第36話 やり直せないまま振り回される、荒唐な茶番。
我に返り、前を歩く忠樂を見つめた。
「亮躂、あなたって本当に賢いわよね。
あの時、わざと少し時間を引き延ばして、
それに金も受け取らなかった。
私が来ると思ってたんでしょう?
だから待っていたの?」
「いいえ。
私は自ら進んで俗世の欲を捨てただけです。
ですから、許すも許さないもありません!」
私が初めてあの黄ばんで光るものを見たのは、
袁家でのことだった。
あまりにも多くの品に使われていて、
私は最初、何かの塗料で色をつけているのかと思っていた。
だが、いろいろ見ていくうちに少しは慣れてきたものの、
忠樂は今でも時々私に注意してくる。
「金を見たことがないなら、
ああいう場所では確かに無理もないわね。
でも、本当に呆然としてたの?
それとも惚けたふりをしてたの……。
普通、天禮寺に入るためにあそこまでなる?」
「うーん……そうでしょうか!」
あの頃の天禮寺は、最低限の暮らしはできた。
亡くなった母が安心してくれるなら、
それだけで十分だったのだ。
「はあ?
あの頃のあなたには家族も友達もいなかったんだから、
幸運が転がり込んできたのよ。
祈福の赤い袋がなくなると、
幸運が訪れるって知らないの?」
「知りません。
ですが、天禮寺は……」
「もう、だって運命があなたを独りにさせたくなくて、
幸運がうちに移ったのよ。
どうしてまだ天禮寺にそんなに未練があるの?
今週、時間があったら一緒にお参りに行きましょう?
だからあれは人さらいじゃないって、
何度も言ってるでしょ!」
忠樂は私の頬をつまみ、それから私の手を取った。
「ふふ、正直に言うとね、
亮躂……初めて会った時から、
あなたにはなんだか不思議な感じがしたの。」
「あなたは、その感じが何なのか、
少しも話してくれませんね……」
「ほら、ちゃんと座って。
もうすぐ天壽宴が始まるわ!」
気づけば、柔らかな座布団と、
卓いっぱいのご馳走が、もう目の前に並んでいた。
「亮躂、私たち、部屋でこうして話すのも久しぶりでしょう? 宴が終わったら、今夜はゆっくり話しましょう!」
「広間でも話せますよ。
終わったら部屋に戻って寝ればいいでしょう!」
「部屋のほうが話しやすいの。
お風呂にもちゃんと入ってね、
宴の後は色々な匂いがつくんだから!」
忠樂は眉をひそめて私を見た。
雅やかな楽の音が流れる中、私たちは揃って中央の儀式へと目を向けた。
美しい舞姫たちがしっとりとした小曲を歌い始める。
舞に合わせて舞い上がる金の絹は、
月夜の下で言葉にしがたい輝きを放っていた。
……まあいい。
そこまで部屋で話したいと言うのなら、私はあそこで待つとしよう。
ただ、あとで少し真面目に考え直さねばならない。
また言葉を間違えていたら困る。
拉致でもない、奴隷扱いでもない、誘拐でもない。
別の言い方があるはずだ。
今夜、部屋で忠樂と話す時に伝えてみよう。
本当は、終わったらすぐ袁家へ戻るつもりだった。
梓談の部活動のことも気がかりだったからだ。
だが、どうやら周囲の空気が、
それを許してはくれそうになかった。
「帰ったら、すぐにお風呂に入るのよ!」
まだ忠樂に梓談のことを話せていなかったが、
そう言い残すと、
彼女はそのまま妃たちや夫人たちのところへ駆けていった。
私は霜火山の動きにも気を配り、距離を取っていた。
顔を真っ赤にしたまま杯を手にしている。
それなのに、蘭勁文はまるで顔色ひとつ変えず、
彼の話に付き合っていた。
その時、すぐに私の右肩へ手が置かれた。
振り向くと、そこにいたのは吉帥だった。
……吉帥、どうやら酔っているのか?
「木箱だ。亮クン、
あの木箱はちゃんと預かってくれているか?」
「ええ、預かっていますが……吉クン。
あの中には、何か大事なものでも入っているのですか?
二箱も私の家に運び込むなんて」
吉帥はとても用心深い男だ。
まさか、禎家の内情を探って手に入れた秘密の証拠か何かだろうか。
「大事なものだぞ!」
私は吉帥の真剣な目を見た。
すると彼は、私の耳元にそっと口を寄せてきた。
「馬大師の画集だよ。
種類ごとに四冊ずつ買ったんだ。
帛卉に知られたらひどく怒られるから、
ちゃんと気をつけて保管してくれよ!」
……えっ?
まさか吉帥が、
そこまでの愛書家だったとは。
帛卉は大学院の頃からずっと穏やかな人だったし、
本人も芸術研究に熱心だった。
以前、草府を訪ねた時に大量の蔵書を見かけたが、
私はてっきりあれは全部、帛卉のものだと思っていた。
「どうして四冊も買うのですか?」
「ほら、教えてやる。
一冊は保存用、一冊は鑑賞用、一冊は布教用!
最後の一冊は、傷んだ時の予備だ!」
吉帥がここまで慎重だったとは思わなかった。
だが、帛卉も本は好きなはずだ。
単に同じものを買いすぎて、
家に置ききれなくなったのだろうか。
私の知り合いに、からくり作りの上手い木工職人がいる。
収納を増やすことなら、きっと力になれるはずだ。
「草夫人に正直に話してみてはどうです?
あの方も本はお好きですし、
案外気にされないかもしれません。
もし言いづらいのでしたら、私が代わりに……。」
「絶対に駄目だ!」
「え?」
「それは馬大師が花街の美女たちを描いた複製画なんだ。
帛卉に知られたら、あの宝物を全部焼かれてしまう。
私はあの豪華装丁版を手に入れるために、
かなり人に借りを作ったんだ。
亮、頼むから必ずちゃんと預かってくれ!」
いつも厳しい顔をしている吉帥が、
こんなふうに笑うのなら。
この友のために、一肌脱ぐとしよう。
……まったく。
白い悪鬼たる私の人生は、
やり直しもできぬまま振り回される荒唐な茶番だ。
あの木箱……。
確か、持ち帰った肉まんのそばに置いていなかっただろうか。




