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大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明


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第5話 訪問者

「占いの館・静」が酒場『黄金の樽亭』の片隅に暖簾を掲げてから、早いもんで一ヶ月が過ぎた。


 最初は「なんやあのハデな姉ちゃんは」と遠巻きに見てた街の連中も、今や手のひらを返したようなもんや。うちが店に出る時間になると、酒場は「人生の迷い子」らでごった返すようになった。


「……静江さん、次の客はギルドの受付嬢です。恋占いのリピーターですね」


 入り口で交通整理をしてるんは、すっかりうちの「弟子兼用心棒」が板についたアレン君や。一ヶ月前は死にそうな顔してた子が、今や小綺麗な装備に身を包んで、テキパキと客を捌いとる。


「はいはい、順番やで。……あんた、また同じ男のこと聞きに来たんか? 相手の『死神』、まだ逆位置や。未練たらたらなんはあんたやなくて、向こうやわ。自分から連絡せんとき。連絡待ってる方が、主導権握れるで」


 適当に(と言いつつ本質を突いた)助言を飛ばしながら、うちは最近新調した「お腹が冷えへんヒョウ柄のボディースーツ」の着心地を確かめた。マーサさんに紹介してもろた服屋で、「もっと柄を! もっと金糸を!」と注文をつけた特注品や。異世界の布地は案外丈夫で、このハデハデな色味も魔法の染料なんかなかなか色落ちせえへんのが気に入っとる。


 ふと、酒場の喧騒がわずかに止んだ。


 扉の隙間から滑り込んできたんは、周囲を警戒するように厚手のボロ布を被った少女やった。身なりを貧相に見せようとしとるけど、その背筋の伸び方、そして足運びの美しさが、彼女がただの街娘やないことを教えとる。


「……そこのあんた。座りなはれ。一番奥の、影になってる席や。アレン君、あっちの席の片付け頼むわ」


 アレン君が察して、他の客をそれとなく遠ざける。少女は恐る恐る、うちの正面に腰を下ろした。ボロ布の隙間から覗く瞳は、恐怖と決意が混ざり合った複雑な色をしとった。


「……あなたが、噂の『黄金の賢者』様ですか?」


「なんやその大層な名前は。誰が言い出したんか知らんけど、うちはただの静江や。……あんた、自分やなくて『主人』のことで来たんやろ?」


 少女――リタは、弾かれたように顔を上げた。


「なぜ、それを……。私は、あるお方に仕えるメイドのリタと申します」


 彼女は周囲に聞こえんほどの小声で、切実な状況を吐露し始めた。

 街で一ヶ月前から噂されとった伯爵令嬢・エルゼ様の婚約破棄騒動。それが表面化してからというもの、令嬢は「何かに怯えるように」自室に閉じこもり、食事すら毒を疑って喉を通らんようになっとるらしい。


「侯爵家が、口封じにエルゼ様を狙っているという噂もあります。このままではエルゼ様は、婚約を解消される前に……」


「……なるほどな。外部からの刺客、なぁ」


 うちはおもむろにタロットを手に取った。

 彼女の目の前で、カードが静かに、しかし冷徹な音を立てて展開される。カードを宙に浮かせる力は、今やうちの日常の一部や。


「……『月』の正位置、それに『恋人』の逆位置、最後は……『隠者』の逆位置か。えらい不吉な並びやな」


 リタが息を呑む。


「やっぱり、暗殺者が屋敷に潜んでいるのでしょうか……?」


「いいや、違う。……リタちゃん、よう聞き。カードが示してる『敵』はな、外から入ってきた暗殺者やない。令嬢さんの最も近く、一番信じてる場所に『裏切り』の影があるわ」


「な……っ!? そんなこと、ありえません……!」


 リタは弾かれたように叫び、強く首を振った。その拍子にボロ布が少しだけずれ、清潔に整えられたメイドの髪が覗く。


「伯爵家の皆が、エルゼ様を愛しています。旦那様も、家臣たちも……身内が裏切るなんて、そんな恐ろしいこと、あるはずがありません!」


「……本当にそうか? あんたのその目、一瞬泳いどるで」


 うちは逃さへんかった。おばちゃんの長年の勘が、彼女の瞳の奥に宿った「疑念の火」を捉える。


「あんた自身、どっかで気づいてるんとちゃうか? 普段なら通るはずのない廊下に誰かが立ってたとか、旦那様の部屋から見知らぬ男が出てきたとか……そういう『おかしなこと』に」


「それは……」


 リタは唇を噛み、震える指先を膝の上で握りしめた。


「……確かに、最近の旦那様や家臣たちの動きには、不可解な点があります。夜中に秘密の会合が開かれていたり、エルゼ様へのお見舞いの品がどこかへ消えていたり……」


 彼女の声が、次第に小さくなっていく。認めたくない事実が、占いの結果によって輪郭を持ち始めたんや。


「ですが、エルゼ様だってただ怯えているわけではありません!」


 リタは自分を奮い立たせるように、顔を上げた。


「あの方は、食事に毒を疑って手をつけぬフリをしながら、夜中に私が運ぶわずかな保存食だけで耐えておられます。……そして、閉じこもった自室で、密かに旦那様の執務室から持ち出した古い帳簿や、外部との通信記録を調べておられるのです」


「へぇ……。ただの弱々しいお嬢さんやない、っちゅうわけやな」


「はい。あの方は、自分を売ろうとしているのが誰なのか、その証拠を掴もうとなさっています。……ですが、もうお身体も精神も限界なのです。何とか、前を向くきっかけを……」


 なるほどな。牙を隠した負けず嫌いの令嬢さんか。そういう子は、おばちゃん嫌いやないで。

 うちはアイテムボックスから二粒の飴を取り出した。


「……リタちゃん。これ持っていき。リンゴ味と、オレンジ味の飴ちゃんや。リンゴは令嬢さんに、オレンジはあんたが食べなはれ」


 飴を受け取ったリタが、不思議そうにそれを眺める。


「これは……菓子、ですか?」


「ただの菓子やない。これを舐めさせたら、心にこびりついたモヤが晴れて、少しは前向きな考えが出るはずや。あんたも、その飴を舐めて心を落ち着かせなはれ。主人が戦うてるんや、支えるメイドが先に倒れてどうするん。……それを舐めたら、屋敷の『違和感』を暴くための、最後の一手が見えてくるはずや」


 リタがオレンジ味を口に含む。途端に、彼女の肩の力がふっと抜け、荒かった呼吸が整うていくのをうちは見届けた。


「……ありがとうございます。静江様。……もし、あの方が立ち上がる勇気を持てたなら、その時は……」


「その時は、お忍びでもええからここに連れてきなはれ。おばちゃんが、特大の喝を入れたげるから。……あ、占代はこれも出世払いでええよ。伯爵家なら、たっぷり払ってもらわんとな」


 リタが闇に消えていくのを見送った後、アレン君が心配そうに寄ってきた。


「……静江さん。伯爵家の内紛に首を突っ込むのは、流石に危険じゃないですか?」


「アレン君、あんた一ヶ月前、うちに何て言われた? 『迷ってる時点で優しい人や』って言うたやろ。……あの令嬢さん、独りで孤独に戦うてるんや。放っといたら寝覚めが悪くなるわ。それに、うちの勘が言うてんねん。この件を解決せん限り、この街の平和な商売も長くは続かんってな」


 うちは手元の水晶をそっと撫でた。

 リタが水晶を握っていた残留思念。それを通じて、静江の心に「孤独な戦場」で震える、しかし折れていない強い魂の響きが伝わってきた。


「……さて。異世界の貴族さん。おばちゃんの占いが、どれだけえげつないか……たっぷり味あわせてあげるわ」


 ルミナの夜風が、少しだけ冷たさを増した。

 だが、静江の胸の奥にある「おせっかい」の火は、かつてないほど激しく燃え上がっていた。


「アレン君。悪いけど、明日から少しだけ『外』の様子を探ってきてもらおか。あんたの足なら、見つからんように色々調べられるやろ?」


「……わかりました。静江さんのためなら、どこへでも」


 頼もしい弟子の返事を聞きながら、うちは次なる一手のために、カードを再び宙に躍らせた。


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