ゼンの仮の実力
カルローゼ王国を統べる国王、ソル・カルローゼは第14代カルローゼ王である。
即位してまだそれほど年月が経ったわけではないが、王国民からは前王に負けない器量の持ち主であると評価されていた。
今年で32歳、即位したのが8年前。
まだまだ若く、これからも王位にあり続けるだろう。
既に4人の子も設けており、後継者に困る可能性も低い。
中でも長男、イアン・ナモ・カルローゼは、古の勇者の先祖返りの可能性が極めて高いとされている。
優秀なステータスに加え、【武士】という強力な固有能力の所持者でもあり、これは古の勇者も所持していたとされているスキルだ。
そうした強烈な長子を持った背景もあり、ソルが王位にいる間はカルローゼ王国は安泰と言われている。
ソルの戴冠式の話をする。
彼は即位すると同時に、広げてきた領土の拡大を一時凍結した。
「少しばかり領土が広すぎる、余の手に余るわ」
前王でもあるセインも危惧していたことを、戴冠式と同時に宣言したのだ。
国には治められる範囲というものがある。
少なくとも大陸すべてを統治するなど、「余には不可能なこと」と臣下に告げた。
ソルは王になったが、自惚れるような人間ではなかった。
カルローゼ王国は、異人種の融和政策を取り続けていた。
その政策を止めるつもりはないが、それに伴う他国や部落の吸収・合併はこれ以上行わない、ということだ。
多少の反対意見も出たが、文官筆頭・武官筆頭ともに「賢明な判断」と支持したことにより、カルローゼ王国の基本方針は「現状維持」となった。
そもそもカルローゼ王国が、いつから融和政策を取り始めたのかは不明である。
歴史の長い国であり、始祖はアジェーラ神と共に戦った勇者シツネ・ミナモとされているが、国の成り立ちについては詳しく残されていない。
初代カルローゼ王はシツネの血を引く物であったそうだが、これも定かではない。
実際のところ、事実とする物的証拠は見つからないのだ。
3代目であるニール・カルローゼがそういった文献を残したことから、ようやくカルローゼ王国の歴史がはっきりされてくるのである。
カルローゼ王国は元々人間族の集まりである。
しかし人間族は知っている、数ある人種の中でも人間族は非力であると。
その認識を強く持った優秀な人間族が、他種族の力を借りながら作り上げた、それがカルローゼ王国である。
カルローゼ王国は他国にとって脅威である。
他国に武力侵略をする可能性は低いと見られていたが、大国であるカルローゼ王国は、それだけで脅威だ。
故にソルの宣言は、他国の代表に大きな安心をもたらした。
ただ、隣国であるアルバリシア帝国としては「面白くない」話であった。
「ソルの奴め、現状維持とは中々面倒なことをしてくれる」
現帝ヴィー・レス・アルバリシアは、宣言を側近から聞くと鼻を鳴らした。
アルバリシア帝国は人類歴史上、新興国の部類に入る。
魔族を主体とした民族の国であり、武力をもって独立を宣言した、女傑アリシア・アルバリシアが作った国である。
そこからヴィーは数えて4代目、国の歴史は200年にもならない。
アルバリシア帝国は力で周りの国をねじ伏せてきた。
帝国最大の仮想敵国は、隣国カルローゼ王国。
ヴィーはカルローゼ王国と事を構えるつもりは無かったが、臣下はいずれ、という気持ちでいただろう。
女帝アリシアはかつてこう語った。「正義が強いのではない、強いことが正義なのだ」と。
これがアルバリシア帝国の第一主義となっている。
ヴィー・レス・アルバリシアは、先祖返りである。
女帝アリシアの再来と呼ばれ、「最強の魔族」と誉れ高い。
「レス」とは、神話に登場する賢者ヴァレスの先祖返りの称名であるとされており、本人の実力も含め、それは事実であるという見方が強い。
ゆえにその名をもって帝国を統治しているが、打倒カルローゼ王国を叫ぶ民衆を抑えるのもなかなか難しい。
弱きものは滅ぶべし、という論調は、過去から軟化しているとはいえそう払拭されるものでもない。
しかしヴィーは考える、今回の宣言はカルローゼ王国と結ぶいい機会ではないだろうか、と。
カルローゼ王国が領土野心を捨てて国を統治するのであれば、より国の体制は強固になるだろう。
大義名分を掲げるのも難しくなるし、そういう国と戦うのは望ましくはない。
帝国の地盤は決して強固なものではないのだ。
表立って「戦わない」と宣言するのは弱気と取られないが、「内政の強化」を理由に不戦条約を結ぶことは不可能ではないはずだ。
そこから更に同盟、血族同士の婚姻と繋ぐ。
時間はかかるだろうが、ヴィーはこれを己の中で国の方針とすることを心に決めた。
ソルとヴィーは、学園の同期である。
仲が良かったかというと、互いに首を捻るだろう。
人望のソル・強者のヴィーといった、二大巨頭であった。
実力はヴィーが圧倒的だ、しかし人気があったのはソルだったのだ。
ただ、互いに認めるものがあったのも確かで、常々国の在り方など語ったこともある。
周囲からすればライバルであり、少なからず互いもそうあったが、彼らは王族であった。
この学園の中で優劣を決めるのは互いに避けたのだ。
そもそも同期にさえならなければ面倒もなかったものだが、そこまで神は考えてくれなかったようだ。
彼らは王族の第一継承者として、賢明な判断が出来る存在であったのだ。
「国王様、少々お話があります」
僅かに顔を紅潮させた文官筆頭がソルに声をかける。
ソルはいつもの冷静な筆頭らしからぬ態度を見て、若干疑問を持つ。
「どうしたアール、何やら興奮しておるようだが」
「鑑定官から「急報」が届きました。先祖返りの子供が産まれたようです」
ご覧ください、とステータスボードを差し出してくる。
はて?とソルは更なる疑問が沸いてくる。
確かに先祖返りは貴重だ、両親がそれを認めれば、国で英才教育を受けさせることになっている。
事実そういった優秀な子供が国に仕えることで、国が発展してきた面もある。
目の前のアール・ラルという人物にしてもその一人だ。
ただ、ここまでの反応をしながら報告してきたことは無い、とてつもない先祖返りでも産まれたのだろうか?
受け取ったステータスボードを見て、ソルは僅かに玉座から腰を浮かべた。
「先祖返り、固有能力持ち、優秀なステータス、そして……」
「資質SS級、と思われます。全適正者の中でも、突出しております」
全適正者とは、素質が全てB以上、というステータスの持ち主に付けられる、言わば「天才」の呼称でもある。
先祖返りの者でもないと、そう目にするものでもない、先祖返りにしても全てB以上というのはそう数は多くないのである。
しかし全て「S」という表記は、人類歴史上聞いたことがない。
アールにして資質SS級、などと聞いたことのない言葉を口に出したものの、実質そう呼ぶしかあるまい、とソルは思う。
ただ、ソルは僅かな時間で落ち着くことが出来た。
浮かした腰を戻し、しばしの間に置いて言う。
「惜しむべくは、我が国民ではないことか」
「はっ、父親ゾーク・母親シャレット、いずれも自由人でございます」
自由人同士の子供は自由人。
聞けばゾーク・シャレット共にSクラスの冒険者であるとのこと。
Aクラス以上の冒険者は、可能ならば国に在籍して欲しいほど優秀なのだが……。
「Sクラスになるまで自由人で居たということは、地位など必要ない者ということか。優秀な冒険者ほど自由を求めるものだからのう」
冒険者の気概とでも言うべきか、現役の冒険者というのは、優秀であればあるほど国に囲い込まれるのを嫌う傾向にある。
彼らはあくまで「冒険者」なのだ。
要請することで国の仕事を請け負ってくれることもあるが、やりすぎると国から出て行くこともある。
魔物討伐のスペシャリストでもある貴重な存在だが、本人の自主性に寄るところが大きく、下手なアプローチはかけにくいのだ。
危険な仕事を自主的にやってくれるのだから、居るだけでも意味は大いにある。
「では、放置なされるので?」
アールは不満なのだろう、ソルの消極的な台詞に僅かに目端を吊り上げる。
「諦める、というわけではないがの。固有能力も【念話】であることから、今のところ無理にでも、というほどではない。無駄な騒ぎを起こせば他国からも目を付けられるかもしれぬ。何かあれば報告せよ」
ソルはむしろ、騒ぎが広まることにより、他国からの引き抜きを懸念した。
確かに「天才」だが、まだ2歳の子供だ。
「カノー」というのも聞いたことがない称名だ。
【念話】は「カノー」が持っていたスキルなのだろうが、不要とは言わずとも、有用とも呼びにくい。
両親が国内に留まってくれれば御の字、とソルは判断した。
「ゼン・カノーの存在は緘口令を引く。いずれ折を見て判断するものとする」
ソルはアールにそう告げると、アールは了解の意を示し、その場を去った。
玉座に座るソルは一人、考える。
SS級先祖返り、ゼン・カノーのこと。その両親のこと。
そして産まれたばかりの愛娘、リリーナ・シュア・カルローゼのこと。
新たな先祖返りとして産まれて来たばかり娘も【念話】を持っている。
生後に鑑定はしたが、ステータスに恵まれている、というほどでもない。
ステータスとは、人間を測るものとして、一つの物差しでしかないということはソルも重々承知だが、王族としてどうか、と言われるとまた話は別なのだ。
同じ【念話】持ち同士なら、いい相手になるかもしれない。
(一つの方法、ではあるかもしれぬ、な)
王族の三女となると、有力な貴族や諸外国に嫁に出す、ということになるが……。
その現実性について、可能性を考えるソルであった。
◆◆◆
「はっはっは!やるじゃねえかゼン!俺とここまで打ち合えるのはそんなにいなかったぜぇ!」
そう言いながら馬鹿親父は俺めがけて槍を横薙ぎに払う。
狙いは足元だ、僅かに反応が遅れたが何とか後ろに飛んで距離を取る。
しかし親父は距離を更に詰めて来る。
「ガチで槍振るうのはヤメろやクソ親父が!俺はまだ2歳のガキやぞ!」
俺はそれを阻むべく親父の槍を払おうとする。
同じ槍同士でもリーチの短い身としては、むしろ近づかないといけないのだが、体勢が整わない。
まるで隙を見せてくれない、俺は槍が得意ってわけじゃなかったんだよ、長刀がメインだったし。
「2歳のガキが俺とやりあえるワケねえだろうが!」
親父は大人気なく俺の一撃をいなすと、自分の間合いに詰める。
払われた俺の槍はまだ構えきれていない。
そして突きが飛んでくる。
速いッ!
「お前の子供だろーが!信じろよ!?馬鹿なの!?死ぬの!?」
紙一重で回避する。
刃は潰してあるっつっても狙いが頭だったぞ!?
まともに食らったら重傷は避けられんわ!下手すると死ぬ!
ゼンです。
親父殿が大人気なさすぎて泣きそうです。
鑑定式が終わってから、国から何かしらのアプローチが来ると母さんは考えたようだが、特に誰も来なかった。
報告されてない、ということは流石にないだろう。
となると、先祖返りっつっても微妙なパラメータで、【念話】についてもさほど興味を持たなかった、ということだろうか?
反応からすると、俺は結構な存在っぽいのだが。
いずれにせよ干渉してこないのであれば、ありがたい。
何もなし、と判断した母さんは、一安心、といったところだ。
俺はというと、ネリーと一緒に裏庭で体作りを始めていた。
日々成長を実感出来るのも妙な感覚なのだが、やればやるだけ力になっている、という感覚があるのだ。
少なくとも加納善一だった人間の体じゃ、2~3日やったくらいじゃ全く実感が沸かなかったのだが。
それだけ今の肉体にポテンシャルがあるということだろうか?
まだ幼稚園出たてかな、という程度の感触なのだが。
流石に顔は分からんが、俺の知ってる幼稚園レベルの肉体とは思えん肉の付き方をしている。
アスリート同士の子供でもこんな体つきにはならんだろう。
太い、細いでいえば細いのだが、脱いだら凄いんです。
単純に栄養が足りないってことはないだろう。
とにかく無駄な肉が少ないのだ。
ネリーに「俺の育ち方とか肉付きとかおかしくない?」と聞くレベルだ。
まだ見せたら恥ずかしいってことはない、相手はネリーだし。
断っておくがそういうプレイ(ry
ネリーが言うには、「とても理想的な育ち方にゃ、でももっとご飯も食べるにゃ!強そうには見えないにゃ!」とのこと。
食事は離乳食みたいなもんはとっくに卒業済だ。
これ以上食えって言われても困る、今でも相当な量を摂っているのだ。
朝夜の2食なのだが、朝から父さんが取ってきた肉をひたすら食し、夜には母さんが取ってきた肉をひたすら食す。
野菜どこいった!?
と悲鳴を上げたくなるくらい肉の比率が高い。
ネリーにこれが普通なのかと聞いたら、目が泳いだ、やっぱ普通じゃねえな?
とりあえず出されたものは当然食うけど、栄養バランスも考えていただきたい。
ただ、ネリーからしても「野菜より肉にゃ!その方が育つにゃ!」という主張がある。
実際のところ、この体は人間のソレと全く違う、という可能性もあるにはあるのだが、ちょっと異常だろう。
人類ってのは別に肉食ってワケじゃねえんだぞ、多分。
ちなみに炭水化物はパンをガッツリ食っているので大丈夫、食感は今一つなんだけどな。
母さんに懇願して、「野菜ももっと食べさせてください」って言ったら、ようやく飯に野菜サラダが増えた。
味も食感も地球のソレとほとんど変わらないようだ、やっぱ神野菜がおかしいんだな。
もしかしたら野菜が高級品だったりするのかと聞いたら、それはそうでもないらしい。
しかし、この村にしても、それほど量が取れないのだそうだ。
町では普通に売られているらしいが、祖母曰く、「野菜の質はエルフ的にはイマイチ」だったそうな。
食いなれればそういう味と認識出来ても、食いなれたモノより不味ければそうなるだろう。
品種改良なんかはされてるとは思えないし、あるいは土の質が悪かったりするのかもしれないな。
ともあれ食事事情は改善された、とは言い難いのだが、バランスだけはそんなに悪いもんでもないだろう。
問題は量なのだ、男児たるもの出てきたモノは食い尽くす、とマイポリシーを貫く所存である。
あるのだが、これ以上は体に入らないって、というレベルで毎食食べているのだ、2~3キロはあるんじゃねコレ?
肉だけで1キロはゆうに越えるだろう、みんなそんなに燃費悪いん?と思ったら、俺だけが多いのだ、解せぬ。
聞いてみれば、成長期だから、という理由でこの量らしい。そういうもんなん?
なんだかんだで毎度食いきれるのだから、俺も大概ではあるのだけど。
食ってはネリーと鍛錬、食っては魔法の練習をして寝る、という毎日だ。
魔法の練習については、あまり上手くいっていない。
母さん曰く、魔法書の中でも「基礎」の本らしいのだが、どうにも抽象的な内容で、分かりにくい。
実際この「基礎」が一番時間がかかるらしく、魔法を使うには最低限の内容だそうだが、ここを習得するのに4~5年かかる人もいるのだそうだ。
「私はそんなに難しくなかったけどね、3日で終わったわよー」
という母さんが「天才」なのだろう。
魔法の練習は、発動していないのに魔力量が減った感じがして、非常に理不尽な特訓だ。
[遺伝鑑定]や[人物鑑定]といった魔法には大変興味が沸くものの、これはかなり上級レベルである魔法らしい。
こうして魔法の練習を続けているのは、魔力を消費することで、どうもエネルギーも多少消費していることが分かったからだ。
朝夜2食で、夜も大量の食事を摂るのだから、エネルギーは消費しておくべき、という考えもある。
この消費が無駄遣いなのかどうかは分からないが、魔法の練習をすると魔力が上がる、という本に書いてある知識を信じてみることにした。
さて、そんな感じで3ヶ月程度は過ごしただろうか。
そこで親父との訓練に戻るのだが。
「もういいだろ!やるぞ!」と、問答無用で槍を持たされたのだ。
そして現在に至る、と。
「おめえ本当に前世では戦いが嫌いだったのか?俺も自分が最強と自惚れたこたぁねえが、「槍王」としちゃあゼンは「使えすぎ」る気がする、ぜっ!」
語りかけてきたと思ったら突きを放ってくる。
そういうのやめようや、マジで。
戻しも速くて捌くのが精一杯だ。
「好きではなかった、って言ったでしょ」
少しばかり体の反応が遅れてきた。
思考能力はまだまだあるが、体の疲労度の方が限界に近い。
仕方ない、勝負に出るとしよう。
「ほー、何かするつもりだな?」
俺の構えを見て、親父が警戒を強めた。
槍頭を逆に向けた、石突きの構え。
俺の狙いはたった一つだ、穂先を叩きつけるように傾ける。
さて、どう見てくれるかね。
己の持つ体技を使い一気に間合いを詰める。
それに対して親父は、「狙い通り」突きを放ってきた。
そうだよな、それが一番速いよな!
「ここッ!」
俺はその突きに対して、石突きを寸分なく向けて放つ。
狙いは元よりただ一つ、「武器破壊」。
少なくとも穂先が石突き部分に刺さる、上手くいけば穂先が壊れる、はずだったのだが。
「でぇい!」
「マジか!?」
親父はその上を行った。
はっきりしなかったが、槍を回転させて逆に俺の石突き部分を破壊してくれました、流石槍王やでぇ……。
そこで勝負あり、俺の目先に親父の穂先が突きつけられた。
「なかなか面白いことするじゃねえか、だがちっとばかし無謀だぜ。俺じゃなけりゃ俺の槍が壊れてたかもしれねーな」
「そのかわり貰った槍が壊れた件」
「所詮安モンだし、刃付きでもねえから、いいだろ。また別のモン買ってきてやっからよ」
一応、俺にとっては記念品だったのだが。
まあ送り手がそう言うのであればそれでいいか、確かに実戦で使うようなものではなかったし。
「そういやゼンは結局どんな武器を使ってたんだよ、どう考えても戦闘経験が無いようには見えねえし、何か長物を使ってたとしか思えねえ」
ふむ、どんな武器、か。
確かに長物は使ったことがあるかないかで相当違うからな、流石に使ったことがないとは言えん。
しかもそれが「槍ではない」ことまで見抜いたようだ。
まあ、素直に答えるか。
「長刀、って言えば伝わるかな?後は短剣と弓を使ってたな」
「ほー、弓は得意なんだな。しかし長刀とは聞いたことねえな、どんな武器だったんだ?」
厳密には、「長刀」じゃなくて「長鉈」だったんだが、それでも通じないか。
「槍に似ているものなんだけどね、刃先がこう、切ることに向いてる武器だったんだけど」
地面にとりあえず薙刀っぽいものを描いて見せると、あまりピンとこなかったようだ。
とりあえず、武器である、という認識はしてくれたらしい。
「棍の先が曲刀になってんのか?」
「だいたいあってる。まあ、俺のはちょっと変わった形してたけど」
「ふーん、デカい魔物相手でも力さえあれば切れそうだな。ただ打ち合いには向かねえだろうが」
厳密に言えば、個人で戦うという意味ではさほど勝手は変わるまい。
ただ槍は「突く」という点について、高い性能を誇る。
槍という武器は、集団戦において大量の数を揃えた、「長槍兵」として使うのが正しいものだろう。
長物として、槍という武器の優位性は、習熟のし易さだ。
対人にしろ対魔物にしろ、リーチが長いというのはそれだけで優位に立てるものだ、槍の汎用性は長物として極めて高いものの一つと言える。
それ対して薙刀は、そもそも個人で使うことが前提のように思う。
扱いも槍と比べれば難しいだろう。
というか、俺の使っていた武器は厳密には「長鉈」なのだから、本物の薙刀を使ったことがあるわけではない。
俺もそんなに武器に対して知識が深いわけじゃないから、何ともいえないが。
ただ戟や矛よりは圧倒的に使いやすいと思うけど。
「そういや矛とかあんの?」
「矛か、ありゃちっと面倒なんだよな、使えないこともねえが」
うん、実は知ってる。
親父殿は実のところ槍しか使えないなんてことはないのだ。
親父殿のステータスも既に把握済みである。
名前 ゾーク 29歳
種族 人類種人間族
職業 槍王
称号 Sクラス冒険者
状態 健康
Lv:46
生命力:231/231 (4~8)
魔力量:82/82 (1~2)
筋力:218 (3~6) A
器用さ:194 (2~5) B
素早さ:158 (2~4) C
魔力:104 (1~2) D
精神力:154 (2~3) C
運:58
魅力:189
経験値:38133/46000
汎用能力
戦闘系:【体術6】【槍術7】【剣術5】【弓術5】
【格闘術3】【矛術4】【棒術4】【斧術3】
魔法系:【魔力感知3】【魔力操作3】
職業系: なし
採集系:【採集3】【解体6】
その他:【生存術5】【観察眼5】【直感5】
何のことはない、親父殿も十分神候補なのだ。
というより、槍王という職業条件を満たしている以上、母さんよりも近いのかもしれない。
あとは固有能力があれば、神族になれるんじゃないの?死後の話にはなるだろうけど。
流石にホウセン級とまでは行かないが、【槍術7】というのは人類として相当高いレベルにあるのだろう。
槍王という職業がそれを証明している。
ただ戦闘以外はからっきし、というわけでもないにしろ、生産系の知識はほとんどないっぽい。
冒険者として必要なスキルしか持ってない、というのが正しい。
一応魔法も使えなくはないみたいだが、【火魔法2】とかその程度だ。
純粋な戦士と考えていいだろう。
「んじゃまあ、長斧でも今度は買ってくるか」
「長斧?ハルバードみたいなもん?」
「ハルバードってのはわからねえが、槍の穂先が斧になってんだよ。あんま使う奴はいねえけど」
やはりハルバードではないのだろうか?と思ったら、一応地面に書いてくれた。
なるほど、確かに長斧だ。
ハルバードのような複雑な形はしていない、純粋に棒の先が斧だ、突いたりは出来そうにない。
「これって使う人いるの?」
「俺も使い手はほとんど見たことねえな、ぶっちゃけ趣味みてえな武器だし、大斧の方がよほど使いやすいだろうよ」
「だよね、俺は槍でいいよ。どっちみち父さんに習うんだから」
満更でもないようで、「そうか!」と親父殿。
まあ長斧は使えないのは確かだ、長刀とは別物だし。
それに、俺の記憶が確かなら、最後に見た俺の汎用能力には【槍術5】があったはずだ。
槍もホウセンに一応教わったし、長刀が存在しないとなると、さしあたり槍がいいだろうという判断も込みである。
長物は俺もそれなりに扱ったが、長刀の次に使ったのは、あのバカデカいハンマーだ。
【槌術】というスキルになっていたっけか、習熟度はあまり高くなかった気がする。
ホウセンが武器として見てくれたのが不思議なくらいだったが、長い鈍器は立派な武器だ、というコメント。まあ長いメイスだと思えば武器っちゃあ武器だけど。
父さんと呼ぶべきか親父と呼ぶべきか、などと今ふと思う。
基本的には父さんと呼ぼう、馬鹿してる時は親父でいいだろう。
◆◆
「弓に関しては、私が教えられることはないわね……というよりゼン、あなた本当に戦いが嫌いだったのよね?」
「戦うことが好きなのと、弓を使うことはまた別でしょ?狩猟とかあるじゃん」
「ゼン様は全く的を外さないですね、一流の狩人だったのでしょう」
「これで使ってた、ってレベルなのか。俺はゼンが弓王だったっつっても信じるぜ」
父さんが弓を見せろというので、ネリーが母さんを連れてきた。
貰った弓は確かに俺にはサイズがデカい、だが引けないこともない。
はじめは普通に的に撃つだけだったのだが、的の真ん中に当て続けていたら、母さんが的を風魔法で動かし出した。
まあこの程度は問題ない、所詮左右に揺れる程度、当てることに全く影響はなかった。
すると母さんが、的を外して今度は上下左右に動かしてきた。
ここらで外すことも考えたが、精霊体の体とは違う、自身の能力を確認するためにも的に当て続けた。
最終的にはクレー射撃のようになってしまった。
5本の矢をつがえて放つと、1本だけ的の真ん中を外した、的には当たってくれたのだが。
今の俺の体格や、弓のサイズを考えると、これくらいが限界だろう、ということで「こんなところ」と終わるように告げた。
てかね、そうじゃなくてさ。
「母さん、的を動かすのはいいけどさ、上方向に動かされたら外すわけにはいかないでしょ。家の外に矢が飛んでったらどうすんの」
「そ、そうね、それは考えてなかったわ」
結界も張らずに矢を放つのは危ないでしょ?
まあ、簡単に外すつもりもないけど。
ちなみにクレー射撃やってる間に危険性に気づいたのだから、俺も人のことは言えまい。
弓の扱いに関しては、長刀が無いと知った時点で力量を隠すつもりはなかった。
銃が無いのは確定と見ていいだろうし、そうなると俺が最も頼れる武器は、現存する中で弓が一番だからだ。
弓と長刀の技量については、ホウセンにして、「一流」と評されたくらいだ。誇ってもいいだろう。一応戦えること自体は、知っておいてもらった方がいい。
ちなみに続いて魔法もと言われたが、ごめん母さん、魔法難しいわ。
ただ、火法術・風法術・水法術・土法術・雷法術は、制御出来るだけ使って見せた。
割としょーもないものしか使えないけどね、無理なチャレンジはしない。
術式は知ってても使ったことはない、魔力が追いついたかどうかはまだ微妙だ。
母さん曰く「魔法との違いが分からない」そうな。
起こる現象については魔法とさしたる違いはないから、当然っちゃ当然よな。
ちなみに【精霊魔法】は使わないでおいた、制御が効かなかったら大変なことになりかねないし。
詠唱無しで使用することは魔法でも不可能ではないらしいが、相当熟練した魔法使いでなければ難しいようだ。
もっとも、魔術自体は外で乱発するのは控えようと思う、目立つ可能性が高いし。
母さんもそれには同意のようだ。
「大したことはしてないのだけれど、これで魔法が使えないというのも不思議よね。魔力の素質もあるのに、なんでかしら?」
「なんで、って言われると俺も困るんだけど、魔術と魔法は別物だから、としか言いようがないんだよね。全く使えないってことでもないんだけど」
「それで「基礎」が分からないってのもそれもよくわかんないわねえ……」
「その「基礎」が俺には難しいんだ」
多分だが、この辺りに魔法「しか」ない理由があるのではないだろうか。
魔術が失われた理由については定かではない。
元々魔術が無かったということではない、ネリーの隷属道具は明らかに魔術を付与した魔道具だからだ。
ここまで来れば、魔術が失われた理由というのは、およそ見当がつく。
しかしこうなると、誰かに魔術を教えるのは極めて難しいだろう。
まあ魔術については誰かにどうしても教えなければならない、というものでもないので、おいおい考えることにしよう。
◆◆
そろそろ外を見てみたいのだけど、という俺の希望は、ネリーを伴うことで了承された。
外出範囲についてはネリーに判断を任せる、ということだ。
これに伴って、父さんはネリーに「俺から離れてはならない」という指示を与えてある。
全く面倒な魔法具だ、魔力が上がりきったらすぐにでも外してやる、面倒なだけだこんなもん。
実のところ、およその地理はもう把握済だったりする。
近くに川があるのも知っている。
妖精にお願いしていた情報収集のおかげだ。
産まれて始めての外出は、さほど感慨深いものでもなかった。
言ってしまえば、まあ、農村である。
うちの家は他と比べると、やはり相当いい建物のようだ。
村にポツポツと存在する家は、土壁に石の屋根を載せている、それほどいい出来でもない。
街に行けばまた違いそうではあるが、やはり文明レベルが高いとは言えないだろう。
衣・食・住で全てが決まるわけではないが、文明レベルの総括はまさにこれなのだ。
まず川を見たいとネリーに伝える。
「川にゃ?何かもっと違うものを見たいのかにゃと思ってたにゃ」
「まあ、不思議かもしれんが、まずはそこに案内してくれ。橋とかあるとなおいいけど」
「川にかかってる橋に向かえばいいのにゃ?」
「あるならそこで。実際どれくらいの大きさの川なんだ?」
「そんなに大きくないにゃ。川遊びできるくらいにゃ、ネリーはやらにゃいけど」
ネリーは水があまり好きではないのだそうな。
その辺も猫っぽかったりすんのか?と思っていると、第一村人発見。
ネリーにちょっと待っててと伝えてから、声をかける。
「ねえおっちゃん、ちょっと畑見せてもらっていい?」
「うん?ネリーちゃんと一緒ったことは、ゾークさんとこのお子さんか。ええでよ、おらの畑がこの辺りでは一番出来がいいだよ」
畑仕事をしているおっさんに、少しばかり畑を見せてもらう。
ごく普通の畑だが、少々潤いが無いというか、率直に言えば、あまりいい土壌に見えない。
土に触れてみると、確かに耕してはいるのだろうが、「それだけ」という感じがあるのだ。
【完全解析】をしてみると、やはり芳しくない、土壌評価が「D」とある。
評価Dというと、平均のそれより若干劣る、というレベルだ。
流石に細かな成分までは分からないが、土そのものは、地球のそれと変わりはない。
では隣の畑はどうかというと、これが「E-」だったりする、作物が育ってないわけではないが、相当見劣りすると言える。
このおっさんの言ってる「一番出来がいい」のは間違いないようだ。
「おっちゃんの畑でとれる野菜って、評判いいの?」
「そうさなあ、街で売れてる野菜とはあんま変わんねべ」
「そっかー、肥料とかどうしてんの?」
「肥料ってなんだべや?」
マジか。
まさか腐葉土の存在から教えなきゃいかんのか。
「えっと、畑に他のものとか混ぜたりしないのかなって、ほら、山の土とか」
「そんなもん混ぜてどうすんべ?」
そっからかぁ。
家畜とかもほとんど見かけないことだし、そういう概念がなさそうだ。
こりゃこの村に居る間に畑一つ作ったほうが良さそうだな、論より証拠だ。
「畑って誰でも作っていいの?」
「畑を作るのに誰かの許可なんていらんべよ、おらぁ野菜をギルドに売って、それを税金で払ってるだあよ」
「そっかー、ありがとおっちゃん、お仕事頑張ってね!」
朗らかに少年スマイルをして手を振ってその場を去る。
うん、およそ少年っぽいソレだ、おっちゃんも手を振ってきたから問題ないだろう。
「ゼン様気持ち悪いにゃ」
「言うに事欠いて気持ち悪いと来たか、お前の素は容赦ねえな」
「多分気持ち悪いの意味がわかってにゃいにゃ」
まあ若干というか、うん、キャラ作りをしていることは確かだ。
でもこの年齢なら、だいたいこんな感じじゃね?
目線で身長を推測するくらいしか出来んのだが。
「それはそうにゃのけど、ゼン様がやるにょはちょっと……」
引くほどのことか?
と思ったが、引いてるワケではないようだ。
なんだよ何か文句あんのか。
「まあ、いいから、川に行こう」
「もう見えてるにゃよ?あそこにゃ」
「お前目ェ良すぎるだろう、わかんねえよ……」
村から外れて30分ほど、ようやく川に辿り着いた。
川というか、川辺という方が正しい気がする。
橋というのは、水に濡れないためにある足場程度だ。
水質についても、煮沸の必要なく飲めそうだ、【完全解析】でも「水質B+、飲料可」と出た、かなりいい水質だ。
だが、別に俺は水を飲みに来たわけではない。
ネリーに川に入ると伝えて、靴だけ脱いで水辺に入る。
足元に伝わる冷たい感覚が何やら懐かしい。
そして、水面に映る自らの姿を確認する。
率直に言えば、誰だコレ、だった。
いや、そういうことを確認するためでもあったのだが、流石にこれが俺だと思うと、そりゃ想像での【完全解析】は不可能だろう。
服装については、さすがに見てるから知ってるが、麻で作られた簡易な服。
ただ、姿形については、想像以上だった。
完全に他人だわこれ、こんなん知らんって、いや加納善一ではないから他人なのは確かだけども、ああでも今本人なんだよな、なんぞこれ?
姿見ほどではないにしろ確認出来た姿は明確で、それが偽りではないと告げる。
全体図としては、かなり細身だ、ただそれが貧弱に見えるかというとそれは違う、と思う、むしろもっと別の感想を持つだろう。
飯をもっと食えと言いたくなる理由も分かる、中身に対して見た目がスリムすぎる。
手足のバランスはなかなかいいと思うが、とても少年とは思えない。
言いたくはないが、むしろ少女かと思えるくらいだ、認めたくは無いが。
そして問題は顔だ。
黒目黒髪はまあ見慣れている、しかしアレだ、整いすぎてない?
父さんもワイルドそうでなかなか格好いいと思うし、母さんもクールな印象の美人さんだ、だからまあわからんではない。
長く結ばれた黒髪も美形っぷりに拍車がかかっている。
少しばかり尖った耳が、エルフであることを指しているのだろう。
自分で言うのもなんだが……。
「なあネリー、俺ってカッコいいか?」
「可愛いと思うにゃ?」
そうだよね、これイケメンっつーか美少女だよね、中性的だけど顔だけなら男で通るか微妙な線だよね。
推定年齢約75歳にはキッツイわ、若干退化してるにしろこれはアカンわ。
もっと肉付けよう、「可愛い娘さんですね!」とか言われたら流石に凹む。
しかしなあ、本当に一次成長を終えるまで、男らしく見えるようになるんだろうか?
あまり想像したくはないが、この姿で成長していく、ということをしっかり留めておかねばならない。
何しろこの自分の姿をイメージして【完全解析】をかけるのだから。
さて、やるか……【完全解析】!
◆◆◆
ネリーはゼンがいつまで経っても動かないことを不審に思った。
何やら顔色が悪い、何かあったのだろうか?
かれこれ10分はそのままだ、何かずっと考えている。
顔は下を向いたままだ。
「ゼン様、どうしたにゃ?」
さすがに不安になってきたネリーは、ゼンに声をかける。
ゼンは視線だけネリーに向けると、首を振るだけに留めた。
まるで、見たくないものを見たかのような。
「何か怖いものでも見たのかにゃ?川に何かあるのかにゃ?」
ネリーは不安で仕方ない。
だがゼンはやっとの思いで顔を上げると、ネリーにこう告げた。
「認めたくない現実って、あるもんだな」
ネリーは何を言っているのだろう、と思ったが、そういえばゼンは前世持ちであったことを思い出す。
もしかしたら自分の見た目が気に入らなかったのだろうか?
確かに多少華奢ではあるのだが、獣人の美的感覚からしても可愛らしい。
これが不満であれば、前世は絶世の美男子であったのだろうか?
「まあ、もう大丈夫だ。ああ、ちなみに川に悪い思い出はないから。たまにここに来ることはあるかもしれんが」
そう言ったゼンの表情は、引き攣った笑顔だった。




