恋はまず出会いから始まる
いかがでしょうか?
誰だって、恋は、する。人を好きになる。
それは、色々なきっかけがあると思う。例えば、一目ぼれだったり、愛の逃避行があったり。危険な香りのするロマンスがあったりと。
でも、俺が、今、言いたいのは、恋をするのは、『誰だって』、できるということだ。
人種も、身長も、性別も、何もかも、関係ない。皆、一度人を好きになってしまったら、その人のことしか見られなくなって、胸がドキドキして、告白をする。
そして、それは、どんな結果にせよ、記憶に残る程のものになる。 かけがえのない一つの大事な思い出。
そして、学生、とくに、高校生という時期は、恋が、最も燃え盛る時期だと思う。
精神が、それなりに、成熟してきて、でも、大人の一歩手前だから、一度何かに没入すると、我を忘れて、熱中する。
人は、そんな高校生の時期を青春と呼ぶ。
これは、そんな誰もが、当たり前に通過していく青春を、潤滑材として、提供する側として、機能した、ある一人の少年と、部活の物語である。
桜が満開に咲き誇る4月の湘南。海から、吹く、潮風が、桜の花びらを吹き散らし、道に散らばらせる。
新しい制服に身を包み、新しい先輩、新しくできる友達との出会いに胸を躍らせる、ぶかぶかのブレザーが、特徴的な新高校一年生が、お父さんや、お母さんとともに、入学式へと向かっていた。
そんな微笑ましさしか見当たらない暖かい光景に、一人ぼっちで、音楽を聴きながら、背を丸めて、歩く少年がいた。
それが、俺こと、高橋名人だ。
両親は、共働きで、近くのハム生産工場に勤めている。
別に裕福という訳ではないが何不自由なく暮らせている。何の変哲もない中流階級の家柄。
平凡が最高だ。家も、友達関係も成績も肉体も。
と、俺は、体に突き刺さる何かを感じ、顔を上げて、周りを見た。何人かの生徒と、目があい、彼らはすぐに目をそらした。それを確認すると、また顔を下した。
この体、人から、見れば、そりゃ、目につくよなぁ……。
ズボンに乗っかった自分のぜい肉、そして、ぴっちぴっちに体に張り付いたシャツとブレザーを、つまみながらそんなことを思う。
そう俺は、人の目が釘付けになるほどの肥満体型なのだ。
小学校のころから、俺は、太っていて、周りから、そのことを、からかわれていた。
ハム人君や、パテ人君と、実に多彩で、精神ダメージの高いあだ名をつけられ、学校に行くたびに囃されたし、物を隠されることも日常茶飯事だった。
で、その時の俺は今から思えば、道化を演じていた。つまり、柔らかく言えば、デブというキャラで、それに見合った行動をして周りから笑いを取っていたわけだ。
その時は、まだ良かったんだ。だって、皆、それで、喜んでいたから。それで、満足していたから。
でも、中学は違った。そんな簡単な所じゃなかった。
たとえば、弁当を隠されたりとか。しかも、たちが悪いのが、俺が太っているから飯を食わないほうがいいという滅茶苦茶な理由で正当化しようとしているところだ。
そういうのが嫌でどこか、寛容な学生がいるかと探した結果、地元の中学生が進む地元の高校から少し離れたこの腰越高校を選んだのだ。
それなのに、登校初日でいきなり、体で悪い意味の注目を集めてしまうなんて、いきなりお先真っ暗な感じがしてきたな。
そのうち入学式と書かれた看板が、立てられかけた校門が見えてきた。
あたりは、どういうわけか耳に入る音楽をかき消してしまうほど、とても騒々しかった。
おいおい、まさかこんな晴れ晴れとした入学式の日に、校門の前で交通事故でも起きたのか?ちょっと不安だな。大丈夫だろうか?
少し歩くスピードを速めた俺は、校門から玄関まで続く通り道の両脇に、上級生がずらっと並んでいることに気づいた。
そして、彼らは、目の前に新一年生が通るたびに、愛想を振りまきながら、チラシを配っていた。
一番手前にいる女の子二人組の、花王のバ部、よろしくお願いしまーす、という元気な声が耳に届いてきた。
あっ、なんだ部活の勧誘ね、はいはいはい。なんだよ、驚かせんなよ。
それにしても、既存の部活に新入生がとやかくいうのは、かなり気が引けることだが、あえて言わせてもらうなら、花王のバ部って、どんな部活だよ……。
入浴剤をどう発展させれば、部活にできんだよ、というか、よく部活として通ったよな。
……あっ、そういえば、この学校を受験するときに、学校紹介の冊子を読んでいて、異色の部活が、あなたを待っている、って書いてあったな。
……違う意味で異色じゃねぇか。しかも、あまり待っていてほしくなさそうな部活がいきなり来たし。
俺はさらに高校生活に対する不安を増幅させながら、他の高校生とともに、校門を抜けた。その瞬間、何人かの上級生と目があった。
俺はすぐに視線を外したが、彼らは俺を露骨に凝視していた。
中学時代、人から見られて、なぶるように全身を視線で撫でまわされ、ついに人の自分に対する目線が、馬鹿にしているか、そうではないかを感じ取れるようになった俺の感覚がそう言っているのだから違いない。
実際、もう一度さりげなく顔を上げれば、こちらを見ながら、指さしてひそひそ話したり、にやにや笑っているような奴もいたので、俺の感覚は間違っていないことが示されたわけだ。はっ、どーだ。見たか。
なんて、冗談をかましている場合じゃない!
おいおい……冗談だろ。ここはほっそりした奴しか、人権が認められないスレンダー王国とかじゃないよな?
カバンの中からパンフレットを取出し、確認した。何度も写真と実物で校舎を比較してみたが完全に一致していた。つまり、ここは腰越高校で間違いないということだ。
(……これは、本格的に僕の高校生活試合終了かもしれないな……)
実際、俺が通っても、誰も部活勧誘のチラシをくれず、自分の前、もしくは後ろの奴に精力的に、宣伝していた。
(……くそっ、なんなんだよ。これ、入学早々、いじめかよ、おい)
自分の体が、そばを通りかかるたびに、普通の人に送るものと違うものを感じるにつれて、どんどん嫌になっていき、ついには、自分から拒絶の意思を示すべく、ポケットに手を突っ込んだ。
(はあっ。初日から全く最悪の気分だよ。この後、入学式とかマジで萎えるし、何か、面白いことでも起きないかな)
しかし、人生とは往々にして退屈なもので、いくら願ったって、空から美少女が降ってくるわけでも、異世界へ転生することももちろんない。
最悪だ。とにかく教室に行ってこれからを考えなきゃ。そう考えながら足早に歩いていると、俺は、玄関のすぐ一歩手前というところで、不注意により足元にあった石におもいっきりつまずいてしまった。
手はポケットの中。おそらく、転んで、体を地面にたたきつける数秒後に、手は間に合わないだろう。
別にデブだからって衝撃を吸収するわけじゃない、痛いものは痛いのだ。
体が、固いアスファルトの地面に向かって傾いていく中で、
(どうして、俺だけがこんなつらい目に合わなきゃいけないんだ……)
しかし、どうすることもできない。そして、近づいてくる地面に対してついに怖くなって目を閉じた。
衝撃が来る!
しかし、体は、地面に叩き付けられることはなく、それどころか、体に人の腕の感触を感じた。いくらたっても、体に痛みが走らないので、恐る恐る目を開けてみると、周りにはたくさんの生徒が集まっていて、その中央に俺と、一人の美少女がいた。
亜麻色の流れるような長い髪。健康的なシミひとつない肌に、くりくりした目と小動物を意識させる小さな口がうまいバランスで乗っている。鼻梁も高すぎず低すぎず、ちょうどいい高さになっている。
無駄のない体躯に制服を、程よい大きさの胸部が盛り上げている。ちょっと短いスカートからは、対照的にうまい具合に、均整のとれた太ももを、覗かせている。
「大丈夫? 君。どこか怪我はない?」
俺の大きな体をものともせずに、まっすぐ起こした彼女は、地面に落ちたイヤホンを手で広い、かつ、俺の手を、無理矢理ポケットから出させ、
「全く。歩いているときにポケットに手を突っ込んだら、危ないでしょうが」
彼女は、俺の頭に軽く、こつんと拳を当てた。本当にやさしく、注意してくれたのだ。
そんな彼女は、とても、凛々しかった。事実、左腕に、生徒会長、と書かれた腕章を通しており、すぐに、違う生徒が彼女を呼びに来た。
「会長! 急いでください。始業式まで時間がありません」
「あっ、ごめんね! 先に行ってて。すぐに私も追いかけるから」
その生徒は、わかりました、と言ってから、大きな建物の入り口に入っていった。
それを見送ってから、彼女は不意にこちらに向きなおして
「じゃあ、わたしもう行くけど……君、今年の入学生?」
彼女は、軽く顔をかしげて、そう尋ねてきた。俺はそれまで、まるで夢の中にいるような感覚だったが、ようやく現実に引き戻された。
「は、はいはいはい。そ、そそうです」
完全にテンパってしまっていた。彼女は、ニコリと笑って、
「緊張しているの?」
「いえ、すいません。ちょっと……」
主にあなたのせいでね。
「そっかー。緊張するよね。高校って。でも、いろんなお友達をつくって、いろんな先生に出会って、たくさんの出会いが待っているから、頑張ってね!」
彼女は、ぐっと拳を俺の前に突き出した。しかし、既に俺は、これでもかというくらいに、出鼻をくじかれているので、
「……そう、ですね」
曖昧に頷いた。そして、今度は、段々、周りの好奇の視線が、つらくなって、とりあえずこの場を立ち去りたくなってきた。
「……その、あまり時間ないみたいですし、そろそろ行ったほうがいいんじゃないですかね?」
「あっ、そうだね! 私も入学式でスピーチやるから、早くいかなくちゃ。じゃあね。一年生君」
「……俺の名前は、一年生君じゃなくて、高橋名人です」
「そっか、名人君ね。……よし、覚えた。私の名前は、極楽寺夕陽。よろしくね」
そして、再度、ニコッと満面の笑顔を見せた。
しかし俺は、何も答えず、玄関へと走り去った。彼女の笑顔を見て、何だか、胸が熱かったのだ。顔も赤いと思う。動悸が激しい。
それは、別に、たかだか、10メートル走ったから、そうなったわけではないと思う。いくらなんでも、僕だってそこまで運動不足ではない。
だとしたら、このドキドキは何か?
答えは、おおよそわかっている。
「……一目ぼれ、かもしれない」
俺の高校生活はそんなラブコメチックに始まった。




