22話 忘却の呪い
「殿下! それではサクラの記憶はどうするおつもりですか! この国のために違う世界から召喚され、命をかけてまで浄化したのですよ! それなのにこんな仕打ちは……納得できません!」
ぶるぶると震えるほど拳を握りしめ、カイルは殿下を睨みつける。彼が殿下に対してこんな態度を取ったのを初めて見た。いつも臣下として忠実だったカイルが、私のために逆らっている。そのカイルの変化に殿下も驚いたようだった。
「カイル、気持ちはわかるが、今、国境付近にはかなりの瘴気が渦巻いている。それは知っているだろう?」
「それはそうですが……」
「私だってなんとかしてサクラさんの記憶を取り戻したい。だが、結界を壊せば、瘴気が一気にこの国を襲ってしまう。そうなれば私はこの国の王太子として、聖女である彼女に、再び浄化を頼まなくてはならない」
アルフレッド殿下も苦し気な表情で私を見ている。彼は一度目の召喚のときにも、私の負担を気づかってくれた優しい人だ。けれど、彼はこの国を背負う王太子。国民の命と私の記憶なら比べるまでもない。
(……それに私だってそんなの嫌だよ)
カイルだってこの国の騎士団長だからわかってるのだ。私は苦々しい顔で黙り込む彼の腕にそっと手を置き、にっこりと微笑んだ。
「カイル、私のことを考えてくれてありがとう。でもね、殿下の言うことは正しいし、あなたも国民が苦しむところは見たくないでしょう? それに私も、一年もかけて瘴気を浄化したんだから、自分の記憶と引き換えに台無しにしたくないんだ」
「しかし、それでは……」
「もちろん皆に思い出してもらえないのは悲しいけど、これから新しく思い出を作っていければそれでいいよ!」
(一緒に過ごした過去を共有できないのは寂しいけど、みんなと元気に過ごす未来を大切にしたい……!)
そう言ってカイルの手をぎゅっと握ると、ようやく彼の表情が和らいだ。私の髪を優しくなで、自分の胸に引き寄せる。
「……俺はあきらめないからな」
「ありがとう。いつか思い出してもらえたら嬉しい」
あせらないでいこう。私が聖女で、過去に一緒に過ごしたことを知ってもらえただけで十分だ。
(たとえ思い出してもらえなくても、また思い出を積み上げていこう)
みんなが見ているのはわかっているけれど、私はカイルの気持ちに応えるように、彼の背中に手を回した。
「サクラさん。私も王宮の魔術書を調べてみます。ジャレド、手伝ってくれよ」
「そうだな。教会にも資料が残されているかもしれない。そちらも探してみよう。ジャレド、しっかりやるんだぞ」
「え〜、勝手に決めないでよ~」
殿下と司教様に仕事を命じられ、師匠はあからさまに面倒くさそうな顔をする。そんな態度をみんなが注意しようとすると、彼はあわてて手を振った。
「待って待って! 忘却の呪いは、サクラが頑張ればなんとかなるかも!」
「えっ? 私ですか?」
驚いて師匠のほうを振り返ると「そうだそうだ! この手があったな〜」と上機嫌だ。なにか良い方法を思いついたみたいで、楽しそうに説明し始めた。
「アルたちが言ってた瘴気が増えてる国境近くって、ケセラの町だろう? あそこはサクラが唯一、ふさがなかった結界の穴がある場所だ。サクラはそれを修復する前に、エリックによって元の世界に戻されている」
確かにケセラの町は私が最後に訪れた場所だ。そこでカイルにプロポーズしてもらったからよく覚えている。
「だからちょうどいいよ。サクラの魔力が回復したら、君が結界を修復すればいい。その時に解呪の魔法陣を同時に発動させれば、君自身が結界の呪いを解くはずだ」
「私が呪いを解く……?」
瘴気を浄化すると、「聖気」になって結界に届く。この時、私と結界は聖気を通して繋がっている。忘却の呪いはその「聖気」を利用して結界ごと魔術をかけたのだから、逆をすればいいってことか。殿下たちも理解できたようで、感心した顔でジャレドを見ている。
「なるほど。それなら結界の穴も、サクラさんの記憶も、同時に解決するってことか……」
「そうそう。サクラの世界でいう『イッセキニチョー』だね」
パチンと指を鳴らし、ジャレドが私にウインクをした。私がよく「こうすれば一石二鳥ですよ!」と言ってたからか、師匠はその意味を知ると面白がって使うようになった。皆がお辞儀を真似したみたいに、師匠も日本語の言葉を使っていたのは楽しい思い出だ。
「ふふ。師匠、覚えてたんですか。その言葉」
「よく言ってたからね。僕、この言葉大好きだよ。お得って感じがする!」
「私もです」
(やっぱりこうやって思い出話ができるのは嬉しいな。頑張って魔力をためて、カイルや皆とも話したい!)
思いのほか早く解決しそうで、私は嬉しくてカイルの顔を見上げる。でもなぜか彼の顔は暗く、声をかけるのをためらってしまった。
(どうしたんだろう? 疲れてるのかな?)
私が隣でじっと見つめても、カイルは視線に気づかない。私は声をかけるのをやめ、師匠の話に耳を戻した。
「魔法陣はすぐ作れるから、それまではカイルにたっぷり聖魔力をもらって――ケホッゲホッ」
「師匠!」
突然、ジャレドが苦しそうに咳き込み、体を折り曲げる。顔は真っ青で、額には汗がにじんでいた。




