最終話 天に咲く花の下で
「フュール、そこにある新聞まとめといてくれる?」
「はい、おかみさんっ」
男爵家へ向かう馬車から逃げ出して、トネリア領に来て二か月が過ぎた。
トネリア領に着き、休みたくて入った宿屋がここだった。
もう少し先まで行こうと思ったけど、掃除婦募集の張り紙に気づき、おかみさんに話したところ即採用してくれた。
使用人として働いていた経験が、私の生活を助けてくれている。
「何が役に立つかわからないものね…」
古い新聞をまとめていると、一つの見出しに目を見張った。
「え…うそ…」
『70年の歴史を共に歩んだ遊園地が今月末で閉園』
それはジルヴェスト様と一緒に行った遊園地。
心の中で、ジルヴェスト様と過ごした時間が蘇る。
その場所が明日閉園する…
新聞の日付は今月の初めだ。
普段、新聞は読まないから気づかなかった。
「どうしたんだい?」
「あ、いえ…」
私の手が止まっている事に気づいたおかみさんが、のぞくように新聞に目を落とす。
「…想い出の場所かい?」
「…そ、その…っ」
おかみさんの問いかけに言葉が詰まる。
想い出の場所。
そう…私の大切な…
もう二度と戻れない夢の時間。
「今月末って…明日じゃないか、これから行っておいでよ。今から出れば明日の昼の鐘がなる頃には着けるだろうさ」
「で、でもお店が…っ」
「ふ、私ひとりで何とでもなるよ。あんたが来てくれるまでずっとそうしていたんだから。ほらっ、馬車代と宿泊費」
おかみさんは自分の財布を開くと、何枚かのお札を私の手に握らせた。
「い、いいです、おかみさん、こんなっ! それに行きませんからっ」
「大切な人と行った場所じゃないのかい? 見に行ったからってどうなるってもんでもないけど…行かないと、きっと後悔するんじゃないかね?」
「…おかみさん…」
「それでなくてもあんたはここに来てから、ろくに遊びにも出かけていないだろう? 気分転換しておいでってことっ」
「ありがとうございます…」
私はおかみさんの気遣いに甘える事にした。
本当は…最後に園を見たいと思ったから。
1泊分の荷物を鞄に詰める。
ジルヴェスト様にいただいたストールとクラヴァットピンを身に付けた。
出かける準備が調うと、私はすぐに遊園地へと向かった。
◇
「わ、すごい人…」
晴天の夏空。
予定通り、お昼過ぎに着いた。
最終日という事もあり、たくさんの人で賑わっている。
「あ、園の終了の際には花火が打ち上がるのね」
そこかしこに、花火に関するお知らせの紙が貼られていた。
乗り物には長蛇の列。
射的には小さな男の子が父親に抱かれて、一生懸命景品を狙っている。
「射的…全然当たらなかったな…ふふ」
ジルヴェスト様とふたりで笑ったっけ。
メリーゴーランド
輪投げ
観覧車
とても楽しかった…
私はジルヴェスト様と行った場所を回りながら、想い出を噛みしめていた。
「少し休もう…」
ベンチに座り、ストールを外す。
そこから行き交う人々を眺めていた。
あの時は隣にジルヴェスト様がいて下さった。
今…私を気にする人はいない。
まるで世界にひとり、とり残されたよう。
ここは楽しい想い出があった分、今ひとりでいることがこんなにも寂しい…
「……そろそろ宿に戻ろうかしら」
暗くなってきた。
もうすぐ花火の打ち上げが始まる。
見たい気持ちもあるけれど、ひとりで見るのは切ない。
明日、朝一番でトネリア領に帰ろう。
あそこに戻れば、おかみさんが迎えてくれる。
もう…ここに来ることもない。
ベンチから立ち上がりストールを身に付けようとした時、突風が吹き抜けた。
風はストールを空へと飛ばしていった。
「あ!」
ジルヴェスト様からいただいたストールが……っ!
私は飛んでいくストールを追って走り出す。
けど人込みに紛れて、ストールを見失ってしまった。
「嘘…っ どうしよう…!」
私は必死で探した。
ジルヴェスト様からいただいたストール。
いやっ 失くしたくない!
私は地面をあちこちと見回すが、見当たらない。
どこ?
どこなの!?
視界が滲んで、良く見えない。
「…これ」
誰かが私に声をかけ、目の前にストールを差し出した。
私のストール…!
「あ、ありがとうござ…!」
それを受け取り、お礼をいいながら顔を上げるとそこには…
「…ジル…ヴェスト…様……」
「…フュール……」
一瞬、時が止まる。
喧騒が消える。
私は驚きのあまり、その場から動けなくなってしまった。
「フュール!!」
彼は私をその大きな胸に抱いた。
どうしてジルヴェスト様がここに?
どうして私…抱き締められているの!?
私は状況が分からず、戸惑っていた。
「きっと来てくれると思った…」
「え…?」
ゆっくりと身体を放すと、彼は私の目を見て話し出した。
「ここの閉園が新聞記事に載ってから、毎日来てたんだ。もしかしたら君が来てくれるんじゃないかと。ずっと…ずっと君を探していたんだ…」
「ジルヴェスト様…」
この遊園地に毎日…?
ずっと私を探して……?
「これ…」
「あ…」
ジルヴェスト様がポケットから取り出したのはネックレスだった。
あの時、置いて行った…
ジルヴェスト様はそのネックレスを私の首に付けて下さった。
お母様のネックレスを。
「ごめん…本当にごめん…君にずっと謝りたかった…っ」
「え?」
「……君を賭けの対象にした事……僕たちの話を聞いていたんだよね…? だからこのネックレスを置いて行ったんだよね? 本当に…僕は最低な事を…っ」
「い、いいえっ 違います! ジルヴェスト様があの提案を拒否していた事は知っていました…逆に…あの話を聞いたから…私はあなたに声をかける勇気が持てたんです…」
「僕との想い出を作って…去るつもりで…?」
「………っ」
ジルヴェスト様の問いかけに、頷く事で答える。
「想い出にしないでくれ…もう…どこにも行かないで欲しい…っ…」
「…で、でも…伯父が…」
もし戻ればきっと男爵家の元へ行かされるし、私事でジルヴェストにご迷惑をかけたくない。
「…ボルガット子爵の事は心配しなくていい。全て終わった」
「え?」
ど、どう言う事?
伯父様の事が終わったって…
「君は自分の事だけを考えればいいんだ」
「け、けど…っ」
「………好きだ…、君の事が…っ」
「え…」
…好……き…?
私の…事を…?
ジルヴェスト様…が…?
「好きなんだ…心から…っ…」
切なげに思いを告げるジルヴェスト様を見て、私の胸が高鳴る、目の奥が熱くなる。
「……ジル…ッ…」
とめどなく流れる涙。
胸がいっぱいで言葉が出てこない。
「…君は? …あの日に伝えてくれた気持ち、変わってしまった…?」
私は口元を両手で覆いながら、左右に首を振る。
言わなきゃ…っ
私も…あなたへの気持ちを言葉にしたい…っ!
「…好き…ですっ… あなたとの想い出が…私を支えてくれました…っ」
「フュール…!」
私たちは再び抱き合った。
本当はずっと戻りたかった…っ
ここに
あなたの傍に
もう二度と会えないと思っていた…っ…!
ヒュー…パア…ン…
……パパア…ン…
夜空に花火が舞い上がる。
天に咲く花のような美しさを見せながら、園の終わりを告げた。
湧き上がる歓声の中、二人で花火を仰ぎ見る。
まるで私たちのこれからを祝福してくれるような耀きだった―――――…
【終】




