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翡翠の章 七 襲撃

襲撃を受けました。

 腰の双刀を抜き放つ。

 馬から跳躍しながら飛んできた矢を叩き落す。


 隣で矢を受けた馬が、横倒しに倒れた。

 馬の口元に泡が拭いているのを横目に見て、耿晨は舌打ちした。


「毒だ。馬の影に隠れろ」


 数は五。左に三、右に二だ。

 耿晨は間髪いれず茂みに飛び込んだ。


 茂みに突っ込むと、今まさに弓に矢を番えようとしていた男がいた。

 弓を蹴り飛ばす。

 地に倒れた瞬間、男は動かなくなった。

 自らの毒矢が腹に刺さったようだ。


「くそっ」


 顔を上げると、街道に残してきた二人の前に刺客が姿を現していた。

 引き絞った弓で崇斎に狙いを絞っている。


 宇延が崇斎に覆いかぶさるようにしていた。懐を探る。

 短刀はもうなかった。

 間に合わない。

 耿晨は舌打ちをし、足元の毒矢を拾うと刺客に向かって投げた。


「ぐぁっ」


 街道に踊り出る。


「出て来い。もう弓手がいないことは分かっている。

 正々堂々、姿を表せ。こっちは小娘一人だぞ」


 既に二人殺した。


 耿晨は胸に湧き上がる吐き気を飲み込みながら、左右から出てくる刺客を観察した。

 隙のない身のこなし。

 関所にいた尉士よりは、数段腕が立つ。


「宇延。崇斎様を連れて逃げろ」


 間合いを取りながら、押し殺した声を宇延に送る。


「冗談じゃない」

「頼む。護りながらじゃ戦えない」


 一斉に三つの斬激が飛んできて、耿晨は宙に逃げた。

 よく取れた連携。

 訓練された者の動きだ。


 刺客の背後に着地した耿晨に、二人の刺客が襲い掛かってきた。

 残る一人は崇斎たちを狙っている。


「逃げろ」


 耿晨は打ち下ろされる二つの刃を打ち払いながら、叫んだ。

 刺客の初激は、なんとか宇延が刀身で受け止めていた。


 駄目だ、宇延では三合と持たない。


 耿晨は一人の刀を弾き飛ばすと、男の腹を力いっぱい蹴り飛ばした。

 後方に飛んだ刺客の体が、崇斎を狙う男にぶつかる。


 目の前の敵の首に柄を叩き込んだとき、視界の先に最後の一人の刀が崇斎に向かって打ち下ろされる姿が映った。


「間に合えっ」


 耿晨は大地を蹴って、刀を投げた。

 刀は飄彩ひょうさいを閃かせながら、宙で回転し、男の背に深く突き刺さった。

 男の身体が、ゆっくりと前にくず折れた。

 口から吹き出す紅い泡に、耿晨は思わず頭を掻き毟った。


(三人、殺してしまった)


―――――――――――――――――


「耿晨、おい大丈夫か。耿晨」

 はっと我に返ると、目の前に宇延の顔があった。

「……二人とも無事か? 怪我はないか」

「それはこっちの台詞だっつーの」


 耿晨は足元に転がる、死体に視線を落した。


 耿晨は男に近づくと、背に深く刺さった刀の柄に手をかけた。

 身体から刀を引き抜く。

 引き抜く瞬間の感覚に、悪寒が駆け抜けた。


 耿晨は歯を食いしばって、その不快な感触を耐えると、露払いをして双刀を腰に戻した。


「すまない。生かして捕らえたかったが。

 三人殺してしまった。

 そこの二人は気を失っているだけだから、事情は聞けると思う」

「気にする必要はありません。どうせ高苑からの使者でしょう」


 節目がちに告げた耿晨の頬に、ふいに冷たいものが触れた。

 驚いて顔を上げると、崇斎の切れ長な瞳があった。

 崇斎は耿晨の頬に当てた指で、頬を汚す血をそっとふき取ってくれた。


「美人が台無しですね」


 耿晨は慌てて身を引いた。


「女性に人を斬らせてしまいました。本当に申し訳ない」

「これくらい、いつものことだ。それより怪我はなかっただろうか」


「嘘を言ってはいけません。

 人を殺したのは初めてだと、顔に書いてあります」


 崇斎が手を伸ばし、もう一度耿晨の頬に触れた。

 意外に大きな手の平が、耿晨の頬を包むように撫でた。


「そんな瞳をしないでください。

 その罪は、私の罪です。忘れてしまいなさい」


 崇斎の穏やかな瞳を見ていると、先ほどまで身体を支配していた嫌悪感が薄らいでいくようだった。


 耿晨の瞳に凛とした輝きが戻ったのを確認したのか、崇斎は少し笑んだ。


「先ほどの質問の答えがこれです」


「質問?」


「何故私が郷長に甘んじているのか、とお聞きになった。

 答えがこれです。

 政敵というのはやっかいなものです。

 もし私が郷長以上の地位に就いていたとしたら、今頃この世にいません」


 こんなにも菩薩のような、穏やかな徳のある人物も、きっと血塗られた道を歩んできたのだ。


「それが政治、か」


「そう。これが政治です、残念ですが。

 蚩尤殿があなたを官府に近づけたくない気持ち、私も分かりますよ。

 今のちょうの下では、官吏が人間性を保つのは至難の業ですからね」


「朝が切り替わるのを、耐えて待っているのか」


「はい。腰抜けですから」


 崇斎は朗らかに笑った。

 その微笑の深さは、耿晨の胸を打った。


―――――――――官吏には官吏の戦いがある。


 崇斎の微笑みが、耿晨の中にある扉を一つ開けた気がした。


やっつけました。

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