6 最強の発覚
視界に光が入り、意識が段々と覚醒していく。体に触るやわらかいベットの感触を確認し、僕は体を起こす。
「なんだったんだろう……」
動きだした頭で最初に僕が思いついたのはその疑問だった。今は不自然なほどに体の調子が良く、今すぐでも走り出せそうだった。
「大丈夫ですか?」
声をかけられた方を僕が向くと、助けてくれたメイドの人がいた。この人がいなかったらあぶなかったかなと思いながら、感謝の言葉を僕は述べる。
「助けて下さり、ありがとうございます」
「いえいえ、勇者様のお役に立てただけで光栄です。それでも、お体は大丈夫でしょうか?」
試しに僕は包帯が巻かれたままの左腕を振りまわしてみるものの、痛みもなにもなく、完全回復というところだろう。
「大丈夫です。ありがとうございました」
「良かったです……いきなり、魔神薬を飲んだというからてっきりもう……」
「えっと……魔神薬ってなんですか?あの液体の事ですか?」
涙ぐむメイドに、気になった事を僕は聞いてみる。
「そういえば、魔力回復薬は分かりますか?」
「えっと……なんとなくは……」
「体内の魔力を強制的に増やすために使うのですが、魔神薬はあまりにも回復魔力量が多すぎて、飲んだら体内魔力の異常上昇によって死ぬと言われる魔王の薬と言われているんです」
「あれはそんなに大変な物だったんですか……」
ピンク色の方を飲んで美味しかったから、そのまま疑いを持たずにして水色を飲んでしまった事を僕は後悔する。
運が悪かったら死んでいたとは……あまり聞きたくなかった。
「しかも、勇者には最初は魔力というものが存在しないので魔力回復薬を飲んで体内を魔力に慣れさせるんです。それも、痛みを伴うため弱い魔力回復薬から順番に慣れていくという手筈を踏むのですが、一気に最高位の薬を飲んだのでヒェライさんはこれは助からないかもしれないと言っていました……というより、あの薬を飲んで生きていた前例がないので……」
「そこまでの物だったんですか……前例もないし……」
「勇者でも死ぬというレベルの物ですから、生きていたのは奇跡と言えます」
「助けて下さり本当にありがとうございます」
「いえいえ、これが仕事ですから」
本気で心配してくれていた様なメイドに、今一度深々と頭を下げて感謝の意を僕は示す。
「あ、頭をあげてください!タダのメイドごときに勇者様が頭を下げるなど……」
「でも、助けて下さったんですから……」
しっかりと、僕はメイドにお礼をしたところで部屋の扉が開いた。入ってきたのはヒェライさん。
「よかった……助かったようですね」
「すみません、心配かけて」
ヒェライさんにも僕は深く頭を下げる。
「それにしても、あんな危険な物をあなたの部屋に放置した者は許せませんね。ただちに捜査して首を差し出しましょう」
「い、いや。そこまでしなくてもいいです……」
僕を殺しかけたとはいえ、人の死体は見たくもない。
「そう言えば、他の勇者様方もお見舞いにきていましたよ。主に女性でしたが」
少しばかり嫉妬のような物が籠ったヒェライさんの視線が突き刺さる。
「だれだか分りますか?」
「たしか、名前を花菜、涼香、リナ、愛香と名乗っていましたね。女性にそんなに心配されるとは……これも勇者様の力というところでしょうか」
後で、クラスメイトから何かされるかと思い、僕は頭を抱える。
その時、僕はある事に気がついた。
「あれ?これは……」
頭を抱えようとした時に出した右手に違和感があったので、僕はそれを観察しようとする。すると、右手の甲に青色の紋章が描かれていた。
「それですか……ちょうどよかったです。今頃、他の勇者様方も戦闘顧問から、その事を説明されているでしょうからあなたには私からお教えしましょう。」
そう言って、ヒェライさんは何かを取りに行こうとする。だが、その直後に僕のお腹の中の虫が、外にも聞こえるぐらいの大きな音をたてた。
「……」
「そういえば、あなたはまだ朝食を食べていませんでしたね。食事も一緒に持ってくるので少々お待ち下さい」
今度こそ、ヒェライさんは部屋から退出し、部屋の中には僕とメイドだけになった。
これって、意外と大変な状況なんじゃないか?同じ部屋にメイドと二人っきりって……
頭の中に現れた邪心を振り払い、僕は部屋の窓から見える風景を眺める。
相変わらずの美しい街並みに、だいぶ高いところまでのぼった太陽が見える。昼は過ぎていないようだから、今は10時ぐらいだろう。
そんな事を考えていたら、ヒェライさんは帰ってきて机の上に食事を置いてくれる。
僕はベットから出て地面に足を付ける。しばらく横になっていたからか、平衡感覚がずれてしまってふらつくが、そのまま机までたどり着く。
「いただきます」
言葉と共に、僕は食べ物を空っぽの胃の中に注ぎ込んでいく。昨日の僕の食べっぷりを見てくれていたからか、十分な量が用意されていた。
「じゃぁ、他のクラスメイトに説明していた事を簡単に説明するので、食べながらでいいので聞いていてください」
その言葉と共に、この世界の事を一つ一つ教えてもらう。
まず、この世界は神によって作り上げ得られて、神によって維持されていると言われていた。
今は、魔王という神を軽視して世界を乗っ取ろうとする輩が出現しており、呪われた魔族のトップに君臨して人間を蹂躙しようとしている。
魔物などを使役してあちらこちらで虐殺を起こしたりもしているらしい。
魔物は、生き物を無差別に襲う怪物で、生まれ方にはいくつかの説ができていると聞いた。普通の動物が魔力によって変異した説とか、魔力によって1から作り出された説とかだ。
で、ぼくらの使命はその魔王を倒してこの世界を救いだす事らしい。
神から授かった力を使って魔物を蹴散らし、魔族を撲滅して魔王を倒すという流れだ。
そして、期待していた物はこの次に説明された。『魔法』だ。
だれしもが体内に持っている魔力というものを魔法陣を通して『現象』として起こすものだそうだ。
もっと詳しく言うと、体内の魔力を詠唱を使って魔法陣に注ぐと、魔法陣に組み込まれた式の通りに魔法が発動するというわけだ。魔力自体を意識して動かす事はできないらしく、希望する効果によって正しい魔法陣を構築しなければならないそうだ。
魔法陣は何かを元として作らなければならないらしい。主に、一回限りで使い捨てだが、軽くていくつもの種類の物を持ち運べる紙に刻むものと、壊れるまでも何度でも使用が可能だが、重さがあり複数の種類の持ち運びが困難な金属に刻む物がある。
ちなみに魔法はだれでも使えるらしい。ただし、各属性の適性がないと魔法陣に書き込む必要のある情報量が膨大に増え、簡単な球を飛ばす魔法でも数メートルの魔法陣が必要になるそうだ。適性というのは、簡単に言うと魔法を使うときに魔法陣の不足情報を意識で補充するというものだろう。
ヒェライさんが持っていた大きな杖にも魔法陣が刻まれていて、目の前で火の玉を発生させてくれた。
適性はほとんどの人は一つは持っていて、火の玉ぐらいの魔法なら20cmぐらいの魔法陣でできるという。
魔法陣は、属性、威力などの多数の基本情報に加えて、重量反発などの特殊効果式を組み合わせて作る。これは、複雑なのである自分たちでは作らず、国に仕えている魔法陣制作師に希望を言って作ってもらうらしい。一応、僕はヒェライさんの杖についている魔法陣を見たが、まったく分からなかった。
ちなみに、基本属性以外の特別な属性は適性がないと全く使えないらしい。
ここまで、話が終わったところで出された朝食を僕は食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
片付けられていく食器を横目で眺めながら、僕は現時点で知った事を簡単に整理する。
自分自身に適性があるとすれば、魔法戦闘がはかどると思うけど、もしなかったらこてこての物理戦闘になるしかないかなと思う。
「じゃぁ、本題に入りますか。」
そう言って、皿を片づけ終わったヒェライさんは机の上に薄い板を置く。
これは何なのだろう。
しっかりとこまかい所まで作られた金属板の様な感じだ。
「これは、ステータスプレートという物です。いろいろと複雑な物ですから、習うより慣れよというわけで」
そこまで言ったところで、ヒェライさんは小さな針を取りだす。
「その針は何に使うんですか?」
「少しばかりあなたの血を取らせてもらってもいいでしょうか?」
「……え?」
突然の採血宣言に僕は戸惑ってしまう。
その針を……僕の体にさす……ということだろうか。
背筋が凍りつくような感覚と共に、やりたくないという感情が一気に膨れ上がる。
「あ、心配なさらなくても大丈夫です。血は少しだけでいいですし」
「……何に使うかだけ教えてもらえますか?」
「このステータスプレートを起動させるのに使うのです。血には魔力も含まれているため、ステータスプレートは血を取り込むことで情報を取り込むという仕組みになっているらしいです。まぁ、このあたりは詳しく解明されていないんですが」
まぁ、このまましぶっていても無駄だろうと僕は判断して、おとなしく右手を差し出す。
ヒェライさんは差し出した右手にゆっくりと針を少しだけさし、滲んできた血を針に付けて引き抜いた。
痛みはほとんどなく、見事な手際だったなと僕は思った。
ヒェライさんは針に付いた血を落とさないように慎重に運び、ステータスプレートの裏面に刻まれていた魔法陣の中心にポトリと垂らす。
すると、魔法陣が真ん中から赤く染まっていきピロンという音が響く。
「これは……」
「今、あなたの情報をこのステータスプレートが取りこんでいる状態です。勇者の場合だと……」
ヒェライさんがステータスプレートをひょいとひっくり返す。
すると、さっきまでは銀色に鈍く輝いていた縁が金色に光り輝いていた。そして、板にはゲームなどでおなじみの物がうつっていた。
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天竜ソラ 16歳 男 レベル:1
種族:人間(勇者)
職業:なし
称号:限界を超えた勇者
HP:29999/30000
MP:30000/30000
筋力:100
体力:300
耐性:100
敏捷:100
魔力:200
魔防:200
技能:基本全属性魔法適性Lv.1、闇魔法適性Lv.MAX(+自動反撃Lv.9)(+死魔法Lv.5)(+武器付与Lv.7)、自動魔力回復Lv.MAX、魔法複合、限界超越、危険察知、言語自動翻訳(聴覚のみ)
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今いち強いのか分からない配置。
――これって強いのかな……
そう思いながら、僕はこのステータスプレートをヒェライさんに見せてみる。
「さて、勇者の実力……は……えぇぇぇぇぇ!?」
ヒェライさんの喉から驚愕の声が漏れ、ぽかんとした表情が浮かぶ。
「どうしたら……こんな能力が……」
「えっと……これってすごいんですか?」
「すごいもなにも、人間の範囲を超えていますよ!一般人の体の性能がたいてい10。熟練の戦士でも300や500が限界なのに対して、レベル1の時点で全てのステータスが三ケタですよ!しかも技能の強さが……全属性魔法適性に……闇魔法まで……さらには、攻撃を受けた者を強制的に殺すという死魔法まで……」
完全に絶句という様子でヒェライさんは顔面蒼白としている。
「さらには……HPとMPがバケモノ級ですよ……たぶん、こんな人はどこにもいませんよ……これも魔神薬の効果でしょうか……でも、それだと体力の向上もあり得ないですし……」
ヒェライさんは状況が理解できないような顔をする。
――そういえば、一緒に入っていたピンク色の液体も飲んだけど……
「すみません、魔神薬のように体力を限界まで回復させるものってありますか?」
「え……?ありますけど……体神薬って物ですが、使うと体の中のエネルギーが暴発して爆発四散すると言われている……」
「それってピンク色ですか?」
「えぇ。そうですが……」
僕の頭の中にふと、嫌な予感がよぎる。
「それを……飲んじゃったかもしれません」
「……えぇぇえぇぇ!?」
絶句するヒェライさんに僕はゴミ箱に入れていた瓶を取り出す。中には何のゴミもなかったので抵抗なく引っ張り出す事ができた。
「これ何ですけれど……」
「……本物ですね……勇者様は本当にどんな体をされているのかっ……」
ということは、体力と魔力がとてつもなく高いのは……自分であの薬を飲んで強化したから?
そう思うと僕は嬉しい感情が浮かんできた。
「えっと……他の項目について教えてもらえますか?」
「あ、すみません。では、まとめて説明するので聞いていてください。まず、種族はそのままなのですが、称号はこれまでの行動とかで変異します。あなたの場合は……HPとMPが限界を超えているというところでしょうか。職業は後で詳しく説明いたします。よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
ヒェライさんの同意を求める声に僕は簡単に答える。
「次にその下の数字達は、本人の体の性能を現しています。10を平均としていますが、特訓次第では相当伸ばすこともできます。あとは技能ですが、これが増える事はありません。ただし、かっこで表されている物は派生技能といい、その技能を使い続ける事で突然出現することがあります。あとは、技能レベルですが、強化する事ができる技能のみにつけられています。」
ヒェライさんの説明が終わり、僕はステータスプレートをもう一度眺める。
これって……相当強くない?
心なしか期待という感情が心中に広がり、だれかに自慢したい感情が湧いてくる。
「あなたの場合、闇魔法特化のようですね。本当に珍しいです。というか、めったにいないのでつよいです」
「本当ですか!?」
「闇魔法は『敵の破壊』という部分に特化しているため、攻撃系魔法としては最強と言えるでしょう。光魔法と威力も五分五分ですから」
嬉しさを出来る限り押し殺すものの、少しだけ外に漏れてしまった。
「おっと、そろそろ時間ですね。他の勇者方と合流するとしますか。たぶん、今日、ほかの勇者方が習った事はさきほど私が教えた事が全てだと思いますので大丈夫でしょう。では、ステータスプレートをこちらの袋に持って下さい」
言われた通りに、僕はステータスプレートを袋の中に入れる。
「では、合流しましょうか」
すたすたと歩いていくヒェライさんに僕は頑張って付いていく。
いくつかの通路を通り抜けた所で……僕は他の勇者集団に合流することができた。まぁ、「あとで殺す」という視線が突き刺さっているが。
最強主人公、ここに爆誕。