については「代官のところへ案内したら私がご一緒しますー」ということで、据え置かれた。

 3階は幹部級、形式上はシャレットの直属ということになっている、それぞれの分野の文官の専用室が用意されている。

 実際のところは、シャレット直属の文官となると、ユーリしかいないのだが、ゼンが何か文官に指示する場合に無茶振りされる役といったところだ。

 それぞれの分野の長ということで、給金も高めなのだが、ユーリともどもゼンに直接鍛えられる立場でもあり、「昇進してもここに配属されるのはちょっと……」という悲しい中間管理職位置づけだったりする。


 ゼンからすれば「貰ってる分は仕事しろ」ということなのだが、果たして労働と対価が釣り合っているのか、ユーリもよくわからなかったりする。そのユーリも母以上の収入を得ているのだから、文句は全く言えない。


 3階の一番奥に案内された一行は、「代官室」という扉の前でユーリに入室を促され、「ネリーちゃん、あとはよろしくねー」と言って本人はその場に残った。

 開かれた扉の先では、一人の獣人娘が頭を垂らして佇んでおり、右手を開いてそちらを見るように伝えている。給仕姿をしていることから侍女という扱いなのだろうか、愛らしさと美しさを兼ねた、一行から「ほぅ」と声が上がるほど器量のいい娘である。

 だがその右手の先の存在は、その麗しい侍女を遥かに越えるものだった。


「ようこそいらっしゃいました。私がイストランド郡の代官を務めております、シャレットと申します」

 そう告げる緑髪の女性エルフは大層美しい、机を間にしているため全身は見えないが、青を基調にしたシャツもよく似合っており、スタイルの良さを窺わせる。女性としてはやや大柄な身長も美しさに一役買っている、まだ20歳そこそこに見えるのに33歳というのは反則だ、と一行の人間女性が思ったとか、何とか。


 しかし目に留まった存在は、その美しいエルフすら引きたて役に見える。


 体を僅かにエルフの美女に向け、こちらを見つめる一人の存在。


 折り目正しい黒のスラックス、皺一つない上質そうな白いシャツを身に纏い、腰ほどまでに伸びた長髪の黒さは輝かしいまでに艶らしく。後ろ髪に完全に纏めた髪は、超一流の造形士が作った人形でもかくや、というほど整った顔立ちを隠さず。服の上からでも壊れそうなほどに細い体つきは、静かに見つめてくる黒い瞳も伴って、儚げさを加速する。


 そこには100人いれば100人がそう答えるほどの、絶世の美少女がそこにいた。


 傾国の美少女、そんなフレーズが一行に過ぎったその後、リリーナを除き、混乱の極みに陥った。


「シャレットの息子、ゼンと申します。この度のリリーナ・シュア・カルローゼ王女殿下による御行幸の名誉に授かりまして……」


 ゼンがわざわざユーリに確認してまで作り上げ、述べた口上は、リリーナを除き、誰一人として一行は最初の一句以外、耳には届かなかった。



◆◆◆



「ご丁寧な挨拶痛み入ります、私がカルローゼ王国第三王女、リリーナ・シュア・カルローゼです」

 ぺこり、と擬音を伴いそうな感じで金髪の幼女が丁寧な一礼をしてきた。かわいい。イギリスとかで見そうな感じ。

 王族でも頭を下げることがあるんだな、などと思ったものだが、その後が続かなかった。


 なんだこの空気。リリーナ以外あちらさん固まってるじゃねえか。

 しかも母さんとネリーが非難の眼差しをこっちに向けてくるし、俺にどうしろと?あ、母さんが匙投げたっぽい。視線が明後日の方向に行った。

 あーあー、もう、あれでしょー、俺は何もしてないのに向こうが勘違いしてる系でしょー?分かってた、うん、大変不本意なことだけど、こうなる可能性はゼロじゃなかった。知ってた。でも実際起きるまで認めたくなかったっつーか、イストカレッジに住んでる人からも結構勘違いされがちっていうか。

 それを考えたら、ヒバリって現実を見られる娘だったよなー、なんて考えていても、全く事態は好転しないわけで。


 何か俺から言わなければならないのだろうか、と静寂の中で考えていたら、掠れるような声で中年の人間族の男性が尋ねてきた。ふむ、名前はカルロか。


「き、貴殿が、ゼン・カノー、で、ある、と?」

「そうですね、私がゼンです」

 それが何か?とでも繋げようかと思ったが、最低限にする。


「息子、と、仰ったが、ゼン・カノー、本人、である、と?」

「紛れも無く本人です。父ゾーク、母シャレットの息子であるゼン・カノーは私です」

 会話を続ける気はあるんだが、まずは現実を見て欲しい。「カノー」を付けるのは最低限にしたいんだけどな。


「……むす、め、では?」

 いい加減にして頂きたい、と悪態付きそうになる。だがリリーナが窘めてくれた。

「いい加減にしなさいカルロ、失礼ですよ。申し訳ございませんゼン様」

 様付け?

 まあいいや。とりあえず一度この場を流そう、そうしよう。

 そもそもこの場でやるのは一連の挨拶だけのはずだ。


「お気になさらず。リリーナ殿下、差し出がましいようですが、長旅でお疲れのご様子。まずは一息つかれてはいかがてしょうか」

「ご配慮、ありがたく受け取りましょう。案内して頂けますか?」

「ではそこの私の従者に案内させましょう。ネリー、第一応接室まで頼む。人数分の菓子とお茶の準備を」

「かしこまりました。それでは皆様、どうぞこちらに」


 とりあえずネリーに案内させて仕切りなおしだ。視察団、というか調査隊ってのがしっくり来るかな、一行はネリーに連れられて呆然としたまま退室していった。


「ゼン、あなたのせいだからね。あなたが何とかしなさいよ?」

「俺のせいじゃないって」

「あなたがそんな見た目になったのがいけないのよ?」

「息子の見た目を批判する母親がどこにいますかねぇ」

「ここにいるわ」

「ジャーンジャーンジャーン、げぇ、母さん!なんてやってる場合じゃねえか」


 とりあえず時間置くしかねえか。

 自分で認めることは絶ッ対に無いけども、何と言うかちょっと前まではギリギリ美少年ってレベルで居られたけれども!

 残念ながらそこまで俺の身体は戻らなかったんだよ……中身は結構凄いんだよ?マジで。でも見える範囲にねえっつーか、なんつーか。

 ごめんね、見た感じ美少女で。しかもヤバいレベルで。大和撫子的な何かで。でも俺は何一つ悪くねぇかんな?

 美形(イケメン)は得だっつーけど、《男の娘》は何も得しないな、と心の底から思う今日この頃である。



 さて、30分ばかり経ったところで、ネリーが「幾分、落ち着かれたようです」と伝えてきた。「あんな娘が息子なわけない」とか「俺あれなら全然イケる」とか「詐欺や!男装詐欺に違いないでぇ!」とか「もうあちき女として生きていく自信あらへんわぁ」とかいう声がここまで聞こえてたんだが、本ッ当に大丈夫なんだろうな?

 ユーリは完全に知らん顔でどっか行ったし。ってかここからお前が必要になるんじゃねえのかよと思ったのだが。


「あたしが答えられることならゼン君なら答えられるしー、むしろゼン君じゃないと答えられないー、みたいなー?」

「JKのつもりか貴様(きさん)」


 などというのが前日の会話だったりするもんだから、手の施しようがない。

 実際には全くそんなことないんだが、まあ事務方の話はともかく、技術的なことは俺しか答えられんのは確かだが。

 やっぱユーリに男を紹介する必要はねえかな、などと考えつつ、ネリーを信じて母さんと一緒に応接室へと向かう。


 失礼します、と言いながら中に入ると、何やら楽しげなリリーナと悄然としたカルロの2人だけがいた。何でも混乱が収まりきれなかったようで、一度外に出るようにとリリーナが告げたようだ。そこまで引かれる筋合いはない、遺憾の意を表明したい。

 カルロのおっさんはいまだ信じ難いものを見るような目でこっち見るし、表明するぞマジで、遺憾の意。


「部下の者が失礼しました。非礼をお詫びします」

「いえ、ホント、気にしないで下さい、もういいですから、逆に情けないというか」

 若干投げやりに答えつつ下座に座ると、母さんも続けてきた。


「見慣れていないと、仕方ありませんね。最近私も性別を間違えて産んでしまったかしらと思うほどです」

「それはあんまりにもあんまり過ぎませんかねぇ」

 本当に酷い母さんの言葉に、投げた槍を果てまでぶっ飛ばしたくなる。

 まあ、もういいや、母さんも適当だし。対応も丸投げされてるし。


「はあ。えっと、リリーナ殿下、そちらの方は?」

「あ、そうでした。カルロ、自己紹介くらいは出来るでしょう?」

 名前は知ってるけど、自分から名乗ってくれないと呼びにくい。

 やっとの思い、という感じで「カルロと申します」とだけ伝えてきた。

 おっちゃんこの視察団の実質代表とちゃうん?【完全解析】ではそんな背景が見えたんだけど。


「カルロ殿、で、いいのかな。この場で何か話せます?何か、無理っぽい気配なんですけど」

「……そう、ですな。そう、そうなの、ですが、その、そう、そうです、な……」

 アカン、どんだけ精神的ダメージ食らってるんだよこのおっちゃん。食らわせた本人に全くその気がねえのに何だこの俺が悪い感。


「リリーナ殿下、何か聞きたいことがあれば、後日にしましょうか」

「その方が良さそうですね」

 どうやらリリーナも同感のようだ、まあ最低限の義理は果たしただろ。と思いきや、


「それではカルロも退室なさい。シャレット代官もよろしいでしょうか?」

「ええ、それじゃあゼン、後はよろしく頼んだわよ」

 ちょ?などと抗議をする前に、母さんは引きずるようにカルロを連れて退室してしまった。王族の視察団の一員にする行為ではないのだが、リリーナも咎めるどころか手間が省けたと言わんばかりだし。

 これでいいのかカルローゼ王国視察団。



「それほど畏まっていただく必要はありませんよ。そもそもゼン様は我が国民でもないでしょう?」

 というリリーナの言葉はその通りなのだが、額面通りに受け取っていいものか。

 などと考えたものの、相手は王族といっても5歳の幼女である。俺も槍はもう投げたあとだし、別にいいか。


「そういう捉え方をしてくれるのは、助かるな。改めて言おうか。俺の名前は、ゼン、ゼン・カノー。よろしく頼むよ、リリーナ殿下」

「リリーナ、で結構です。私もそんなに他の殿方とお話したことはありませんし」

「そりゃ助かる。俺も別に礼儀正しいってわけじゃないんでね」


 他に誰もいないし、別にいいだろう。投げた槍の行方はもう知らん。

 しかしまあ、リリーナは最初からこうするつもりだったっぽい、元々俺と2人で話したかったことがあるんだろう。


「ぶっちゃけた話、リリーナもそんなに畏まる必要は無いんじゃないか?ここには俺しか居らんよ」

「それはそうなのですが、身に付けたものというのは、なかなか難しく……」

「てかね、リリーナ。君はどこの何が気になるのかな?」


 そう言うと、リリーナの表情が楽しげなものから、愉快なものに変化してきた。

 それはもう歳相応に、本当に愉快そうな表情で。


「そう!やっぱり!見えるんだ!見えるんだよね?何かいるよね!?」


 ほら見ろ、やっぱ5歳の幼女じゃんか。

 さっきから、というよりも、初対面の時からずっと彼女は俺を見ているが、厳密には「俺の周り」を見てるのだ。そこに何がいるかは知ってる。というより、彼女が見えるものが何なのかは、彼女にしか分からんのだが、まあ外れはしまい。


「何がどう見えるかな?」

「あのねあのね、普段はたまーにうっすらとしか見えない、もやもやしたものがあるんだけどね。それがなんか、お姉ち「お兄ちゃんで」……ゼン様の周りにいっぱいいるの!なにそれ!?」

 しれっとお姉ちゃんとか言い出したので訂正してやったが言ってくれなかった、なんでだ、しかもちょっと葛藤があったぞ。

 もやもやしたもの、か。まあそうとしか見えないなら、そうにしか見えないんだろうなあ。俺も意識せんと見えなくなるし。


「話しかけてきたりはしないのか?」

「えっ?話しかけてきたりするの?」

「ああ、そこまでは行かないか……ふーむ」

 興味津々なリリーナがにじり寄ってくる。

 テーブルの上まで上って来そうな感じなので、方法を考える……ってこの娘、【念話】持ちだよな?相手も俺が持ってるのを知ってるだろうし、ちょっとやってみるか。


(待って待って、まずはこうしよう)

「ふぇっ!」

 ソファーから飛び上がるように跳ねるリリーナ。かわいい。

 初めて【念話】を感じるとそうなるよな、ネリーもそうだったし、母さんもそんな感じだったわ。父さんは「おうっ」って普通に返事してきたけど。


(まずはこれで喋る、出来るよな?)

 確かめるようにしつつ、リリーナから【念話】が返ってきた。


(うん、できる。でも変な感じ。みんなこんな感じだったのかな?)

(そうだったんだろうな。てかやったことはあるんだな)

(よくわかんない。気がついたら使えてた。でも【念話(テレパシー)】ってなんか勝手に伝わっちゃうみたいだから、あんまり使わない)

(俺もそうだったわ、たまに漏れるらしいし)

(それはゼン様がいけないんじゃないかな?)

(まさかの同業からのダメ出しキマシタワー。って、こうして対話することは問題ないな?)

 こくこくと頷くリリーナ。

 これが出来るなら、多分いけるだろう。っていうか周りの妖精がうずうずしてんだよな、抑えてもらってるけど。どうも【念話】持ちの存在は、精霊としては本能的に分かるような気がするなぁ、俺の時もそうだったし。


(ちょーっとだけ、びっくりするかもしれんけど。俺の周りに見えるもやに、【念話(テレパシー)】で「おいで」って言ってごらん)

 あんまし一気には行かないようにと注意はしてあるものの、どれだけ抑えてくれるやら。


(いいか、確かにリリーナの言うとおり、何かが居る。そこに居るんだって信じて。そして話しかけてごらん)

 するとリリーナが【念話】の対象を少しファジーにして、告げる。


(おいで)「ってわー!わー!えっ、わー!」


 彼女からどう見えるか、どう伝わったかは分からん。

 とりあえず俺の目に映るのは、青い目をぐるぐる回している金髪幼女と、その周りで踊るような妖精たち。うむ、ファンタジーだ、目回してるけど。リリーナ超テンパってるけど。【念話】が超漏れてるけど。妖精に一気に行かないように告げたのは、無駄だったけど。まあ、錯乱というレベルには行ってないし、妖精は人に危害を与えることはないし、いいか。

 幼女の表情を見なければ、実に幻想的な光景を、眼福な気持ちでしばらく眺めることにした。



「ひどすぎるよー!ちゃんと教えといてよー!」

 涙目のリリーナが叫ぶ。


「やだなあ、ちゃんと教えたじゃないか、「そこに居る」って」

「そういうの「きべん」って言うんでしょ!こんなに何か言われてもわかんないじゃない!」

「あっはっはっは、何て言ってたか分かった?」

「分かんない!でも、いるってことは、分かった!」


 なるほど、やっぱ【完全翻訳】なしじゃ完全な意思疎通は難しいか。

 誰しも理解出来るんなら、魔術神(ヴァニス)も精霊魔術なんて作らないよな、精霊神(ラピュータ)ですらよく分かってない感じだし。

 妖精たちもそこは俺が特別だってことは知ってるらしい、【念話】が伝わってきただけで満足そうだ。


 と、そこで疑問。精霊は【念話】の内容は分かるのに、逆が伝わらないっておかしくねぇか?そう妖精に尋ねたところ、「何となく分かるだけ」らしい。

 おかしいのは俺の【完全翻訳】の方か。持ってることにマイナス面はあんまし無いけど、やっぱ特殊(エクストラ)なスキルには違いねぇなコレ。


「まあどういう存在か、という答えは教えよう。精霊という存在だ」

「精霊?この子たちがそうなの?」

 お、「この子」というグレードアップを果たしたようだ。


「俺も詳しいことは知らんけど、俺の周りはちょっと特殊でな。そういう精霊の集まりみたいなものが、すぐ傍にいるんだわ。普段見えてるもやの集まりが、その子たちだな」


 へぇ~、とばかりに妖精たちを目で追うリリーナ。かわい、いやもういいか。

 幼女趣味というわけではない、断じて。


「多分、【念話(テレパシー)】を持ってる人にしか見えないんじゃないかな?もしくは見えやすい、とかそういうのかもしれん」

「御伽噺の世界だねー」

 そのフレーズはネリー辺りからよく聞くんだが、この世界に来ている時点で俺はずっと御伽噺の中にいるような気分なんだがなぁ。これに共感してくれるのはアズくらいなもんかもしれん、あ、ホウセンはどうだろう。

 とまあ、一段落したところで、ダイレクトに聞いてみる。


「でだ、リリーナはソル国王辺りから何か言われて来たのかな?」

「お父さんが将来のお婿さんがどんな人か見て来いって!」


 思わず飲みかけの茶を噴出すところだった。



◆◆



 あの場で実際に噴かなかっただけ頑張ったと自分を褒めてやりたい。

 だいたいの事情はリリーナから聞いた、まあそこからは推測するしかあるまい。

 とりあえず「OK分かった落ち着こう、俺はロリコンじゃない、OK?あ、いや、でも、俺も6歳なんだよな、アリっちゃあアリか?え、でも、どうなんだろう」などと口走ったことだけは認めよう。

 だから落ち着いて、「ナシではないな」と答えておいた、うん、落ち着いてた、大丈夫、やれた。まだやれないけど。何言ってるんだ俺は。

 俺の多大な精神力パラメータが仕事してくれたかどうかは謎だが、少なくともリリーナは「すっごい綺麗な人で、お茶目さんだったって言っとく!」と言ってくれた。うん、妥当なところだろう。別に綺麗とかそういうのは、本当に要らないんだが。


 さて、あの後代官室に戻ると、母さんが口元を引き攣らせながら待っていたわけだ。いやうん、俺もこの展開は「ある」とは思っていたんだよ、俺自身もそうだが、父さんや母さんを取り込むなら、政略結婚ってのは取り得る選択肢だってのは、分かってた。

 でも実際5歳の金髪幼女から告白されると、元68歳の老人からすれば、孫娘に言われたような気分を通り越した感じなんだよ。少なくとも「加納善一」に孫どころか子もいないんだけどさ、なんかもっと魂の底から湧き出るような謎の感覚ってのがあるんだよ。

 いわゆる「カノーの魂」の記憶ってか、そういう存在を持ったこともある、っていうか。


 異様にニマニマしてる母さんの顔をこれほど腹立たしく思ったことはない。


「で、どーするぅ?ゼンがアリなら、私は別にいいわよぉ?」

「うっぜ、母さんマジうっぜ。てか何があったか大体分かってるよね?」

「流石に察しが付くわよ。ま、そう簡単に受け入れられる話でもないでしょうけど」

「そりゃまあね。リリーナは流石に王族だけあって、割り切りってもんは出来てるっぽいけど」

「第三王女だしね。使い道、って言うと聞こえは悪いけど、そこは教育出来てるんでしょうね」


 まぁ、「ナシではない」と言ったのも事実ではある。計画に変更は生じるだろうが、王国の力を使える可能性があるなら、一つの手段にはなりえる。

 それに本決まりという話ということではない、まだ様子見の段階のはずだ。

 あるいは今回の視察結果次第では、本決まりとまでは行かずとも、仮決定くらいまで行く可能性はあるが。


 さてどうするか、となるとそこはリリーナ次第の部分も結構あるのかもしれない。俺の見極めに来るのなら、信頼出来る部下を送り込んでくるはずだ。カルロがそうだったのかもしれないが、どうもカルロは実質視察団代表だとしても、俺についてはリリーナのオブザーバー的役割だったような感じる。

 アールという何でも王国の文官筆頭の直属である、というところまでは解析済みだ。ただカルロが見極める点は俺の実力というか、知識や技術の前世(きおく)についてを確認しにきたというところだろう。


 工房の中身は流石に教えられんにしろ、腐葉土・堆肥については俺も周知してもらいたいところだし、牧場についても、ギリOKだ。ただし、これは俺にしか出来ないことだ。

 もっと検証が進んで、合いの子の魔物血統分というか、魔物の血が薄くなれば、それを提供する分には問題ないのだが、魔物を家畜化するのは危険を伴うし、あくまで実験段階だと言うしかあるまい。

 芋づる式に魔物家畜につけてある隷属道具(くびわ)についても聞かれるものと考えるべきだろうが、奴隷用の魔道具を突き詰めれば、あるいは似たようなものがこの世界でも作れるのではないだろうか。

 コストパフォーマンス的にどうなのか、という問題はあるが。


 魔道具絡みについては、これは廃鉱に関わってくる部分になるのだが、この地にいる間に試験的にいくつか作ってみようと思っているものがある。

 あと4年というのは些か短いが、本格的に研究を行うのは学園で行うつもりだ。

もし何かしらゴリ押しなり、強硬な姿勢を取るようであれば、こちらにもそれなりに考えがある。出来れば取りたくない手段ではあるが、力には力で対抗する。

 断言してもいい、俺一人でもこの王国程度、潰すことは十分可能なのだ、チラつかせておくのも悪くないかもしれない。

 まぁ、その辺りは調査団の出方次第、あるいは調査結果を持ち帰った王国の対応次第と言ったところか。

 とりあえずカルロには一つ二つ、釘を刺しておくか。



 3日後、それなりに視察も済んだのだろう、カルロはやはり俺を質問攻めにしてきた。それに対して、俺はある程度正直に答えてやった。


「畑の作物の出来がこれほどまでに良いのは何故だ?」

「まず第一に、畑に限らず、肥沃な土地とは何か、ということを考えたことはある?」「作物が良く実り、出来がいい土地を指すのでは?」

「ほぼ正解。それではその土地は、そもそも土の質がいい、ということは知ってる?」「土の質?」「俺は土壌って呼んでる、そういう記憶がある」


「つまり土の質が良ければ作物の出来もいい。そしてその土の質は、ある程度までは人工的に良くすることが出来る」

「それは素晴らしいことだが、どうすればいいのだ?」

「俺がやったことは、まず腐葉土という森や林にある土をある程度乾燥させたものを畑に混ぜ込む、ということだ」

「腐葉土?あの積み重なっていた土か?」「正解、あれは林の中にある土を乾燥させたものだね」

「しかしそれを混ぜるだけでいいのか?」「ちゃんとした使い方ってものがある、それを守れば土壌は良くなる」


「何故そうなるのだ?」「そうなるからそうなる、その知識について説明するのは、俺は出来なくもないが、恐らく理解は出来ない」

「魔法か?」「否、これは一つの学問だと考えて頂きたい。そしてその証明は、結果でしか説明出来ない」


「話を変えよう、堆肥とは何か」「今試験的に作り出している、腐葉土と似たようなものだ。これもまた作物を効果的に実らせることが出来るようになるものだね」

「では腐葉土と何が違うのだ?」「腐葉土はある程度自然に出来るものだが、堆肥は人工的な要素を多大に含む」「具体的には」

「生ゴミ、というものは分かる?」「分からぬ」

「言ってみれば、野菜のクズであったり、食べ残しであったり、そういう普通は燃やすようなゴミのこと。あくまで食品絡みのみ、ということにしておこう」

「あのようなもの、ただのゴミではないか」

「そう、しかしこれも学問の一つだよ」

「しかし、そのようなものを畑に混ぜた作物を食するのは」

「土に埋めて捨てたりするだろう?そういうものが土の栄養になるのだよ」

「生理的に受け付けるかどうか」

「実際、そうして出来上がっているのが、イストランド郡の作物なのだけどね」


「……話を変えよう。あの魔物の家畜は何だ?」

「一種の使い魔のようなものだな、奴隷用魔道具を改良したものを付けている」

「その改良方法は?」「まだ実験段階だ、広められる段階にない。ただ、俺は「そういうことも出来る」ということを知っておくことだね」

「何が言いたい?」「俺は魔物を[使役(テイム)]出来る、ということだよ。まあ完全に出来る範囲となると、限られるけど」

「……脅しか?」「勘違いしないで貰いたいね。そもそも俺は魔物を直接家畜にするということは、基本的に考えていない。実験の副産物に過ぎない。牧場は見た?」「見た。どうやら魔物と家畜で配合させているようだが」

「絶対数の少ない家畜を増やすための研究を行っているところだ。そのために魔物を[使役]しているだけだよ」「実験結果はどうなっている」

「少なくとも条件付で配合は可能だ。合いの子についてはまだ様子見だが、少なくとも「動物」であることは確かだね」「いずれ家畜として使えるということか?」「養畜ギルドから雇った牧童のお墨付きだ。今は経過を確認中だね」


 とまあ、こんな感じだ。

 いずれにせよ、説明しようにも相手の基本知識が無ければどうしようもない、結果が出ているのだからそれで納得してもらう他ない。

 腐葉土については受け入れられると思うが、堆肥については受け入れ難い部分があるようだ。やむを得ない部分もあるだろう。

 魔物の家畜については、俺にしか出来ない実験段階ということを強調し、なおかつ釘を刺しておいた。

 最後に一つ付け加えておいた。


「俺は人類の暮らしをより良くするために、まず必要なものは、安定した作物の供給力だと考えた。その結果王国が力を増す分には大いに結構だが、俺は王国のためだけにやっているわけじゃない。母が代官という地位に就き、領地を借り受けることが出来たことには感謝する。だが両親も俺も、いつでも領地を退いても構わないと思っている。王国を出ることになろうが一切構わない。地位に未練はないからな。余計なちょっかいをかけてこない限りは簡単に出て行くつもりはない、そこだけはきちんと伝えてくれ」


 少しばかりやり過ぎたかと思ったが、このくらい強く言っておいた方がいい。

 カルロは考え込むような素振りを見せると、「私の権限でやれることは限られるが、ゼン殿らを敵に回すつもりはない。必ず上申を行うように、上司に伝えよう」と答えた。

 安心するのは早いが、あとはリリーナや王国の判断だ。

 なるようになるだろう、実際この地を追われようが、両親も俺もネリーもそれほど困ることではない。

 逆にイストランド郡、ならびにフィナール領が反旗を翻してもおかしくないくらいだ。リスクを考えれば、余計なことはしてこないだろう。



 そうして視察団は王都へ戻っていき、俺も日常に戻ることになった。

 のだが、俺はスキルの進化が行われたことに気付いた。

 固有能力(ユニークスキル)から【念話(テレパシー)】が消えて、特殊能力(エクストラスキル)に【思考対話】というものが追加されたのである。

 使い方は【念話】と同じで、今まで通りの使い方と変わらないのだが、要するに【念話】の対象にも一時的に【念話】が使えるようだ。

 きっかけはリリーナとの【念話(テレパシー)】での会話だろう。それ以外に思い当たる節はない。


 今まで一方通行だったものが、相互に可能になったということなのだが、俺が【思考対話】を使っている間しか相手も【念話】が使えないし、相手は俺のみに限定される。

 ルビ付きでないことから、今まで無かったのだろうか。仕様を考えれば【思考対話(テレフォン)】とでも名付けるべきだろう。

 かなり便利なスキルだが、相手を選ぶ必要があるだろう。それ故に【擬態(ミミック)】で【思考対話】を隠し、スキルに【念話】を偽装しようとしたところ、これが出来てしまった。


 こういうことが出来るとなると、【擬態】で例えば【魔眼】を所持しているように見せかけたり、という悪質な使い方も考えられるのではないだろうか。

 何しろ【魔眼】持ちは、事実を嘘と言える存在なのだ。また、そういった使い方をしている人物を暴くのは、なかなか難しい、まず【擬態】持ちであることを見破る必要があるためだ。

 俺なら【完全解析】で見抜けると思うが、そういう悪質な使い方をしている人物とは出来るだけ関わりたくないものだが……少しばかり、そういう存在と何かしら関わりを持つ可能性を考えておくべきだろう。

 何しろ何が起こるかは、いくら想定していても起きるまでは分からないことなのだ、対処方法は常に考えておくべきだろう。



◆◆◆



 帝都アルバニアにおいて、帝王ヴィー・レス・アルバリシアのご機嫌は、ここ2~3年安定傾向にある。

 アルバリシア帝国は強大な軍事力を持つものの、食料自給率という点では他の国よりやや劣る。だからこそ裕福な土地を求め武力侵攻を続けたという側面もあるのだが、近年、隣国カルローゼ王国からもたらされた土地改良法により作物の質量が高まり、交易により非常に安定した食料の提供をフィナール領から受けられている。

 一部の高官は「胃袋を掴まれた」と、あまり良い顔をしていないが、フィナール領から出荷されてくる作物は上質で安価。帝王ヴィーにしても、最近はフィナール領イストランド郡産の作物を好んで食しているほどである。


 無論、それだけで機嫌がいいわけではない。アルバリシア帝国からフィナール領へ流民を続けているのだが、これはヴィーにとって好ましい傾向にある。

 あまり続きすぎるのも問題だが、アルバリシア帝国には税すら取れない人民を多く抱えている。飢えさせるのは忍びないが、アルバリシア帝国は格差が激しく、弱者に厳しい国柄であり、なかなか改善されない部分でもある。

 フィナール領に流れた人民の多くは、イストランド郡というSSクラス冒険者が代官を務める郡に集中して移民していると聞いている。

 流民が続くアルバリシア帝国だが、その国民の多くはカルローゼ王国はさておき、SSクラス冒険者という肩書きを好意的に捉えており、かの強者が代官ならば擦り寄る者も出るだろうと帝国を批判することはない。


 土地改良法とともに帝国も豊かになり始め、人民の数のバランスも良くなり、カルローゼ王国ともまずまず友好的と言える国交を結ぶことが出来ている。

 数年前から何とかならないか、と思っていたヴィーとしては、現状は満足の行くものだった。

 だからこそ、興味を持って調べさせていたのだ。フィナール領の急速発展、そしてその中心にある、イストランド郡について。

 ヴィーの妻の1人であり、情報統括責任者でもあるセレス・アルバリシアからは都度報告を受けている。

 そして今もまた、セレスとの会話でその名前が出ている最中である。



「やはりゼン・カノーが中心か。今のところ関係を崩すつもりはねえが、王女に見に行かせるたぁ、ソルの野郎、取り込むつもりだな?」

「そうであろうな、両親もSSクラスだ。更にゼン・カノーは既にCクラスの冒険者であるようだぞ?その従者もBクラスだという話だ」

「まだ6歳か7歳だってのにCクラス?流石先祖返りってことか、ウチのフランと1つ違いだったか?」


 ヴィーは自室のベッドの中で、セレスから最近のイストランド郡について聞いていた。イストランド郡について出てくる情報のほとんどに、ゼンが絡んでくる。

 自由人である両親を持つことから、ゼンもまた自由人だ。ヴィーとしても今のうちに何かしらの接触を持ちたい。

 セレスは豊満な胸を惜しげもなく晒しつつ、話題に出た我が娘のことを考える。

 自分に似た褐色の肌を持ち、赤い髪と赤い目は、間違いなく帝王ヴィーと同じ気質を感じさせる、先祖返りの娘のことを。


「フランのう。先祖返りで【無限成長(ノーリミット)】持ちだというのに、ちっとも魔法が上達せん。魔力Aとして産まれたのだから、高名な魔法使いの先祖返りだと思うのだがのう」

「どうも前世(きおく)が邪魔しているらしいな。[火球(ファイヤーボール)]や[水球(ウォーターボール)]は使えてるし、威力も高ぇんだがな。教師が悪いのかもしれねえなあ」

 アルバリシア帝国の第四席として産まれたヴィーの次女の名は、フラン・ニス・アルバリシア。リリーナと同い年であり、[人物鑑定]により先祖返りと認定、なおかつ魔力Aという強力なステータスを引き継ぎ、成長値も軒並みB以上の[全適正(オールラウンダー)]でもある。

 紛れもなく「天才」なのだが、武術的なセンスには恵まれているものの、魔力を生かすための魔法については、なかなか上達が見られない。

 本人も腐ることなく努力はしているのだが、「何かが違うのだ!」と主張しており、魔法の中でも初級の初歩しかいまだに使えない。


 フラン曰く、「妾の記憶と魔法はちょっと違うのだ。何が違うのかはよく分からんのだ」という。

 すなわちフランは前世(きおく)持ちだと言っているのだが、それほど深いものは持ち合わせておらず、前世で何をしていたのかは全く分かってない。

 また人格的にそれが表立つようなこともないので、強力なステータスを引き継いでいる先祖返り、としか世間には伝わっていない。


「一度イストランド郡のシャレット代官に預けてみるか?魔法使いとしては世界最強と呼ばれておるぞ」

「ゼン・カノーのこともあるし、悪くないかもな。冒険者ギルドに指名依頼でも出してみっか?こっちから行かせれば問題ねぇだろう」

「ついでにゼン・カノーに会わせるように伝えれば良いであろう。フランは勘も良い。会ってみれば何か感じるところもあるであろう」


 セレスはそう告げると、再びヴィーにのしかかった。

 彼女は吸精種(サキュバス)、なかなかヴィーも大変だったりするとか、何とか。

次は4/12 12:00になるかと

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