29話 ケセラの町に現れた者
「サクラ、こっちの裏通りから宿に向かおう」
「うん、わかった!」
アンジェラ王女の婚約に沸き立つ人だかりを避け、私たちは建物の裏手にある細い路地に出た。表通りではまだ騒ぎが続いているようで、人通りはまばらだ。
「サクラを囲むように移動しよう」
「「はい」」
「わかった〜」
ブルーノさんやアメリさんはもちろん、師匠までもが周囲を警戒している。やはり、みんな王女の婚約話に思うところがあるようだ。宿屋に着くやいなや、私たちは部屋に集まった。
「念のため、防音の魔術をしておこうか」
師匠が腕を大きく広げると、キンと音が鳴り、部屋の中に薄い膜が張られる。話すのを我慢していた私たちは、防音が完了したと同時に口を開いた。
「アンジェラ王女が結婚って本当かな?」
「殿下から報告が来ている。強引に事を進めるそうだ」
「でもあんなに暴れてたんだよ〜? あの子が素直に嫁ぐかな〜?」
師匠の意見に皆うなずく。アンジェラ王女はカイルのことが子供の頃から好きだと言っていた。ならば、絶対に承諾はしていないはずだ。
「だが、殿下もこれ以上、王女を王宮から出さないようにするだろうし、エリックにも会わせないはずだ」
「まあ、そっか〜。王女一人じゃ何もできないしね。じゃあ今のうちに忘却の呪いを解いて、サクラの地位を正式に戻しておかなきゃね」
「そうだな。聖女は陛下と対等だ。警備を増やせるし、王女からの面会も断ることができる」
前回は、異世界に来た寂しさから皆に気楽に接してもらっていた。だけど今回は違う。自分の身を守るためには、信用できる人にしか会わないようにしよう。
(今回は聖女という地位をとことん利用していこう! 私とみんなのためだもん!)
カイルと師匠は、その後も教会の警備について話し合っている。師匠は教会全体に登録者以外は入れない結界を張ると言っているし、王女が隣国に行くまで引きこもっていれば無事でいられそうだ。
「明日は夜が明けたらすぐに出発しよう。そしてケセラに着いたらすぐに呪いを解きたいのだが、サクラの魔力は大丈夫だろうか?」
「じゃあ、調べてみよう〜! サクラ、お手!」
「「怒りますよ」」
私とカイルの声がシンクロし、顔を見合わせる。なぜか私たちよりも皆のほうがニヤニヤしているのが気になるけど、知らんぷりして師匠に向かって手を差し出した。
「おお〜すごいじゃないか! もう以前と同じくらいに戻ってるよ」
「たしかに……なんとなく魔力の感覚を取り戻した気がします」
一年も魔力とは無縁の生活をしていたからか、感覚が鈍っていた。正直に言うと、浄化のコツもちょっと忘れている。
(でも明日は絶対に成功させなきゃ! そして呪いを解いたら、さっさと教会に引きこもろう!)
私たちは食事を終えると、明日に備えてすぐ寝ることにした。それでも解呪のことを考えるとドキドキして眠れず、私は無意識に胸元を探っていた。
(そうだ、もう持ってないんだった……)
探していたのは、ケセラの町でカイルと贈り合ったネックレス。お互いの魔力を入れた小さな瓶のチャームがついていて、それを交換した時、カイルが私にプロポーズをしてくれた。 日本に戻されて寂しい時、もう一生会えないんじゃないかと不安に襲われた時。いつでもあのネックレスに触れると、気持ちが落ち着いた。
(でも今はまたこの世界に戻ってきて、カイルがずっと守ってくれてる。ネックレスのことを忘れても、私に誓ってくれた……)
その思い出が、なによりのお守りだ。ネックレスはアンジェラ王女に壊されてしまったけど、私とカイルの絆は切れるどころか、より強く結ばれている。
(絶対に浄化を成功させ、呪いを解いてみせる……!)
そう強く心に誓うと、不思議と緊張がほどけていく。私はゆっくりと瞼を閉じ、眠りについた。
「おはよう、サクラ。顔色はいいけど、よく眠れたか?」
「カイル、おはよう! ぐっすり寝られたよ。魔力も体にみなぎってる感じがする!」
師匠に確かめてもらったら、予想どおり魔力が完全に戻っていた。
「これなら何回か浄化を失敗しても平気だと思うよ。緊張せずにやれそうで良かったね~」
「はい! じゃあ急いで出発の準備をしてきますね」
軽く朝食を摂るとすぐに出発だ。外に出ると、通り過ぎる人たちはみんな赤い顔で欠伸をしている。昨夜はアンジェラ王女の結婚を祝って、飲み明かした人が多いのかもしれない。
(これから行くケセラの町も同じかな? 人が少ないうちに呪いを解きたいから、好都合かも!)
それにはカイルも同意見だったようだ。
「これはちょうどいいな。ケセラも酔っ払いが多いだろうから、人が増えるのは昼過ぎだろう」
「そうだね。怪しい人がいたら見つけやすそうだし、今のうちに出発しよう」
ケセラは国境付近の町だ。出発地点であるカレブの町からは少し時間がかかる。私と師匠は魔力を消耗しないよう、横になりながら話していた。もちろん添い寝状態にならないよう、真ん中にはカイルが座っている。
「私たちがケセラに行くことは、アンジェラ王女たちに気づかれていないですよね?」
「アルが僕たちを裏切ってバラしてなきゃね~」
「殿下が言うわけないだろう。それに、こんなに早く呪いが解かれるとは予想していないはずだ」
「まあね。いったん魔力がゼロになると、戻すのにひと月はかかるから。そういった意味ではサクラは回復が異常に早いね」
(それならエリックは、私たちがまだ教会にいると思ってるよね。それに結界の穴から解呪するなんて、思いついていないのでは……)
「もうすぐケセラに到着します!」
御者台から、馬車を操るブルーノさんの声が聞こえてきた。町の少し手前で馬車を止め、私たちは周囲を警戒しながらケセラの町の入り口へ向かう。
「万が一、王女たちが来ていたら、僕がサクラを連れて教会に転移するからね」
「……わかりました。悔しいですが、あなたほうが安全にサクラを転移させられるでしょうから。なにかあったら頼みます」
そう言ってカイルが私のほうを振り返ると、アメリさんが怯えた声を上げた。
「カ、カイル様、あそこに人影が……。こちらを見ているようです」
するとカイルを筆頭に、師匠とブルーノさんが私とアメリさんを囲むように動いた。町の入口に立っているのは、大柄で背が高い男性らしい。黒いフードをかぶり、誰かを待っている様子だ。
「僕、目が悪いんだよね~。あれ誰かわかる? 町の用心棒かなにか?」
「瘴気のせいでケセラは治安が悪くなっているとは聞いていますが、あれは……」
急に引き返せば、怪しまれる。不自然に思われないよう、歩く速度を落として町の入り口へ近づくことにした。すると、こちらに駆け寄ってくる足音とともに、男性の声が辺りに響いた。
「カイル団長!」
「ケリー!」
(え? カイルの部下のケリーさん?)
カイルの背中からそっと顔を出すと、同時に男がかぶっていたフードを取った。私と目が合うと、ニカッという音が聞こえそうな笑顔で話しかけてくる。
「聖女様! お元気そうで良かった。ケセラまでは遠くて大変だったでしょう? 団長がむやみやたらに抱きついて鬱陶しくないですか?」
「おまえ、何を言っているんだ。それに俺の許可なしにサクラに話しかけないでくれ」
「え? そこまで重症なんですか? 殿下に報告しなきゃ……」
懐かしい二人のやり取りに、緊張で固まっていた心がほぐれていく。真面目なカイルをずっと支えてきた腹心のケリーさんは、前回の旅でもカイルをからかっていた。
「鬱陶しくなんてないですよ。カイルにはいつも守ってもらってますし、それに――あれ? ケリーさん、シャツに血がついてますよ?」
「え? また? 本当だ。実はこの前アンジェラ王女を教会から追い出す時に、怪我をしたみたいなんです。それが膿んじゃったのかな? お見苦しくてすみません」
ケリーさんはポケットからハンカチを取り出し、血がついている部分に巻きつけた。
「化膿したのではないか?」
「かもしれません。小さい傷なのですが……」
すると、それをじっと見ていた師匠が、いきなり私をかばうように前へ出た。そしてケリーさんを睨みつけ、耳を疑うようなことを言い放った。
「おまえ、サクラを裏切ったのか?」




