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蓮の葉令嬢と呼ばれた私は、あなたに落とされたい。  作者: Kouei


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第1話 蓮の葉令嬢は私の事です

「“蓮(はす)の葉(は)令嬢”を三週間以内に落としてみろよ、その代わりお前の借金チャラにしてやるよ」


 そう言っている方は…確かブラン伯爵令息。

 

「じゃあ俺は、落とせない方に10万ルブル賭けるよ」


 賭けに乗った方は…コンバート伯爵令息。


「僕も落とせない方に10万ルブル」


 一緒に賭けた方がビカラー子爵令息。


「はぁ!? 何、勝手な事言ってんだよっ」


 そして…賭けを持ち掛けられているのが、輝く金髪を靡(なび)かせている…ホズライン伯爵令息のジルヴェスト様。



 私が密かに想いを寄せている方…



 彼らは今、“蓮(はす)の葉(は)令嬢”と言われる女性を落とす為にお金を賭けるようです。


 その“蓮(はす)の葉(は)令嬢”って他でもなく………私の事なんですけど。



◇



『蓮(はす)の葉(は)令嬢』


 いつ、誰が付けた呼び名か知らないけれど、いつの間にか私の二つ名になっていた。


 語源は読んで字のごとく『蓮(はす)っ葉(ぱ)』。

 下品で淫(みだ)らな女性を表す言葉。

 それが私…フュール・バントラーを揶揄(やゆ)した別名になってしまった。



 私は2年前に事故で両親を亡くした。

 次男であった父は、バントラー男爵家の一人娘である母と結婚し婿入り。

 だが領地を持っていなかったため、父は官僚として働いていた。


 母方の両親はすでに鬼籍(きせき)に入っていたため、身近な縁者である父の兄ガシール・ボルガット子爵家に引き取られる事となった。


 と言っても……使用人として。

 

 父と伯父はもともと仲が悪く、父がボルガット家を出てから交流は一切なかった。

 私が伯父に会ったのも、この件があって初めての事。

 だから伯父にとっても全く面識のなかった姪である私を、世間体を考えて引き取ったものの、きっと面倒だったに違いない。


 食事は使用人と一緒。

 だが、与えられる食事は使用人たちよりも粗末なもの。

 宛(あて)がわれる仕事は、主に掃除と洗濯。

 手が荒れるのはあっという間だった。

  

 私の部屋は、北側の隅にある日の当たらない場所。

 あるのは粗末な衣装タンスとテーブル、そして寝台。

 壁には小さな明り取り窓が一つだけ。

 夏は蒸し暑く、冬は底冷えに寒くなる。

 

 荷物は最低限の物しかなかった。

 ここに来た当初は、いくつかの洋服や宝石類があったが、義伯母(おば)と従妹(いとこ)に奪われた。両親の遺産があるはずだけどそれがどうなっているのか分からない。

 一度聞いた事があったけど…


『子供のくせに金をせびるなど賤しい人間だ! 弟はろくな教育をしていなかったようだな!』


 怒鳴られ、父を侮辱されただけだった。

 それからは、二度と聞く事はしなかった。


 そして伯父たちの私への態度を見て、使用人の中に私を気遣ってくれる者はいなかった。


 そんな扱いを受けていたが半年前、私が成人年齢である16歳を迎えると状況は一変した。


 『おまえは見目が悪くないからな。少しでも我が家の利益になる男の元へ嫁がせてやろう』


 そう言って、使用人の仕事を止めさせた。

 手にあかぎれなどを作ったまま、嫁がせるわけにはいかなかったのだろう。


 伯父たちの豪華な食事には遠く及ばないが、以前よりはましになった。

 けど伯父たちと共に食事を摂る事はなく、部屋に運ばれた食事をひとりで食べていた。

 

 商品の価値を上げるために…

 市場で売られる家畜と同じ扱いね。

 

 その頃から伯父の指示で、社交の場に出席するようになる。

 そして伯父から渡される洋服は、派手で胸元を強調したデザインのものばかりだった。


 「こんな服で行かなければならないなんて…」


 私は胸元に手を置いた。

 

『少しでも高位貴族に媚を売り、自分を高く売り込め!』


 出かける前に伯父から、必ず言われるようになった言葉。

 そして着たくもない服を着て、晩餐会や夜会などの催しへ出向(でむ)かされる日々。


 この時だけは伯父の指示で、使用人たちが私の着付けなどの準備をした。

 

 場にそぐわない濃い化粧。

 胸を強調した悪趣味なドレス。

 うなじを晒(さら)すように結い上げられた髪。


 こんな姿をした令嬢に、良識ある人が求婚するとは思えない。

 ろくな男性が寄ってこない事は目に見えていた。


 けど、養われている私に拒否する事はできない。

 そしてそんな私は、ある意味社交界では有名人になっていった。

 もちろん…悪い意味でだ。


 彼岸花のような赤い髪

 トパーズ色の瞳

 厚みのある唇

 たわわな胸

  

 そこでついた渾名(あだな)が『蓮(はす)の葉(は)令嬢』


 16という年の割に、大人っぽい体つきと雰囲気だと言い始めた男性たちから妙な呼び名が広まったと思う。


 ただ…胸に関しては単にコルセットで締め上げて、底上げしているだけ…残念ですけど…


 それにここで必死に相手を探さなくても、いつかは伯父が持ってきた相手と結婚させられるだろう。


 どの道、まともな縁談なんて無理な話なのよ。


 今は、とある伯爵家主催の晩餐会に出席している。

 息が詰まる雰囲気から逃げるように壁際へ移動し、隠していたクラヴァットピンを取り出し胸元に付けた。


「会えるかしら…」


 私はこのピンを下さった方を思い浮かべていた。


 風に当たろうと会場の外に出て、庭園へと足を踏み入れる。

 その時、どこからか話し声が聞こえてきた。


 (誰か…いる…?)


 そっと声のする方へ近づく。

 複数の男性が、庭園のガゼボで話していた。


 そこで私を賭けている話を耳にし、今、立ち聞きしている状態だ。


「でも…ジルヴェストが蓮の葉令嬢を落とすって…何をするんだ?」


 ビカラー子爵令息が問いかける。

 

「もちろん、ヤ(・)るんだよ! どうせ純潔じゃないだろうしっ」


 下品に笑いながら断定するブラン伯爵令息。


「でも、ヤッたっていう証拠は? 言葉だけじゃだめだろう」


 コンバート子爵令息が口を挟む。


「下着を持ってくるとか?」


 ブラン伯爵令息がニヤニヤしながら提案する。


「だから! そんな事しないって言ってんだろ! それに…彼女は噂通りの女性ではないよ」

 

「なんでそんな事、お前がわかるんだよっ」


「それは…」


「まあ、とにかく何でもいいよっ 彼女の身に付けていたものならネックレスでもイヤリングでもなんでもっ」


「いい加減にしろ! くだらない話はここまでだ!」


 ダン!!


 ジルヴェスト様がテーブルを叩きつけるように立ち上がると、会場へと向かって行った。


「え? おい、待てよっ ジルヴェストッ」

 

 他の令息たちも、彼の名を呼びながら追いかけて行く。


 静けさの戻った庭園で、私は先程の会話を思い出していた。


 ジルヴェスト様がブラン伯爵令息の言葉を否定して下さった。

 その事が嬉しかった。

 

 それにしても…ブラン伯爵令息は私の何を知っているというの!?



 私は純潔です!!



 真っ白のさらさら真っ白!!

 まだ踏み荒らされていない雪のように真っ白よ!!


 く、口づけどころか、殿方と手をつないで歩いた事もありません!!


 けれど……

 そう思われるのも無理もないことだけど。


 自分の格好を見て、気分が沈む。


「でも…ジルヴェスト様のお姿が見られて良かった…」

 

 いつもジルヴェスト様にお会いしたくて探していたが、かといって話しかける勇気もなかった。


 廻廊(かいろう)に戻り、備え付けてある長椅子に腰を下ろした。

 そして自分の社交界での評判を思い出す。


『居候の身で、自由奔放に振舞うはしたない令嬢』

『男探しに明け暮れる無節操な令嬢』

『複数の男性と関係しているらしい淫(みだ)らな令嬢』


 世間に広まっているこの悪評は、全て伯父のせい。

 下品なドレスを着て、夜会や晩餐会などに出席すれば悪態をつかれるのは目にみえている。

 

 けれど、私に拒否する選択肢はない。


 私は胸元に付けているクラヴァットピンに触れる。

 グリーンの石がキラキラ輝いていた。

 ジルヴェスト様の瞳と同じ色。

  

「ジルヴェスト様は覚えていらっしゃらないわよね…」

 

 私は過去の記憶を呼び起こすように目を閉じた。


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