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8 隠し通路に夢は眠る

「ん?」


叩いたのは見た目もなんにも変わらない皮の背表紙の本。念のために僕はもう一度叩いてみると、硬い感触と共にカンという音が響く。


金属かな?

金属製とは珍しいなと思いながらも、試しにその本を引いてみる。すると……


「……え?」


真横の本棚に魔法陣が浮かび上がったのだ。本の背表紙などの凹凸に合わせて魔法陣は光っていて、あらかじめ仕組まれていたものだと一瞬で判断する。

緊張した状態で僕はその様子を眺めていると、魔法陣は十秒ほど光った後で、急速に光を失う。


「……何が起きたんだろう」


突然の自体でいつものように混乱した思考回路が動きだし、疑問が真っ先に浮かび上がる。

だが、その直後。かちりという歯車の様な小さな音がして……静かにさきほどまで魔法陣が輝いていた本棚が奥にバコリと移動して、そのまま横に移動していく。

そこには……


「隠し通路!」


つい反射で叫んでしまい、慌てて僕は口をふさぐ。


だれもいないよな?


その事を確認して、僕は顔を通路に向かって突き出す。そこには、よほど遠くまで続いているのか、終わりの見えない通路が存在していた。


「……行くしかないかな」


こんなものを見つけてしまって、そのまま逃げるほど僕は臆病者ではない。


というか、行かないわけにはいかないからね……


暗い通路に僕は足を踏み入れ、そのまま突き進もうとする。


カチリ。


最初と同じ音がして、後ろの本棚が閉まっていく。それを見守った僕は一言。


「これって戻れるの?」


最悪の事態、閉じ込めを僕は考えてしまい、慌てて本棚の元まで戻る。

――不用心に入った僕がバカだった!

とりあえず、壁を触ったり、思いっきり蹴ってみたりするものの本棚はビクともしない。


「はぁ……」


ため息一つ、消えた希望一つ、心配一つ。


「行くしかないか……」


最後の残された道を僕は選択する。


「とりあえず……飯までに帰る!」


そう思って、僕は薄暗い通路を突き進む。明りはほとんどないようだが、なぜだかうっすらと周りの様子だけは見えるのだ。

全力疾走と言っていいほどの走りで僕は走り続ける。勇者になったからか、前の世界ではありえなかったほど素早く進めていると思う。

実際、自分が動いているのではなく世界が真後ろに進んでいるかと思うぐらいだ。


「って痛っ!」


走っている最中、急に左手が疼きだす。厨二病がよみがえったか!と一瞬思ったが本当の疼きのようで、ジンジンとした感覚が僕の脳に響いてくる。


「な、なんなんだろう」


そう思いながら、僕はずっと左手に巻きっぱなしにしていた包帯を外す。そこには……


「赤い……紋章?」


薄く赤く輝く紋章が僕の右手に刻まれていた。形は、右手の勇者の証と似ているが、少しばかり違和感を感じる。

どう見ても、悪い感じのもので闇魔法の代償か!とも思ったがそれならもっと早く出てもいいだろうと判断する。


「まぁ……疼くけどいいか」


そう、思考を切り替えて僕は通路をハイスピードで駆け抜ける。だが、それと同時に左手の疼きは強くなっていく。

ひたすら疼きを無視して、走り続ける事、数分。僕は、なにやら大きな空間に来ていた。


部屋の壁と床は、延々と天井付近から流れ出る水で覆われている。ただの水ではなさそうだが、人でも溶ける酸だったら大変なので触らない事にしておく。

だが、問題はその真ん中に設置されている大きな丸い足場。そこには、何やら大きな魔法陣が刻まれており、赤々と輝いている。遠くから見る分でも、よっぽど細かく刻まれているという事が確認でき、何かを封印しているような感じがする。

中心には……本の様な物が浮いた状態になっていて、周りを透き通った赤色の壁が覆っている。


「……いかにもな、場所だな……」


左手の疼きは限界まで強くなっていて、もはや鈍痛の域を超えそうになっているのを感じる。それでも、僕の思考回路を保っていられるのは今の状況を最高に楽しんでいるからだろうか。

だが、突如僕の右腕に鋭い痛みが走った。


「痛!」


ドサリ。


なにやら、物が落ちるような音が響き僕は自分の足元をみる。そこには、どこかで見覚えのある本が落ちていた。


なんだったけ……


試しに、僕はその本を手に持ってみる。ずっしりとした重みが腕にかかり、落としそうになる。


この体験……


記憶の底をスパークが走り抜け、記憶がよみがえる。


「この本!僕が異世界に来る原因になった本じゃないか!?」


見た目も全く一緒で、違う点は魔物が描かれていた場所にオレンジ色の宝石の様な物が埋められている事と、表紙の題名が日本語(・・・)で『暴食の書』と書かれているところだ。


「……なんでこんなところに?」


そう思って、その本をしげしげと眺めてみる。右手でコンコンと叩いてみたり、左手でコンコンと叩いてみたり。

だが、左手で叩いた瞬間……本は霧の様に消えてしまった。


どこ行った?


慌ててどこかに落としたかと思って探し回るものの、どこにも見当たらない。

もしやと思い、僕は左手をしげしげと眺めてみる。紋章があるだけの左手が視界にうつる。

その手を、僕は右手でコンコンと叩いてみる。消えた時と同じ動作だ。

すると、予想通り手の平の下から本がポンと出現する。


「この紋章は何なんだろう……」


考えてみるものの、全く答えが出てこない。


まぁ、考えても仕方がないな。


そう思って、僕はこの空間の事を先に調べるか、本を先に調べるかを考える。


本はいつでもできるけど……この場所は今しか調べられないからな……

そう思い、左手で本を叩いて消す。


「とりあえず、この魔法陣の中に入っても大丈夫かな……」


恐る恐る僕は近づき、足を魔法陣に突っ込んでみる。


消したりしたら大変そうだから、慎重に……


たぶん、消したら封印とかが解けて大変なことになるだろう。


一歩一歩真ん中の結界の様な物に近づいて、僕は右手で結界に振れてみる。

だが……


バチリ!


「うわっ!?」


突然、電流のようなものが走り、僕の体が弾き飛ばされる。


痛った……


痛む右手をさすりながら、もう一度近づいてみる。中で浮いているのは僕の持っている本と似たような物。違っている所は、僕の持っている本とは違ってまだ宝石が埋め込まれていないで、謎の悪魔が刻まれている。言語も日本語ではない。


「これって……僕の持ってる……たしか暴食の書と同じような物かな……まぁ、ダメでもともと!」


左手の紋章ならと思い、僕は左手を結界に突き出してみる。すると、あっけなく結界は左手に吸い込まれていく。


「……あまりにもあっけなかったな……」


そう呟きながら、宙に浮いている本を僕は左で掴む。だがその直後、本が上の方からきらきらとした粉に分解されて左手に向かって飛んでいく。


「ちょっと!な、何!?」


慌てて僕は左手を放すものの、本の分解の勢いは止まらず左手の方に粉は飛んできて吸収されていく。

そして、本は完全に消え去り……左手の疼きも消え去った。


「……何だったんだろう……」


その疑問だけが……浮いていた本も魔法陣も結界も消えてしまった空間の中で、水の音と共に響き渡った。


「とりあえず、左手に変化があるのかな……」


まぁ、何か変わっているところがあるだろうと僕は左手をコンコンと叩き、本を出現させる。

現れた本には、相変わらず『暴食の本』という題名と共に、宝石が輝いている。


あれ?宝石の色が変わっている気が……


よく見ると、オレンジ色に輝いていたはずの宝石が、赤とオレンジの二色の宝石になっている。


合体したのかな……


そう思って、本を調べようとする。だが……


ギュルルルルルルルル……


「……お腹すいたな……」


空腹という信号が頭に送られ、お腹がアラームを鳴らす。


やっぱり、後にしてここから出る事を最優先としよう。


そう思い、僕は左手を叩いて本をしまう。


そういえば、だれもこんな赤い紋章が左手に刻まれているクラスメイトは居なかったな……

なんか、あまり周りに見せてもいけないような物かなと思い、僕は左手をもう一度包帯で覆う。


「よいしょっと……さて、出口はどこかな……」


僕は入ってきた場所から出て行こうとする。


まぁ、あそこの本棚も開いているだろうからな……


そう思って、振りかえると……完全に道がふさがっていた。


「……え?」


通路の跡は何も残っておらず、道は完全にふさがれている。簡単に言うと、絶体絶命、空腹地獄。


これって……大変な事じゃ……


どうやって、食料を確保しようと僕が考え始めた瞬間、突然水の音が急に大きくなり僕の頭に嫌な予感がよぎる。


「ま……さか……」


壁際を見て、僕は一瞬で確信する。


水攻め……か……


さきほどまで足場までは来なかった水が、急に水位を上昇させて迫ってくる。

あっという間に、足場も水で浸食され、何もできないまま水に襲われていく。


スマートフォンとかが壊れないといいな……


そう言う事しか考えられない間にも、水はどんどんと上がりついには体を飲み込む。慌てて手を使って顔を水の上に出すものの、天井までほとんど残っていない。


死ぬのか……


そう覚悟した瞬間、カチリという懐かしい音が響く。その直後、天井がぐらりと揺れて音もなくわきにずれていく。ずれ終わった直後、そこには一つの穴が開いていた。


あそこからなら!


一瞬で僕は判断を下して、そこまで水泳の要領で泳いでいく。あとは、なすがまま。

だが、そこで再びカチリという音が響き背中をグイッと押される感覚がする。


ウソだろ……


嫌な予感が頭をよぎり、対策を考える。


対策方法が……ない。


無情にも、予想は的中し体が高速で上昇していく。水の勢いが……一気に上がったのか……

僕はあがいてみるものの何も起きず、押し飛ばされていく体に浮遊感がかかり続ける。


「……光?」


視界に小さな光がうつり、段々と明るくなっていく。段々と、僕の体はその光に突撃し……そのまま僕は光に包まれた。


まぶしい!


声にならない感情が頭の中に浮かび、背中に当たっていた冷たい感覚が一瞬で途切れる。


「うわぁぁぁぁ!?」


ようやく、僕は状況を理解する。空高く、僕の体が打ち上げられているのだ。体は放物線を描きながら宙を舞い、最高地点に到達する。

これまでになかった浮遊感が体を襲い、重力によって僕は落ちていく。


「ちっ!」


一瞬で僕は判断し、体を動かして視線を下に向ける。下には……水。


「うわっ!」


体が水に突っ込んで再び冷たい感触が体を襲う。だが、これまでにあったような押し上げる様な感覚はない。

慌てて僕は、水をかき水面から顔を出す。


「プハッ!」


肺に空気を押しこみ。僕は心を落ち着ける。

とりあえず、泳ぐようにして僕は移動し縁の様な所を掴んで体を水の中から出す。そのまま、体を持ち上げて硬い地面の上にころがる。

仰向けになった状態で、太陽を目の当たりにして、僕はようやく外に出たという事を理解した。


「……助かったのかな……」


水でもみくちゃにされてこんがらがった思考回路を一つ一つほどいていき、僕は正常な思考を取り戻す。

まず、僕はどこから出てきたを確認するために、出てきた方向を向く。

そこには、巨大な城を背景に、それと釣り合うような大きな噴水がそびえ立っていた。


たしか、城の庭に設置されていた大きな噴水だったはずだな……


そう思いながら、ずぶぬれの体を動かして、噴水のふちに腰掛ける。


「えっと……図書室にいたら、隠し通路を見つけて、そこを通ったら何か封印してあったような物を発見して……左手の紋章を見つけて……そこから本を出せる事に気がついて、封印も解除して、打ち上げられて……って何があったかよくわかんない!」


適当に僕はつぶやいて復習してみるものの、やっぱり状況が良く理解できない。とりあえず、あまり公言してはいけない事という事は分かるけど……まぁ、だれにも言わない方がいいだろう。

そう判断して、念のために包帯がしっかり巻かれている事を確認する。


うん、大丈夫だ。


「本の確認は後でいいかな……」


そう思い、立ち上がった瞬間……お腹が空腹の悲鳴を上げる。


太陽も少しずつ沈んでいるし……服はびしょぬれだし……


とりあえず、今はできる事をするしかないだろうと思い、僕は濡れたからだを動かす。


「ソラ、大丈夫?」

「……涼香か?」


後ろからかけられた声にしたがって僕は後ろを向く。そこには、心配そうな顔をした涼香が佇んでいた。


「びしょぬれだけど……なにかあった?」

「ちょっと、転んで噴水に突っ込んじゃっただけだよ」

「そう。でも、そのままだと風邪をひくと思うから、着替えを持ってくる?」


ここは涼香のおせっかいに助けてもらおうと思った。


「じゃぁ、お願いしていい?」

「分かった。じゃぁ……」


バサリと涼香が突然服を脱ぐ。僕は反射で後ろを向いて視界に涼香が入らないようにした。


「み、何にもみてないから!」

「別に、裸にはなっていないけど……」


その言葉に振り向くと、少しだけ薄着になった涼香がこちらを凝視していた。


全部脱いだわけではなかったんだ……


安堵の念と共に、少しだけ湧き上がった失望の念を押し殺し無言で突き出された服をはおる。

二枚重ねは暑そうだな……と思いながら、走り去っていく涼香の後ろ姿を僕は見守っていた。


「とりあえず、ステータスプレートは濡れても大丈夫だと思うけど……スマートフォンが無事かな……」


ポケットからスマートフォンを取り出して、電源を付けてみる。

――よかった……壊れてはいないかな……

異常なくスマートフォンの電源は付き、いくつかの着信履歴が表示される。


「えっと……涼香が一回に、花菜が一回……あとは……これは誰だろう……」


見覚えのない着信に、いぶかしみながらも、僕は荷物を服から取り出してポンポンと地面に置いていく。


「ソラ、これでいい?」


いつの間にか帰って来た涼香から差し出された服を受け取り、着ようとする。


「……涼香、向こうを向いていてくれる?」

「大丈夫、なにもしない」

「いや!しないじゃなくて、観ないでくれ!」


一瞬だけエロ親父の様な顔を涼香が浮かべ、一瞬で消える。

それでも、一応涼香は向こうを向いてくれた。


「よいしょっと」


得意の早着替えでファンタジーならではのかっこいい服を着る。


「よし、なかなかかっこいい服かな」


そう思って、振り向くと……こっちを凝視している涼香がいた。


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