エクストラスキルと解放
話が行ったり来たりで何となく申し訳ないです
ネリーにも心配されたので、俺は一度家に帰ることにした。
さしあたりの目的は達したのだ、よしとする。
しかしまぁ、何だろうね、この気持ち。
色々検証してみたいことは多い。
多いことは多いのだが、その前に受け入れたはずの現実と能力を目の前にすると、頭を抱えたくなる。
汎用能力については、神界でも色々やったので受け入れられんこともない。
まさか極めているとまでは思わなかったが、そういう資質を持っている、という風に考えた方がいいだろう。何しろ肉体がコレなのだ、能力が十全に生かしきれる体ではない。
他人に知られると流石に困るが、汎用能力の存在は俺しか知らないはずだし、見る方法もないはずだ。極めている、というより修めている、といったところではなかろうか。
とはいえ「槍王」の父さんにしても、【槍術】のスキルレベルは7なのだから、8以上となると、本来人類では到達が困難なのかもしれない。俺も特別だとしても、神界もまた特別な世界というか、そういう「次元」の違いなのだろう。
やけに戦闘系と魔法系が多いのは、それだけ武術神と魔術神に学んでいた時間が長かった、ということもあるだろう。
ホウセンについては知らないが、ヴァニスは【成長指導】持ちで、【指導者】というスキルも持っていた。
推測だが、【指導者】というのは、対象のスキル習熟速度を早める、というようなものだったのではないだろうか。
戦闘系はホウセンが似たようなスキルを持っていたのかもしれないし、単純に擬似魔物との戦闘経験で得たものかもしれない。
そこまでは判断しようがないが、汎用能力については俺しか知らないのだから、検証のしようもない、か。
帰り道に、ネリーに尋ねてみる。
「【戦鬼化】と【悪魔化】ってスキル、知ってるか?」
「知ってるにゃ、【獣化】とか【竜化】とかと同じにゃ」
名前からしてやっぱりそういうスキルか、と軽く眩暈を覚える。
ネリーの説明は続く。
「それぞれ鬼人族・魔族・獣人族・竜人族の中でも、とっても強い人が持ってるにゃ。固有能力の中でもかなり強力にゃ部類に入るにゃ。国の保護対象レベルだにゃ!」
「ああうん……どんなのか知ってるか?」
実は既に知ってる、【天上書庫】の知識にあった。
ただ知識で知ってても見たことはないのだから、一応聞いてみた。
「ネリーも【獣化】しか見たことはにゃいにゃ。そんにゃに長くはにゃれにゃいみたいだけど、凄く強いのにゃ」
「うん、強いとかは置いといて、姿とかどうなんの?」
そうだにゃー、と考えながらネリーは答える。
「ネリーが見たことあるのは猫人族と虎人族だったにゃ。それぞれでっかい猫と虎だったにゃ。どっちも野生にいる虎よりふたまわりくらいおっきかったにゃ、象よりはちっちゃいかもにゃ?」
むしろ象がいることが驚きだが、それくらいのサイズになるってことか。
まあ、【戦鬼化】や【悪魔化】の形態を知らないんじゃ期待薄だが、これも聞くか。
「じゃあ【大魔鬼化】って聞いたこと、あるか?」
「あるにゃ!」
なんですと?
ネリーに説明を促すと、こう語り出した。
大魔王デビモス。
それは神話を語る更に昔の話、古代の伝説。
人類が共にいがみ合い、戦い続けていた時代のこと。
人類種の戦いに敗れた魔人族と鬼人族は、住む場所を遥か西へと追いやられた。
肌の色や角の存在だけで、人間族に迫害された2つの人種は、残り僅かとなっていた。
その中で生まれた英雄、魔人族と鬼人族のハーフ、デビモス=コウ。
前世を持ち育った英雄は、およそ800人で人間族20万人を打ち破り、自身は単騎で3万人を屠った。
英雄の持つ特殊能力、それが【大魔鬼化】。
その姿は正しく「魔王」と呼ぶのに相応しく、5メートルを超える巨体、紫の肌を持ち、2つの角を持つ魔鬼。
暴風の如き膂力、圧倒的な魔力を奮い、人間族を恐慌に陥れた。
彼の力により、魔人族と鬼人族はその勢力を取り戻し、人間族領へと侵攻した。
魔王が滅ぼした国の数は数知れず、やがて70の城を落としたところで、彼は侵攻を止めた。
彼はこう言った、「飽きた」と。
やがて彼は英雄としてこの世を去るのだが、人間族は魔人族と鬼人族の戦闘能力を恐れ、その後大規模な侵攻を避けた。
「という、有名な御伽噺に出てくるスキルにゃのにゃ」
「そ、そうか……」
名前といいエピソードといい、覚えがありすぎるんだけどどうしよう。多分ソレ本物だわ。
まあホウセンも一度こっちに来たみたいだし、ありえん、ということはないのか。
伝説が不確かなだけかもしれんが、「コウ」ってことは、ホウセンほど記憶は持ち越さなかったのかもしれん。
或いは「コウセキ」とかが更に昔にいて、その先祖返りだった可能性……うーん、どうだろう。
ハーフの中では先祖返りが産まれないというルールがあったはずなんだが。
「もしかしてにゃにか知ってるにゃ?」
「いや、デビモス・コウって、先祖返りだったのかなって」
「名前は確かにデビモス=コウだけど、先祖返りだったとは言われてにゃいにゃ」
「あれ?前世持ちは先祖返りじゃないのか?」
「そもそもデビモス=コウは、デビモスと名付けられただけで、コウは家名にゃ。デビモスが一代で作ったものにゃ。前世持ちでも先祖返りとは限らにゃいにゃ」
それつまりあれか。デビモス・コウってのは、純粋な「転生者」だったのか?
ホウセンにしても、生前から「ホウセン」だったとは言ってないもんな。
それにしても家名と称名は口頭じゃ判断出来ないなぁ……。
「御伽噺にしては、随分詳しいんだな?」
どちらにしろ、どう考えてもデビモスが【大魔鬼化】の名付け親だ。
もしかしたらそれより昔に【大魔鬼化】自体は存在したのかもしれないが、名前と「大魔鬼」が一致しているのであれば、デビモスがそうスキル名を付けたように思う。
デビモスビエンとか名付けたかったのかもしれないが、通じなかったのかな?その辺なんとなく英語が基本っぽいんだよな。
「そもそも「セキ」にしても古代神の称名にゃ。御伽噺は創作だけど、古代神話を元に作られてるから、称名の検証対象にもなってるにゃ」
御伽噺の作者は、古代神話に通じてる人が多いそうだ。
古代神話というのは、神話、いわゆるアジェーラ神の居た時代の、更に昔のことだ。そも、アジェーラとは何者ぞ、というのは後述しよう。
しかしまあ何というか、似たような存在がいるのかもしれないな。
「アレキ」とか「チンギ」とか居たらどうしようか、記憶持ちでなかったことを祈る。
などと会話をしているが、一応知識として大抵のことは調べられる。
【天上書庫】にあるのは知識神の知識そのもの、であるようだ。確認のしようもないことだが。
ただこの【天上書庫】にある知識は、時系列というものが全く整理されていない。
ゆえに「アジェーラ」たる人物が地上で何をしたか、というのはよくわからないのだ。
シェラによる知識だと、非常に簡潔に「アシェラ、第二級下級神・広報担当」としか書かれてない。広報担当って何だよそれ。
まあ、名前が若干違うにしろ、同一人物ではあるようだ、【天上書庫】の知識が正しければだが。
そこは信じるしかないと割り切って、少しばかり神について考える。
「アジェーラ」たる神の知名度を考えると、下級神の方が中級神であるシェラ達より、地上では知名度が高いのではないだろうか。
中級神が下級神より偉いのかどうかはさておき、どうも中級神はまともに名前が伝わっていない感じがする。
となると、中級神は基本的に下級神より昔にいた存在である、となりそうな気がする。
ただこのアクイリックには、神族は俺が知っている中ではアズ達8人と「神獣」だけしか残っていないと聞いている。
下級神については、どこにいたのかすら分からないし、シェラは別の世界に行ったと言っていた。
下級神であった存在で、唯一残ったのが、ガダースである。
ガダースは本人も本来は下級神だったと言っていた。
本人に「アジェーラ」のことを尋ねれば、ある程度正確な情報が分かるかもしれない。
つまるところ何が言いたいのかと言えば。
今俺が持つスキル・知識は、極めて古いものであり、かつ地上では消失したものである可能性は極めて高い、ということだ。
魔術が存在しない、というのはまさにこれに当たる。
下手すれば合金の一つにしても消失技術の可能性がある。
回復薬一つですら、その可能性があるのだ。
実際のところはまだ街にすら行けていないので、どうなっているかは確認出来ていない。
一つ技術を流すことで、色々なところに波及する可能性は低くない。
まずは影響の少ないところから始めるべきだろう。
色々と考えているうちに、家まで辿り着いた。
もう暗いし、このまま夕食ということになりそうだ。
「楽しかったかにゃ?」
「まあ、色々分かったというか、何というか」
「何かずっと考え事してたにゃ、やっぱり何かあったにゃ?」
ネリーは家に着くまで、ネリーから俺に話しかけてはこなかった。
そういった気配りが出来る少女なのだろう。
「まあ詮索はしにゃいけど……」
ネリーはそう言うと、姿勢を下げて俺を見上げるように顔を近づけた。
それは、明るいネリーらしからぬ、とても真剣な表情で。
俺も見つめ返すことしか出来なくて。
「何があっても、ネリーはゼン様の味方ですからね」
ネリーはそう言うと、「ごはんにゃー」と台所へ向かっていった。
……今日は、母さんが家にいる。
俺は一つの決断を下した。
母さんにネリーの隷属道具を外すことに伝えた。
時間が必要だと伝えていたのもあり、可能なのかと問われたが、答えはYESだ。
今の魔力は84、必要な120という数字は満たしていないが、条件は整っているはずだ。
今日すぐに外さなければならないものではない。
理屈は不明だが、レベルも3になっていたし、年齢加算で考えてもあと2年。
あるいは、もっと早い段階でレベル5になるかもしれない、そうなればギリギリ外せる魔力を引き出せる。
だが、【大魔鬼化】を使えば、理論上魔力は252まで上昇する。
そうすれば解除術式は余裕を持って行使出来るだろう。
不安要素は、ある。
何しろ【大魔鬼化】を使用することで、自分の意志がなくなってしまうことも考えられるのだ。
制限時間についてはさほど心配していない、俺の精神力は300近い。
既に人類の壁は一つ越えているはずだ、術式を行使する程度の時間は持つだろう。
それにもう一つ、【大魔鬼化】した姿がどういうものか全く分からないことだ。
御伽噺のそれは化け物そのものだろう。
「魔鬼」という姿がどのようなものか、想像も付かない。
故に、ネリーの隷属を外すのは夜間に行うことにした。
ネリーに姿を見せることは避けられない。
だが、母さんはそうではない、しかし母さんの「保険」は必要だと考えた。
「母さん、今夜ちょっと遠出して、ネリーの隷属道具を外す。でも、危ないかもしれない。だから一緒についてきて欲しい」
「危ないって、どういうことかしら」
「母さんなら分かるかな、【悪魔化】ってスキル、知ってる?」
そう言うと、母さんは顔色を変えた。
「もしかして、使えるの?アレを?」
俺はその問いには首を振る。
「厳密には【悪魔化】じゃない。多分、もっと強力なものだ。【大魔鬼化】、それが俺が得たスキルだ」
「【大魔鬼化】……?まさか、あんな御伽噺の?」
母さんも知っていたようだ。
ならば話は早い。
「多分、[遺伝鑑定]が切っ掛けだと思うけど、どうも鬼人族と魔族の混血種の能力が目覚めたんじゃないかな」
これは推測の域を出ないところだ。
むしろ、何か別の要因……そう、例えばレベル上昇によるパラメータの条件を満たしたとか、そういったもの。
レベルが上がっていた理由も定かではないのだ、強いて言えば父さんとの模擬戦の結果なのかもしれないし、訓練そのものかもしれない。
だが、今使えることは事実のはずだ。
「正直、俺の意志が残るかどうか、分からないんだ。だからいざというときのために、母さんに一緒にいてほしい」
母さんは青い顔をしながらも、考えている。
スキルを使ったかどうかは定かではない、ただ俺は嘘偽り無く言ったつもりだ。
ネリーを自由にしたい、奴隷という身分とかは関係ない。
「俺にとってネリーは家族で、姉みたいなもんなんだよ」
それを救うことに、理由なんて要らない。
だから、今やりたいことをやる、俺は常にそうあり続けたし、これからもそうあり続けるだろう。
俺が俺であるために。
やがて母さんは意を決したようで、「ゼンに危険なことはさせたくないのだけど」、と前置きして言った。
「いいわ。ゾークの妻として、この程度のお願い、聞いてあげられなくてどうするのか、ってね」
それに、と母さんは付け足した。
「そしてあなたは私の子。母親として、あなたのやる事を見届ける。危険と判断すれば、ネリーを連れて逃げる。それでいいわね?」
俺は頷くと、遠出するための準備を始めた。
時計では、およそ24時を回ったところだ。
といっても、20時にはもう寝る準備を始めるような世界だ。
大した照明器具がないのだから、当然といえば当然なのだろう。
その分朝は結構早いのだが。
村から離れること1時間半、周囲を「魔力感知」で調べたところ、人らしきものはいない。
妖精にも尋ねたが、少なくとも「ヒトの魂は3つ以外、遠くにしかない」ということだ。
すなわち、俺・母さん・ネリーだ。
母さんに「光魔法」で、それなりの灯りをつけてもらう。
ネリーさえ見えればそれでいい、厳密にはネリーの隷属道具が見えればいいのだが。
「ネリー、母さん、怖いかもしれないけど、俺を良く見ててくれ」
言葉が通じなくなる可能性もあるので、【念話】で伝えるかもしれないとは告げてある。
「もし、危険だと思ったら、母さんは魔法を駆使して、ネリーと一緒に逃げ延びて欲しい、時間制限があるはずだから」
一応自分の意志で解除出来る、とあるのだが、これが上手く行くかは不明だ。
そこまで精神力が及ぶか分からないのだから。
あとはスキルの説明と、精神力、そしてジョーカーの一つの【限界突破】を信じるだけだ。
「私は、逃げませんよ」
ネリーは、微笑みながらそう言った。
「ゼン様を、信じてます。どんな姿になろうと、ゼン様です。だから、信じます」
ここまで言われて、奮い立たなきゃ男じゃない。
必ず、制御しきってみせる。
俺はまず【限界突破】の発動を試みるべく、集中することから始める。
【大魔鬼化】しても、俺の意志は残る。
残してみせる。
必ずネリーの隷属道具を外してみせる。
考えることは、シンプルだ。
【大魔鬼化】して、俺の意志を残す、それだけに集中する。
魔鬼だろうが、俺は俺だ。
そう、俺が俺であることは、俺だけが決めることだ。
そして、集中力を維持するために、スキル名を口にする。
「【大魔鬼化】」
次の瞬間、とてつもなく強大な力が俺に込められた。
それは暴力的なまでの力、蕩けるような甘美な力。
何をしてもいいのだと力は告げる。
本能が持つ、圧倒的な破壊欲。
何もかも壊したい、いくら壊しても満たされることはない。
目の前の二人は敵だ、壊してもいいものだ、さあ、壊せ。
違う。
違う、違う。
デビモス、俺はお前じゃない。
目の前の二人は敵なんかじゃない、とても特別なものだ。
壊す対象なんかじゃない、守るものだ。
(何を言う、俺は俺だ、やりたいようにやる)
本能に語りかけるはデビモスの意志そのもの。
違う、俺はデビモスじゃない、ゼン・カノーだ。
(お前は俺ではないのか)
本能が哲学的な問いかけに疑問を持つ。
違う、お前が俺を決めるな、俺はお前だが、お前は俺じゃない。
俺は俺だ、ゼン・カノーだ。
お前の力をただ俺に寄こせ、力の使い道はもう決まってんだよ。
今回は、俺に全てを委ねろ、いずれお前の力は必要になる。
その時にこそ、お前の真の力を、俺が使ってやる。
◆◆◆
シャレットはゼンの変化に息を飲んだ。
大きさについては、御伽噺に伝わるほどではない。
だがその威圧感は、立っていることが難しいほどだ。
漆黒の翼を持ち、2つの角を生やしたその姿は正に「魔鬼」。
今すぐにでも逃げ出したい気持ち、すなわち恐怖心を必死に抑え込み、じっと待つ。
ネリーはゼンの変化を見て、その姿を美しく思った。
強烈な威圧感は感じる、だがそれは絶対的強者の証。
御伽噺に伝わるほど恐ろしい姿ではない。
感じてくる強者特有のその力に感動していた。
嗚呼、大魔王デビモスに付き従った者はこのような気持ちだったのだろうか、獣人の本能が刺激され、歓喜する。
見るものを圧倒する威圧感の塊。
見るものを魅了する圧倒的な造形の深さ。
その両方を兼ね備えた、いわば、「美しき魔王」とでも言うべきだろうか。
実際のところ、身長は2メートルもない、僅かながらゼンの面影もあるくらいだ。
ゼン・カノーとはこのように成長するのでは、と思えるほどに。
ゼンからの言葉はまだ、無い。
ただ、意志が無いわけではないだようだ、とシャレットは判断する。
今にも襲ってきそうな威圧感は、ゼンとしても脅威であるのか、何か葛藤している様子だ。
(ネリー、母さん、どうやらこの体、喋ることが難しいらしい)
二人の脳裏に【念話】が伝わってくる。
ネリーは慣れたもので戸惑いはないが、シャレットは初めての【念話】にやや戸惑った。
「シャレット様、大丈夫です。これは間違いなくゼン様の声ですから」
私も始めての時は混乱したものです、とシャレットに伝えると、幾分落ち着いた。
シャレットはネリーの落ち着きを見て、少なくとも自分のような恐怖は、ネリーは感じていないのだと気づいた。
(あまり余裕はないが、やれる。ネリー、近づいて来てくれ)
ネリーはそれに答え、無言でゼンに近づく。
恐怖など微塵もない、目の前の絶対強者は紛れもなくゼンそのものだ。
何を恐れることがあろうか、この身がどうなろうが知ったことではない、ゼンが自身をどうしようが構わない。
ゼンは隷属道具に手を添えて、術式を行使した。
すると、隷属道具はあっさり外れた。
残ったものはゼンの手元の首輪、そしてネリーの首輪の痕だけ。
(こんなものは、無い方がいい)
ゼンはその首輪をどこかに放り込むと、ネリーの首元に手を触れた。
見る見るうちに、ネリーの首から首輪の痕が消えうせる。
その光景を見ていたシャレットは、これがゼン使う「魔術」なのだと理解した。
(誰かに使うことはない。だが、これは俺が預かる。作り直せば、別の用途として使えるかもしれないからな。ただちょっとばかし、疲れた。後はよろしく……)
ゼンはそう言うと、スキルを解いたようで、その場に裸で崩れ落ちる。
慌ててシャレットはゼンを支える。
ネリーはあっという間に終えた自分の隷属道具の解除について、未だ信じられないのか、呆然としている。
事実としては、ネリーの内心は、別のところにあるのだが。
「結構、無茶をしたみたいね」
シャレットは崩れ落ちたゼンの体を抱き抱えると、家路についていた。
ネリーもそれに付いて行っているのだが、ずっと何かを考えている。
ゼンは既に眠っているようだ、無茶して上に、普段夜更かしはほとんどしない子だ、当然だろう。
今日はこのまま寝かせてやろう、そうシャレットは思った。
シャレットとネリーは家に着くと、ゼンをベッドに横たえた。
寝顔は年相応のものだ、しかし、この体にどれだけの潜在能力を秘めているのか。
今日見たものは他言しないというゼンとの約束は、二人とも必ず果たさなければならないと思った。
片や母親として、片やはまた別の感情として。
ゾークに教えるかどうかは二人に任せるとゼンは言っていたが、【大魔鬼化】については伏せることにした。
シャレットも無論のこと、ネリーにも強制力が働く恐れはない、ゾークが根掘り聞いてくる可能性は低いが、どうにでもなるだろう。
「これであなたは自由よ。ゾークも私も、あなたのことは解放してあげたいと思ってるわ」
二人はまだ眠らない。
見たこと、知ったこと、起こったこと。
全ての衝撃は、すぐに休息を許すようなものではない。
だからシャレットは、ネリーに今後について尋ねた。
「あとはネリーが決めることなのだけど、私はあなたのしたいようにすればいいと思ってる。でも、ゼンにとってはもちろんのこと、私やゾークにとっても、あなたはもう私たちの家族なの。そこも分かってくれると、嬉しいかなって思ってるわ」
ネリーにとって、その答えはもう決まっている。
「シャレット様、お願いがあります」
その後に続いたネリーの言葉に、シャレットは戸惑った。
ただ、そうしたいというのであれば、一つの生き方なのだろうか。
いずれにしてもこの場で決められることではない、ゼンやゾークにも話さなければなるまい。
気が重くなるのを感じたシャレットは、一つため息を吐いた。
◆◆◆
結構な時間というか、丸一日とは言わずとも、どうも半日以上眠っていたらしい。
どうやら【大魔鬼化】というのは、相当負担が大きいようである。
本能レベルで精神力を磨耗したのは確かだろう、別人になったかのような力を制御することに相当苦労した。
軽々に使うものではなさそうだ。
事実として、まだ疲れが残っている気がする。
肉体的疲労というより、むしろ精神的なものが大きいかもしれない。
自分の体を見回してみると異常は感じない、何故か裸のままだったが。
服を一着駄目にしてしまったが、そこは仕方の無いことだろう。
【大魔鬼化】によりどんな姿になったのかは不明だが、化け物という感じはしなかった。
視線の高さは「加納善一」だった頃よりやや高いくらいで、感覚はヒトのものとさして変わらなかったことは覚えている。
ただ、今の体についてはどうだろうか、異常は感じないのだが、手足の感覚といい、頭の冴え方といい、何か違う。
どこかおかしいわけではない、むしろ軽く感じるほどだ、何かが変わったというわけではなく、馴染んだという方がしっくりくる。
あるいはこれも副作用の一つだったりするのだろうか。
念のために【完全解析】を試みたが、やはりイメージとズレがあるのか、不可能だった。
その代わりにステータスを確認する。
名前 ゼン・カノー
年齢 2歳
種族 人類種エルフ族
職業 なし
称号 魔王の再臨
状態 健康
筋力:B (C)
器用さ:B (C)
素早さ:B (D)
魔力:D (D)
精神力:S (B)
スキル:【完全翻訳】【無限成長】【完全解析】【改良模倣】【一騎当千】【魔素吸収】
【天上書庫】【万物造成】【鉱石変質】【五穀豊穣】【精霊体化】【大魔鬼化】
【念話】【成長促進】【精霊魔法】【成長指導】【擬態】【威圧】
(【大魔鬼化】↓【念話】【威圧】)
恐らく、確認した時点よりレベルが1上昇しているのだろう、パラメータが上昇している。
素早さは昨日の時点では「C」だったはずだ、素早さだけが一気に上昇したというより、レベルアップによる成長と見ていい。
擬態中のパラメータも変化しているということは、成長値についてまで考慮はされていないのだろう。
スキル欄にも【大魔鬼化】が存在していることので、一度【擬態】を解除して、【大魔鬼化】を隠すことにした。
ついでにパラメータも擬態値を変えておく、素質「S」とはいえ、流石に一気に成長しすぎだと思われる。
【成長促進】の効果も含めて、俺の成長値は一般のそれと比較にならないほど高いのだから、父さんを基準にして設定をしなおすことにする。
ステータスボード側は問題ない、[鑑定]の類を受けた時のみ内容は更新されるものだと母さんから聞いている。
全てのパラメータのランクを1つ下げて、成長値は「4~6」程度に抑えることにした。
この辺りはレベルの上昇に合わせて都度変更をしていけばいいだろう、俺のレベルが上がる条件は未だ不明といえる。
一気に上昇する可能性もゼロではない、柔軟な対応は必要だろう。
寝ている間に母さんから[鑑定]を受けている可能性もないこともないが、【擬態】についてはどのみちある程度話すつもりだ。
【大魔鬼化】は[鑑定]から外せることは、説明しておかなければなるまい。
特殊能力があるということを他人に知られるリスクは極力下げなければなるまい。
もう一つ突っ込みどころはある。
あるのだが、そこはもう擬態でとりあえず誤魔化す。
多分【大魔鬼化】したときに取得したんだろうな、ほんの拍子にスキルを取得しちゃうこの体が逆に疎ましくなってきたわ。
この体で【威圧】も何もあったもんじゃないだろう、まあそのうち解析してみるか。
さて、昨日は色々ありすぎた。
自分としてももう少し休みたい気持ちはあるのだが、いい機会なので、一つスキルを試してみることにする。
俺は【一騎当千】を発動させることにした。
身体的に何か特別な力が宿った、という感触は無い。
影響だけで言えば、【大魔鬼化】の方がよほど手ごたえがある。
ただ、頭脳的には極めてクリアになった、とても爽やかな気分だ。
沸いて来る高揚感、ネガティブな感情は一切無い。
俺は時計を確認すると、その場で腕立て伏せを開始した。
まるで疲れは感じない、精神体だった頃ほどではないが、疲労感というものを全く感じない。
それからステータスも確認する、「大幅に上昇」というのは本当に効果が高いようだ。
そこには筋力・器用さ・素早さは全て「S」と表記されていた。
細やかな上昇値は不明だが、【完全解析】で確認した数値からすると、10や20ではないだろう、恐らく桁が違う。
ひたすら腕立て伏せを続けること数十分、ようやく「疲れ」というものを感じてきた。
やがて効果が切れたのか、ドッと疲れが沸いて来て、体に凄まじい痛みを感じた。
その痛みに耐えながら、俺は再度ステータスの確認を行うと、効果が切れたことを確かめることが出来た。
再度【一騎当千】を発動させると、痛みはスッと消えて、相当疲労が回復したことが分かる。
効果時間は、およそ30分強と思われる。
しかしこの【一騎当千】、相当に強力なスキルということが判明したといえる。
【完全解析】の内容通りと見てよさそうだ。
【一騎当千】と【大魔鬼化】のどちらが優れているか、パラメータだけで言えば「全て3倍」の【大魔鬼化】に軍配が上がるように思える。
また、肉体強化もされることから、純粋な戦闘力の向上という意味では、後者の方が効果は高いかもしれない。
だが【一騎当千】は「疲労回復及び軽減」という効果がある、これはとてつもないアドバンテージだ。
恐らくこの「回復」というのは、「数時間の休息」という結果ではなかろうか。
所謂「超回復」効果もあるのかどうかは定かではないが、【大魔鬼化】に比べると、使い勝手では【一騎当千】の方が遥かに上だと確信を持って言える。
時間制限があるとはいえ、再使用がすぐに可能ならデメリットも全くない……というと、どうやらそういうわけでもないようである。
元々起きてから空腹だったのだが、2回の【一騎当千】を使用した今はそれどころではない、もはや飢餓状態だ。
もはや人類が耐えうる空腹状態を通り越している、前世にこういった経験が無ければぶっ倒れていてもおかしくない。
とにかく栄養が足りない、心なしか体も衰弱している気がする。
疲労とは全く関係なしに、動きがたい体を引きずるようにしつつ台所へ向かいながら、これが【一騎当千】の副作用であると推測する。
恐らくは【一騎当千】はかなりエネルギーを消耗するのだろう。
一回目の効果切れは、痛みの方が上回ったのでそれを感じるまで届かなかったのだろうが、二回目の発動中の今ならそこまで考え付く。
まあ、これが本当にデメリットなのかどうかはまた別の話だ、普通の肉体の持ち主であれば、これはごく自然なこととも言えるのだ。
やろうと思えば、【限界突破】まで併用した状態で、延々と戦い続けるというのは、理論的には可能かもしれない。
まあ実際にそれをやったら、肉体が持つエネルギーが全て消耗され、肉体がいずれ力尽きることになるだろうけども。
台所にはネリーが居た、「何か食わせてくれ」と告げると、大慌てで食事の準備をしてくれた。
手付けにパンをひたすら食いちぎる、普段から3斤レベルで摂っているのだが、これだけでは全然足りない。
水分も必要だ、魔術でコップに水をひたすら注いでは飲む。
とりあえず焼いてくれたステーキ肉にかぶりつく。
行儀なんぞ知ったことか、大量に摂ってる普段の食事量でも、この体を満たすにはなお足るまい。
「ネリー、いつもの倍は頼む」
はいですにゃ!と、ネリーはバタバタと簡単な料理を作っていく。
俺も今は「美味しい料理」を食べたいわけではない、とにかく栄養だ。
大食い大会でもここまで食わんだろう、という量をたいらげたところで、ネリーに料理をストップさせた。
俺の胃袋がどうなっているか知らないが、とてもではないがこの体に入りそうにない量を摂っても、気分が悪くなったりしない。
栄養失調だったらいきなりはこれほど食えないだろうし、一種の低血糖症みたいなもんだったのだろうか。
何にせよ、衰弱したような体は、いつもより割り増しで力に満ち溢れてきた気がする。
ネリーの出してきた料理を全て平らげると、俺は食後のデザート代わりに、リンゴもどきを齧る、酸っぱい。
「すっごくやつれてたにゃ、見たときびっくりしたにゃ。でもこれだけ食べられるのはすごいにゃ」
「やっぱそう見えたか、まあいつも食えって言われたら、ちょっと無理なくらい食ったわ」
俺の体重は不明だが、見た目で言えば20キロあるかどうかだ。
身長で言えば今のところ120センチを超えた辺りではないだろうか、ネリーとはまだ頭1つ分より差がある。
まあそのネリーにしてもまだまだ体は成長期といったところで、ちょっとずつ伸びているようだが。
で、そんな体のどこに5キロ以上の食材が入っているのか、全く不明である。
いつも思うのだが、満腹近く食しても、お腹が出たりとかしないのは、謎としか言いようが無い。
この体はどこまで都合よく出来ているのか、などと思ったりする。
【一騎当千】についても途中で効果が切れたはずなのだが、筋肉痛は全くない、今の肉体がすごいのかスキルの効果がすごいのか分からんが、リスクはそれほど高いスキルではなさそうだ、恐るべし【一騎当千】。
食後のお茶を飲んでいると、母さんがやってきた。
母さんは常々俺の食べる量に疑問を持っていたようだが、今日のはちょっと度が過ぎたようで、食事の跡に目を丸くしている。
「ゼンの体はどうなっているのかしら」と聞かれたが、答えようが無い、俺もさっぱりだわ。
ちなみに父さんは「食わなきゃ強くなれねえぞ!」と、ネリー推進派のようである。
まあこの体が燃費が悪いのかどうかは不明だ、満腹になることはあっても空腹感を感じることはほとんどない。
もしかしたらラクダのコブみたいに、どこかエネルギーの保管器官みたいなものがあったりして……。
という可能性は、ゼロではなかったりする。
医術をアインから学んでいる間に、人種の臓器はおよそどの人種でも変わりは無いのだが、腎臓と肺については、機能がやや異なる人種も存在するらしい。
竜人族の肺の片割れは、気嚢のような役割を果たし、竜人族が身体能力に優れる理由の一つになっているらしい。
また、魔族の中には腎臓の片割れが一種のエネルギータンクになっている種がいるそうな。
ちなみに魔族が魔人族と呼ばれない理由は、「魔人」と大別するには若干定義が苦しいところがあるそうな。
人類種には違いないのだが、獣人族と比較しても多種多様であるようだ。
それはさておき、そういう器官が俺にもあったりするのか、という点では不明である。
自身に対して医療行為として内臓を見る機会なんぞあるまい、いやあったら困る。
俺が死んでから肉体を解剖してもらうのは一向に構わんが、生きている間はそういうことがないことを切に願う。
さて、丁度母さんもネリーもいることだし、昨日の話を含めて、少しばかり話をしよう。
次は3/26、12時予定です




