4 先生の悩み事
僕が馬車の扉を開けて中を見ると、そこにはファンタジー世界でおなじみの真っ赤なソファーがふたつ設置されていた。片方に僕はボフンと腰掛けると、硬いというかやわらかいというか、なかなかちょうどいい感じの感触がお尻にかかる。
一人で占領しているから、少しばかり休もうかと思い、僕は体を横に倒す。体全体にちょうどいい感じの感触がかかり、全身から力が抜けていく。
ここに召喚してから、状況を正確に把握しようと努力し続けていたから、少し休もうかと目を閉じる。だが、ガシャリという音が響き、扉が開いたような感じがする。
「ソラ君。先生も乗せてもらっていいですか?」
あ……先生を数に入れるのを忘れてたかな……
先生を数に入れると全部で34人。という事は、最後の一台には二人が乗り込む事になる。
その事実に遅いものの気が付き、僕は横にしていた体を慌てて起こす。
「別に、全然かまいませんよ」
「では、失礼します」
入ってきた先生は、向かい合うように設置されていたもう一つの赤いソファーに腰掛ける。
少しばかり横になってゆっくりしよう思っていたけど、人がいるならできないな……
そう思い、僕は体を馬車の隅っこの方に寄せ、壁を右肩に当てた、少しだけだらけた体勢になる。
ふと、先生の表情が目に入った。少し悲しげな目だが、何かを決断した勇気のある目。僕は目は心を語ると聞いたことがあり、それを鵜呑みにして何度か挑戦する事によって、人の目を見ることで相手の感情をざっくりながら読み取ることができるようになった。怒られる前にも目を見て分かれば、あらかじめ対策を練れるのでこの特技は便利だなと自分でも思う。
「ソラ君は……今の状況をどう思っていますか?」
「……え?」
先生が呟くように出した質問に、僕は戸惑ってしまう。
今の状況……僕はどちらかといえば歓迎しているだろう。新しいチャンスが自分にも生まれたという事だし、元の世界に戻ってもまたいじめられるだけに日常が延々と繰り返されるだけだ。
だが、自分は歓迎しているとはいえ、戦いの流れがあまり良くないのは自分でも感じた。
「まぁ、これから次第じゃないですか?危険だと分かったらだれも戦いには参加しないと思います。だれも、死にたくはないでしょうし」
「それはそうですけれど……もしもの時があるじゃないですか……」
先生が心配しているところを僕は考えてみると、一つの結論が思い浮かぶ。
「たぶん、そういう可能性があってもヒェライさんは言わないと思いますよ」
「な、なんでですか!?」
先生の驚愕の表情で思いっきり立ち上がる。
こんな天井の低いところで思いっきり立ち上がったら……
そう思ったのもつかの間、止める暇もなく先生は頭を天井に盛大にゴチンと打ち付ける。先生もやっぱり異世界に来ても変わらないんだなと思いながら、勢い余ってこちらに向かって倒れてきた先生は、僕は手で受け止める。
だが、受け止め所が悪かったようで先生を抑えた瞬間、ちょうど手のひらに柔らかい感触がひびいた。控え目ながら、しっかりと手の平の上で主張している。服の上からじゃ分からなかったけど、先生も胸はあるんだなと思いながらも、この状況からどうすればいいかを頭の中で考える。
このまま、反対のソファーまで押し出すか……でも、それだと手のひらにさらに胸の感触がかかってしまうからダメだろう。今の感触だけで十分だ。
逆に手を引いてみるのは……でも、それだと先生がこのまま僕の方に倒れ込むというわけで、今倒れるとたぶん、先生の前にちょうど股間が……
と、そこまで考えたところでタイムアップが来たようで、先生がやっと状況を理解したようで顔が真っ赤に染まり始める。慌てて、先生は後ろのソファを押して立ち上がろうとする。
あ、でもそこを押したら……
ソファを押して立ち上がろうとしたようだが、ソファの感触を計算に入れるのを忘れていた様で、先生はバランスを崩して僕の方に倒れ込む。まるで、僕をソファの上に先生が押し倒しているような状況だろう。
もちろん、先生の顔は目の前にあるわけでその顔がさらに真っ赤に染まるのは見える。
先生は、こんどはしっかりソファの感触を計算に入れてグッとソファを押し、反対側のソファにようやく戻る。
「ひ、ひきゃ!?せ、先生にこんな事をするなんてセクハラです!絶対だめです!不純です!ソラ君は変態だったんですか!」
「ち、違いますよ!不可抗力です!というかほとんど先生の自爆でしょう!」
真っ赤な顔で言ってくる先生に、僕は正常な判断を手放したまま言い返してしまう。
まぁ、ほとんど本当の事しか言っていないけど。
黙り込んだまま、先生は責めるような目でこちらを見てくる。
あの状況でどうすればよかったんだよ……
そう思いながら、先生の行動を待っていたら、突如思いだしたように先生は動き出した。
「そういえば、なんでヒェライさんは言わないと思ったんですか?」
「簡単な話です。ヒェライさんは、この世界を助けてほしいと言っていました。だから、不安を煽って戦いに参加する人、言い方を悪くすれば戦いに参加する兵、彼らにとっての手駒を減らすような事はしないでしょう。まぁ、命を無くして手駒の数が減っても大変なので不安をあおらない程度の警告とか、それに対する対策はすると思いますが……本当の事をいうとは限りません」
簡単にまとめた事を僕は言ったつもりだが、少し長すぎただろうか。だが、先生は少し考えたところで顔をしかめさせる。この理解力の速さは、さすが見た目は子供みたいでも大人だというところだろう。
いや、理解力の良さは愛香先生ならではだろうか。他の腐った大人とは違った、生徒の事を一番に思って日々努力しているからこその、理解力だと結論付ける。
まぁ、僕のいじめ自体にはあまり気が付かなかったみたいだけどな……
何度か僕が一人ですごしていたり、仲間はずれの様にされていた時にはしっかり声をかけてくれたが、先生がいじめの場には遭遇した事はなかったはずだ。まぁ、いじめの現場は大抵体育館裏だったからだろうと一人で納得する。
「それじゃぁ……」
「僕らが最大限に警戒するしかないようですね。はっきり言って、そこまでここの人達は信用できません」
暗い顔をしている先生に、僕は現実を突きつける。
異世界という状況に浮かれていたが、今、ゆっくりと考えてみると状況的にあまり信頼できない。わざと罠にかけたり殺したりしたりは絶対にしないだろうと思うが、不安要素を隠すという事は容易にあり得る。
「分かりました!私が何とかして見せます!」
「先生……張り切り過ぎて空回りとかはしないでくださいよ。それよりも、最初はクラスメイトを変える事が重要だと思いますよ」
「何でですか?」
「言葉に乗せられて有頂天になったら大変だからです。確か、ヒェライさんは僕たちは神から強い能力を授けられたと言っていました。だけど、それがあっても死なないとは限らない。調子に乗って敵の群れに突撃とか、宝箱のある部屋に入ったら罠で全滅の危機とかがあり得ます」
一瞬、思考が停止したようにしていた先生に、僕は簡単に説明する。自分にも、これは言える事。
というより、少し前まで調子に乗ってワクワクしていた自分を戒めるために自ら口に出したような物だ。
「どうせ、強い能力にも慣れていない状態で戦う事になるんですよ?うまく立ち回れるように思いますか?」
「でも……どうすればいいか全く分かりません……」
顔を俯かせ、自分の不甲斐なさにしょんぼりとする先生に僕は簡単に答える。
「それは、先生が考える事だと思いますよ?」
「……え!?」
僕に、そんな事まで考える力はない。
というか、僕が言ったってだれも信用しないだろうしな……
ほのかな悲しみが生まれるものの、それを無視して僕は少しだけ思いついた事をアドバイスとして先生に託す。
「でも、少しだけアドバイスを。一つは、緊張感を常に持つ事です」
「緊張感ですか……」
「過度な緊張は、かえって逆効果ですが、適度な緊張は警戒心の向上に油断が少なくなります。逆に戦闘などで楽勝に勝てる事がわかり、緊張のなくなってしまった場合は油断が生まれ、死に直結する可能性もあります」
僕は、本で学んだ感じに少しばかり恰好を付けて先生に教える。緊張感についての話は、どこかからの受け売りだ。
「でも……どれはどうすれば……」
「そこまでは、僕も分かりません。」
「そうですか……」
落ち込んでばっかりの先生に、少しだけかまってあげたくなる。これが、愛香先生の人気の一つなのかなと思っていたら、急に先生がクスリと笑った。
「どうしたんですか?」
「えぇ、少しばかり面白くなってしまって。少し考えてみると、ソラ君の方が先生みたいです。いつもは冴えない感じだったんですが、こういう一面もあったんですね」
自分でも分かってたとはいえ、他の人から冴えないと言われた事に僕は少しばかりの悲しみを覚える。
でも、少しだけ先生が元気になったようで良かった。
そう思いながら、先生に最後に取っておいた忠告を出す。
「最後に一つ。慎太には気を付けてください」
「慎太君ですか?なぜです?」
「彼は、今クラスを動かす力を持っています。しかも、正義感が有り余っているというところもあるので国の人に扇動とかされたら、簡単にそちらに転ぶでしょう。しかも、クラスメイト全員を引っ張った状態で」
「彼ですか……一番しっかりしていて心配をしていなかったのですが」
「でも、一応彼が暴走しないようにしてあげてください。さすがに僕も他人に動かされて命を落とすとかはごめんなので」
先生に全てを伝え終わり、気を貼っていた体を一気に崩す。
ふぅ……疲れた……
先生は、考え込むような表情をした後、決意の表情を出した。
「今は何ができるか分かりませんが……頑張ります!」
「えっと……僕はどうリアクションをすれば……」
急に立ち上がる先生に僕は戸惑ってしまう。天井に頭を打たなかったのは良かったと思うが。
先生の顔を僕はみると、少しずつ赤く染まっているのが確認できる。
つい、やっちゃったというところだろうか。
何も言わずに、先生は真っ赤な顔のままソファに腰掛ける。そのまま、静かな時間が流れる。
「それにしても……外の景色はすごいですね」
先生がこの空気を変えるためか、新しい話題を出す。これまで、先生との話に集中していたからか窓の景色に気を配る余裕がなかった。
馬車に取りつけられている窓から、外を見渡すとファンタジー世界で良くある西洋風の建物がいっぱい並んでいる。さらに、多くの人が僕らの乗っている馬車に向かって手を振ったりして騒ぎ立てている。声は遮断されているからなのか中までは聞こえないが、有頂天になっているのは目で見るだけで確認できた。
「本当に、日本じゃないところに来てしまったみたいですね……」
「この自然の多さも、日本ではありえませんし……建物も綺麗に並べられていますが……」
先生の感想に、僕は思いついた事を簡単に口にだす。でも……こういう物には大抵……
「が……ってどうしたんですか?」
「いや、こういう国の場合どこかにスラム街を作って汚い物を隔離している事が多いんですよ」
「確かに、ありえそうですね……」
一瞬、夢見心地だった先生を現実に戻してしまった事を僕は少しだけ後悔する。
「でも、勇者はあがめられるような存在のようですね。あそこで土下座のように祈っている人までいますし」
「ちょっとばかり怖いですけれど……それほど勇者というものはすごいのですね」
「まぁ、救世主と言われるぐらいですからすごくないと成り立たないのでしょう。勇者が召喚されるときは、どうせ世界の危機とかいう事が多いと言われていますし、ヒェライさんも人間族の危機とか言っていましたし。藁にもすがる気持ちって物でしょうか。」
「ソラ君はいろいろな事を知っているんですね」
「いや、ちょっと昔に興味があっていろいろ調べただけです」
久しぶりに他の人に褒められて嬉しい気持ちになる。先生の言う事はお世辞という感じがしないから、なおさら嬉しさが増す。
この後も、先生といろいろな話をしていたら馬車が止まり、目的地に到着したという事を感じる。
馬車の扉を押しあけ、僕らは外に出る。そこには、大きなお城がそびえ立っていた。たぶん、王宮という物だろう。
「とりあえず、国王に会いにいきますのでついてきて下さい」
周りを観察する時間もなく、ヒェライさんは僕らを先導して王宮の中に突き進んでいく。僕は最後尾を慌てて追いかける。
案内されたのは、きらびやかな装飾がされたとてつもなく大きな扉。左右の端に立っている長い槍のような物を持っている人達は、僕らが来たのを確認した後、床をゴンゴンとタイミングを合わせて二回叩いた。
「勇者様方のおな~り~!」
その大声と共に、音もなく大きな扉が開いて中の様子があらわになる。
広い空間の中に、僕らが召喚された場所とはまた違ったきらびやかな装飾があちらこちらにあり、空間の奥には派手に飾られたイス、たぶん王座と呼ばれるものが位置していて、その前には豪華な服をまとった男の人が佇んでいた。たぶん、この人が国王だろう。
周りを見渡すと、端っこには何人かの兵士が武器を持って直立しており、メイドもちらほらと確認できた。
「よくぞ、参った勇者たちよ。我ら人間族を助けに来てくれた事、真に感謝する」
荘厳な感じの声が響き、僕らは促されるままに首を垂れる。
「面をあげてもらってもかまわぬ」
その言葉に、僕らは一度下げた頭をもう一度あげる。
「余がタナシス国12代国王、ポクリシス・シルノリア・ファルモである。もう、存じているだろうが今人間族は緊急事態に陥っている。どうか、助けていただけないだろうか。もちろん報酬も出す。全てが終われば元の世界に帰すと約束しよう」
王道のセリフを国王は堂々と吐く。国王の顔には、威厳と自信で満ち溢れているように感じた。また、厳格な表情の中の目は、多くの経験を超えてきた貫禄がうかがえる。
その言葉に、あらかじめフェリスさんと決めていたのか、慎太はいつの間にか持っていた剣を真上に突き上げ、返答を返す。
「この剣に誓い、命をかけても神から与えられていた使命を果たします!」
慎太の気張った声が響き渡り、国王は頷きを返す。
「今日は、歓迎の為に宴を準備させて貰った。今日は楽しみ、そしてゆったりと休み、明日から頑張ってもらいたい。これからは、宜しく頼む」
最後の一言と共に、国王はどこかに消える。
緊張でこれまで気が張っていたのか、緊張感から解放されたクラスメイトから安堵のため息が響き、赤いじゅうたんの上に座り込むものまで現れる。
「お疲れさまでした。では、宴の場所までご案内しますのでついてきて下さい。国の有数のコックが腕を振るって作った料理を準備してあります。」
異世界の……料理!?
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